香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の変遷②

 

 

「綾辻先輩、香取ちゃんって知ってます?」

「知ってるよー。直接話した事はないけど、それがどうしたの?」

 

 綾辻は突然の佐鳥の質問に対し、表情を変えぬままそう答えた。

 

 此処は、嵐山隊の隊室。

 

 思うところがあってやって来た佐鳥は、他の隊員がいない事を確認すると開口一番尋ねたのだ。

 

 香取葉子という隊員を知っているか否か、と。

 

 答えは、是。

 

 だが、綾辻は唐突な問いかけをした佐鳥を訝し気に見詰めている。

 

 それはそうだろう。

 

 いきなり特に交流のなかった筈の女子隊員の名前を挙げて、「知っているか」と聞く。

 

 ハッキリ言って、怪しまない方が無理があるというものだ。

 

「えっと、その、香取ちゃんと仲が良い子っていうか、彼女って幼馴染とか親友とかいたりするかとか、分かりますか?」

 

 されど、此処で怯むようならそもそもこの場に来ていない。

 

 続けて、佐鳥は本命の質問を口にした。

 

 今、彼が綾辻にこの問いを投げかけた理由はこれだ。

 

 即ち、樹里が会いたがっている「もう一人の幼馴染」とは誰なのか、という疑問である。

 

(樹里ちゃんは、大切な子が()()いたって言ってた。その記憶が正しいなら、香取ちゃんの他にもう一人いる筈なんだ。彼女の、「幼馴染」が)

 

 あの夜、樹里は確かに大切な人が「二人」いると口にした。

 

 その内一人が香取なのは、最早疑いようがない。

 

 ならば、その「もう一人」というのは香取の身近な人間にあたるのではないか。

 

 佐鳥は、そう考えたのだ。

 

(迅さんから止められたのは、香取ちゃんに対する情報伝達だけだ。けど、()()()()に対しては今現在何も制止がかかっていない。香取ちゃんに直接生存を伝えるのが駄目なんだったら、もう一人の幼馴染には何らかの形で伝えたい。せめて、それくらいはしてあげたいんだ)

 

 迅から止められたのは、あくまでも「香取に対する情報伝達」だ。

 

 故に、「もう一人の幼馴染」に関しては何も言われていないと考える事が出来る。

 

 屁理屈なのは承知の上だが、かといってこのまま座して何もせずに待つという選択肢は有り得ない。

 

(あの声を、あの願いを聞いた以上、無下になんて出来ない。今は記憶をなくして何も頼れる芯がない樹里ちゃんに、少しでも安心を与えてやりたい。そう思うのは、間違いじゃあない筈だ)

 

 自分の行動が相当にグレーな事は、分かっている。

 

 機密や情報漏洩のリスクを考えれば、たとえ口の軽そうな香取相手でなくとも生存を伝えるのは本来やってはいけないのだろう。

 

 だが、それではあまりに樹里達が不憫過ぎる。

 

 あれだけ再会を熱望している相手だというのに、生存すら伝えられない。

 

 その理由も理屈も分かるが、感情では納得出来ない。

 

 佐鳥は自分の立場や持つ責任を理由に葛藤を続けていたが、嵐山に後押しをされた事もあって前に進む事を決断した。

 

 組織の一員としては、間違っているのだろう。

 

 しかし、広報部隊の一員とはいえ佐鳥はまだ中学三年生の15歳。

 

 感情に揺れ動かされる事があっても、なんらおかしくはない。

 

 ある種開き直りに近い境地で、佐鳥は行動を起こす事を決めていた。

 

 勿論、必要以上に迷惑をかけるつもりはないし、やった事の責任はきちんと取るつもりだ。

 

 嵐山は「責任は自分が取る」と言ってくれたが、それでも自分の行動の尻拭いを全て彼にさせるつもりなど毛頭ない。

 

 間違っているのは、分かっている。

 

