香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の邂逅⑦

 

 

「っと、ここならいいかな。ご足労かけて申し訳ないね」

「…………いえ…………」

 

 ボーダー本部、屋上。

 

 佐鳥は先程自身を呼び止めた迅と共に、この場にやって来ていた。

 

 あの後、二の句を告げようとする佐鳥に対し「まずは場所を変えて貰って良いかな」と迅が提案し、断る理由もなくそのまま従った形だ。

 

 佐鳥を止めた「目的」を考えればあのままブースに留まるのは避けて欲しいのは分かるし、内容によっては自分も冷静ではいられない可能性がある。

 

 流石にあんな大勢の前で激発して大声を出してしまえば、嵐山隊の皆に迷惑がかかってしまう。

 

 広報部隊として、「公衆の面前でS級隊員と揉めていた」などという醜聞を広めるワケにはいかない。

 

 それは佐鳥一人の問題ではなく、言うまでもなく影響は嵐山隊、ひいては広報部隊として彼等を採用しているボーダー全体にも波及してしまいかねない。

 

 樹里の件で現時点で大分負担をかけている事は承知しているが、流石にそれはライン超えだ。

 

 メディアに顔を出す仕事をする以上、弁えるべきTPOというものはある。

 

 一時の感情でそれを投げ捨てる程、佐鳥は軽挙ではない。

 

(…………ともあれ、こっから冷静に話せるかは分かんないですけどね)

 

 しかし、迅がこうして直接佐鳥に干渉して来た以上言いたい事は山ほどある。

 

 良い機会だと前向きに捉える事にしたが、それでも心中は複雑だ。

 

 何せ、良かれと思ってやろうとした行動を機先を制される形で阻止されたのだから。

 

「さて」

「…………」

「そんなに睨まないで欲しい、とは言わないよ。君の想いを分かった上で、それを踏み躙っているのは承知の上だからね。だから、どんな罵詈雑言でも受け止める用意はある。勿論、それを問題にしたりはしないよ」

「…………っ!」

 

 だが。

 

 その迅の言葉を聞き、佐鳥は眼を見開く。

 

 思わず激情のままに声をあげてしまいそうになり、ぐっと堪える。

 

 これだ。

 

 佐鳥が迅に対し苦手意識を持っている、その一因。

 

 それは、過剰なまでの自罰思考だ。

 

 彼は、自分を悪者にする事を厭わない。

 

 いっそ、露悪的ですらあると言える。

 

 樹里に関する一件で気炎を上げて弾劾をしようとしていた矢先にこんな事を言われては、感情のままに声をあげるのがどれだけ虚しいかをまざまざと思い知らされるだけだ。

 

 梃子を外された、と言っても良い。

 

 未来視を持つ迅は、常人とは視点が異なる。

 

 それは分かっていたが、こうも掴みどころがないとやり難くてしょうがない。

 

 こういった所も、佐鳥が迅に苦手意識を抱く一因でもある。

 

 しかし、聞かなければならない事があるのに変わりはない。

 

 佐鳥は気を取り直して、かねてから尋ねたかった事を口に出す。

 

 努めて冷静に、そう考えて。

 

「…………まず、聞きたいんですが。鬼怒田さんに「あの子に幼馴染と会わせるな」って言ったのは、本当ですか?」

「ああ、本当だよ。やっぱり、それは聞いていたんだね。だからこそ、本音を言えば今回の事も踏み止まって欲しかったけどね」

「…………っ! 何故、ですかっ!? 機密上の関係ですぐには会わせられない、というのは理解はします。けれど、自分でボーダーに入隊してまで探している大切な子の生存くらい、伝えたって良いじゃないですかっ!?」

 

 しかし、結果として佐鳥は感情を抑えきれなかった。

 

 何の抑揚もなく、淡々と疑問を肯定する迅の語りが癪に障った事もある。

 

 されど何より、大切な相手に会えないどころか生存すら伝えてはいけない、という考えがどうしても許せなかったのだ。

 

「…………駄目なんだ。香取ちゃんに生存を伝えれば、()()樹里ちゃんの居場所に行き付く。彼女はかなり勘が鋭い上に、聡い友人もいるみたいだからね。だから、生存を伝える事自体タブーなんだ」

「…………っ!」

 

 だが、返って来たのは未来視による断定形の通告だった。

 

