香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅹ

 

 

「出水…………っ! く…………っ!」

 

 三輪は光の柱となって消えゆく出水を目の当たりにし、唇を噛んだ。

 

 やられた。

 

 狙撃手としての樹里は、確かに充分警戒していた。

 

 だが、甘かった。

 

 敵は、嵐山隊は樹里を単なる狙撃手ではなく、さしずめ特殊工作兵(トラッパー)のような環境作成役として利用した。

 

 これまで妙に攻めっ気がなかったのも、全ては彼女が置きメテオラの設置という()()()を終えるまでの時間稼ぎの為だったのだろう。

 

 こちらに意図を気付かれないように立ち回りつつ、遅延戦闘で爆弾を仕込む為の時間を作る。

 

 そして、準備が完了し次第起爆を実行しつつ樹里を戦線投入し、一気にこちらの戦力を削り取る。

 

 超々遠距離狙撃や火力でのごり押しという樹里の持つ()()()()()()()に目を奪われ、彼等の本当の狙いに気付けなかった事が悔やまれる。

 

 この絵図を描いた者が嵐山なのか佐鳥なのかはともかく、戦術的には完敗と言って良い有り様なのは確かだった。

 

「────────」

「…………っ!」

 

 三輪は、攻撃の気配を感じてその場から飛び退く。

 

 その一瞬後、嵐山と時枝のアサルトライフルの斉射が放たれる。

 

 それを、彼はシールドを使わず身のこなしだけで回避する。

 

 出水のやられた瞬間を見ていた三輪は、迂闊な防御が敗北に直結すると判断していた。

 

 隙を見せれば、再び樹里が狙撃を実行する可能性が高いからだ。

 

 合成弾を使った以上、その瞬間はバッグワームを解除した筈である。

 

 それによって大まかな位置は判明しているが、残念ながら────────────────というよりも意図的に、彼女は射線の通らない場所にいるようだ。

 

 少なくとも、奈良坂のいる位置からは視認出来ないとの報告を受けている。

 

 恐らく先程の狙撃は建物の上からではなく、何処かの路地か家屋の中から放ったのだろう。

 

 彼女の強化視覚(しりょく)を以てすれば、一見して射線が通らない場所からでも針の糸を通すような狙撃が可能だろう。

 

 それこそ、建物や障害物の隙間を縫うような弾道も樹里は放てる筈だ。

 

 そもそも、先程の狙撃が通った時点で彼女はいつでも三輪を狙える位置にいると見て良いだろう。

 

 むしろ、そう思わせる事が狙いなのかもしれないが────────────────彼女からの介入がない事を前提に動く事は、この場面ではリスクが高過ぎた。

 

 故に、三輪は最悪を想定して動く。

 

 即ち、一度でも防御に回ったら負けであると。

 

 彼は認識し、動く他なかったのである。

 

(けど、それじゃあ…………っ!)

 

 だが。

 

 そうなると、この場での戦闘の勝利は難しくなる。

 

 恐らく、嵐山達は無理に攻めては来ないだろう。

 

 既に、三輪の側は四名も有用な駒が脱落している。

 

 しかもその内二名は狙撃手であり、残るこちらの狙撃手は奈良坂のみ。

 

 加えて、前衛である米屋とトップクラスのサポーターである出水が落ちた事で、事実上三輪はこの場で孤立したも同然の状況となった。

 

 一応奈良坂は残っているが、迂闊に狙撃をさせるワケにはいかない。

 

 何せ、米屋が落ちた事で彼と対峙していた木虎が自由(フリー)になってしまっているのだ。

 

 奈良坂は優秀な狙撃手(スナイパー)ではあるが、他の狙撃手と同じく寄られれば落とされる脆弱性という弱点は変わらない。

 

 狙撃手としては優秀であるが、彼は東や樹里のような例外枠ではない。

 

 位置を捕捉された上で木虎に襲撃されれば、間違いなく落とされる。

 

 何せ、彼をフォロー可能な人員が誰もいないのだ。

 

 米屋か出水のどちらかが残っていれば連携しての攻撃も可能だっただろうが、現時点で三輪と連携を取って攻撃しようとすれば確実に奈良坂は落ちる。

 

 そうなればこちらの狙撃手全員が落ちる結果となってしまい、敵の動きを縛るものが存在しなくなる。

 

 横からの介入の心配がなくなれば、向こうは総力で三輪を落としにかかる筈だ。

 

 今の段階で三輪が落とされていないのは、少なからず彼等が狙撃手である奈良坂を警戒しているからだ。

 

 故に、この場で奈良坂というカードを切る事は即敗北に繋がると言って良い。

 

 今の三輪に出来るのは、太刀川達に全てを預けてこの場での嵐山隊の思惑に従って遅延戦闘に応じる事だけだった。

 

(情けないが、向こうに任せるしかないか。くそ、どうしてこんな事に…………っ!)

