香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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黒トリガー争奪戦Ⅺ

 

 

「三輪、風間隊が全滅した。木岐坂の誘導炸裂弾(サラマンダー)によって生じた隙を、迅さんに突かれた」

『く、風間さんもか…………っ! 奈良坂、そこから木岐坂の奴は狙えないのか…………っ!?』

「無理だ。射線が通らない場所に陣取っている。あれでは、余程近くに行かない限りは狙えない」

 

 奈良坂は三輪に現状報告をしながら、スコープの先を見据える。

 

 その視線の先には、家屋の屋上に佇む木虎の姿が映し出されていた。

 

「どうやら、木虎が木岐坂の()になって照準を付けているようだ。本人は路地の中にいて、直接向かわない限りどうしようもない。だが」

『今、そちらへ向かえる人員はいない…………っ! くそ、これじゃあ』

 

 その先で言葉に詰まった三輪の想いを察し、奈良坂は沈黙する。

 

 現状は、最悪と言って良い。

 

 三輪は嵐山隊に足止めされ、風間隊は全滅。

 

 残る駒は自分と三輪、そして太刀川の三人のみ。

 

 対して向こうは佐鳥は落ちたものの、他は全員が健在。

 

 人数の有利不利も逆転し、更に悪い事にある意味最も野放しにしてはいけない駒である樹里が護衛の付いた状態で自由(フリー)になっている。

 

 最早、詰みに近い状態と言っても差し支えなかった。

 

 本来ならば、此処で撤退を進言するべきだ。

 

 最早勝ちの芽が見えない以上、徒に労力を消費するのは合理的ではない。

 

 だが。

 

(今の三輪に、それを言っても納得はしないだろう。少なくとも自分が戦闘不能になるまでは、撤退の進言は聞かないだろうな)

 

 感情で動いている今の三輪に、撤退を進言したところで聞く耳持たないのは目に見えている。

 

 確かに現状は詰みに近いが、三輪が無傷で生存し狙撃手の奈良坂も残っているので一矢報いる事の出来る可能性はゼロではない。

 

 あくまで、ゼロ()()ないだけだが。

 

 最上は太刀川が迅を下してこちらに援軍に来る事だが、それは厳しいだろうと奈良坂は見ている。

 

 風間隊という戦力を失った以上、幾ら太刀川とはいえ単独で今の迅の相手は厳しいに違いない。

 

 本人に問いかけた際にどう答えるかはさておき、風間達がいた時よりも勝率が著しく低下しているのは事実だ。

 

 奈良坂が狙撃を行えば木虎一人くらいは落とせるかもしれないが、それをすれば間違いなく彼自身が落とされる。

 

 そうなれば趨勢は一気に傾き、一気に全滅しかねない。

 

 そもそもああやって身を晒している時点で木虎は狙撃には最大限警戒している筈であり、いつでも両防御(フルガード)で防御出来るよう身構えているに違いあるまい。

 

 言うなれば木虎は観測手兼陽動であり、奈良坂が釣られて撃ってくれれば儲けもの、とでも思っているのだろう。

 

 その思惑に乗る事だけは、断じて出来なかった。

 

(俺に出来るのはもう、こうして伏せ札として相手の動きを縛る事くらいか。口惜しいが、向こうの戦略を読み切れなかった俺達の落ち度でもある。木岐坂を()()として見てしまったのが、そもそもの失敗だったか)

 

 こんな事態に陥ったのは、偏に自分達が樹里の()()()を完全に見誤っていたからだ。

 

 ここぞという時にこちらの戦力を削ぎ落とす鉄砲玉のように動かすと思っていたのだが、向こうは彼女を徹底して裏方に回し、有利な戦場を水面下で構築していった。

 

 時間稼ぎを行いながら密かに仕込みを行い、機会を見て一気に盤面をひっくり返す。

 

 まさに狙撃手のお手本となるような戦略であり、佐鳥の評価を上方修正せざるを得ない。

 

 奈良坂も太刀川と同様、この絵図を描いたのは嵐山ではなく佐鳥の方だろうと考えていた。

 

 嵐山は確かに優秀な指揮官だが、その得意とする戦法は正攻法に寄っている。

 

 このような変則的な戦略は彼の趣味というよりは、佐鳥のやり方と言った方が納得がいく。

 

 軽い態度で侮られがちな佐鳥であるが、あれでも狙撃手という役職が出来たばかりの頃────────────────即ち、あの東とほぼ同時期からこのポジションに付いていた人間だ。

 

