香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の邂逅④

 

 

「では、現時点で目立った異常は見当たらない、と?」

「はい、あくまでも菊地原が様子を伺った限りではですが。医務室で起きたような恐慌状態になる気配もなかったようです」

 

 そうか、とボーダーの最高司令である城戸は重々しく頷いた。

 

 此処は、ボーダーの司令室。

 

 現在この部屋には城戸を始めとした上層部メンバーが勢揃いしており、風間は「監視」結果の報告を行ったところである。

 

 話を聞いていた忍田は渋い顔をして、城戸を見る。

 

 その顔には、ありありと不満が浮かんでいた。

 

「しかし、少し警戒のし過ぎではないですか? 護衛として佐鳥隊員が着いているのだから、これ以上は過剰だと考えます」

「現時点で分かっている事が少な過ぎる上に、彼女を送り込んだ近界民(ネイバー)の意図も知れない状態だ。警戒をするに越した事はないだろう。少なくとも私は、ただの偶然で彼女がこの世界に流れ着いたというのは無理があると考えている」

 

 城戸はそう言って忍田の意見を一蹴すると、徐に鬼怒田に視線を向ける。

 

「鬼怒田室長。検査の結果はどうだったのかね?」

「…………まだ、分かっておらん事の方が多い。じゃが、一つ気になる事がある。どうやら彼女の左目は、無機物に置換されておるようじゃ」

「左目、ですか?」

 

 うむ、と鬼怒田は頷く。

 

 その瞳には、やや剣呑な怒りの感情が宿っていた。

 

「義眼、と言えば分かり易いかの。どんな機能を持ったものなのかまでは分からんが、生身の眼球でない事だけは確かじゃ」

「では、何らかの事情で眼を負傷した彼女に対し近界民が義眼を与えた、という事ですか?」

「────────いいや、違う。恐らくあれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃ」

「…………っ!」

 

 その言葉に、忍田を始めとした上層部の眼の色が変わる。

 

 忍田は怒りの感情を隠さなくなり、根付は瞳に憐憫の色を見せている。

 

 林道は俯いて眼鏡を光らせ、城戸は眼を細めているが何かしらの感情を抱いているのは事実だろう。

 

 そういった人道を無視した行いを看過出来る者は、この場に一人もいないのだから。

 

「では、彼女は…………っ!」

「…………十中八九、何らかの人体実験にかけられておる。検査では、髪の色が白かったのも極度のストレスによる脱色と無理な投薬が重なった結果であると出ておる。どうやら余程、人倫にもとる扱いをされておったようじゃな」

 

 鬼怒田の言葉には、底知れぬ怒りが秘められていた。

 

 無理もない。

 

 強面で言葉も乱暴なので誤解され易いが、鬼怒田はかなりの人情家だ。

 

 妻と離婚してまで妻子を危険な三門市から遠ざける程身内に対する情が厚く、特に自分の子供を想起させる少年少女に対してはその傾向がより顕著だ。

 

 そんな彼にとって、見知らぬ地に連れ去られただけではなく人体実験という非人道に過ぎる過酷な扱いを受けた少女の仕打ちに対する怒りはどれ程のものか。

 

 それを聞かされた他の面々の心情は、言うまでもないだろう。

 

「…………あくまでも儂の私見じゃが、あ奴が放逐されたのはその国の近界民(ネイバー)にとって()()()になったからではないかと考えとる。人体実験の素材を探していたが、一通りの実験は済んだから放逐した。或いは、実験結果を広めたくて敢えて放流した。木岐坂の施術痕からは、そういった歪んだ知識欲の発露が散見されるからの」

「…………っ! なんと、なんという…………っ!」

 

 忍田は怒りのあまり、言葉もないようだ。

 

 正義感の一際強い彼にとって、少女が受けた仕打ちはあまりにも看過し難いものだった。

 

 見知らぬ土地に攫われ、人体実験にかけられた上で無責任に放逐される。

 

