香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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瞬間、心、歪めて

 

 

「え…………?」

 

 佐鳥は、眼前に迫るアームを見て呆然としていた。

 

 戦闘員としての訓練を受けている佐鳥は、奇襲に対する心構えもしっかり持っている。

 

 されど、それが今は発揮されなかった。

 

 否、信じたくなかったのかもしれない。

 

 彼女が、樹里が。

 

 ────────殺意を以て、己を攻撃しようとしているという現実を。

 

 突き飛ばされ、距離が離れていた筈の樹里は信じ難い速力を用いて佐鳥の目の前に迫っている。

 

 瓦礫を纏わせて作り上げた武骨な右腕のアームは、先端が鋭い鉤爪状になっている。

 

 それは、まるで獲物を狩る猛禽類の爪牙のよう。

 

 鋭利な凶器が、無防備な体躯に振り下ろされる。

 

「…………っ!?」

 

 その、刹那。

 

 佐鳥の身体は急に持ち上げられ、その場から退避させられた。

 

 気付く。

 

 自分の身体が、己より小柄で透明な「何か」に抱えられている事に。

 

 次の瞬間、その正体が露になる。

 

 それは。

 

「風間、さん…………?」

「間に合った、とは言い難い状況だな」

 

 風間隊隊長、風間蒼也。

 

 かつて警戒区域で樹里と出会った時に居合わせた少年のような見た目の青年が、佐鳥を抱えて逃がしてくれていたのだ。

 

 風間は佐鳥をその場に下ろすと、視線を樹里の────────否。

 

 ()()()()()()()()に、向けた。

 

『────────』

 

 瓦礫を纏う怪物と化した樹里は、紅く染まった左目でこちらを睥睨している。

 

 焦点を喪い何も映さなくなった右目とは対照的に、紅に塗り潰された左目はその奥から機械音を響かせながら瞳孔を開閉していた。

 

 その視線に、温度はない。

 

 ただ、無機質な硝子玉のような眼球が機械的にこちらの姿を映し出している。

 

 樹里の紅眼からは、そんな印象を受けた。

 

「あれは、あれは一体なんなんですかっ!? 樹里ちゃんは、一体…………っ!?」

「不明だ。だが、遅かれ早かれ()()()()()は確定していたようだ。迅の話ではな」

「迅さん、が…………?」

 

 そうだ、と風間は頷く。

 

 その語り口に佐鳥は、自分が樹里の件について重要事項を伏せられていた事に漸く気が付いた。

 

 即ち、彼女に秘められた危険性について。

 

 佐鳥は何一つ、知る事が出来ていなかったのだから。

 

「どうして、オレには、何も────────」

「お前に話しても意味がなかった、或いは逆効果になった、という事だろう。そもそも、今回の件が早まったのはお前の行動の結果らしい。心当たりが無いワケではないだろう」

「…………っ!」

 

 風間の指摘に、佐鳥は閉口した。

 

 確かに、先程の変貌が起きたのは明らかに佐鳥の行動による影響だ。

 

 迅の話によれば遅かれ早かれ起きていた事態らしいが、それが早まったのは間違いなく佐鳥(じぶん)の責任。

 

 そう考えると、どうしようもなく己を殴りたくなった。

 

 樹里が。

 

 大切な少女があんな姿になってしまったのは、他ならぬ自分の所為であると。

 

 そう、自覚したのだから。

 

「今は反省や後悔を聞いている暇はない。今は、あれを無力化する事だけを考えなければならん。お前もボーダー隊員なら、覚悟を決めろ」

「…………っ! はいっ!」

 

 しかし、今更起きた事をなかった事には出来ない。

 

 現実は、覆せない。

 

 ならば、今出来る事をやり遂げるのが先決だ。

 

 その程度の組織人としての意識(じょうしき)は、佐鳥にも備わっている。

 

(今までの情報から、必要事項を洗い直そう)

 

