香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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(ソラ)と沈黙

 

 

(必ず、当てる…………っ!)

 

 千佳は渾身の誓いを込めて、引き金を引く。

 

 スコープの先に映るのは、瓦礫の鎧を纏い異形と化した樹里の姿、

 

 正直、あれがあの彼女であるとは到底信じ難い。

 

 飄々としていて、それでいて確固たる自我を持っていた強い少女というのが千佳から見た樹里の人物像だった。

 

 だが、アレからは最早ヒトの意思は感じ取れず、仕組まれた機巧に操られ躍り続けるだけの人形に思える。

 

 千佳にはそれが樹里という少女に対する最大限の侮辱に思えて、強い義憤を覚えていた。

 

(木岐坂先輩は、わたしが前に進む切っ掛けをくれた。その恩は、きちんと返さないと…………っ!)

 

 もしかしたら、ほんの気まぐれだったのかもしれない。

 

 というよりも、本人がそう言っていた。

 

 けれど、樹里の言葉で千佳が前に進む事が出来たのも事実。

 

 恩は恩として、きちんと返さなければならない。

 

 それが、千佳がこの場に立つ理由。

 

 世話になった先輩に、自分の出来る形で返礼をする。

 

 ただ、それだけの事だ。

 

(当たれ…………っ!)

 

 そして、引き金が引かれ弾丸が射出された。

 

 使用したトリガーは、無論アイビス。

 

 千佳の規格外のトリオンで放たれた砲撃が、玉狛支部の面々によって固められ身動きが取れなくなっている樹里へ向けられる。

 

 アイビスは、使用者のトリオン量に応じて威力の上がる狙撃銃だ。

 

 埒外と言って良い千佳のトリオンを用いて撃てば、それは狙撃と言う範疇ではなく砲撃と呼ぶに相応しいものとなる。

 

 この弾丸の前では、防御という概念は容易く消し飛ぶ。

 

 千佳のトリオン評価値は、()()36。

 

 あくまでも計測機器で測定出来る限界から算出した暫定でこれなのだから、実際は更に上である可能性すらある。

 

 そんな馬鹿げたトリオンによって放たれたアイビスの攻撃は、あらゆる防護を貫通する

 

 よって、樹里を無力化する決め手としてこれが選ばれた。

 

 作戦はシンプル。

 

 玉狛の面子で樹里を固め、その隙に千佳が砲撃を撃ち込む。

 

 これだけだ。

 

 細かい部分は色々と派生があるが、大筋はこんなものだ。

 

 現在。樹里はシールドを張って攻撃を受け止めている最中にある。

 

 回避しようとすればシールドを解除せざるを得ず、そうなればガトリングの弾が直撃する。

 

 もしも強引に回避しようとすればそれなり以上の手傷を覚悟しなければならない上に、そうなった場合に備えて風間隊がいつでも動けるように待機している。

 

 故に、隙はない。

 

 回避という択を選んだ際の逃げ道は封鎖済であり、防御という選択肢はそもそも意味が無い。

 

 これで、詰み。

 

 誰しもが、そう思った筈だ。

 

「え…………っ!?」

 

 だが。

 

 千佳の視線の先で。

 

 樹里は。

 

 少女の姿をした異形は。

 

 予想していなかった、行動を取る。

 

 

 

 

「あれは…………っ!」

 

 風間は、それを見て眼を見開いた。

 

 パイプを束ねたような形状の翼が、一斉に広がる。

 

 更に、両翼の狭間にリング状の物体が現出した。

 

 そして、パイプ状の翼が振動し、室外機のような駆動音と共に空気中から「何か」を吸引し始める。

 

 それと同時にリング状の物体が光を帯び、バチバチと帯電するような音と共にその発光を強めていく。

 

(真っ向から、迎撃するつもりか…………っ!)

