「君達に協力を頼んでおいて良かったよ。これがなきゃ、あっちの様子を伺う事も出来なかったからね」
「…………隊長が首を縦に振ったので、こちらとしては当然です。今回の件に関してはぼくにも色々思う所もあるので」
そう言ってガロプラのオペレーター、ヨミは努めて淡々と迅に返答した。
此処は、ガロプラ遠征艇の内部。
そこにはヨミの他に迅、そして。
「成る程、これが近界の映像転写装置か。改めて見せて貰ったけど、中々興味深いねぇ」
体格の良い、中年の男性が一人。
彼の名は、
旧ボーダーのメンバーの一人であり、現在は本部でチーフエンジニアをやっている人物である。
桐山は周囲の内装を興味深く見回しながら、一方で忙しなく手元の機器を操作していた。
その手つきは手馴れており、飄々としていながらも歴戦の凄みを感じさせる。
そんな桐山を見て、迅は改めて頭を下げた。
「ありがとうございます、桐山さん。わざわざ此処までご足労して貰ってしまって」
「良いって事よ。悠一の坊ちゃんの頼みだ、このくらいワケないさ。タク坊からも頼まれてるし、現役で使われてる近界の遠征艇に乗る機会なんて貴重だからな。こっちとしてもメリットがあった、って事さ。鬼怒田さんよりかは自由に動ける分、こういうトコで働かせるのが正解だろうさ」
そう言って薄く笑う桐山だが、その態度とは裏腹に眼は真剣そのものだ。
年若い少女が辛い目に遭っている現状を良しとしないのは、大人としては当然だろう。
ヨミは知らないが、飄々としているようでいて彼もまた旧ボーダーの一員。
アリステラ防衛戦で多くの仲間を失い、そんな過去を背負った上で本部で続投した人材の一人なのだ。
内心を押し隠して仕事を進める事など、最早息を吸うように行って来た
現在、桐山が行っているのはヨミがトリオン兵から取得した画像を本部まで転送する作業だ。
本部にいた宇佐美達の解析が妙に速かったのは、これが理由である。
要するに、ガロプラの手で直接ククロセアトロに偵察用のトリオン兵を送り込み、現地の映像や各種情報をこの遠征艇を通して本部へ送信していたのだ。
そして無論、それは何の準備もなしに出来る作業ではない。
事実、ヨミ達ガロプラには事前にこの工程を行う為の相談があった。
つまり、それは。
「けど、教えてあげなくて良かったんですか? 貴方は、
────────迅は、この未来を予知していたという事に他ならない。
要するに最初から彼はこの事態に備えて、動いていたという事になる。
それも、仲間にはそれを教えずにだ。
未来視という能力に関して未だ全貌が掴めていないヨミにとっては、特に気になる所でもあった。
何か、制約でもあるのか。
或いは、思っていたよりも冷酷な男なのか。
そういった見極めもまた、この場に参加したヨミの役目でもあったのだから。
今、この遠征艇にいるガロプラの人間は彼を除けばコスケロしかいない。
彼は彼で機器の操作や雑事を担当しているが、この場にいるボーダーの面子の監視という意味合いもある。
今回ガロプラの遠征艇を使用するにあたり、当然ながら人選は慎重に選ばれた。
ガロプラ側が多ければボーダーの人間を人質に取られるリスクもあるし、逆もまた同様だ。
よって双方共に二名のみという制限を付けた上で、未来視を使える迅という重要人物が遠征艇に乗る事で折り合いを付けたのだ。
戦闘の相性だけで考えれば閉所で風刃を自在に扱える迅がいる時点で蹂躙が決定するが、もしもボーダー側が先に仕掛ければコスケロが艇の機能を停止させて彼等を隔離する事になっている。
逆にガロプラ側が仕掛けた場合は、玄界に残した他のメンバーに対し同様に隔離措置を実行出来るという寸法だ。
完全な信頼関係を結んでいるとは言えない以上、当然の措置である。
もっとも、ある程度の事は迅の未来視で視て確認しているので、どちらが有利なのかは明白ではあるのだが。
ともあれ、同盟相手としてこの質問には答えない理由はない。
迅はふぅ、と息を吐いて口を開いた。
「未来視ってのも、そこまで便利じゃあなくてね。分かるのは未来の「映像」だけで、「どういう経緯でそうなるか」までは分からないんだ。今回おれに視えたのはこっちの世界じゃない何処かであの子と戦う光景だったから、止め方は分からなかった、っていうのが正解かな。予知出来たのもかなりギリギリだったしね」
此処で嘘を吐いてもさして意味はないので、正直に答える。
万能に思えるであろう未来視であるが、癖が強く欠陥も多い。
オンオフが出来ないのは勿論の事、視えるのはあくまで映像だけでしかもそれがいつのものなのかは朧気にしか理解出来ない。