 あまりにも人道を無視した、外道の行いと言えるだろう。

 

「鬼怒田室長。貴方の意見は良く分かった。だがそれは、彼女に何か危険な「仕掛け」が施されていない事を保証するものではない筈だ」

「城戸司令、まだそんな事を…………っ!」

「…………いいや、今回ばかりはその可能性は無視出来ないな。判断を下すのは早計だと思うぜ?」

「林道支部長…………?」

 

 無情な発言をする城戸に対し怒りを見せた忍田であったが、そこで林道が待ったをかけた。

 

 忍田もまさかこのタイミングで彼からの横槍があるとは思わず、目を丸くする。

 

「鬼怒田さんの語った可能性は、あくまでも主観的なものだ。そういう事が有り得る()()()ってだけで、確たる証拠はない。そうだろ?」

「…………そうじゃな。あくまでも、儂の個人的な見解に過ぎん。研究者としての勘も、含まれてはおるがの」

「むぅ…………」

 

 林道の指摘の正しさに、忍田は思わず黙り込む。

 

 確かに鬼怒田は推論として「樹里は用済みだから放逐されたのではないか」と語ったが、推論は推論であり明確な証拠があるワケでもない。

 

 敢えて指摘はしなかったが鬼怒田の推測は彼の個人的な願望、希望的観測が含まれており、それを根拠として樹里の扱いを決めるワケにはいかないというのは通りであった。

 

「けど、だからといって臭い物には蓋をしましょう、って事じゃあないんだ。あくまでも()()判断をするには早計なだけで、彼女の処遇を決めるに当たっては更なる情報を収集してからでも遅くはないだろう」

「そうだな。危険性はあれど、彼女が現在唯一の「帰還者」であるという事は間違いない。もしも記憶が戻れば、今後の近界探索に於いて大きなアドバンテージとなるだろう」

 

 しかし、だからといってすぐに彼女をどうこうしよう、とは林道は勿論城戸も考えていない。

 

 あくまでも現時点では情報が足りず、確たる判断をするワケにはいかないというだけの話だ。

 

 話の流れを理解したのか、忍田は成る程、と一応の納得を見せた。

 

「では、これからの彼女の扱いについてはどうするおつもりですか?」

「これまでと変わらない。彼女の信頼を得ている佐鳥隊員に引き続き監視と保護を依頼し、継続して鬼怒田室長には彼女の身体検査を行って貰う。風間隊による監視も勿論続けて貰う」

 

 そう言って、城戸は決定事項としての判断を下した。

 

 今は、こうするしかないだろう。

 

 兎にも角にも情報が足りないのだから、まずはそれを集めるしかない。

 

 その方法としてはこれまで通り、鬼怒田に依る身体検査と佐鳥による付き添いの下での生活、及び風間隊の監視の継続である。

 

 鬼怒田は勿論佐鳥と風間隊にも負担のかかる内容であるが、現時点ではこれがベターであろう。

 

「何か異変があれば、逐次報告するように。以上だ」

 

 

 

 

「忍田本部長、悪いがオペレーターを誰か貸してくれんかの? 未成年とはいえ女性の身体検査をするんじゃ。同性の者がいないと出来ないものもある。沢村くんを貸してくれとまでは言わんが、誰か都合の付きそうな者はおらんかの?」

 

 そして。

 

 会議が終わった直後、鬼怒田が忍田に打診したのは女性職員の借り入れだった。

 

 樹里は女性なので、身体検査を行う上でどうしても同性の助力が必要となる。

 

 今のところは血液検査とCTスキャンを行った程度だが、様々な検査を行う上で女性職員がいてくれた方が良いのは事実だ。

 

 忍田は鬼怒田の真っ当な依頼にふむ、と顎に手を当てて思案する。

 

「沢村くんの手が空いている時であれば、彼女に頼もう。しかし、いつでも、というワケにはいかない。手を貸せない事もあるだろう。だが、今の所無暗にこの件を広めるワケにもいかないな」