 

 

 

 

『出水くんが落ちたよ。樹里ちゃんの合成弾と狙撃の合わせ技でやられたみたい』

「…………そうか」

『すんません。不覚を取りました』

 

 太刀川はオペレーターと出水本人からの報告を受け、眼を細める。

 

 相次いで知らされた、味方の脱落。

 

 最初から、全員が無事で済むとは思ってはいなかった。

 

 樹里は性能(スペック)だけを見ればA級の自分達から見ても侮れない駒であり、彼女の位置捕捉は仲間の内の誰かの脱落と引き換えにしなければ達成は難しい、くらいには考えていた。

 

 だが、蓋を開けてみれば被害の規模が想定より大き過ぎた。

 

 しかも、此処までで樹里の大まかな位置こそ判明したものの、その姿の視認までは成功していない。

 

 それもこれも、各所に炸裂弾(メテオラ)を仕掛けてそれを起爆するという作戦を実行した向こうの采配の影響だった。

 

 樹里を単騎で運用し暴れて来るだけであれば、どうとでもなった。

 

 一人二人くらいは落とされたかもしれないが、彼女と自分達では集団戦の経験値がまるで違う。

 

 仮に彼女個人の力が強力無比であっても、経験の差がある限りどうとでもなる。

 

 決して侮っていたワケではないものの、そういった考えが少なからずあった事は否定出来ない。

 

 しかし、向こうは彼女を只の狙撃手として運用するのではなく、爆弾の設置という仕込みを行わせる事で戦場の環境そのものを有利なものへ作り変えてしまった。

 

 直接本人を狙うのではなく、近くに設置されていたメテオラを起爆させて退場させられた古寺が良い例だろう。

 

 たった今米屋から月見を通じて知らされたそのやり口を見る限り、向こうは最初からこの展開を狙っていたと見て間違いない。

 

(このやり方は、嵐山の趣味じゃねーな。となると迅か佐鳥あたりの線が濃いが、流石に俺等とやり合いながら指揮るのは無謀だろ。てことは、だ)

 

 太刀川はくく、と笑みを零す。

 

 この采配は、恐らく佐鳥の発案だろう。

 

 嵐山も作戦にゴーサイン自体は出しただろうが、彼の得意とする戦術はこれとは毛色が異なる。

 

 十中八九、佐鳥の案とだとして間違いないだろう。

 

 彼は飄々とした三枚目然とした態度に騙されがちだが、あの東と同時期に狙撃手となった隊員だ。

 

 狙撃手黎明期とも呼べる環境を生き抜いた彼は、狙撃技術だけでなく戦術面も非常に優秀だ。

 

 他のポジションと異なり、狙撃手は独自の立ち回りを求められる玄人向けの職種だ。

 

 遠距離から不意を撃てるという大きなアドバンテージがある一方、近寄られた時点で終わりというリスクの高い性質は一朝一夕では使いこなせるものではない。

 

 敵に見つからず、尚且つ狙撃が実行し易い位置を確保する為の判断力と観察力。

 

 最適なタイミングで狙撃を実行し、初撃でどう仕事をこなすかを考える思考力。

 

 更に発見された場合にどう対処し、チームに貢献する為にどうすべきかを判断する機転。

 

 それら全てが高いレベルで求められるのが狙撃手というポジションであり、必然的に高位の狙撃手は優れた戦略家としての側面も持つ。

 

 東がそうであるように、優秀な狙撃手とは一定の指揮能力や作戦立案能力も兼ね備えているものなのだ。

 

 今回はそれが、この上ない形で見せつけられた事になる。

 

『太刀川さん、上…………っ!』

「…………っ!」

 

 そして。

 

 脅威は、まだ終わってはいなかった。

 

 国近の警告を受け、視線を向ける。

 

 空から、流星が降って来ていた。

 

 雲に届かんばかりに高く撃ち上げられた、光弾の群れ。

 

 それが、この周囲一帯を覆うような軌道で迫っていた。

 

 

 

 

「…………!」

「…………っ!」

 

 その光景は、カメレオンを起動し姿を消していた歌川と菊地原にも見えていた。

 

 向こうの戦場で起こった大爆発は、こちらでも確認している。

 

 故に、この弾幕は高確率で合成弾である誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 着弾と同時に爆発を撒き散らす、誘導ミサイルの如き攻撃。

 

 回避するには、弾幕の範囲が広過ぎる。

 

 今から全力で走ったとしても、効果範囲内から抜け出すのは不可能だ。

 

 故に、この場で生き残るにはカメレオンを解除しシールドを張る他ない。

 

 そう判断し、二人はカメレオン解除に踏み切る事を決断する。

 

「え…………?」

「な…………?」

 

 されど。

 

 その瞬間。

 