今回の場合は荒涼とした大地で樹里と対峙する映像は視えたが、何がどうなってそうなるのかまでは判別出来なかった。
だからこそ、こうして次善の策を打っていたワケである。
止められないのであれば、そうなってからでもリカバリーの利く方法を。
それは迅が得意とする、これまでに幾度もやって来ていた事でもあった。
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
ヨミはそう言って、あっさりと引き下がった。
同盟の件を考えれば心象を良くしておくに越した事はないが、逆に言えば利害の一致を見ただけの相手。
お互いを信じ切れる信頼関係もなければ、相手の人柄を深く知っているワケでもない。
ならばビジネスライクな関係で良いと割り切り、深入りし過ぎないのが上策だろう。
迅は勿論桐山もそこに関して口出しをする気はないので、妥当ではあった。
ヨミのそんな心情を察しつつ、迅は深いため息を吐いた。
「────────というワケなんだ。事後説明になって申し訳ないけれど、これがおれに出来た次善だった。文句は後で、幾らでも聞くよ」
「迅さん…………」
佐鳥はその迅の言葉に、思わず押し黙る。
迅が直接現場に来なかった事から薄々と察してはいたが、彼は彼だけが知る情報を基に独自に動いていたらしい。
しかも、先程樹里が
思う所はたくさんあるが、まずはこれだろうと佐鳥は意を決して口を開いた。
「迅さん、無理に悪者になる必要はないですよ。迅さんの立場ならそれが最善だったんだろうってのは、分かりますから」
『…………そうか。気を遣わせるなんて、先輩失格だね』
「ええ、ですのでこれからもどんどん指示を下さい。後輩を引っ張るのが、先輩の役目でしょう?」
まったくだ、と通信の向こうで迅が苦笑いをした気配がした。
以前の佐鳥であれば食って掛かったかもしれないが、あの門の発生と樹里の消失が不可避であったのなら、迅速に事態を探る事は何より重要だ。
そう考えれば、何も言わずに策を準備していたのは正解と言える。
もしも予めそれを知っていれば、時間制限に対する焦りからミスを生じさせていた可能性も高いだろう。
それも含めて、迅は計算に入れていた筈だ。
(なら、文句はない。今は今、やるべき事を全力でやり遂げるだけだ)
苦情であれば、後からでも言える。
今重要なのは、今後どうするかに対する指針と具体的な作戦の立案だ。
ヒュースの話から、一分一秒を焦るまではいかないが、時間はそう潤沢にあるワケでもないらしい。
ならば、今は余計な事で時間を使っている暇はない。
技術の事等専門外の自分達は、いつどんな指示が来ても良いように待機するだけだ。
ちなみに横で通信を聞いていた香取は凄まじい形相をしていたが、一通りこちらを睨んだ後大きく息を吐いて沈黙した。
見過ごせないのは同じであろうが、彼女もまた此処で無為に時間を捨てる事のリスクを分からない筈もない。
言いたい事は星の数程あれど、樹里を助けたいという願いがそれを上回ったのだろう。
渋々、本当に渋々と香取は待ちの姿勢を取った。
憤懣やるかたないのは事実だろうが、時には我慢も必要と覚えたのは伊達ではない。
勿論、この一件が終わった後容赦するつもりはないだろうが。
今は見過ごすだけで、別に見逃したワケではないのだから。
「というワケで、そちらの情報解析をお願いします。こちらで動くべき事があれば、遠慮なく仰って下さい」
「若いのにえれぇもんだ。良い後輩が育ってるじゃないの」
「ええ、おれには勿体ない後輩ですよ」
苦笑しつつ、迅はそう言って肩を竦めた。
多少は糾弾されるのではないかと思っていたが、流石にこの返しは予想外だった。
或いは、迅にとってはこちらの方がキツイのかもしれない。
いっそ責めてくれれば、と思わなかったワケではないのだから。
「悠一、おめぇも後ろばっか向いてねぇでちったぁ前を向いたらどうだ? 視えるのは未来の映像だけで、肝心の自分の
「…………そうですね。本当に、その通りです」
桐山に諭され、迅は肩を落としながらそう返した。
露悪的、諦観的になるのは彼の悪癖の一つであったが、それを真正面から指摘されるとなんとも面映ゆいものだ。
良い後輩と、良い先達を持った。
迅は改めて、そう思った。
「ところで、例の「糸」は見つかったかい?」
「今のところは確認されていません。それらしいトリオン反応もありませんし、
そんな折、唐突に尋ねられてヨミは淡々と説明する。