 迅には、未来が視えている。

 

 きっとその中では、佐鳥が香取に樹里の生存を伝えた事で接触に至る道筋(ルート)があるのだろう。

 

 なまじボーダー隊員として迅の力を聞き知っているが故に、その事が容易に想像出来てしまう。

 

 迅は、基本的に嘘は言わない。

 

 少なくともこうして重要事項に関する会話をする時に虚偽で誤魔化す事はしないというのは、分かっている。

 

 彼は秘密にすべき事は虚偽ではなく黙秘、もしくは言葉をはぐらかして隠し通す。

 

 それは嵐山が言っていた事でもあるし、何度か話す中でも感じていた事でもあった。

 

 だからこそ、彼の言葉には容赦がない。

 

 嘘偽りのない真実(みらい)だからこそ、「きっと」という希望的観測を許さない。

 

 迅の言葉には、それだけの重みがあるのだから。

 

「…………なら、それは()()()()なんですかっ!? このまま、このまま大切な幼馴染に会わせず、生存すら伝えない…………っ! それを、いつまで続けるつもりなんですか…………っ!?」

「申し訳ないけれど、それは確約出来ない。まだ、確定している事が少な過ぎるんだ。だから「いつまで」かっていう質問には、答えられないな」

「…………っ!」

 

 ギリ、と佐鳥は拳を握り締める。

 

 分かっては、いた。

 

 無茶を言っているのは自分で、正論を言っているのはあちらなのだと。

 

 だが、理解と納得は別の話だ。

 

 迅が言うには、樹里には何も知らせず、幼馴染の所在さえ伝えず、香取の側にも情報を一つも教えてはならない。

 

 しかも、期限は未定なのだという。

 

 これを納得しろと言うのは、無茶だ。

 

 あんなに。

 

 あんなに、会いたがっていたというのに。

 

 もしかすると、近界に攫われていた最中でも。

 

 幼馴染との再会こそに希望を持って、生きていたのかもしれないのに。

 

 だというのに、迅はそれをするなと言う。

 

 ふざけるな、と言いたい。

 

 佐鳥が何の立場も無い人間であれば、それを言えていただろう。

 

「…………わかり、ました…………」

 

 ────────だが、言えなかった。

 

 佐鳥には、立場がある。

 

 ボーダー隊員として、広報部隊として。

 

 何より、嵐山隊の一員として。

 

 私情による行動で組織の規範、ひいてはボーダーそのものに不利益を被る事を見過ごすような選択は、出来なかった。

 

 なまじ、メディアに露出し社会を知っていた事も大きいのだろう。

 

 今の佐鳥は何も知らない子供ではなく、広報部隊の一員という立場と見識が存在する。

 

 何も知らないで通せるのは学生までであり、社会人となればそんな戯言は通用しない。

 

 責任ある者にとって無知は罪であり、勤勉は義務だ。

 

 形式上は学生の身の上である佐鳥だが、ボーダー隊員として在籍し、広報部隊としてメディアに出ている時点で学生と同じままの振る舞いでは許されない。

 

 大衆の前に出る仕事を請け負っている時点で既に社会人の一人も同然なのだから、感情任せの軽挙な行動は出来ないのだ。

 

 それを分かっているからこそ、佐鳥は止まってしまう。

 

 たとえそれが、少女の心を裏切る事になったとしても。

 

 何の代替案もなく喚き続けるような稚拙な真似は、佐鳥には出来なかった。

 

「…………ごめんね。君や彼女の気持ちに対し不誠実な事は、理解しているよ。けれど、今のところ急激な変化は毒でしかないんだ。納得しろ、とは言わない。今はただ、おれを恨んでくれ」

「…………」

 

 言い募る迅に対し、佐鳥は何も返せず黙りこくる。

 

 此処で口を開けば、きっと彼の望むように罵詈雑言が飛び出してしまうだろう。

 

 しかし、それをしても意味がない。

 

 ただの八つ当たりに等しいと理解出来るからこそ、佐鳥は黙殺を以て迅への抗議とした。

 

 それを理解した迅は肩を竦め、踵を返す。

 

「色々、迷惑をかけるね。慰めの一つも言えずに、ごめんよ」

 

 迅はそう言って、屋上を後にした。

 

 佐鳥は迅が消えた屋上の扉を、ただ無言のままに睨みつけていた。

 

