「というワケなんですけど、鬼怒田さん何か分からないですかね?」
「…………ふむ」
ボーダー本部、開発室。
ある事を聞く為にこの場を訪れた佐鳥は、開発室長である鬼怒田に会っていた。
それは当然。
「…………木岐坂の幼馴染、と思われる相手か。正直なところ、見当は付いておる」
「え、ホントですかっ!?」
「嘘を言ってどうする。お主の指摘通り、確かに木岐坂の捜索を依頼したのは彼女とは血縁関係のない「知人」を名乗る人物じゃ。当然、その依頼者の情報も押さえておる」
樹里の求める、幼馴染と思しき存在の情報。
それ以外に、有り得なかった。
佐鳥は此処に来るなり自分の推測────────即ち、「樹里を捜索して欲しいと頼んだ家族以外の相手」がいるのではないかという疑問をぶつけた。
その質問に対する答えは、是。
鬼怒田はあっさりと、佐鳥の推論が正解であると認めていた。
「じゃあ────────」
「言っておくが、今の段階で木岐坂とその「幼馴染」を会わせる事は承服出来ん。まだ、彼女について分かっていない事が多い。直接昔の知人と会ってしまえば、何の拍子に攫われた時の記憶が戻ってしまうか分からぬ」
「…………っ!」
しかし、佐鳥の希望そのものは叶えられなかった。
本音を言えば、すぐにでも樹里をその「幼馴染」と再会させてやりたい。
それが、佐鳥の本心だったのだから。
「で、でも、昔の家に行く許可はすぐに出してくれたじゃないですかっ!? 今のところあの状態にはなる傾向はありませんし、幼馴染と会うくらい────────」
「────────忘れるな。木岐坂の事は、「最重要機密」にあたる。無暗に情報を知る者を増やす事は出来ん」
「そんな…………っ!」
懇願するように、佐鳥は叫ぶ。
だが、鬼怒田はその訴えを敢えて黙殺した。
面倒だから、ではない。
こうする事で冷や水を浴びせれば、聡明な佐鳥はすぐに現実を理解してくれるだろうという信頼からだ。
(…………悔しいけど、正論だ。樹里ちゃんは、唯一無二の「帰還者」。そんな重要な存在を、軽々に広めて良いワケがない)
そして、予測通り佐鳥は現状を理解するに至る。
樹里の立場はかなり特殊で、稀少だ。
これまで近界に攫われた者、即ち三年前の大規模侵攻の際に行方不明になった者の生存はほぼ絶望視されていた。
残された家族の中にも、我が子を死んだものとして扱い辛い記憶の残る三門市を離れた者も少なくない。
そんな中でもしも樹里が近界からの「帰還者」である事が露見した場合、世間がどういう反応をするかは想像に難くない。
悲劇のヒロインとして祀り上げるだけではなく、十中八九根掘り葉掘り情報を聞き出そうとしてプライバシーを完全に無視した取材を敢行するのが眼に見えている。
特に、質の悪い記者が多い事で有名な三門市であれば猶更の事だ。
故に、樹里の情報を秘匿するのは理解
感情として納得出来るかは、別の話だが。
「じゃあ、じゃあ、樹里ちゃんはあんなに会いたがってる幼馴染にもう会えないって、そういう事ですかっ!?」
思わず声を荒げ、佐鳥は叫ぶ。
昨夜の樹里の告げた想いは、真実だった。
幼馴染に、会いたい。
それを真摯に伝えて来た女の子の願いを、無下にするのか。
理屈は分かる。
だが、彼の魂が、それは違うと叫んでいた。
「時期が悪い、と言うとる。何せ今は、何もかも前例のない事だらけで対応が追い付いていないのが実情じゃ。それに────────」
「それに、なんですか…………?」
「…………いや、何でも────────」
「────────迅さんですか?」
「…………っ!?」
そして。
失言と思われる発言の後、あからさまに言い淀んだ鬼怒田を見て、佐鳥のとある推測が確信に至る。
それは。
「迅さんが、何か言ったんですね? そうでしょう?」
「………………………………そうじゃ。迅がな、今は会わせるべきじゃないと言うておったんじゃ。そうすると悪い未来に繋がるから、と」
「…………っ!!」
────────迅悠一。
