香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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最終幕~ニューワールドオーダー/Dawn of the White Girl
白の目醒め①


 

 

(…………あれが、今の樹里ちゃんの…………)

 

 佐鳥は一瞬の白昼夢の後、視線の先に顕れた変わり果てた樹里を見据えた。

 

 土煙が、晴れる。

 

 其れは、記憶の中の姿とは違っていた。

 

 異形を象徴する粗末な瓦礫の翼は6枚の頑強な鋼翼となり、先端が筒状になっている。

 

 天使の翼というよりも、どちらかといえばパイプオルガンのパイプを翼状に並べたもののように思える。

 

 右腕は武骨な砲塔と一体化しており、左腕は猛禽類の爪のような鋭利なパーツが装着されている。

 

 腰からはスカート状に無数の触手のようなものが伸びており、先端は鏃のようになっている。

 

 以前の蜘蛛と天使の合成獣(キメラ)を思わせる姿から、機械仕掛けの悪魔か何かのような悍ましい姿へと変わっていた。

 

(あの時とは、かなり違うな。もしかすると、今の樹里ちゃんが使っているトリガーも取り込んでいるのかもしれない)

 

 その変貌ぶりは、既に原型がないレベルだ。

 

 佐鳥の考える通り、現在の樹里のトリガーを模倣、もしくは複写した装備を備えている可能性は大いに有り得る。

 

 聞き知ったククロセアトロの所業を思い返す限り、その程度は普通にやって来てもおかしくない。

 

(あの砲塔は、間違いなくアイビスを基にした装備だろう。なら、他のトリガーも使えるものと仮定して動くべきだ)

 

 その根拠と成り得るのが、右腕の巨大な砲塔だ。

 

 以前には、あのような装備はなかった。

 

 強いて言えば背の砲撃用のリングがそれに当たるが、佐鳥の勘は違うと感じていた。

 

 あの砲塔は、間違いなく狙撃銃に類するものだ。

 

 狙撃手としての感覚が、それを教えてくれているのだ。

 

(あれが、話に聞いた機巧兵(イムノス)ってワケか。舐めやがって)

 

 佐鳥は鬼怒田から伝え聞いたあの状態の樹里を指し示す名称を思い返し、拳を握り締めた。

 

 あの事件の後、樹里の身体を調べたところ「仕様書」としか言いようのないものが出て来たらしい。

 

 どうやらあの暴走状態────────「臨界駆動」と言うらしいが、あれが起こり沈静化された後、彼女の身体を調べるとそれが出て来るように予め細工をされていたとの事らしかった。

 

 電子データ状であったそれの中にはあの状態の樹里の能力や仕様、及びその名称が記されていたらしい。

 

 どのような事が出来るかは大雑把に書いてあったらしいが、肝心の彼女の身体を元に戻す方法などは欠片もなかったそうだ。

 

 記されていたのは機巧兵としての彼女の「性能」と、それに伴う「仕様」のみ。

 

 詳しい構造などは一切書かれておらず、「兵器としてどのように扱えば良いか」だけが淡々と記述されていたようだ。

 

(出来れば変身を終える前に攻撃を仕掛けたかったけど、それをすると却って不味い事になっちゃうみたいだからね。それがなければ、先制攻撃の一つでもやったんだけど)

 

 但し、「注意事項」としてあの状態に変化する最中に攻撃を仕掛けた場合、その対象へ瞬時に全火力を集中して自動的に攻撃を仕掛けるというギミックが搭載されていると記載があったらしい。

 

 それを聞いていた為に、佐鳥は軽々な攻撃は控えたのだ。

 

 実力者とはいえ、佐鳥は狙撃手。

 

 単体で出来る事は高が知れており、この距離で攻撃を仕掛けて無事に脱出出来るのは東くらいだ。

 

 分は、弁えている。

 

 出来る事と出来ない事の分別くらいは当然のように理解していなければ、救いの架け橋に手をかける事すら許されないのだから。

 

機巧兵(イムノス)への置換が終了しました。付近にトリオン反応を検出。第二次公開性能実験(デモンストレーション)を開始します』

 