 

 その光景には、見覚えがあった。

 

 一年前。

 

 最初に樹里が臨界状態へ至った際に見せた、規格外の威力のレーザー攻撃。

 

 その発射前の状態と、非常に酷似していた。

 

「佐鳥」

『了解』

 

 勿論、黙って見ている事はしない。

 

 シールドを張りながら砲撃が可能というのは驚いたが、もしかすると同時に使用制限があるのはボーダーのトリガーを模したもののみであり、元からあれに備わっていた武装はその制限の外にあるのかもしれない。

 

 どちらにせよ、再びあの威力の砲撃が放たれるのは阻止しなければならない。

 

 シールドを突破出来る火力持ちとしては小南がいるが、今突っ込めば千佳の砲撃の巻き添えを受けかねない。

 

 それで仕留められる確信があるのであればともかく、万が一が有り得る以上此処で小南という大戦力を使い捨てる選択肢は有り得ない。

 

 よって、遠距離から高威力の攻撃を叩き込める佐鳥に白羽の矢が立った。

 

 戦闘の合間に距離を取り、狙撃位置に陣取った佐鳥から二発の弾丸が発射される。

 

 佐鳥の得意技にして唯一無二のユニークスキル、ツイン狙撃(スナイプ)

 

 狙撃手としては色々と型破りなそれが、樹里の右翼に向けて放たれた。

 

 前回は、翼を破壊する事で砲撃を中断させる事が出来た。

 

 故に、強度が不明であるリングではなく攻撃によって破壊可能な事が分かっている翼をこそ狙ったのだ。

 

 あの砲撃を成立させるには、エネルギーを供給する翼の存在が必要不可欠。

 

 樹里の両翼は砲塔へトリオンを供給する発電機、或いは電源ケーブルの役割を果たしていると見られており、それを破壊すればエネルギーが暴走し自壊する。

 

 それによって少なくないダメージを与えられる筈であり、そういう視点で見れば敵の選択は誤っていたようにも思える。

 

「…………っ!?」

 

 だが。

 

 敵の次の手を見て、風間は眼を細めた。

 

 佐鳥の射線上。

 

 それを遮るように、無数の巨大な瓦礫の壁が地面から跳び出したのだ。

 

 二発の弾丸は狙い過たず樹里の右翼の一点を狙っていた為、吸い込まれるように展開された壁に着弾。

 

 壁面を大きく抉るも、敵に到達する事は叶わなかった。

 

 イーグレットはノーマルトリガーの中でも高い威力を誇るが、障壁の突破能力はアイビスには及ばない。

 

 故にアイビスのような壁抜きは出来ず、展開された物理的な障壁によって防がれた。

 

(糸を出していた様子は────────そうか)

 

 風間は樹里の様子を見て、その防御の絡繰りを理解した。

 

 腰から伸びている無数の触手めいた突起が全て、地面に突き刺さっている。

 

 恐らくはあの先端から糸を出し、瓦礫を持ち上げて盾としたのだろう。

 

 糸の射出速度自体はそこまで速いワケではないので、それを見逃すまいと警戒していた。

 

 機巧兵の放つ糸自体は強度はそこまででもなく、ある程度の威力を持った攻撃ならば破壊出来る。

 

 しかし敵は、あのスカート状の触手を素早く地面に突き刺しそこから糸を出す事でこのロスを解決した。

 

 代わりにあの場から移動出来なくなっているようだが、狙撃が防がれた事に変わりはない。

 

 そして、佐鳥の攻撃が失敗した以上砲撃を止める術はない。

 

 リングの発光が一際強くなり、轟音と共に砲撃が放たれた。

 

 眩い光を放つレーザーが、迫り来る千佳の弾と衝突する。

 

 轟音。

 

 二つの大威力の砲撃は空中でぶつかり、爆音と共に炸裂。

 

 空気を軋ませるかのような轟音と共に、砲撃とレーザーは相殺された。

 

 衝撃で地面に展開された壁は薙ぎ倒され、周囲を土煙が包み込む。

 

 通常であれば、千佳の放つアイビスの弾は防御という択すら許されない。

 

 されど、樹里の放つレーザーは効果範囲内をトリオンの熱で焼き尽くす、という焼却の性質を持つ。

 

 衝撃によって弾体のカバーを外し、大気と触れ合わせる事で炸裂させるボーダーの弾とはそもそもの構造が異なるのだ。

 

 ボーダーの弾トリガーはトリオンを圧縮し、それをカバーで覆う事で弾体を作り上げる。

 

 それがカバーが衝撃が外れて内部のトリオンが大気と接触する事で炸裂させ、少ない消費で威力を出す事が出来るのだ。

 

 だが、このレーザーは全くの逆。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()代物となる。

 

 トリオンそのものを熱波に変え、熱線(レーザー)として照射する。

 

