「小南先輩、レイジさん…………っ!」
佐鳥はその二人の登場に際し、大きく眼を見開いた。
無理もない。
樹里が堅い防御装甲を纏い風間隊だけでは形勢不利となったその直後、現状を打破可能な戦力が突如として舞い込んで来たのだから。
玉狛第一隊長、木崎レイジ。
そしてその部隊のエース
双方共に一人で一部隊として換算される文字通り一騎当千の実力者であり、ボーダー最強と謳われる玉狛第一の最精鋭だ。
この場に駆け付ける援軍としては、最上のものと言えるだろう。
「でも、なんでお二人が…………?」
だが、疑問は残る。
何故、こんな場所にピンポイントで最強戦力二人が送り込まれたのか。
流石にこれが偶然であるとは、佐鳥は思えなかった。
「迅から頼まれてね。自分は行けないけどヤバそうだから手伝って来てくれ、って言われたの」
「同じくだ。だから、お前達の事情は何も知らん。ただ、目の前の脅威を無力化しろとしか言われていないからな」
佐鳥の疑問に、二人は即座に答える。
その回答に、佐鳥は息を呑む他なかった。
(一体、どれだけの用意を────────いや、そうさせてしまったのはオレなんだ。今は、出来る事をやらないと)
どれだけ言葉を重ねても、今の状況の原因の一端を担っていたのは間違いなく自分である。
ならば、その後始末の為に奔走してくれたらしい迅に報いる働きを見せなければ話にならない。
最強戦力二名が到着したとはいえ、異形と化した樹里の力は未知数。
実力者がやって来たからといって、他人事でいる事など許されない。
まだ、どんな埒外の仕掛けがあるか分かったものではないのだ。
樹里に何が起きているのか未だ理解が及んでいない佐鳥だが、碌でもない事が発生している事だけは分かる。
そしてその事態は、佐鳥の想像よりも遥かに悪辣で、根深いものだという事も察している。
ならば、現状を改善する第一歩としてまずは樹里を止めなければならない。
(やるべき事は、変わらない。オレは、オレの出来る仕事をやらないと)
佐鳥は顔を上げ、翼と蜘蛛脚を破損した樹里を見据える。
紅に染まった少女の左目が、怪しく輝いた。
『
瞬間、少女の身体から無数の糸が展開された。
四方八方へ伸びる糸はやがて指向性を持ち、その場にいる全員へと襲い掛かった。
「甘いわ」
しかし、それが佐鳥達へ到達する事はなかった。
小南の放った
更に撃ち漏らした糸は、風間隊が切断。
残った数本もレイジのガトリングが吹き飛ばし、敵の攻撃は無為に終わった。
「その糸は色々厄介そうだけど、強度はそんなでもないみたいね。射出する速度も眼で追えない程じゃないし、タネさえ分かれば怖くないわ。初見殺しのトリガーなんて、
ふふん、と小南はいつも通りのテンションでどや顔をするが、その視線には明確に剣呑な光が宿っている。
事情は知らされていないらしいが、それでも目の前の少女が碌でもない事になっている事くらいは察しているのだろう。
誠実で善性の塊のような小南にとって、少女の境遇は決して看過出来るものでないに違いない。
態度こそいつものそれに見えるが、既に彼女は戦闘モードに切り替わっている。
詳細の分からない攻撃は、一切受けない。
そんな戦場での常識を、自然と実践しているのがその証拠だ。
近界のトリガーは、こちらのものと違ってどんな性能なのかは実際に見てみるまで分からない。
つまり、初見殺しの性能が高いのが
そんなトリガーの使い手と近界で幾度もやり合った経験のある小南は、
どんな効果のあるか分からないものには、そもそも触れない。
こちらに向けて来た以上有害なものである事に違いはなく、その追加効果によっては即座に窮地に追い込まれてもおかしくない。
だからこそ、防御ではなく回避と迎撃を。
攻撃を受け止めるのではなく、到達する前に阻止する。
それが、近界での戦いの鉄則なのだから。