 

 

 

「ったく、木虎の奴生意気…………っ! 次こそ、ギタギタにしてやるんだから…………っ!」

 

 ボーダー本部の廊下で、甲高い少女の声が響いている。

 

 その少女、香取はぷんすかと怒りを露にしながら、それを隠す事なく大股で歩いていた。

 

 時折通りすがる隊員は彼女の怒気に驚いて道を空け、香取はそれを意に介する事なくずんずんと廊下の中央を歩いている。

 

 なお、直情的な香取がこういった様子になるのは初めてではないので、ある程度見慣れた者は「またか」とため息を吐くのであった。

 

「葉子、目立ってる。ちょっと恥ずかしいよ」

「華…………!」

 

 そんな彼女の前に平然と立ったのは、誰あろう香取の部隊のオペレーターであり幼馴染の華であった。

 

 華はため息を吐きながら、ジト目で香取を見据える。

 

「負けて悔しいのは分かるけど、少し目立ち過ぎ。周り見てみて」

「周り…………?」

 

 彼女に言われて周囲を見回すと遠目に自分を見る無数の視線に気付いたのか、あ、と口をあんぐりと開ける。

 

 どうやら怒りのあまり周囲の様子に気を配る余裕もなかったのか、今更になって自分がどれだけ悪目立ちしていたのか気付いたらしい。

 

 思わず顔を赤くする香取だが、華は容赦がなかった。

 

「取り敢えず、早く隊室に行くよ。これ以上醜態を晒したい、って言うなら別だけどね」

 

 

 

 

「むぅ」

「口を尖らせても、今回のも葉子の自業自得だよ。最近、増えたけどね」

「むぅぅ」

 

 香取隊、隊室。

 

 そこで華と二人きりになった香取は、盛大に口を尖らせて不貞腐れていた。

 

 正論を言っているのは華で、悪いのは自分。

 

 分かってはいても、納得出来ずに不貞腐れるあたりが彼女らしいと言えるだろう。

 

「木虎さんに負ける事なんて、いつもじゃない。何度も格上に挑み続けるなんて、珍しいね」

「格上じゃないわよ。あんな年下の乳だけ女、絶対アタシの方が強いに決まってんだから…………っ!」

「能力だけじゃなくて、身長と胸のサイズも負けてるけどね」

「は~な~!」

 

 ギリリ、と歯を噛み締めながら香取はうー、と威嚇する。

 

 事実は事実なのだが、如何せん年下の少女に実力どころか身長やスタイルまで全負けというのは、些か以上に年頃の女子高生にとって許し難い部分であるのだ。

 

 なまじ影浦や太刀川といった、年上で明確な圧倒的格上、というのであればまだ納得は出来ただろう。

 

 しかし木虎は年下であり、同性という事もあって対抗意識が捨て切れていなかった。

 

 また、我の強い優等生タイプの木虎に対して性格的に馬が合わない、というのもある。

 

 とにかく木虎は香取からしてみれば不倶戴天の敵であり、相容れない眼の仇のような存在だった。

 

「けど、それにしてもムキになり過ぎじゃない? 葉子、何か焦ってる?」

「…………」

 

 されど、それにしたところで最近の香取の様子は目に余った。

 

 香取はここ最近個人ランク戦を繰り返しており、格下を徹底的にボコして悪目立ちする、といった事も一度や二度ではない。

 

 例外的に木虎には眼が合っただけで因縁を付けて挑んでいるが、何処か焦ったような様子なのは否定出来なかった。

 

「…………ねぇ、華。()()()がいなくなって、もう三年だよね。でも…………」

「…………! そう、ね。もう、そんなになるのね」

 

 思わず、息を呑んだ。

 

 それだけで、華は香取の言いたい事を悟ったからだ。

 

 香取の言う、「あの子」。

 

 それは、即ち。

 

「樹里、今も行方不明だもんね」

 

 ────────木岐坂樹里。

 

 かつての二人の幼馴染であり、三年前の大規模侵攻の際にいなくなった少女。

 

 二人はあの大規模侵攻の被災者であり、それぞれの自宅は潰れて瓦礫の山と化した三門市を目撃している。

 

 共に被災後は入院しており、特に華は退院まで大分かかった上に家がなくなったのは香取も同じなのであの後はかなりバタバタしており、樹里がいなくなった事が耳に入ったのは暫く日数が経過してからであった。