 そんな黎明期故の苦境を潜り抜けて来た人間が、有能で無い筈がない。

 

 流石に東には届かないだろうが、少なくとも他の狙撃手と同列に考えるべきではなかった、という事だ。

 

 狙撃の腕ならば自分も負けるつもりはないが、佐鳥の強さはそういった単純な技術力とはまた別のところにある。

 

 それを分かっていなかった自分達がこうなるのは当然の帰結、と言えるだろう。

 

(とはいえ、俺にもツイン狙撃(スナイプ)は無理だが。あれは最早、狙撃技術とは別のナニカだからな)

 

 とはいえ、技術の一点で見ても佐鳥のツイン狙撃だけは意味不明な代物であり奈良坂でさえ再現は不可能だ。

 

 そもそも、あれは通常の狙撃技術とは全く別の代物だ。

 

 なにしろ、イーグレットを二丁同時に扱うのだからスコープを覗いて照準を合わせる事が出来ない。

 

 加えて、バッグワームを解除する都合上ほぼノータイムで狙撃体勢を取り、遠距離の標的を狙わなければならない。

 

 そんな条件下で速やかに狙撃を実行し、あまつさえ正確に標的を撃ち抜く事など、普通の狙撃手には不可能だ。

 

 狙撃技術とは、スコープを覗いて照準を定め、如何に正確に対象を狙えるかを磨くものだ。

 

 断じて、樹里のような強化視覚(のうりょく)もなしに狙撃を二発同時に実行する事ではない。

 

 精密身体操作の副作用(サイドエフェクト)を持つ草壁隊の宇野でさえ模倣は不可能なのだから、完全に別系統の技術である事は疑いようもないだろう。

 

(ともあれ、俺は俺の仕事を果たすまでだ。何か変化があれば狙撃も視野に入れるが、こればかりは太刀川さん次第だ。向こうの結果で全てが決まると言っても、もう過言じゃないからな)

 

 

 

 

(ち、風間さんもやられたか。嫌な手を打ちやがるな)

 

 太刀川はシールドを解除しつつ、爆撃により生じた煙の中に立つ人影を睨みつける。

 

 そこには地面に突き立つ風刃を回収し、その手に構えた迅が油断なく佇んでいた。

 

 迅は風間を討ち取る為、唯一の武器を手放した。

 

 その隙を突ければ無防備な彼を落とす事が出来たかもしれないが、タイミングが最悪だった。

 

 何せ、迅が武器を投擲したのは誘導炸裂弾(サラマンダー)の着弾直前。

 

 そのようなタイミングでは太刀川といえどシールドを張り防御に徹する他なく、結果としてみすみす迅に武器を回収する時間を与えてしまった。

 

 相打ち狙いで旋空を放つ、という手もあったが恐らく未来視で読まれて避けられるだけだろうという確信があった為、それは出来なかった。

 

 そもそも、爆撃のタイミングが丁度太刀川が迅と距離を取っていた時であった為、あそこから旋空を撃っても迅に到達する前に自分が爆発に呑まれていた筈だ。

 

「ったく、本当に性格悪いなおまえも。木岐坂をこんな風に使って来るなんて、な」

「悪いけど、作戦を考えたのはおれじゃないよ。内容は聞いていたから、利用させて貰ったのは事実だけどね」

「だろうな。言ってみただけだ」

 

 迅の返答に、太刀川はやれやれとかぶりをふった。

 

 これで作戦立案が佐鳥である事はほぼ確定したようなものだが、現時点では最早それは重要な情報ではない。

 

 もう少し早く気付けていればやりようもあったが、既にこれだけの被害が出ている以上後の祭りだ。

 

 戦況は限りなく悪く、劣勢どころかほぼ詰み同然である事は太刀川にも理解出来ている。

 

 だが、だからといって此処で退くような考えは太刀川にはなかった。

 

 目の前に、この数年間再戦を熱望した好敵手がいる。

 

 それだけで、剣を執る理由としては充分過ぎるのだから。

 

「俺もおまえも生き残っている以上、劣勢(それ)は剣を仕舞う理由にゃならねーよな。色々面倒臭ぇ事は置いておいて、楽しく斬り合おうぜ。迅」

「そうだね。それには、異存はないよ」

 

 けどね、と迅は続ける。

 

「────────────────悪いけど、今回ばかりは()()は無い。使えるものは全部、使わせて貰うよ」

「…………!」

 

 その言葉と同時に、太刀川の背筋に悪感が迸る。

 