『
そして、樹里が再び動く。
苦悶の声と共に発せられた無機質な音声と共に、轟音が響き周囲の地面が一斉に隆起。
十数メートルはあろうかという、巨大な蜘蛛脚を模した瓦礫の塊が出現した。
もしもこれが街中で発生していれば、パニックが起こる事は必至だろう。
既に辺りは暗くなっており、街の人々に視認される可能性は少ない。
警戒区域では戦闘音など日常茶飯事であり、騒音が鳴る程度では問題にならない。
市民への暴露は、現状は左程懸念はない。
だが、この大質量は明らかに脅威だった。
「…………!」
当然の如く、巨大な蜘蛛脚が降って来る。
あんな大質量をまともに受ければ、ただでは済まない。
トリオン以外での攻撃でトリオン体は破壊されない筈だが、果たしてあれがただの瓦礫の塊なのか、それともトリオンによる攻撃として認証される何らかの細工がしてあるのか。
もしくは大質量で生き埋めにする事が目的なのか、一切が不明。
「避けなさい!」
故に、回避一択。
現在、今の樹里の持つ手札の
どういった技術が使われ、どういった効果を齎すか等、その全てが不明なのだ。
ならば、まともに受ける選択肢は有り得ない。
戦場では、常識を盲信し思考停止した者から死んでいくのだから。
小南を始めとして、全員がその場から散会していく。
素早い反応。
戦場に慣れた者特有の、即断即決の動きだ。
「…………っ!」
「もう、世話焼けるね」
そしてお世辞にも機動力が高いワケではない佐鳥は菊地原が抱え、跳躍。
蜘蛛脚の振り下ろされた際に起きた轟音が、虚しく響く。
既に退避した者達に続き、巨大な蜘蛛脚の質量攻撃から逃れ切った。
『
しかし、それで攻撃が終わる筈もない。
巨大な蜘蛛脚は再び空高く持ち上がり、標的へ向けて振り下ろされる。
都度風間達は退避するが、攻撃は止まらない。
二度、三度と繰り返し蜘蛛脚を振り回し、着弾地点に巨大なクレーターを作りながら攻撃を繰り返していく。
あまりの質量故に、回避だけでも一苦労だ。
スピードは左程でもないが、そもそもの質量がとんでもない。
大きさは、強さだ。
とてもではないが、反撃が出来る隙がない。
『アァ、イィ、アァ、ヤァ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァ…………ッ!!!』
(樹里ちゃん…………っ!)
加えて、気になるのは樹里の異様な苦しみようだ。
この大質量攻撃を行っている張本人である筈の樹里は、身体を抱きかかえるようにしてもがき苦しんでいる。
その身体自体も淡く発光しており尋常ではないが、佐鳥は何よりも苦悶にあえぐ少女の姿こそが耐え難かった。
それはまるで、身体の中から無理やり何かを絞り出されるかのような、耐え難い苦痛を伴うが故の悲鳴に思える。
(あれだけ無茶苦茶な攻撃を繰り返してるんだ…………っ! 規模から考えても、トリオンが保つワケがない…………っ! 相当な負担がかかってる筈だ…………っ!)
先程の音声や今までの経緯から鑑みるに、現在樹里はトリオン不足に陥っていると考えられる。
あの超規模のレーザーを撃った挙句に翼の破壊による暴発に巻き込まれてダメージを負い、今はあんな巨大質量の蜘蛛脚を複数振り回し続けているのだ。
樹里のトリオンがどれだけあるかは分からないが、普通ならとっくにガス欠になっていてもおかしくはない。
だというのに、樹里は止まる様子が一切見られない。
むしろ先程よりも更に苛烈な攻撃を繰り返しており、その姿は狂気じみたものにさえ映る。
それがたとえ、内側に仕込まれた悪意によって動いている操り人形同然の実態だとしても。
消費されているのは、樹里の命だ。
それだけは、間違いがなかった。
(このままじゃ、樹里ちゃんが壊れる…………っ! 早く、早く何とかしないと…………っ!)