 だからこそ、自分のやる事には自分自身で責任を持ちたいのだ。

 

(けど、おれは生憎オペレーターの子にコネなんかない。下手に話を広めるワケにもいかない以上、尋ねられるのは綾辻先輩しかいないんだ)

 

 しかし、実際に動くとしてもハードルがあった。

 

 それは、佐鳥は香取に対して話した事すらなく、そもそも彼女との接触自体を迅に妨害される可能性がある事だ。

 

 未来視を持つ迅の眼を掻い潜る事は、かなり難しい。

 

 直接香取と接触するのは、現実的ではないだろう。

 

 だからこそ、彼女と親しい人間をどうにか聞き出せないか、と綾辻に尋ねたのだ。

 

 あの性格では恐らく、親しい人間というのはかなり限定されるだろう。

 

 少し聞いて回ったところ、香取がボーダー内でまともに会話をしているのはほぼ自分の隊の人間だけのようだった。

 

 ならば、彼女と親しい人間を探れば自然「もう一人の幼馴染」に辿り着けるだろうという寸法だ。

 

 既に候補を見付けてはいるのだが、間違っていたでは済まされないので確証が欲しい。

 

 今は、それを確認すべく綾辻を尋ねたワケだ。

 

「一応聞くね。なんで、それを知りたいのかな?」

「…………すみません。理由は、言えないんです。ムシの良い話なのは分かっていますが、どうか教えて下さい。お願いします」

 

 佐鳥はそう言って、綾辻に対して頭を下げた。

 

 適当な理由を言って誤魔化す事も出来たが、それでは誠意というものがない。

 

 幸いというべきか、綾辻は樹里の事を知っている。

 

 詳しい事情までは知らない筈だが、彼女が秘密を多く抱えた人間である事くらいは推察しているだろう。

 

 だから、こう言えばこちらの真意は伝わる筈だ。

 

 故にこそ、彼女を質問相手に選んだのだから。

 

「じゃあ、聞き方を変えよっか。それは、樹里ちゃんの為?」

「そうです」

「分かった。じゃあ、教えてあげるね」

 

 そして。

 

 綾辻は、にこりと笑ってそう答えた。

 

 あまりにあっさりと承諾を得られたので、佐鳥は眼をぱちくりとさせる。

 

「えっと、良いんですか?」

「良いの良いの。女の子の為って言うなら、私に断る理由はないもん。佐鳥くんなら、悪い事はしないだろうからね」

 

 綾辻は笑顔で、曇りのない瞳でそう言い切った。

 

 その眼には、佐鳥に対する確かな信頼が見える。

 

 普段は茶目っ気を全開にした揶揄などでからかわれる間柄だが、それでも自分の事はしっかりと信用してくれているのだろう。

 

 それがなんだか嬉しくて、佐鳥は思わず苦笑した。

 

「…………ありがとう、ございます」

「佐鳥くん、普段頑張ってるからねー。このくらいやっても、バチは当たらないよ。それで、香取ちゃんと親しい子だっけ」

 

 えっとね、と綾辻は何かを思い出すように虚空を見上げた。

 

 しばしの逡巡の後、そうそう、と呟く。

 

「────────染井華ちゃん。香取隊のオペレーターの子が、香取ちゃんの幼馴染らしいよ。これでいいかな?」

「ええ、改めて感謝します。こんなお願いを、聞いてくれて」

「いーのいーの。馬に蹴られたくはないし、そもそも滅多にない佐鳥くんの我が儘だもんね。このくらい、お安い御用だよ」

 

 そう言って、綾辻はからからと笑う。

 

 何を揶揄しているのかは分かっているが、此処で変に誤魔化してもからかわれるだけだろうし、だからこそ佐鳥はこう告げた。

 

「ええ、後悔だけはしたくありませんから。今後もご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

 

 

 

 

「あ」

「佐鳥先輩。来てたんですね。その様子だと、「臨時の仕事」というのはまだ終わらないみたいですが」

 