「それは分かっとる。じゃから、忍田本部長から見て信頼出来るオペレーターがおれば力を貸して欲しいんじゃ。A級B級は問わん。ただ、口が堅くて信頼出来る者を教えてくれ」

 

 かといって忍田の言う通り沢村は多忙であるし、現在極秘事項にあたる樹里の存在をバラしてもそれを口外しない者、となると熟慮する必要がある。

 

 鬼怒田はオペレーターの性格と性質(パーソナリティ)は詳しくない為、本部長故にそういった情報に長けていると思われる忍田に尋ねたのだ。

 

 忍田は思案の末、そうだ、と手を叩いた。

 

()()なら、恐らく大丈夫だろう。佐鳥隊員を特別任務に就ける以上、どの道チームメイトへの通達は必須だ。ならば、部隊内で情報を完結させた方が面倒は少ないだろうからな」

 

 

 

 

「というワケで、やって来たよ佐鳥くん。こんな可愛い彼女と二人っきりとは、スミに置けないね~」

「からかわないで下さいよ、綾辻先輩」

 

 ごめんごめん、と朗らかに笑うのは誰あろう佐鳥が所属する嵐山隊のオペレーターである綾辻遥である。

 

 此処は、ボーダーの開発室内にある検査室。

 

 佐鳥がマンションの部屋の掃除を終えて樹里と共に本部に戻って来てみると、連れて来られた開発室の中に何故か綾辻がいた、という寸法だ。

 

「というか、なんで綾辻先輩が此処に?」

「儂が呼んだんじゃよ。木岐坂の検査を行うにあたり、女子職員がいないのは不便じゃからな。そこでお主と同隊の綾辻に白羽の矢が立った、というワケじゃ」

「正確には、忍田本部長からの司令でだけどね。とにかく、詳しい事情は知らないけど検査のお手伝いくらいなら出来るからさ。安心して任せて頂戴」

 

 ふんす、と自信ありげに胸を張る自隊オペレーターを見て佐鳥は何処かげんなりした顔をする。

 

 この先輩オペレーターは広報部隊のマドンナ、世間一般的な意味でのアイドルとして内外から見られているが、その実結構「イイ」性格をしている事を佐鳥は知っている。

 

 誰にでも優しいのは他者に対する興味が薄い為で、メディアに見せている顔はほぼ猫を被る────────否。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。

 

 言うなれば、八方美人的なキャラクターで通す事で大衆の支持を得ている、という事だ。

 

 メディアで活動する上では必須技能であろうこれを、綾辻は生来備えていた。

 

 他人に「良い顔」をするのがとても巧く、他者への興味が薄いからこそ誰にでも平等に、優しく接する事が出来る。

 

 その証拠に身内、彼女が「親しい」判定を下した人間相手だと途端にざっくばらんな態度を隠さなくなる。

 

 世間に見せている顔が100%演技に依るものとまでは言わないが、意識せずとも人気が取れる挙動(ムーブ)が出来るのが綾辻という少女の性質だ。

 

 天然の理想の偶像(アイドル)と言っても過言ではなく、その在り方は広報部隊の一員としてある種模範的であるとさえ言えるだろう。

 

 だが彼女に「親しい身内」判定を受けている佐鳥は、その本性がかなり茶目っ気の強い悪戯好きな少女であると知っている。

 

 綾辻は他人と身内の扱いの差が激しく、有象無象には一切の興味を持たないが故に公平(フラット)な対応が出来るが、一度身内判定すればぐいぐいと距離を詰めて必要以上に親身になる。

 

 佐鳥が特別任務に就き、その内容が綾辻でさえ見た事のないレベルの美少女の護衛、とあらば喰いつかない筈がない。

 

 それを分かっていたからこそ、佐鳥はげんなりとした表情を浮かべたワケだ。

 

「初めましてっ! 私、綾辻遥って言うんだ。君のお名前は?」

「…………」

 