 二度目の変貌、だからだろうか。

 

 以前の時に聞こえた樹里の悲嘆(いし)の籠った叫びは存在せず、淡々とした機械音声の如き無機質な声が周囲に響く。

 

 そして、変貌した樹里の右腕の砲塔が佐鳥に向けられた。

 

「…………!」

 

 瞬時に佐鳥は横に跳び、次の瞬間右腕の砲塔から光の弾丸が発射された。

 

 以前に見た、レーザーではない。

 

 それはまさしく、巨大化したアイビスの弾丸。

 

 弾速もサイズも従来のものより強化されたその弾は、横に回避した佐鳥の脇をすり抜けて背後の建物に着弾。

 

 轟音と共に、家屋が跡形もなく吹き飛ばされた。

 

 その威力、破壊の範囲は千佳のアイビスに匹敵しかねない。

 

 昔見た翼のリングから放たれたレーザーのように埒外の効果範囲と物が融解する程の高温を伴っているワケではないが、それでも個人が携行する火器としては過剰なレベルのものである事は間違いない。

 

 むしろ、過剰なまでの火力を求めた結果数発撃っただけでガス欠を起こしかけていたあのレーザーよりも余程効率的で合理的な武器と言えよう。

 

(追撃は、ない。やっぱり、狙撃銃の再装填(リロード)が必要な仕様も受け継いでいると見るべきか)

 

 だが、二発目は来なかった。

 

 それが、アイビスやイーグレットの持つ「一度撃てば再装填(リロード)が完了するまで次弾を撃てない」という仕様を継承している証明となる。

 

 油断は禁物だが、ボーダーのトリガーを模倣している以上その弱点も受け継いでいると見て良いだろう。

 

(けど…………!)

 

 しかし、相手の武器は砲撃だけではない。

 

 異形と化した樹里の両脇に、巨大なトリオンキューブが形成される。

 

 巨大な樽を思わせるサイズのキューブは即座に分割され、無数の光弾と化す。

 

 そしてそれが、一斉に佐鳥に向かって発射された。

 

(やっぱり、追尾弾(ハウンド)も使って来るか…………っ!)

 

 予想はしていたが、模倣された樹里のトリガーはアイビスだけではなかった。

 

 彼女がサブウェポンとして愛用していた射撃トリガー、ハウンドもきっちりと再現している。

 

 しかも、弾数や威力は普段の比ではない。

 

 少なくとも、アステロイドと同程度の威力はあると見て然るべきだろう。

 

 佐鳥の機動力では、これを回避する事は叶わない。

 

「お願い」

「もう、やっぱり世話が焼けるなぁ」

 

 あくまでも、佐鳥()の話だが。

 

 物陰から姿を現した菊地原が、佐鳥を抱えて跳躍。

 

 攻撃手らしい素早い体捌きで、瞬く間にハウンドの効果範囲から退避していく。

 

 地味な役回りと思われがちな菊地原だが、これでもA級。

 

 雑な範囲攻撃から抜け出るなど、本来ならば造作もないのだ。

 

「歌川」

「はい」

 

 そして、追撃を許さぬとばかりに次いで跳び出して来た風間が並び出た歌川に指示を飛ばす。

 

 歌川は既に用意していたトリオンキューブを分割し、射出。

 

 樹里に向かって、追尾弾(ハウンド)で攻撃を仕掛けた。

 

「…………!」

「そう来るか」

 

 だが、その攻撃は樹里の周囲に展開されたシールドによって防がれた。

 

 無数の光弾の直撃を受けても、その光の盾は傷一つ着いていない。

 

 そして、それは。

 

「シールドも模倣されたか。しかもあの様子だと、レイガストクラスの防御力はありそうだな」

 

 ボーダーのトリガーの中でも基本的に二枠セットするのが前提の必須トリガー、シールドを模したものに他ならない。

 

 以前の樹里は防御には物理的な盾を用いており、全方位をくまなくガード出来るワケではなかった。

 

 それが隙となって無力化に繋がったワケだが、あの高性能のシールドはその前提を覆す。

 