 隊室から出た、その直後。

 

 佐鳥は、入り口前で木虎と鉢合わせた。

 

 何処かへ向かおうとしていた佐鳥を見て、木虎はジト目で睨みつける。

 

「根付室長から嵐山さんを通じて話は聞いていますが、その臨時の仕事とやらはいつまで続くかまだ分からないんですか?」

「ごめんね。正直、おれにもいつまでか、ってのは分からないんだ。皆に迷惑をかけてるのは、申し訳なく思ってるんだけど」

「ええ、何をやっているかは知りませんかなるだけ早く戻って来てくれると助かります。佐鳥先輩の抜けた穴を埋めるのは、私達なんですし」

 

 つん、とそう言ってそっぽを向く木虎だが、これも彼女なりの配慮だろう。

 

 佐鳥自身、現状嵐山隊のメンバーに負担をかけているのは心苦しく思っている。

 

 嵐山は人柄故に、綾辻は多少事情を知るが故にその事について咎めたりはしないが、佐鳥のような善性が根付いている人間は「誰からも責められない」というのも重荷になるケースが多いのだ。

 

 それを分かっているからこそ、敢えて木虎は咎めるような論調にしたのだろう。

 

 見ず知らずの相手ならともかくとして、彼女は一緒の部隊で活動する中で多少なりとも佐鳥の性格と性質(パーソナリティ)を知っている。

 

 だからこそ彼が意味もなく仕事を押し付ける筈も、頑なに口を割らない事もないだろうという信頼があった。

 

 故に、キツくなり過ぎない程度に佐鳥に発破をかけたのだろう。

 

 それが出来るくらいには、木虎は出来た人格を持っているのだから。

 

「ありがとう。いつ戻れるかは分からないけど、終わったら穴埋めはするからさ」

「当然です。その為にも、そちらの仕事にも手は抜かないように。何をするにしても、貴方は嵐山隊の一員である事を忘れないで下さい」

 

 そう言って、木虎は振り返りもせず隊室に入って行った。

 

 気を遣わせちゃったなぁ、と佐鳥が内心でため息を吐くとポン、と誰かに肩を叩かれた。

 

「…………とっきー?」

「久しぶりだね。元気?」

 

 そこにいたのは、佐鳥の親友である時枝だった。

 

 昔からの付き合いで、ボーダーに入ったのも一緒である彼はいつものタレ眼でじっとこちらを見据えていた。

 

「なんか、疲れてそうだね。大丈夫?」

「平気平気。むしろ、普段の仕事がない分楽なくらいでさ」

「賢が納得してやれてるなら、それでいいよ。木虎はああ言ったけど、こっちの事は気にしないでいいからさ」

 

 そう告げると時枝は、薄く笑みを浮かべた。

 

 恐らくこの親友には自分が厄介な事情を抱えているのも見抜かれてるんだろうなぁ、と思いつつ頭を下げた。

 

 秘密は、何も言えない。

 

 けれど、告げるべき言葉はある。

 

 佐鳥は改めて時枝に向き直り、真っ直ぐその眼を見詰めた。

 

「ごめんね。木虎にも言ったけど、まだまだ迷惑かけそうだからさ。後で必ず、埋め合わせはするよ」

「分かった。期待してるね」

 

 時枝はそう言って、多くを語らず隊室へ入って行く。

 

 出来た友人を持ったな、と思いつつ佐鳥は廊下を歩き出す。

 

 頭の中で、次の予定を反芻しながら。

 

(取り敢えず、樹里ちゃんのもう一人の幼馴染は染井さんで確定で良いっしょ。香取ちゃんの性格上、他に親しい人間がいるとも考え難いし。前に若村先輩を馬鹿にした隊員を怒鳴りつけたっていう話も聞いたから、身内とそれ以外で大分態度が変わる子っぽいしね)

 