未来視を持つ、彼のS級隊員の介入に他ならない。
予感は、していた。
人情派の鬼怒田が幾ら機密保持の観点があるとはいえ、天涯孤独になった少女の幼馴染に会いたい、という願いを何の理由もなしに無下にするとは思い難かったのだ。
だが、そんな鬼怒田でも問答無用で意見を曲げざるを得ない
即ち、
ボーダーとして、迅の持つ未来視は決して無視出来ない要素となる。
眉唾であればともかく、その真実性はこれまでで散々証明されているらしい。
よって、ボーダーの上層部は
彼の意見を採用するにあたり紆余屈折がある場合もあると聞くが、それでも最終的には迅の意思が通る事が殆どらしいとは聞いている。
組織としての体裁はあれど、無視するには彼の未来視の力は大き過ぎるのだ。
きっと、これまで彼の
それこそ、旧ボーダー時代にはそういった事が数えきれない程あったに違いない。
(…………駄目だ。鬼怒田さん相手に何か言っても、何かが変わるワケじゃない。これは、ただの八つ当たりだ)
しかし、だからといって納得など出来る筈もない。
されど、此処で鬼怒田に詰め寄ったからといって何かが解決するワケでもない。
彼が黙って糾弾されているのは、きっと自分を気遣っての事なのだろうくらいは察しが付く。
それを分かってしまうだけに、この場でこれ以上言の葉を重ねる事は出来なかった。
意味の無い問答である以前に、自分の惨めさを思い知るだけなのだから。
「…………わかり、ました。すみません」
「すまんな。じゃが、いつか必ず木岐坂が幼馴染と再会出来るように努力しよう。生憎、期限を明言する事は出来んがの」
「重ね重ね、すみません」
優しさに満ちた鬼怒田の言葉を受け、佐鳥は項垂れながらも謝辞を述べた。
流石にこれ以上此処へいる事は居たたまれず、踵を返して退室しようとする。
「…………そういえば、樹里ちゃんの幼馴染の子の名前ってなんて言うんですか? それくらいは、教えて貰っても構いませんか?」
「そうじゃな……………………あまり良くはないんじゃが、譲歩してくれたお主には誠意を見せるべきじゃな」
鬼怒田は佐鳥の質問にやや迷った後、手元の資料をペラペラとめくりそこに書いてある名前を読み上げた。
「────────香取、香取葉子じゃ。捜索願いを出した香取家の娘の名前がそれじゃから、まず間違いないじゃろ」
(香取葉子。年齢15歳、って同い年か。一年前に入隊した隊員で、現在自身を隊長とする香取隊を率いてB級ランク戦で活躍中、っと)
佐鳥は調べた情報を反芻しながら、ランク戦のブースで香取の戦いぶりを眺めていた。
現在、佐鳥がいるランク戦ブースでは香取が個人ランク戦を行っていた。
相手は、どういう経緯か分からないが自部隊の木虎藍。
矢張りというかなんというか、優勢なのは木虎の方だった。
(幼馴染探しをボーダー任せにせずに自分でやろうとするなら入隊してる可能性は高いと思ったけど、ドンピシャだったか。少なくともそれを実行しようとするくらいには、樹里ちゃんと親しい仲だったって事になるかな)
戦闘技能そのものは悪くないのだが、格上との戦闘経験の差と論理的な思考で香取は木虎に劣り、その部分で引き離されていた。
恐らく格上相手との戦いを避けて来たのだろう香取と、相手がどれだけ遥か高みにいる存在だろうが構わず噛みついて来た木虎。
その経験の質の差が、両者の明暗を分けていた。
(と、負けちゃったか。まあ、香取ちゃんには悪いけど順当な結果かな。やっぱり、経験不足が深刻だね)
その試合を見ていた佐鳥は、此処に来る前に見ていた香取隊のログを思い出しながら脳内で呟く。
あの内容ではこうなるのも仕方ない、という納得があった。
(B級上位に来るまで、ほぼ100%香取ちゃんの能力値の馬鹿高さと戦闘センスだけでチームを引っ張って来ちゃったみたいだからね。苦戦、挫折した経験がないから試行錯誤をする機会を貰えなかった。それがチームと香取ちゃん、両方の成長を阻害しちゃってるみたいだ)