画面には移動を続ける樹里らしき光点が映っているが、他にトリオン反応らしきものは見当たらない。
当然だ。
あれは、「死んだ星」なのだ。
ヨミ達も
そんな所から
「…………ですが、それはあくまで「常識的に考えれば」の話です。あのククロセアトロであれば、どんな爆弾が仕込まれていても不思議ではありません」
だからこそ、「万が一」は常に有り得ると考えた方が得策である。
普通ならば、有り得ない。
そんな指標は、彼の国に関しては毛ほどの役にも立たないと思っておくべきだろう。
「寄生型トリオン兵」などという「前例」を見せられてしまったヨミとしても、そこの認識は共通していた。
あんな予測しろという方が無理な代物を作り出していたのだから、生きた人間がいなくとも自動的に作動する仕掛けが幾ら積んであったとしても不思議ではない。
そういった負の信頼だけは置けるのが、ある種皮肉ではあった。
「件の「仕様書」を見て分かった事なのですが、ククロセアトロはこの玄界を含む他国から人を攫う時、他の国のトリオン兵に寄生型トリオン兵を仕込んでおいて、そのコントロールを乗っ取って漁夫の利を得る形で鹵獲していたようです。そうやって捕まえた人間から得たトリオン器官が何処かに貯蔵されていても、不思議じゃない。「アラフニ」の例から言っても、何らかの形で母トリガーとは別の動力源を用意していた可能性もありますから」
今語ったのはあのガロプラ侵攻の後で送り付けられたアラフニの「仕様書」を見た事で分かった、彼の国の「人材」の集め方である。
ククロセアトロはヨミの言ったように、他の国のトリオン兵に寄生型トリオン兵を仕込んでいた。
あのトリオン兵のサイズはかなり小さく、そうと分かって捜索しなければ発見は困難だ。
彼の国は義肢の提供等で他国へ赴いた際に密かに寄生型トリオン兵を放ち、その国の捕獲型トリオン兵に潜入。
そのトリオン兵が人間を鹵獲した後でコントロールを掌握し、
場合によっては捕獲型トリオン兵が抜き取ったトリオン器官だけを回収して去る事もあったようだが、ともあれこの方法で相当数の人間を拉致していたらしい。
トリオン兵は人間の反応を感知して鹵獲を行い、自動的に遠征艇へ戻るようプログラムされている。
よってその行動中はトリオン兵を放った側の国は逐一トリオン兵の行動を監視する等という事はまず行わない上、トリオン兵が破壊されて反応がロストするのも良くある事なので、いちいち気にしたりはしない。
場合によっては偵察型トリオン兵を通じて戦場に「眼」を飛ばす事はあるが、それでも全体をくまなく監視出来るワケではない。
そこを突いたククロセアトロ側のやり口は狡猾であり、そういった方法で「資材」を溜め込んでいた以上、母トリガーに頼らない動力源が確保してあったとしても不思議ではないのだ。
普通ならば国が滅ぶ間際にそれを使わなかったのは何故かと考える所だが、「勿体ない」という理由で自滅確定の作戦を発動するような狂人達だ。
こちらには予測不能な理由があったとしても、なんらおかしくないのである。
「そうだね。今も色々な未来が視えるし、警戒はしておくに────────マジか」
不意に、迅が眼を見開いた。
その反応の意味を知る桐山は眼を細め、遅れて気付いたヨミも顔を強張らせる。
迅はふぅ、と息を吐いてしばし言葉を選んで語り出した。
「…………どうやら、想定よりも厄介な事になりそうだ。皆にも、相談が必要だね」
『────────』
白い、荒涼とした大地。
地は割れ、太陽はなく、風の一つも吹かない。
そんな、この世の果てとも言うべき光景がその星の残骸には広がっていた。
その白い大地を、一つの異形が進んでいる。
鋼鉄の四肢を纏い、自我を失った樹里である。
少女の瞳に意思はなく、ただ鉄屑の思うが侭に鋼の体躯を進ませている。
そして、異形と化した少女がとある場所に辿り着いた。
そこは、崩壊した玉座だった。
建物は崩れ、かつては荘厳であったろう宮殿は見る影もない。
此処は、かつてククロセアトロの王城があった跡地。
かつては謁見の間として使われていた吹き曝しの廃墟に、少女が足を踏み入れる。
同時、玉座の台座から伸びた糸が少女に纏わりつき、その身体を覆っていく。
それは幼虫が自らに糸を巻き付け、蛹となる様子に似ていた。
『
やがて糸は鉄の体躯ごと少女の全てを包み込み、巨大な繭が形成される。
繭からは無数の糸が床下、地下に向かって伸びており、その一つ一つが血管のように脈動している。
生物的とすら言えるその糸に繋がれた少女の繭は、悍ましい怪物の心臓のようでもあった