 振り向けば、空から降り注ぐ弾幕が見えた。

 

 樹里による、爆撃。

 

 その第二波が飛来したのだと、太刀川は理解した。

 

「チッ…………!」

 

 馬鹿正直にシールドを張れば、今度は自分が風間と同じようなやり口で落とされるのは目に見えている。

 

 ならば、取るべき手段は一つ。

 

 迅に肉薄し、彼だけが識る()()()()に入り込みながら攻め続ける。

 

 これ以外に、現状を覆す手段は無い。

 

 死なば諸共で相打ちにされる危険も高いが、黒トリガーを使う迅を討ち取る事が出来ればそれはそれで確たる成果となる。

 

 風刃を持つ迅を落とす事が出来たという事実さえあれば、今後は色々とやり易くなる筈だ。

 

 元々レイジや小南を含めた玉狛と全面戦争をするのは少々どころではなくリスクが高かった為、そういった意味でも良い落としどころではある。

 

 迅の望む結果とは少し違う事になるかもしれないが、それはそれで悪くはない。

 

 どうせ、彼の事だ。

 

 次善の策なども万全に準備しているだろうし、こちらがある程度好きにやるくらいは想定内の筈だ。

 

 それが、あの時黒トリガーを手にして自分との決着を着けない道を選んだ迅への意趣返しであり。

 

 自分なりの、意地の通し方だと太刀川は考えている。

 

 故に、迷いはない。

 

 旋空などという、大ぶりな攻撃はしない。

 

 幾ら旋空の名手たる太刀川とはいえ、それが隙の大きい大技である事に変わりはない。

 

 望むのは迅との格闘戦なのだから、わざわざ剣をデカくして小回りを犠牲にするのは愚策だ。

 

 故に、太刀川はグラスホッパーを踏み込み、迅へと接近。

 

 一息で肉薄した後、即座に右腕で弧月を振り抜く。

 

「────────!」

 

 だが、その程度の奇襲で迅を斬れる筈もない。

 

 迅は風刃のブレードを用いて、太刀川の弧月を防御。

 

 咄嗟の奇襲は、危なげなく受け止められた。

 

「…………!」

 

 しかし、これで攻撃は終わりではない。

 

 太刀川は左の手にもう一つの弧月を抜刀し、下から振り上げる形で二撃目を放つ。

 

 こちらこそが、本命。

 

 迅はシールドが使えず、ブレードは一本しか無い以上、この攻撃を防御する事は出来ない。

 

 かといってこの至近距離であれば、回避も間に合わない筈だ。

 

 少なくとも、腕の一本くらいはこの攻撃で斬らせて貰う。

 

 そう目論んだからこその、迷いなき強襲。

 

 流石に一撃で首を落とす事は出来ないだろうが、四肢のいずれかさえ断ち切ってしまえば一気にこちらが有利になる。

 

 迅の風刃は刀剣型のトリガーなのだから、両腕を斬り落とす事が出来ればその時点で戦闘能力の喪失を意味する。

 

 故に、急所ではなく腕を狙った太刀川の判断は正しい。

 

「────────残念、予測確定だ」

「…………っ!?」

 

 されど。

 

 時は、既に遅過ぎた。

 

 太刀川の弧月が迅の腕に触れる、刹那。

 

 突如として背後から飛び出た風の刃が、彼の両腕を斬り裂いた。

 

 その手に握った弧月ごと、太刀川の両腕が宙を舞う。

 

「ぐ…………!」

 

 そして、その隙を突いて迅が風刃のブレードで太刀川の胸を貫く。

 

 正確に急所を射抜かれ、太刀川の身体が罅割れる。

 

 間違いなく、致命傷だった。

 

「…………一体、何しやがった…………?」

「太刀川さんが、近付いて来るのは視えたからね。予め撃っておいた遠隔斬撃を、今の位置に来るように迂回させる軌道で仕掛けて置いただけだよ」

 

 迅が太刀川を仕留めた絡繰りは、単純だ。

 

 未来視で太刀川が格闘戦を挑んで来る事を識り、煙が晴れる前に今の太刀川の位置にこのタイミングで到達するように遠隔斬撃を撃っていただけだ。

 

 言うだけならば簡単ではあるが、未来視を使いこなし尚且つ風刃を手足のように扱う迅でなければ、まず不可能な芸当である。

 

 その説明を聴き、太刀川は乾いた笑いを漏らした。

 

「ったく、まさか風刃を持ったおまえがここまで強いとはな。けど、これで風刃の性能は解析出来た。次やれば、おれ達が勝つ────────────────と、言いたいところだがな」