このまま徒に戦闘を続ければ、樹里は手遅れになるという確信があった。
彼女にあんな悪趣味なものを埋め込んだ者の意図は知らないが、どうせ碌なものではあるまい。
少女の命すら、どうでもいいと考えていただろう事は確かだった。
(けど、どうやって…………っ!? あんな攻撃の中、樹里ちゃんに近付くなんて自殺行────────)
────────二丁あれば、その分だけ守れる範囲が広がるでしょ────────
(あ────────)
ふと、気付く。
それは、過日の出来事。
己の得意な戦闘スタイルに対し純粋な疑問を呈して来た親友への、自分の正直且つ傍から見れば常軌を逸している回答。
自分なら出来ると思ったし、その方が多くを守れると短絡的に考えたからだ。
結果としてそれを現実のものとして来た経緯が、自分にはある。
誇る程の事ではない。
口では色々アピールしているが、ある程度結果が伴えばそれで良いと割り切っている。
(そうだ。オレは、より多くを守る為に二丁の銃を持つと誓ったんじゃないか。便利な
だが、今は。
否、今こそ。
その二つの武器が、必要な時だ。
ご丁寧に、菊地原と言う便利な
前衛を務めてくれる、頼もしい仲間もいる。
ならば、出来る筈だ。
己が
「風間さん、小南先輩…………っ! それに、菊地原…………っ!」
佐鳥は、まず呼びかけた。
敬愛する先輩に、頼もしい女戦士に、信頼する友人に。
三者は突然の佐鳥の申し出に驚く事なく、傾聴の姿勢に入る。
無駄口は必要ない。
今はただ、伝えるべき事を伝えるだけだ。
「お願いします。力を、貸して下さい…………っ!」
「作戦開始だ。歌川」
「了解」
風間の指示により、歌川が動き出す。
トリオンキューブを展開した歌川は、ハウンドを斉射。
悶え苦しむ樹里に向かって、無数の光弾が発射される。
『────────!』
それに対し、樹里の周囲に無数の瓦礫の壁が出現する。
糸で瓦礫同士を繋いで作り上げた防壁は、歌川の攻撃を弾き飛ばす。
所詮は、平均的なトリオンの持ち主による射撃だ。
ハウンド故に威力は低く、防御を固められれば為す術はない。
「上出来だ」
『────────ッ!?』
だがそれは、あくまでも単体で挑んだ場合の話だ。
壁で己を囲み、自ら視界を閉ざした樹里の下へ一つの影が舞い降りる。
その影は、小南は両腕の片斧同士を接触させ、その接続部に火花が散る。
「
そうして2つの片手斧は1つの巨大な戦斧となり、少女の細腕でそれが振り下ろされる。
一閃。
戦斧、双月による斬撃は樹里の右腕ごとその右翼を断ち切った。
『アィィィィィヤァァァァアアァァァ、アァァァァァアアアァァァァァァァァァ…………ッ!!??』
苦痛にもがく少女に連動するかのように、周囲に展開されていた巨大な蜘蛛脚約半数の動きが止まる。
否、止まるだけではなく崩れていく。
操り主に異常が起きたが為に、蜘蛛脚はその形を留める術を喪っていた。
文字通り糸が切れたように、瓦礫となって崩れていく。
よくよく見れば、その瓦礫に繋がっていた糸は切断された右翼から伸びていた。
その翼がなくなった今、瓦礫を操る術も喪失した、という事だ。
(浅かった。でもあの翼が重要な部位ってのは分かった。後は…………っ!)
「一度で駄目なら、二度だ」
そして、この期に及んで手を緩める者はいない。
レイジはガトリングを斉射し、残る左翼に弾丸を叩き込んでいく。
絶え間なく発射される弾幕の嵐が、糸で紡ぎあげられた張りぼての翼を打ち据える。
夥しい数の弾丸を叩き込まれた左翼は瞬く間に千切れ、切断された糸と共に落下していく。
同時に残り半数の蜘蛛脚の動きも止まり、崩壊を始めた。
翼がない以上レーザーの発射は出来ず、蜘蛛脚も停止した。
これでもう、樹里の攻撃手段は概ね消失した。
少女の背部には頑強な鎧が残っているが、逆に言えばそれだけだ。
背面が狙えないのであれば、正面を狙えば良いだけの事。
佐鳥は、樹里を無駄に苦しめるつもりはなかった。
今は一刻も早く無力化し、その命を助ける事が先決。
その為に狙うべき部位は、決まっていた。
「────────ごめんね、樹里ちゃん」
そして、引き金は引かれた。
菊地原に抱きかかえられたまま、二丁のイーグレットを構えた佐鳥は。
物陰から飛び出すと共にそれらを同時に撃ち放ち、二つの弾丸が発射される。
着弾。
佐鳥の弾は、二発同時に少女の左目を撃ち抜いていた。
異変が始まって以降、明らかな異常の原因と思われる部位。
即ち、紅に染まった左の眼球。
あれが元凶であると直感した佐鳥は、最初からそれを狙うべく絵図を描き。
こうして、届かせた。
『検体の戦闘能力喪失を確認。実験継続は困難です。戦闘状態を停止。これを以て
無機質な機械音声が、響く。
同時に樹里のトリオン体が罅割れ、崩壊。
黒い煙に包まれ、少女の戦闘体は消え去った。
「樹里ちゃん…………っ!」
そうして、その場には気を失った少女が残された。
佐鳥はすぐさま銃を放り投げて駆け出し、樹里を抱き上げる。
気を失っているが、ゆっくりと上下する胸を見て佐鳥は一先ず安堵する。
こうして、樹里の暴走に端を発した事件は終結した。
残るは、後処理の話となる。