香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢①

 

「────────佐鳥、木岐坂ちゃんと付き合うてるんか?」

「いきなり何言うんですか、生駒さん」

 

 某所、某日。

 

 佐鳥は広報部隊の仕事を終え、ラウンジで昼食を取っていたところいきなり生駒が現れ開口一番そう言い放った。

 

 否、いきなりというのは語弊がある。

 

 生駒は注文したナスカレーを手に席を探していたのだが、なんとなしに視線を向けていた佐鳥と目が合ったのだ。

 

 特段佐鳥は声をかけようとしたワケではなく、もしも相席を申し込まれたら受けてもいいかな、くらいのスタンスで眺めていただけなのだが────────────────本当に、視線を向けた瞬間に生駒と目が合ってしまったのだ。

 

 ランク戦等の映像では気が付けばカメラ目線になっている生駒だが、もしかすると誰かに見られていると意識した瞬間に彼の眼はそちらを向くようになっているのかもしれない。

 

 本当に、そうとしか思えないような目の合い方だったのだ。

 

 生駒はそのまま一切佐鳥から目を逸らさず、ツカツカと歩いて来て目の前に着席した。

 

 そこで挨拶をしようとした折、先の一言をいきなり告げられたワケである。

 

 色んな意味で奇行が有名な生駒であるが、こうして当事者になると流石に面食らってしまう。

 

 しかし生駒はこちらの返答を待っているらしく、ジィと佐鳥を凝視している。

 

 目力の強い生駒に見詰められ、佐鳥は言いようのない圧迫感を感じて仕方なく返答する事にした。

 

「別に、樹里ちゃんとはそんなんじゃないですよ。単に色々世話を焼く機会があるだけで、邪推されるような事はないです」

「ホンマか? じゃあ、同棲してるとかいう噂も嘘なんやな」

「ええ、そんな事実はありませんよ。家にお邪魔する機会はありますが」

「お、女の子の家にお邪魔するとか、それもう付き合うてるようなもんやないか…………っ!」

「いや、なんでそうなるんですかもう」

 

 はぁ、とテンションが高い生駒を前にしてため息を吐く。

 

 佐鳥は表面上お調子者を演じているが、素の性格は平穏を愛する常識人だ。

 

 こういうノリは嫌いではないが、ことが樹里に関わる内容なだけに迂闊な返答は出来ない。

 

 何せ、以前佐鳥がラウンジで「樹里とはただの友達ですよ」と言った事が何故か本人に伝わり、一週間もヘソを曲げられた事があるのだから。

 

 コミュ力が低く友人も少ない樹里ではあるが、フラリとランク戦のブースに現れて適当な相手と戦ったりするので、顔自体は割と広い。

 

 当然ながら狙撃手にも彼女の知り合いは多く、話をする機会も多い。

 

 彼女が積極的に何かの情報を集めようとする事は殆どないが、世間話の中で興味のある話題があれば食いつく事もある。

 

 その時は佐鳥の言葉を偶然聞いていた隊員が仲間と話しているのを樹里が偶然耳にして、発覚に至ったのだ。

 

 そういう経緯があるので、佐鳥は樹里に関する話をする時は細心の注意を払うようにしているのである。

 

「む? なんや聞き難い事聞いてもうたか? 複雑な事情があるとか、そゆこと?」

「あ、えっと、そんな感じです」

「ほな悪い事したなあ。お詫びになんか奢るで」

「いえ、もうお腹一杯なのでお気持ちだけで」

「そか。けど、なんかあったら言うてや。これでも俺、年上やし」

 

 生駒はそう言って、どや顔で胸を張る。

 

 興味本位で下世話な事を聞いて来た生駒であったが、どうやら佐鳥の百面相で何かしらの事情がある事を察したらしい。

 

 実際に色々な事情があるのは事実なので、彼の配慮に乗っかる事にした佐鳥であった。

 

「けど、一つだけ聞いとくけど────────────────樹里ちゃんの家にお泊りとかした事とか、あるん?」

「…………………………………………いいえ、ないですよ」

「やっぱあるんやなぁ…………っ!? この裏切り者ォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「いや、なんでそうなるんですかって」

 

 しかし、色々なモノが想起されて即答出来なかった佐鳥に対して生駒が爆発。

 

 その後暫く、生駒から羨ましそうな、それでいて恨めしそうな顔で見られる羽目になったのだった。

 

 

 

 

「……………………ん、賢がなんか騒いでる気がする」

 

 佐鳥がそんな事になっているとは露知らず、とうの樹里は呑気な独り言を口にしながらボーダーの廊下を歩いていた。

 

 今日はちょっとした手続きの為にボーダーに訪れていた樹里だが、今はその帰りである。

 