 改めて、佐鳥は変貌してしまった樹里を見据えた。

 

 全体の造詣は、翼の生えた人型の蜘蛛のように見える。

 

 用途の分からない瓦礫の翼に、背から伸びる8本の瓦礫の蜘蛛脚。

 

 右腕が変じた武骨なアームに、先程見えた極細の糸。

 

 その中で、攻撃に用いられると思われるのは言うまでもなくたった今佐鳥に向けられた右腕のアームと、背の蜘蛛脚だろう。

 

 速力も信じられない程向上しており、佐鳥にはその動きを追い切れなかった。

 

 この事から、あの姿の樹里の戦闘スタイルは機動力を用いての接近戦と考えられる。

 

 それらを佐鳥は、風間に手短に伝えた。

 

「俺も同じ見解だ。先程、あいつは背の蜘蛛脚を使って地面を蹴って移動していた。よって正確にはあの背部パーツは攻撃よりも機動力強化の側面が大きいと考える。無論、先端の鋭利さから考えても攻撃にも転用出来るだろうがな」

「…………成る程、了解しました」

 

 どうやら風間は先程の樹里の動きが見えていたようで、佐鳥の説明に捕捉を加えていた。

 

 佐鳥にはいつの間にか目の前にいたようにしか見えなかったが、流石はボーダーのトップメンバーの一人と言うべきだろう。

 

 或いは、上位の攻撃手には認識出来て当然なのかもしれない。

 

 ともあれ、今の説明で分かった事はある。

 

「つまり、()()()()()()()()という事でしょうか?」

「その可能性はあるな。とはいえ、油断は禁物だ。お前が見たという「糸」の事もある。断定して動くのは危険と判断するべきだ」

 

 背部の蜘蛛脚で地面を蹴って移動していたのなら、直線的な加速力は高いが、小回りが利かない可能性がある。

 

 佐鳥はそう判断したが、風間は断定はしなかった。

 

 そもそも、自分達はあの姿の樹里の攻撃モーションをたったの一回しか見ていない。

 

 想定外の挙動をするリスクは、常に考慮するべきだろう。

 

現地の戦闘員を確認(ヤメテ イヤダ)戦闘実験の段階をフェイズ2へ移行(タタカイタクナイ)臨界駆動による武装の開帳を実行します(コンナノ イヤ)

 

 そして。

 

 その危惧は、すぐさま現実となって現れた。

 

 苦悶の声と重なるように発せられた無機質な機械音声が、その合図だった。

 

 左の紅眼が妖しい輝きを放つと共に樹里の背の瓦礫の翼が広がり、その中央にリングが形成される。

 

 更に、翼から放たれた光がリングに収束し、内部に高エネルギーを充填していく。

 

 同時に八本の蜘蛛脚を地面に突き刺し、己の身体を固定した。

 

「まさか、砲撃…………っ!?」

「そう来るか。だが、想定内だ」

 

 その挙動を見てすぐに佐鳥は遠距離攻撃の可能性を推察するが、それよりも風間の対応の方が早かった。

 

 次の瞬間、樹里の背後に空間から溶けるように一人の少年が姿を現す。

 

 それは、カメレオンを解除した風間隊の隊員、歌川だった。

 

 歌川は砲撃準備をしている樹里の首を狙い、スコーピオンを振るう。

 

 大技の最中、その隙だらけの状態を狙った奇襲。

 

 カメレオンを用いた隠密(ステルス)戦闘を得意とする部隊、風間隊ならではの戦法。

 

 風間は樹里が大技を使う事を想定し、予め部下を近くに潜ませていたのだ。

 

 こうした隙を、逃さず突き崩す為に。

 

「な…………っ!?」

 

 だが。

 

 その目論見は、次の瞬間崩れ去る。

 

 歌川がスコーピオンを振るう間際、その右腕が斬り落とされた。

 

 彼の腕を斬り落としたのは、地面から伸びる突起だった。

 