 機巧兵(イムノス)に搭載されているレーザーは、そういう仕組みで撃ち出されている。

 

 そこには消耗を抑える工夫も、余計な被害を出さない為の配慮も一切が存在しない。

 

 ただ、威力を上げればそれで良い。

 

 そういう開発方針(コンセプト)の下で、設計されている。

 

 消費トリオンを換算すれば、通常の射撃トリガーの数十倍。

 

 あのエスクードすら遥かに凌ぐ、劣悪な燃費の下でのみ成り立つ暴挙。

 

 母トリガーからの莫大な供給を前提として構築された、後先を微塵も考えない局所兵器なのである。

 

 前回はそれをたった一発を撃っただけでもかなり消耗していた様子である為、その使い勝手の劣悪具合は察して知るべしである。

 

 それを代価としたのがあの時の超射程と大威力を両立させた、あらゆる存在を焼却するレーザー砲なのである。

 

(だが、射程はあの時よりも圧倒的に短い。チャージ時間の短縮を行った為か)

 

 しかし、今の砲撃は前回の時よりも射程は遥かに短かった。

 

 それは恐らく、チャージを殆ど行わずに撃ったが故だろう。

 

 あの時は、記録通りなら砲撃までに10秒近くの時間がかかっていた。

 

 だが、今回は数秒もかからずに撃ち出している。

 

 これは迎撃の為に意図的にチャージ時間を短縮し、射程を犠牲にしてでも強引に撃ったのだと推測出来る。

 

 今回は既に千佳の狙撃が放たれた後であり、悠長にエネルギーを集めていては間に合わなかったに違いない。

 

 だからこそ、樹里────────否。

 

 機巧兵(イムノス)は、はチャージ時間を短縮してでも即座に撃つ事を選んだのだ。

 

(…………戦闘経験のフィードバックの拙さは変わらずだが、それを実地で学び強引に模倣学習(アップデート)しているのか。厄介だな)

 

 この事から、敵はリアルタイムで情報を集積し、それを基に学習────────()()していると言える。

 

 今後も戦闘を続けるごとに、その学習速度は飛躍的に上昇し手に負えなくなっていくだろう。

 

 徒に遅延戦闘を行うリスクが、更に上がったと言える。

 

「────────だがそれは、このまま戦闘が続けばの話だ」

「────────!?」

 

 ────────されど。

 

 それを許す程風間は、否。

 

 ボーダーは、甘くない。

 

 一閃。

 

 崩壊した瓦礫の壁の合間から、一つの影が飛び出した。

 

 その影は、香取は。

 

 スコーピオンを振るい、瓦礫で繋ぎ合わされた樹里の右腕を切断。

 

 武骨な砲塔と一体化した少女の右腕は、幼馴染の斬撃によって両断された。

 

 何故、彼女が此処にいるのか。

 

 無論、風間の指示である。

 

 風間は千佳の砲撃による完全決着までは、望めないだろうと考えていた。

 

 成功すればそれで良しであるが、そもそも敵はこれまで樹里が蓄積した戦闘データを取得している可能性が高い。

 

 よって、規格外の火力を持つ千佳の存在は当然警戒していると考えていたからだ。

 

 勿論、これは千佳本人には言っていない。

 

 駄目元で良いから撃て、などと言ってはモチベーションが下がるだろうし、そもそも成功すればそれはそれで御の字なのだ。

 

 だからこそ、風間は二の矢の用意を怠らなかった。

 

 それこそが、香取による奇襲である。

 

 香取には確かに待機を命じていたが、それはこういう時の為でもあったのだ。

 

 個人の戦闘力なら、風間の方が上である。

 

 しかし彼は前回直接あの状態の樹里と戦闘を行っており、明確な脅威としてカテゴライズされていると思われる。

 

 故に彼の動向は機巧兵(イムノス)側も警戒しており、風間が動こうものなら全霊で対処して来る事が予測出来た。

 

 よって、風間はあの状態の樹里と直接戦闘していない香取を奇襲役に選んだのだ。

 

 また、樹里と幼馴染である彼女が赴く事で万に一つでも良いから機巧兵の動きが鈍る可能性も考慮していた。

 

 香取をぶつける事でどういった反応をするか分からないリスクは、転じて敵の動きを一瞬でも止められるかもしれないメリットにも成り得る。

 

 こちらは希望的観測であるが、それがなくとも元々香取の能力であれば奇襲役として問題はないと見做しているからこその抜擢である。

 

 こういったケースがあると事前に知らされていたからこそ、香取は大人しく待機命令を受け入れたのだ。

 

 風間は機巧兵の右腕を断ち切り、次撃の構えを取る香取を見て薄く笑う。

 

「行け────────友を救う役目を他に譲るのは、業腹だろう?」

 

 

 

 

(首を狙ったけど、咄嗟に身体を捻って躱された…………っ! でもこれで、狙撃による反撃はない…………っ!)