 実のところ、佐鳥は「もう一人の幼馴染」について十中八九華ではないかと考えていた。

 

 香取は、大分友達を選ぶ性格だ。

 

 言動は陽キャの女子中学生っぽいが、その実交友関係を積極的に広めようとする素振りが欠片も見られないらしい。

 

 話すのは大体隊のメンバーであり、特に華とは大分仲が良いようだという話もあった。

 

 いつも口喧嘩をしている若村の事も第三者が貶せば烈火の如く怒ると聞くし、交友関係は狭く深くのタイプである事は容易に想像出来る。

 

 そんな彼女の近くに幼馴染がいるとしたら、間違いなく部隊の中にいる筈だと思ったのだ。

 

 そして、香取隊の中で香取以外の女子は一人だけ。

 

 オペレーターの、染井華である。

 

 なので必然的に彼女こそが樹里の「もう一人の幼馴染」だと当たりを付けていたのだが、先程までは確証がなかった。

 

 しかし、綾辻から証言を得られた今推測は確信に変わったと言って良い。

 

 接触するべきターゲットは、これで決まった。

 

(問題は、どう接触するかだよな。まさか隊室に突撃するワケにもいかないし、かといって染井さんが普段何処に行くかなんて分かるワケないし。どうしたものか)

 

 だが、課題もある。

 

 即ち、「どうやって香取に知られずに華と接触するか」である。

 

 華もまた、香取と同じくボーダー内の交友関係はとても狭い。

 

 同じ職種であるオペレーターと多少話すくらいで、部隊以外の隊員とは事務的な会話に終始する。

 

 それが、伝え聞く華のパーソナリティだった。

 

 本部にいる間は用事がなければ隊室に籠っているらしく、帰りは十中八九香取と行動を共にしている。

 

 安易に隊室へ訪問したり帰り際に会おうとすれば、間違いなく香取の眼に留まるだろう。

 

 自分が香取に接触しようとした、と判断された時点で迅から妨害が入るであろう事は確実だ。

 

 少なくとも制止の末、監視も付けられる事になるだろう。

 

 今後の事を考えれば、それは悪手だ。

 

 かといって、自分は華の連絡先すら知らない。

 

 見ず知らずの隊員の連絡先を教えてくれ、などというのは流石に通らないだろう。

 

 そもそも、華が果たしてボーダー内で部隊以外の人間に連絡先を教えているのか、という疑問はさておくとしても。

 

 彼女に秘密裏に接触を図る事が難しい事は、事実だった。

 

「佐鳥くん、でいいわよね」

「え?」

 

 そんな折。

 

 不意に、覚えのない声を聴き顔を上げる。

 

 考え事をしながらだったので今まで俯いていた為気付かなかったが、そこには一人の少女が立っていた。

 

 眼鏡をかけ、短い茶髪を揺らす彼女の名は知っている。

 

 彼女は。

 

「…………染井さん」

 

 染井華。

 

 まさに今佐鳥がどう接触するかを思案していた相手であり、推定樹里の「もう一人の幼馴染」。

 

 予想もしない遭遇に佐鳥が眼を見開いていると、そんな彼の様子を見た華は眼を細めた。

 

「その反応からして、やっぱりわたしを探してたんだね。推測は、当たりみたい」

「それは、どういう…………?」

「此処で話す事じゃ、ないと思う。佐鳥くんにとっても、その方が良いと思うけれど」

 

 華はそう告げると踵を返し、顔だけこちらに向ける。

 

 その眼には、強い意志の光が宿っていた。

 

「誰にも聞かれない場所で、話をしたいの。付き合って貰えるかしら」

「…………分かった」

 

 真正面から彼女の眼を見た佐鳥はその意思の堅さを理解し、重々しく頷いた。

 

 佐鳥は華の先導の下、廊下を歩いていく。

 

 そんな佐鳥を、華は横目で見据えながらゆっくりと歩を進めて行った。

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