 突然地面から現れたその瓦礫の棘としか言いようのないそれが、不意を突いたと考えていた歌川の腕を切断したのである。

 

 良く見れば、その突起には少女の身体から伸びる極細の糸が繋がっていた。

 

 その意味を考える暇もなく、樹里の背のリング────────砲塔が、腕を喪った歌川へと向けられる。

 

「歌川ッ!」

「…………っ!」

 

 轟音。

 

 眩い光が発せられ、瓦礫のリングから熱線が放射された。

 

 照準が警戒区域の内側に向けられていた為、街側に被害はない。

 

 しかしその熱波が通り過ぎた跡には、直線状に焼け焦げたクレーターが残っていた。

 

「…………すみません、しくじりました」

「いや、敵の情報を知る前に特攻させた俺のミスだ。それよりも次を考えろ」

 

 はい、と風間の隣で頷く歌川を見て佐鳥は一先ず安堵する。

 

 先程至近距離で熱線を喰らいかけた歌川であったが、持ち前の機動力で何とかそれを躱して此処まで撤退して来たのだ。

 

 避け切れなかった熱線が歌川の右腕を焼き尽くしたが、そもそも肘から先は既に切断されていたので戦闘続行自体に支障はない。

 

「恐らくですが、彼女は俺のカメレオンを看破していました。そうでなければ、あの反応速度は考えられません」

「成る程、ではあいつ相手に隠密(ステルス)戦闘は無意味どころか危険か。菊地原、聞いての通りだ」

「はいはい、面倒な事になったね。もう」

 

 風間の指示で、その隣に今度は菊地原が透明化を解除して現れる。

 

 どうやら彼もまた、最初からこの場に姿を隠していたようだ。

 

「きくっちー…………」

「そんな顔しないでよ。そもそも、あんな得体の知れない子相手に監視がないとかマジで思ってたの? ないでしょ、普通」

 

 菊地原はこちらの言いたい事を悟ったのか、あっけらかんとそう言った。

 

 佐鳥の察した通り、どうやら彼等はずっと自分達を監視していたようだ。

 

 風間の救援が間に合ったのも、その為だろう。

 

 しかし、今はその事に文句を言っている場合ではない。

 

 助かったのは事実なのだし思慮が足りなかったのはこちらなのだから、責めるのは通理に合わないのだから。

 

「いや、そうだね。ごめん」

「謝るのはナシ。恨み言なら迅さんに言えばいいんだし、今は目の前の事考えなきゃでしょ」

 

 ああ、と佐鳥は頷く。

 

 再度、樹里の姿を確認した。

 

 砲撃後の樹里は形成されたリングはそのままだが、今のところ再発射の気配はない。

 

 どうやらあれは連射出来る類のものではないようで、それだけは救いだろう。

 

 そもそもチャージにも相応に時間がかかる様子で精度も甘いようなので、気を付けていさえすれば当たる事はないだろう。

 

「…………此処で戦うのは、危ないよね。もう少し、警戒区域の奥に行った方が良いと思う」

「同意する。市街地にあれが向けられる事だけは、避けるべきだ。だが、本部へ近付き過ぎるのも問題だぞ。迅からも、彼女がああなったら絶対に本部には近付けないよう言われている」

「ホント、面倒な事になりましたね」

 

 問題は、あの熱線が市街地に向けられればタダでは済まない事だ。

 

 先程はたまたま警戒区域の側に発射されたので街への被害はないが、此処はあまりにも市街地に近過ぎる。

 

 無論警戒区域の境界付近の為人がいる場所からは離れているが、あの熱線の射程は見たところ数十メートルはある。

 

 チャージの上限があれで最高だとは限らない以上、この場に留まるのは悪手でしかない。

 

 しかし、迅からの指示で本部に近付き過ぎるのも禁じられているのだという。

 