 物理的な盾を展開せずとも全方位に防御の障壁を敷く事が出来るのだから、単に攻撃しただけでは足止めにもならないだろう。

 

 ボーダーのトリガーを高出力で模倣(コピー)するとなると遊真の黒トリガーが真っ先に思い浮かぶが、今の樹里の脅威のベクトルはあれと似通っている。

 

 便利ではあるが強度には限度があったシールドの弱点を、高出力で無理やり解決しているのだ。

 

 それがどれだけの脅威かは、今更問うまでもない。

 

『弾』印(バウンド)

 

 だが。

 

 現在の樹里の脅威度が以前より上がっているのは、自明の理。

 

 だからこそ、自分達は準備を怠らなかった。

 

 以前の、突発的な遭遇戦とは違う。

 

 佐鳥だけではない。

 

 迅だけでもない。

 

 多くの、樹里と関わりを持った人々が。

 

 彼女を助ける為に、あらゆる準備を行った。

 

 戦場に、黒い影が現れる。

 

 それは、紛れもなく。

 

 黒トリガーを纏った、遊真の姿だった。

 

 遊真は加速の印を起動し、黒トリガーの出力を以て一気に跳躍。

 

 離れていた樹里との距離を、一瞬でゼロにした。

 

『強』印(ブースト)────────二重(ダブル)

 

 一撃。

 

 二重の印で強化された遊真の拳が、シールドごと樹里を撃ち貫いた。

 

 幾ら強化されたシールドといえど、黒トリガーの出力には耐えられない。

 

 シールドは粉々になり、樹里の右肩が大きく抉られた。

 

『Aaaaaaaaaaaaa…………!』

 

 右肩を抉られた樹里は、呻くような叫びをあげる。

 

 だが、その苦悶の度合いは過去に見たそれよりも明らかに低い。

 

 痛み故の叫びというよりは、ダメージの発生により反射的に発生した挙動のように思える。

 

 少なくとも、見ていて痛々しいでは済まないかつての樹里の姿とは雲泥である。

 

(どうにか、鬼怒田さんが弄った「痛覚設定」はそのままみたいだな。半々って言ってたけど、何とかなったか)

 

 佐鳥は、想起する。

 

 それは、過日。

 

 鬼怒田に呼び出され、開発室に赴いた時の事だった。

 

 

 

 

「じゃあ、樹里ちゃんのあのトリオン体の痛覚設定は調整出来るんですか?」

「そうじゃ。忌々しい事に、その調整方法も例の「仕様書」に載っておった。充分に調べた上で、既に調整してある」

 

 樹里の再度の暴走が確定的になるとの予知を受け、根回しに奔走していた中。

 

 急に鬼怒田に呼び出された佐鳥は、以前より気にかかっていた樹里の痛覚設定の件について説明を受けた。

 

 曰く、当時出て来た────────否。

 

 送り付けられた仕様書によれば、あの白いボディスーツのトリオン体の痛覚設定は意図して生身の身体と同じになっていたらしい。

 

 何故、そんな設定にしていたのかは分からない。

 

 その仕様にした理由の説明も仕様書には載っていたらしいが、鬼怒田が言うには「口に出すのも悍ましい」との事で一切明かされる事はなかった。

 

 …………此処まで例の国、ククロセアトロについてのデータを鑑みるにその「理由」はある程度想像がつく。

 

 恐らくだが、実験体にした者達の反抗心を折る為だろう。

 

 ヒュース達アフトクラトルのメンバーが戦ったククロセアトロの兵隊は、一様に生気が消え失せ虚ろな人形の如しであったという。

 

 実験の過酷さも理由の一つだろうが、戦闘の度にそのダメージが毎回ダイレクトに襲い掛かって来ていたとなればどうであろうか。

 

 トリオン体の利点の一つに、痛みを気にする事なく戦闘が行えるというものがある。

 

 痛みは肉体の危険信号であるが、同時に動きを鈍らせる枷でもある。

 