佐鳥が見た感じ、香取隊はB級上位に至るまで一切苦もなくかなりのスピードで駆け上がっている。
この、
普通、B級になり部隊を結成した後はB級中位でまず壁にぶつかって試行錯誤し、少しずつ工夫を積み重ねながらチーム戦のいろはを覚えていくのが順当な流れだ。
しかし、香取隊はB級上位に至るまで一切の苦戦なく駆け上がってしまっており、様々な試行錯誤をする適正レベルであるB級中位の期間をスキップしている。
それはつまり集団戦のノウハウを学ぶ機会を一切得られなかった事と同義であり、それがチームにも香取個人にも深刻な悪影響を与えていた。
彼女の力に頼り切りだったチームはB級上位というエースの力
三浦は能力は悪くないが周囲の事を気にし過ぎてしまって生存が疎かになっているし、若村に至ってはチームとしてどう動けば良いのかまるで分からないといった有り様だ。
香取は生まれて初めてぶつかるであろう「自分以上の実力者」「連携したチームの強さ」という壁にどう対処して良いか分からず、強者と戦う事そのものを避けてしまっている。
ハッキリ言って、部隊としては落第点も良いところであり、偏にその原因は香取が強過ぎたという一点に尽きるのだが、そこは部外者である佐鳥が口を出して良い部分ではない。
少なくとも彼は、香取隊の動向等が気になってこの場に来たのではないのだから。
(木虎、個人戦は時間があればやってるのは知ってたけど、香取ちゃんメッチャ噛みついてるなぁ。見た目通り、相当に気が強い子みたいだ)
視界の先でブースから出て来た木虎に難癖を付けている香取を見て、佐鳥は内心でため息を吐いた。
どうやら彼女は佐鳥が苦手とする我が強く喧しいタイプの少女であるようだが、今更泣き言を言っても仕方がない。
目的を果たす為には、彼女とのコミュニケーションは必須だ。
幾ら苦手なタイプだからといって、此処で弱音を吐くワケにはいかないのである。
(彼女から少しでも、昔の樹里ちゃんの情報を引き出す────────いいや、違う。今すぐに会う事は出来なくても、せめて彼女の生存だけは伝えたい。彼女が帰還者である事さえ伏せれば、何らかの形でそれを知らせる事は出来る筈だ)
佐鳥の目的、それは。
自らDNA情報をボーダーに提出してまで樹里を探そうとしてくれた、香取葉子に彼女の生存を伝える事だ。
勿論、帰還者云々を口にするつもりはない。
口が堅いタイプには見えないし、機密情報を教えるような真似は控えた方が良いだろう。
だが、彼女は間違いなく樹里の大切な存在だ。
少なくともボーダーに個人情報を提出し、捜索を願う程には近しい関係だった事が伺える。
ならば、せめて樹里が生きている事だけでも何らかの形で伝えたい。
そう佐鳥が願ったのも、無理もない話と言えよう。
(樹里ちゃんが、あれだけ会いたがった子なんだ。きっと、向こうも同じくらい樹里ちゃんの事を大切に想ってる筈だ。それならせめて、居場所は言えなくても生存だけでも伝えたい。その程度は、大目に見て欲しい)
これは、佐鳥の意地のようなものだ。
今樹里を香取を会わせる事に関してはリスクが高い事は、成る程理解した。
しかし、折角生還した幼馴染がいるというのに何も知らないというのは、無情が過ぎる。
詳細は伝えられないまでも、生存の可能性くらいは匂わせておきたい。
あわよくば、その事を今後樹里を香取に会わせる足掛かりにしていきたい。
それが、佐鳥の魂胆だった。
そう考えて、佐鳥はひとしきり木虎に怒鳴り散らして満足したらしい香取に近付こうと、足を進めて。
「────────ごめんね。ちょっと、待ってくれるかな」
「え…………?」
────────不意に、覚えのある声をかけられた。
振り向く。
そこにいた、声の主は。
「…………迅さん…………」
S級隊員、迅悠一。
本人の姿はなくとも鬼怒田との間で幾度も話題に挙がった未来視持ちの少年が、何処か困ったような顔をしてこちらを見下ろしていた。
ここ最近高熱で寝込んで更新が滞ってましたが、体調が多少マシになったのでぼちぼち再開します。