 二人の視界が、同時に反転する。

 

 視線の先に見えるのは、首のなくなった自分達の身体。

 

 何が、起きたのか。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 それを理解する間もなく、機械音声が鳴り。

 

 歌川と菊地原は、同時にトリオン体を崩壊させ光の柱となって消え失せた。

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 その光景を目の当たりにし、風間は眼を見開いた。

 

 カメレオンを解除した時の隙を突かれたのであれば、まだ分かる。

 

 だが、今のは断じてそうではない。

 

 あの二人は、迅の風刃による遠隔斬撃で首を落とされた歌川達は。

 

 ()()()()()()()()()()()()位置を捕捉され、撃破された。

 

 一体、何が起きたのか。

 

 風間の頭脳を以てしても、今回ばかりは理解出来なかった。

 

「な、に…………っ!?」

 

 故に。

 

 同じく姿を消していた自分に向かって放たれた遠隔斬撃を、風間は躱しきれなかった。

 

 直前に歌川達の脱落の光景を見ていたが為、既視感(デジャヴ)を感じたが故に直撃だけは避けられた。

 

 しかし今の一撃で左腕は斬り落とされ、少なくないトリオンが漏れ出てしまっている。

 

 風間でなければ、今ので即死していただろう。

 

 それだけ、迅の放った遠隔斬撃の軌道は正確無比だった。

 

「カメレオンを解除して、シールドを張る未来が視えたからね。そこから位置を特定して、狙っただけだよ」

「…………っ!」

 

 その説明を前に、風間は唖然とする他なかった。

 

 確かに、彼の言う通りこの場でサラマンダーを凌ぐ為にはシールドを張るしかない。

 

 しかし、当然それをする為にはカメレオンを解除する必要がある。

 

 迅は、そこを突いた。

 

 カメレオンを解除しなければならない以上、解除後は当然自分の姿を晒す事になる。

 

 その瞬間の光景を迅は未来視で覗き見て、その映像を元にこちらの位置を逆算・解析。

 

 それを元に照準を定め、遠隔斬撃を撃ち放ったのだ。

 

 ライトニング以上の文字通りの神速の攻撃を放てる、風刃を使って。

 

 迅は最適なタイミングで、こちらの戦力を削ぎ落してしまったのだ。

 

「チッ…………!」

 

 そして、更に悪い事に事態はこれだけでは終わらない。

 

 何故なら、上空から降り注ぐ弾幕は、既に間近まで迫っていたのだから。

 

 迅はあくまでも、誘導炸裂弾(サラマンダー)が着弾した時の光景を未来視で視たに過ぎない。

 

 即ち、爆撃に依る爆破はあくまでも()()()()起こるのだ。

 

 最早回避が不可能な以上、シールドを張って防御する他ない。

 

 既に位置が割れてしまっている以上、カメレオン解除を渋る意味はない。

 

 風間は即座にカメレオンを解除し、シールドを展開。

 

 来る爆撃に備え、防壁を展開する。

 

 追撃の心配は、必要ない。

 

 迅の持つ風刃という黒トリガーは、防御機能を一切持たない。

 

 樹里のサラマンダーが無差別爆撃である以上、迅がそれを凌ぐ為には回避する他にない。

 

 何せ、相手は爆撃。

 

 剣で斬り払ってもその場で起爆するのだから意味はないし、シールドを張れない以上は全力で逃げる以外の道はない。

 

「な、に…………っ!?」

 

 そう、思っていた。

 

 迅があろう事か風刃のブレードを投擲し、風間のシールドの下部に穴を穿ちその足を地面に縫い留めるまでは。

 

 そして。

 

「…………っ!?」

 

 その風穴を通って、投擲前に発射されていた遠隔斬撃が飛来。

 

 二発の斬撃が風間の身体を斬り裂き、致命傷を与えた。

 

(やら、れた…………っ!)

 

 風間は、理解する。

 

 自分の、思い至らなかった事実に。

 

 迅は、未来視で爆撃の瞬間を既に目にしていた。

 

 それはつまり、爆発の()()()()もまた、彼は既に視ている事と同義。

 

 つまり、迅は最初からこの爆撃の()()()()が分かっている為回避の労力は最低限で済む。

 

 恐らく、今彼がいる場所こそがその被害を受けない個所なのだろう。

 

 直接斬りかかるのではなく投擲という手段を使った時点で、それは明らかだ。

 

 迅の風刃のブレードは、弧月以上の強度と威力を持つ。

 

 その刃の前では、広げたシールドなど紙切れも同然。

 

 そして、穿たれた穴を通って飛来した斬撃は。

 

 シールドで耐え切る事を前提に足を止めていた風間では、対処出来なかった。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、風間の脱落を告げる。

 

 童顔の暗殺者は、己の失態を噛み締めながら戦場から消え去った。

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