 戦闘の最中攻撃を受けて負傷し、その痛みによって動きが鈍る、或いは止まるという事は大いに有り得る。

 

 生身の戦闘に慣れた兵士ならばともかく、そんな経験など碌にない一般人であれば猶更だ。

 

 しかしククロセアトロの兵隊は、どうやら強制的に身体を操作されて戦わせていたらしい。

 

 ならば自分の意思ではないモノで動く身体で戦闘を経験し、痛みだけは毎度のように味わわされたとしたらどうか。

 

 そんな日々、常人の精神が耐えられる筈もない。

 

 痛みと血風に塗れた日々の中、人間性が擦り減り真実人形のようになっていったのが容易に想像出来る。

 

 検体の反抗心、或いは人間性を潰す為。

 

 きっとククロセアトロはただそれだけの為に、痛覚設定を利用していたのだ。

 

 確かにこれは、耳にするのも口にするのも悍ましい所業だ。

 

 鬼怒田が口を閉ざしたのも、無理からぬ事と言える。

 

 全ては佐鳥の想像だが、鬼怒田の表情を見た限りでは恐らく間違ってはいないだろう。

 

 彼女が体感した地獄の日々を思うと怒りの余り気が狂いそうになるが、何とか堪える。

 

 此処で怒りを発散しても、意味はない。

 

 今はそれよりも、建設的な内容を話すべきだ。

 

「じゃあ、今度暴走をしたとしても以前のように樹里ちゃんが痛みを感じる事はないんですね?」

「ああ、未だにブラックボックスが多い故に油断は出来んが、設定が引き継がれるのならばそうなる筈じゃ。少なくとも、以前のように痛みによるショックで極度の衰弱状態になる、という事は避けられるじゃろう。本来ならば、暴走そのものを止めてやりたいんじゃがの」

「それは仕方が無いですよ。迅さんが無理って言うなら、無理なんでしょうからね。一先ずは過度に樹里ちゃんを痛めつける心配がなくなった分を、喜びましょう」

 

 そうじゃの、と鬼怒田は頷いた。

 

 以前は戦闘中のダメージがダイレクトに樹里に伝わってしまっていた為、戦闘後それが原因となり極度の衰弱状態に陥ってしまっていた。

 

 あの時の樹里は痛々しいの一言に尽き、叶う事ならあんな様子の彼女は二度と見たくはない。

 

 だから、最早その心配が無いというのは朗報だ。

 

 最善は暴走そのものを止める事だが、あの迅が無理と言う以上は叶わないものとして割り切るしかない。

 

 口惜しいのは事実だが、以前のように自分のエゴで全てを台無しにするワケにはいかないのだから。

 

「じゃが、戦闘が長引けばどうなるか分からん。或いは、隠されていた悪辣な仕掛けが発動して碌でもない事になる可能性もある。じゃから、短期決戦で終わらせるのが理想じゃな」

「その為に必要な戦力は、充分に手配しています。風間隊は勿論、玉狛支部や香取隊、あとは「例の戦力」も徴用可能だそうです」

「…………例の連中か。迅が言うのであれば大丈夫なんだろうが、これは公式記録には載せられんじゃろうな」

 

 ですね、と佐鳥は頷く。

 

 迅が手配した「想定外の戦力」について聞いた時は驚いたが、他ならぬ彼の言う事だ。

 

 土壇場で裏切られる等の心配はしなくて良いだろうし、立場的に微妙な相手なのは理解しているからか迅の独断専行には鬼怒田も眼を瞑ってくれるらしい。

 

 城戸司令にも「黙認する」というニュアンスの言葉を貰っているらしいし、準備は万端と言える。

 

「最早手段は問わん。儂等の勝利条件は、木岐坂が無事元に戻る事じゃ。その為なら、なんだって使って構わん。その代わり、必ず救え。良いな」

「勿論。あの子を喪うなんてのは、オレにとって世界が滅ぶのと一緒です。樹里(せかい)を守る為になら、命だってなんだって懸けてみせますよ。全力でね」

 

 佐鳥はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。

 

 その瞳には、強い決意の光が宿っていた。

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