 確かにあれが向けられれば基地も被害を受ける事が予想されるし、それ自体に違和感はない。

 

 言い方のニュアンスからして厳命であるというのが気にかかるが、どちらにせよ戦闘条件に制限が出来た事に変わりはない。

 

「撃たせない方が良いんでしょうけど、近付くとあのもぐら爪(モールクロー)みたいな奇襲がありますよ?」

「となると、中距離戦を主にするのが得策か。菊地原、聴覚共有を行い俺が前に出る。歌川は中距離から射撃トリガーで援護しろ」

「了解」

「了解。分かりましたよ、もう」

 

 菊地原は渋々といった風に後ろ髪を纏めると、それを見た風間がオペレーターに指示を出す。

 

 それによって菊地原の副作用(サイドエフェクト)、強化聴覚の恩恵を風間も受ける事になり、その感覚が鋭敏化する。

 

 歌川はいつ動き出しても良いように、トリオンキューブを展開した。

 

「これでさっきの奇襲は察知出来る筈だ。菊地原は回避と索敵に専念しろ。前に出る必要はない」

「了解」

 

 加えて、菊地原を完全な索敵器(ソナー)とする事で危険回避の能率を上げる。

 

 まだどんな手札を隠しているか分からない以上、備えに備えを重ねるのは当然だ。

 

 そのくらい出来なければ、初見殺しの塊である近界民相手の戦闘が発生する近界遠征など行ける筈もないのだから。

 

「佐鳥、お前に細かい指示は出さん。撃てると思った時に撃て。だが、一度撃てば攻撃の優先順位が変わる可能性がある。慎重に動けよ」

「了解しました」

 

 風間の言葉を受け、佐鳥はイーグレットをその手に生成する。

 

 狙撃手としては相手に位置がバレている状態ではその脅威度は半減するが、今はそんな事を言ってはいられない。

 

 そもそも、歌川の話からすれば今の樹里は高度な索敵能力を備えている可能性が高い。

 

 隠れようとしたところで、そこを熱線で射抜かれれば意味が無い。

 

 ならば位置がバレていても、中距離火力として控えていた方が良いだろう。

 

「行くぞ」

 

 風間は短くそう告げ、地を蹴り樹里の下へと疾駆した。

 

 それに対し、樹里は瓦礫の翼を広げエネルギーの充填を始める。

 

 しかし当然、風間の迎撃には間に合わない。

 

 つまり、これは。

 

「矢張りな」

 

 風間はその場から飛び退き、大きく横に移動する。

 

 たった今まで彼がいた場所には、無数の瓦礫の杭が出現していた。

 

 砲撃の予兆を見せる事で特攻を誘い、この罠で返り討ちにする。

 

 戦法としては、常道。

 

「ワンパターンだ。戦闘経験の蓄積がないと見える」

 

 しかし、先程見せたばかりの手にかかる風間ではない。

 

 教科書通りの模範解答を見せられたところで、応用性がなければそれは見えている攻撃(テレフォンパンチ)と変わりない。

 

 機械的故の戦闘経験値の稚拙さが、此処に来て露となる。

 

『あ、アァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa────────ッ!!??』

 

 そして、風間のスコーピオンが瓦礫の右翼を斬り落とし、同時にリングに込められていたエネルギーが暴発。

 

 上部の蜘蛛脚四本がその余波で吹き飛ばされ、背に爆風を受けた樹里は金切り声をあげて悶え苦しむ。

 

 通常トリオン体は痛覚設定を抑えている筈だが、あれはボーダーのトリオン体ではない。

 

 或いは、痛覚が通常通り機能している可能性も考えられる。

 

 何の為にそんな仕様にしているかは、分からないが。

 

(樹里ちゃん…………っ!)

 

 そんな少女の姿を見た佐鳥の心が、悲鳴をあげる。

 

 少年は助けたい少女の苦痛に歪む姿を見ながら、軋む己の心を叱咤していた。

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