 昨日の今日で香取に絡まれたくはない為、一応意図的に彼女のいる隊室からは離れたルートを通っている。

 

 香取の事は決して嫌いなワケがないが、それでも会う度に入隊の誘いをかけられると辟易してしまうからだ。

 

「あら、樹里ちゃんじゃない。こんにちは、今日はどうしたの?」

「…………加古さん」

 

 そして、今姿を見せた加古は、樹里にとって別の意味で苦手な相手であった。

 

 セレブオーラ全開の美女、加古望はいつも通りの大人っぽい微笑を浮かべている。

 

 相変わらず綺麗な人だなあと、樹里は何処か現実逃避するようにため息を吐いた。

 

「そんな嫌がらなくていいじゃない。別に、勧誘の話をするつもりはないわよ。勿論、樹里ちゃんの気が変わったのなら歓迎するけどね」

「いえ、入る気はない……………………です」

「つれないわねぇ。ま、いいわ。しつこくするのは好きじゃないもの。もしかしたら気が変わる事もあるかもしれないし、気長に待つとするわ」

 

 そんな樹里に加古は変わらぬ笑みを向けながら、そういえば、と思い出したように口にする。

 

「私の誘いを断るのはともかく、幼馴染だっていう香取ちゃんの誘いを断り続けてるのはなんでかしら? 何か、特別な理由でもあるの?」

 

 

 

 

「……………………別に。面倒なだけ」

「そう。なら、そういう事にしておくわ」

 

 敢えて詮索はせず、加古はそう言うだけに留める。

 

 他の部隊の誘いを蹴るだけならば、まだ分かる。

 

 ピンと来る部隊がない、もしくは部隊に所属する事を面倒に感じている。

 

 共感出来るかはともかく、理由として納得は出来る。

 

 しかし、どうにも樹里の場合は少し違う気がするのだ。

 

 もしも本当に香取の誘いを迷惑に思っているのであれば、繋がりのある嵐山隊を通じて注意勧告でもして貰えば良いだけだ。

 

 だが聞いたところによると、樹里は香取への対処に対し嵐山に「放っておいて下さい」と言ったらしいのだ。

 

 それはつまり樹里本人は香取の行動を黙認しているという事でもあり、加えて言えば今は隊に入る気はないが香取との繋がり自体は保っておきたいという思惑が透けて見える。

 

(それに、樹里ちゃんが香取ちゃんを見る時の眼は親愛の情がしっかりあるのよね。それだけ好いている相手なら部隊に入っても良さそうなのに、それもなし。何かあって遠慮しているとか、そっち方面と見て良さそうね)

 

 加古は樹里の行動から、その真意を推測した。

 

 樹里は現在香取隊に入る意思はないが、香取本人を嫌ってはいない。

 

 それどころか、口には出さないものの繋がりを求めているのは見て分かる。

 

 以前に香取と話す樹里の姿を見た時、彼女が幼馴染の少女に向ける視線には確かな親愛が込められていたのだから。

 

 樹里は無表情で感情表現に乏しいが、きちんと見ていればちゃんと情緒は察せられる。

 

 重要なのは樹里は香取の事を大事に想っていて、それでいて香取隊への入隊は拒み続けている事だ。

 

 他の隊への勧誘の時は加古を含めて心底嫌なようでそれが表情にも出ていたが、香取から受ける勧誘の時に限ってはそういった悪感情は一切見られない。

 

 精々が面倒そうにする程度で、加えて会話そのものは嫌がっていない事が分かる。

 

 なのにどうして入隊を拒み続けるかは、加古の知る情報からは推察出来ない。

 

(まあ、あんな所に一人で住まわせてる時点で、何かあるわよね。城戸司令なら何か知ってるだろうけど、そこまで踏み込む義理や資格は私にはないわ)

 

 推察は出来ないが、ある程度の憶測なら可能だ。

 

 樹里は警戒区域の境界線上という普通なら居住が許されない場所に住む事をボーダーから許可されており、しかもわざわざその物件をボーダーの所有にして()()()()()()()()()なようにしてある。

 

 その時点で、分かる人から見れば何かあると思うのが普通だ。

 

 しかし、それに踏み込むべき理由は加古にはないし、また資格もないと思っている。

 

 そういう事は、もっと彼女に近しい人物が行うべき役割(タスク)だ。

 

 こういうのは、部外者が出しゃばっても碌な事にならない事を加古は経験上知っている。

 

 色んな意味で面倒な男筆頭の二宮であれば踏み込んでいく可能性はあるが、生憎自分はそこまで酔狂ではない。

 

(その踏み込む相手が香取ちゃんになるのか、染井さんになるのか、はたまた佐鳥くんになるかは分からないけれど、ね)

 

 

 

 