 

 そんな激励(エール)を送られているとは露知らず、香取は冷静に状況を分析していた。

 

 本来であれば、今の一撃で仕留める筈だった。

 

 しかし樹里は攻撃を受ける瞬間咄嗟に身体を捻り、結果急所に当たらないと見極めた香取が腕狙いに切り替えたのである。

 

 お陰で仕留め損ないはしたが、敵から攻撃手段を奪う事には成功した。

 

 左腕の鉤爪(クロー)は健在だが、この距離ならば攻撃が届く前に樹里の心臓に刃を突き立てる事が出来るだろう。

 

(今度こそ、決める…………っ!)

 

 香取は素早い動きでスコーピオンを構え直し、敵の胸部に狙いを定める。

 

 今の機巧兵(じゅり)は四肢に武骨なパーツを装着しているが、胴体部分は碌な装備もなく剥き出しのボディスーツのままだ。

 

 正直無防備な部分を正面に放置しているデザインに疑問は抱くが、今はその弱点を攻める事に何ら躊躇いは無い。

 

 トリオン体の強度は、相手のトリオンに関わらず固定。

 

 これは近界であろうと変わらない前提であり、この刃を心臓に叩き込めればそれで終わる筈だ。

 

(届いて…………っ!)

 

 そして、任された大役を仕損じるつもりもない。

 

 香取は全霊を込めて、右腕を振るい。

 

『────────本星からの通信を受諾。(ゲート)を展開します』

 

 ────────次の瞬間、樹里の背後に黒い球体が出現し、そこから吹き荒ぶ風圧によって吹き飛ばされた。

 

 轟、という台風の如き風を直に浴び、少女の細い身体は為す術なく押し返される。

 

 それと同時に黒い球体は徐々に大きくなり、異形の巨躯と化した樹里と同程度のサイズとなった。

 

「馬鹿な、(ゲート)だと…………っ!?」

 

 その光景を見て、万一の事態に備えていつでも跳び出せるようにしていた風間が声を張り上げる。

 

 これは、全くの想定外。

 

 作戦の何処にもなかった、完全な測定範囲外(イレギュラー)

 

 このタイミングで近界との(ゲート)が開くなど、誰が予想しただろうか。

 

 しかもその門からは現在進行形でかなりの風が吹き荒んでおり、迂闊に近付く事も出来ない。

 

 冷たい宙の風が、この場に集う者達の動きを縛っていた。

 

『トリオン残量の低下及び対峙戦力への対抗手段の不足を確認。本星に一度帰還し、補給及び本星の残存資源を利用した第三次公開性能実験(デモンストレーション)の構築を行う事が最良と判断────────承認されました』

 

 そして、樹里の口を借りた機械音声が、無慈悲にその目的を明かす。

 

 同時にとん、と場違いに軽い音と共に少女の足が地面を蹴り、背後の(ゲート)に跳び込んだ。

 

「待ちなさい…………っ!!」

 

 黒い穴に消えていく幼馴染を見て、香取が鬼気迫る形相で駆け出した。

 

 樹里を吸い込んでいく黒い球体は徐々にその大きさを狭めていき、それに従って少女の姿も完全な黒に溶け込んでいく。

 

「じゅ…………っ!」

 

 ブツン、という無情な音と共に黒い球体が、(ゲート)が閉じる。

 

 香取の伸ばした腕は虚空を空回り、その勢いのまま少女は崩れ落ちる。

 

 空を見上げても、そこには何も無い。

 

 ただ、月明かりに照らされた夜空が映るだけ。

 

 大事な幼馴染の姿は、何処にもなかった。

 

「ちく、しょう…………っ!!」

 

 現実を知り、香取は拳を地面に叩きつける。

 

 少女を救うべく始まった警戒区域での戦闘は、唐突な終わりを迎えた。

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