 

 被災直後というのは何処も彼処も情報が錯綜するのが常である上、前代未聞の「未知の兵器による街への侵攻の結果」という戦争もかくやという惨状を残す災害であった為に、生存確認がきちんと出来たのは大分後になってからだったのだ。

 

 後から樹里の行方不明の知らせを聞いた二人は、同時に彼女の両親の訃報も聞いていた。

 

 それもあって周囲は樹里の生存を絶望視していたが、香取は頑としてそれを認めなかった。

 

 そこでボーダーが行方不明者確認の為の協力を募っている事を知ると親に懇願し、樹里が愛用していた抱き枕から彼女の頭髪を採取して、ボーダーに提出。

 

 自分は華と共にボーダーに入隊し、可能であれば樹里を探す伝手とするべく動き出したのだ。

 

(もう、三年経つのか。葉子も、焦ってるんだね)

 

 華にとっても樹里は大切な幼馴染で、可能ならもう一度会いたいという想いも一緒だ。

 

 しかし、現実主義な彼女は樹里の生存をほぼ有り得ないと結論していた。

 

 これまであの大規模侵攻の際にいなくなった行方不明者で、帰って来た者は一人もいない。

 

 少なくとも公的には、近界からの帰還者などという存在は一人も出ていない。

 

 三年という月日の経過も、その諦観に拍車をかけていた。

 

 もう三年も経過して何の音沙汰もなく、香取自身「もう会えないのではないか」という諦観が心の隅に湧いて来ているのだろう。

 

 香取が焦っているのも分かるが、だからといって具体的な解決案などある筈もない。

 

 それに、わざわざ街を襲ってまで人を攫って行くような相手だ。

 

 攫われた者達が、まともな扱いをされているとは到底思えない。

 

 それを思うと幼馴染の辿ったであろう末路に胸が痛むが、かといって香取のようにただ生存を願って前に進み続けるようなバイタリティーは自分には無い。

 

 どうせ、願ったところで叶わないのならば。

 

 いっそ、希望など持たなくても良い。

 

 それが、現実を直視し過ぎるが故に諦観が根付いた少女の根底にあった考えであった。

 

「そういえば、さ」

「なに?」

 

 ふと、思い出すように香取が呟く。

 

 なんだろう、と華は首を傾げつつ、続きを促した。

 

「さっき、木虎といた時になーんか視線があるなって思ってチラリと見たら、あいつがいたのよね。えーっと、木虎のトコの狙撃手の」

「佐鳥くん?」

「そうそう、そいつ。けど、アタシが振り向く前に迅さんに声かけられてどっか行っちゃったのよね。一体、なんだったんだろ」

「…………そう…………」

 

 華は、香取の話を聞いて眼を細めた。

 

 佐鳥賢。

 

 パーソナルデータは、知っている。

 

 何せ、有名人だ。

 

 広報部隊である嵐山隊の狙撃手であり、ツイン狙撃(スナイプ)と銘打った派手な戦法を使う三枚目キャラの名物狙撃手。

 

 それが、大衆からの彼への評価だろう。

 

 だが。

 

 観察眼に優れる華は、そのひょうきんな性格は役柄上の演技が多分に入っていると見ていた。

 

 少なくとも、モテたいと嘆き三枚目を気取る姿は素顔ではあるまい。

 

 その本質はかなり聡く、生真面目な性格であると考えていた。

 

(佐鳥くんが、葉子を見てた…………? 何の為に…………? しかも、迅さんに呼び出された…………?)

 

 その彼が香取を見ていたというのは、どうにもしっくり来ない。

 

 しかも、その後に「あの」迅に呼び出されて消えたというのだから、猶更だ。

 

 迅の、未来視を持つS級隊員の事は華も情報としては知っている。

 

 彼が実質上層部さながら、どころかボーダーそのものを左右する重要人物である事も。

 

 迅が姿を見せた以上、何かが起こる前触れであると言っても過言ではない程に。

 

 彼の人物の持つ意味は、大きいのだから。

 

(ちょっと、気になるかな)

 

 華は、その疑問を放置出来なかった。

 

 香取に気付かれないよう、今後の計画を立てる。

 

 一つの思惑を持ち、少女が密かに動き始めた。

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