「アンタ、樹里ん家に泊まったとか噂が立ってるけどどーなのよ? 言っとくけど、嘘ついたら承知しないから」

「いや近い、近いって香取ちゃん」

 

 その日の午後。

 

 ボーダーの廊下を歩いていた佐鳥は険しい顔をした香取に肩を掴まれ、そのまま隊室まで連行された。

 

 佐鳥も逃げようとしたのだが、結局は香取の迫力に押されて撤退に失敗。

 

 今此処に至る、というワケである。

 

「昼に生駒さんから「女の子のトコに泊まるなんて羨ましい」、とかって言われてたそうじゃない。アンタを泊めてくれるような酔狂な相手が樹里以外にいるとは思えないし、ソコのトコどーなのよ?」

「えっと、もし本当だったら?」

「潰すわ。当たり前じゃない」

 

 ひえっ、と佐鳥は息を呑む。

 

 香取は、本気だ。

 

 何処とは言わないが、佐鳥の返答次第では大事なものが潰されてしまう。

 

 そう悟った彼は、慌てて弁明を繰り出した。

 

「いやいや、流石に女の子の家に泊まる程考えなしじゃないって。それだけはいつも断って────────」

「────────────────待ちなさい。いつも()()()って、アンタ今言ったわね?」

「あ…………」

 

 佐鳥らしくもない失言を指摘され、彼の額からダラダラと冷や汗が流れる。

 

 その反応を見て香取はジロリ、と佐鳥を睨みつけた。

 

「じゃあ、あの子からお泊りに誘われてる事自体は事実って事ねこの野郎…………っ! アタシだって誘われた事ないのに、なんでアンタだけ誘われてんのふざけてんの馬鹿にしてんでしょねえそうなんでしょハッキリしなさいよこの三枚目野郎…………っ!!!」

 

 怒涛の如く跳び出す罵詈雑言が、矢継ぎ早に佐鳥に襲い掛かる。

 

 あまりの勢いに反論する事すら出来ず、佐鳥はあわあわと泡を食うばかり。

 

 いつの世も、ヒステリーを起こした女の子ほど手に負えないものはない。

 

 佐鳥はそれを、実感として感じ取っていた。

 

「────────ストップ」

「ぐえ」

 

 そんな香取を止めたのは、後ろから彼女の襟首を掴んだ華だった。

 

 首元が閉まって潰れたガチョウのような声を漏らした香取に対し、華は思わずため息を吐く。

 

 その様子を見て助かった、と佐鳥は考えて。

 

「駄目じゃない。そんな勢いで迫っちゃ、何も話してくれないわ」

「でも」

「ちゃんと、理論建てて問い詰めないと尋問は成立しないわ。聞き出すべき事があるなら、しっかりやらないと」

 

 ────────────────その考えが如何に甘かったかを、すぐに思い知る事になる。

 

 そして、気付く。

 

 華の表情はいつも通りに見えるが、眼は完全に笑っていない。

 

 理解する。

 

 彼女が香取を止めたのは、佐鳥を助ける為ではない。

 

 彼の逃げ道をなくして、徹底的に情報を搾り取る為なのだと。

 

「佐鳥くんがこう言っている以上は、泊まった事はないと思うの。けど、宿泊を誘われた事があるのは事実。そうよね?」

「あ、えっと、はい。勿論断ってますが」

「ええ、それは良いの。色々と無防備な所があるのは知っているし、佐鳥くんがきちんと良識を持っているのも分かっているわ」

 

 けど、と華は目を細める。

 

「たとえば、夜遅くまで樹里の部屋にいたり────────────────あられもない恰好の彼女を見た事自体は、あるんじゃないかしら?」

「…………!」

 

 思いっきり心当たりしかない事を聞かれ、佐鳥の身体が一瞬硬直する。

 

 それを見て華の視線の温度が下がり、香取の額に青筋が浮かぶ。

 

 佐鳥は、気付くべきだった。

 

 確かに、正面から彼に攻撃的な言動をしている香取から良く思われていない事は分かっていた。

 

 しかし、実のところ樹里に対して一番近しいように見える彼に複雑な想いを抱いていたのは香取だけではない。

 

 華もまた、幼馴染の自分達ではなく佐鳥を頼りにする樹里の行動を、密かに腹に据えかねていたのだ。

 

 秀才で感情の起伏が乏しいように見えても、華も一人の年頃の少女である事は変わりがない。

 

 だからこそ、幼馴染が後から出て来た男に取られたように感じて嫉妬するのは、至極当然の経緯だ。

 

 それを理解していなかった佐鳥はそれから散々、二人の少女によって尋問される羽目になる。

 

 その後、隊室に戻って来た若村が香取と喧嘩を始めるまでそれは続いた。

 

 この時ばかりは、全力で若村に感謝する佐鳥であった。

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