 綾辻は早速樹里とコミュニケーションを図りにかかるが、とうの樹里は困惑した表情で佐鳥の服の袖をくい、と引っ張っている。

 

 これは「どうしたらいい?」という疑問の提示である事を少ない付き合いながら佐鳥は察し、ふぅ、とため息を吐きつつ優しく語り掛けた。

 

「樹里ちゃん、この人はオレと同じ部隊のオペレーターで信頼出来る人だから、大丈夫だよ」

「ん…………樹里、木岐坂樹里。それが、わたしの名前みたい」

「樹里ちゃんかっ! 可愛い名前だね。素敵」

 

 自分の名前を疑問形で口にした事には一切触れず、綾辻はにこりと微笑んだ。

 

 普通自分の名前を口にする事に疑問などある筈がないのだが、綾辻はその持ち前の聡明さから彼女が相応の「厄介な事情」を抱えていると察し、余計な追及を避けたのだ。

 

 樹里に関する事情は一切彼女には通達されておらず、ただ「彼女の身体検査を手伝って欲しい」とだけ聞かされて此処にいる。

 

 しかしそれでも状況からある程度内情を察する程度は、造作もない。

 

 このあたりの気遣いは自然と出来るのが綾辻であり、だからこそ忍田は彼女を推薦したのだ。

 

 そのあたりの判断は間違えないあたりは、流石と言える。

 

「じゃ、そろそろ検査を始めよっか。佐鳥くん、悪いけど外に出てくれる? 樹里ちゃんの下着姿が見たいって言うなら別だけど」

「あ、いえ、流石に出て行きますよ。じゃあ樹里ちゃん、オレは────────」

「…………イヤ。賢、一緒にいて」

 

 え、と部屋から出るつもりであった佐鳥は予想外の言葉に凍り付く。

 

 同性(綾辻)を呼んで検査を行う以上、今から行うのは脱衣を伴うものの筈だ。

 

 だというのに、樹里は佐鳥に「此処に残れ」、と懇願している。

 

 先程は血液検査やCTスキャンといったものが主軸だった為佐鳥もこの場に残る事が許されたが、流石に下着姿になるのが分かっている少女と同じ部屋に残れるような強心臓(メンタル)は佐鳥にはない。

 

「ん…………」

「あ…………」

 

 だが、樹里が佐鳥の服の袖を掴みながら身体を震わせているのを見て、佐鳥はある記憶を想起する。

 

 

 ────────しろい、へや…………あ、ああ…………っ! いや、いや、いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!!???────────

 

 樹里は最初に医務室に来た時、佐鳥が手を離した瞬間狂ったように暴れ始めた。

 

 その時の狂乱ぶりは尋常ではなく、手足を滅茶苦茶に振り回して周囲の機材を振り払い、感情が決壊したような涙を流し続けた。

 

 慌てた佐鳥が手を握って呼びかける事で何故かピタリと狂乱が収まり、樹里は周囲の光景を見て呆然としていた。

 

 そんな事があったのでこの部屋はプロジェクターを応用して元々の白色ではなく黄緑色に染められており、リラックス効果を齎すインテリアも無数に設置されている。

 

 しかし、雰囲気から医務室の類である事は見れば分かるので、彼女の心の柔らかな琴線を刺激したのだろう。

 

 此処で無理に佐鳥が離れれば、またあの狂乱が始まるかもしれない。

 

 少なくとも佐鳥は、そう直感した。

 

「…………すみません。相談なんですが…………」

 

 結局、佐鳥は鬼怒田や綾辻と議論した結果、目隠しをした上でこの部屋に残る事となった。

 

 樹里を安心させる為に至近距離で待機せざるを得なかった為、検査の間布切れの音だったりすぐ近くに下着姿の少女がいるという事実を元にした想像によって悶々とし続けた事は言うまでも無い。

 

 後日、その事を綾辻に追及された事は言うまでもなかった。

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