 

 ジロリ、と太刀川は迅を睨みつける。

 

「おまえの事だ。そのあたり、どうにかする方法は考えてあるんだろうな。つまり、これでおまえと戦う機会は最後って事か」

 

 それが、太刀川の心残りではあった。

 

 今回は負けたが、血湧き肉躍る戦いであったのは確かだった。

 

 叶うのならば、またやり合いたい。

 

 今度はこのような様々な思惑が絡んだ舞台ではなく、正真正銘の一対一の決闘で。

 

 だが、迅がS級隊員であり続ける限りそれが叶う事はない。

 

 太刀川は、それが残念でならなかった。

 

「いや、それについては多分心配要らないよ。機会は、また出来ると思うしね」

「…………へぇ。そりゃ、良い事を聞いたな。なら、こうして出張って来た甲斐があったってモンだ」

 

 しかし、迅はそれについては心配無いと言う。

 

 何故そんな事を言えるのかは分からないが、下らないウソをつく相手では無い事は知っている。

 

 ならば、心配は要らないのだろう。

 

 太刀川はその事に安堵し、同時に罅割れが全身に広がっていく。

 

「次は負けねぇからな。覚悟しとけ」

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 捨て台詞を残し、太刀川のトリオン体は崩壊。

 

 光の柱となって、双剣士は夜の空に消え去った。

 

 

 

 

「な、今のは…………っ!?」

 

 太刀川の緊急脱出によって生じた光は、当然三輪の眼にも飛び込んで来た。

 

 奈良坂の位置は把握しているので、今の緊急脱出の光は間違いなく太刀川のもの。

 

 最後の砦が、たった今崩れ落ちた。

 

 その事に対し、三輪の中に激しい動揺が奔る。

 

「────────」

 

 それが、最大の隙となった。

 

 普段であれば、味方が落ちた程度で此処まで動揺はしなかっただろう。

 

 だが、今の三輪は嵐山が迅の味方をしている上に想定外の駒に壊滅的な被害を受けてしまったという認め難い現実が重なり、冷静さを欠いている。

 

 迅が関わらなければギリギリで踏みとどまれたかもしれないが、彼自身が様々な意味で意識の最上位に置いている男が関わる案件であるが故に、三輪の精神は最初から揺れに揺れていた。

 

 そんな隙を、彼等が見逃す筈もない。

 

 三輪の背後に転移した嵐山が、アサルトライフルを斉射する。

 

「…………!」

 

 一瞬遅れてそれに気付いた三輪は、間一髪で横に跳んでそれを回避。

 

 だが。

 

「な…………っ!?」

 

 そこで、気付く。

 

 嵐山の銃弾、それが向かう先。

 

 電柱の影に隠された、光り輝くトリオンキューブに。

 

「…………っ!」

 

 三輪は咄嗟にシールドを張り、起爆に備える。

 

 瞬間、銃弾がキューブに到達。

 

 カバーが破損した事で爆弾が起爆し、轟音と共に爆発が周囲を席捲した。

 

「ぐ…………っ!?」

 

 シールドでその爆発を防御した、次の瞬間。

 

 飛来した一発の銃弾が、シールドを貫通。

 

 三輪の右腕を、その手に持つ弧月ごと吹き飛ばした。

 

(く、木岐坂か…………っ!)

 

 一瞬の隙を突かれた、致命的な一手。

 

 それが、彼を無力化する決定打となった。

 

 メインの武器である弧月は、たった今右腕と共に吹き飛ばされた。

 

 再生成する事は可能だが、弧月と拳銃の変則二刀流が基本の戦闘スタイルである三輪にとって、片腕の欠損による戦力低下は著しいものだ。

 

『三輪くん。作戦終了よ。太刀川くんが倒されたわ。迅さんはほぼ無傷で、そっちに向かってるみたい。奈良坂くんにも撤収の指示を出したわ』

「…………っ!」

 

 加えて、迅が生き残っている以上片腕が欠損した自分と奈良坂だけでは最早勝ちの芽など皆無だ。

 

 負けた。

 

 その事をこの上ない形で理解し、三輪はうなだれる。

 

 それを見て嵐山は戦闘終了を悟り、大きく息を吐く。

 

 こうして、黒トリガーを巡る争奪戦は幕を閉じる事となった。





 樹里ちゃんの今回のトリガーセット。

 メイン アイビス ライトニング シールド ハウンド
 サブ  メテオラ シールド イーグレット バッグワーム
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