「なんだ、これ…………」
ヨミはモニターを見詰めながら、絶句していた。
それは横で見ている迅や桐山も同じで、遠目に状況を確認しているコスケロも厳しい表情をしている。
光点。
トリオン反応を示すそれが、モニターに表示されている。
これは言うまでもなく、樹里の反応である。
だが。
今、その反応の数は文字通り
1万。
それが、ここ十数分で増えた反応の数である。
樹里の反応が一ヵ所で停止した直後、その彼女の周囲から突然「何か」が沸き出したのだ。
明らかな動体反応であり、トリオンを保有している。
考えられるのは無論、トリオン兵である。
しかし、それはおかしい。
「トリオン兵、か…………? いや、でもあんな数のトリオン兵を用意してたならなんでアフトに攻め込まれた時に出さなかったんだ…………?」
何故ならばそれだけの戦力があるのならばアフトクラトルに自国が攻められた時に放出していてもおかしくないからだ。
「…………いや、ヒュースの話通りなら
『同意する。奴等はあろう事か、自分の命の有無に微塵も興味を抱いていなかった。「あの場ではこの戦力を使っても有効なデータは得られない」くらいの感覚で出し渋るくらいは、普通に有り得るだろう』
されど、ククロセアトロの人間の価値観は常人とズレ過ぎている。
何せ、「勿体ない」というとんでもない理由で星の滅びを加速させ自滅を確約するような手段を迷う事なく取った国だ。
あの戦場でこの戦力を出しても有効なデータが観測出来ない、と判断すれば死蔵するくらいは普通に有り得る。
それが、ククロセアトロという国の逸脱性であるが故に。
「とにかく、雑兵がたくさん出て来た、って認識で良いのかね。気になるのは、その
「流石に、あの新型────────ラービットレベル、ではないだろうね。でも、今までの例を見るに碌な相手でない事は確かだろう」
此処で重要なのは、現状の把握だ。
何故、を今更論じてもさして意味はない。
大切なのは、現状を認識し次の策を考える事だ。
どちらにせよ、あのククロセアトロが製造した代物であればまともなものでは有り得ない。
生命倫理の一切を無視した、果てしなく
「申し訳ないけれど、使い捨てて構わないトリオン兵を一機向かわせて貰っても良いかな。「敵」の詳細を知りたい」
「了解。ドグを一体向かわせるよ」
兎角、今は新たに出現した敵の仔細を知る事が第一だ。
迅の要請を受け、ヨミは
同時に偵察用トリオン兵バ・ドを飛ばし、戦場の映像入手を試みる。
視点が、トリオン兵のカメラに切り替わった。
『そろそろ着く頃だね』
白い大地。
風も吹かず、光もない。
生命の息吹が死に絶えた地を、ドグは駆けていた。
その上空には、偵察用トリオン兵であるバ・ドが飛翔している。
敵の反応は全て地上であるので、こうすれば映像を記録するバ・ドが攻撃を受ける事はないだろうという配慮である。
今回の動員は、あくまでも敵を知る事が目的。
ドグは最初から使い捨て前提であり、本命は映像記録を撮るバ・ドの方なのだから。
『あれか…………』
バ・ドのカメラ越しに、ヨミが敵の姿を捉える。
同時に、息を呑む。
思わず、といった風だ。
無理もない。
彼がそう感じるのも不思議ではないくらい、その光景は悍ましかったのだから。
黒い津波。
遠目から映ったそれは、そうとしか見えなかった。
地が割れ、乾き切った白い大地。
それを埋め尽くすかのように、ソレは這いずり回っていた。
白い大地に真っ黒な墨汁を浸したかのようなそれは、数千以上にもなる無数の怪物の群れであった。
一機一機は、さして巨大ではない。
サイズで言えば、ドグよりも少し大きい程度だろう。
しかし、その姿は異様であった。
傍から見た外観は、胴体の短い百足だ。
うねうねと蠢く奇妙な光沢を帯びた胴体に、無数の蜘蛛のような足が付随している。
頭部には四本の大きな顎があり、口内にはすり鉢状の歯が見えた。
そして、驚くべき事にどんなトリオン兵にも付いているカメラアイ、コアにあたる部分は見当たらなかった。
普通ならば口内に付いている筈のそれが存在せず、代わりに奥へ続く暗い空洞が見え隠れしている。
それがより生々しい生物感を加速させており、異様な風体とその夥しいまでの数によって悍ましさを拡大させていた。
強調ではなく、拡大。
そう呼ぶに相応しい、敢えて生理的嫌悪を催す見た目に作ったとしか言いようのないトリオン兵であった。
『今から交戦するよ』
ヨミの操作を受け、ドグが行動を開始する。
このドグは、ドグ・バトリーレ。
頭部にブレードを持つ、近接戦型のドグである。
ドグ・バトリーレはしなやかな動きで最も近場にいた敵機に接近し、一閃。
一撃で、その首を刈り取った。
同時に、そのままの速度で後退。
次の敵が来る前に、その場から退避する。
ヨミが直接コントロールしていたが故の、優れた機動力の成果であった。
『装甲はそこまででもない、というか薄いな。碌な防御積んでないっていうか、紙切れ同然だね。機動力も並程度だし、単体なら脅威にはならないかな』
戦闘結果を受けて、ヨミは冷静に分析する。
一撃離脱の戦法としたのは、幾ら使い捨てだからといって出来る事ならば回収したいというのが本音であったからだ。
敵の性質を知る、というオーダーはこなしているのだから良いだろう、という判断でもある。
確かに接敵したし、敵の防御面の情報も得られた。
ある意味で、充分役割は果たしていると言える。
属国として搾取され懐事情の厳しいガロプラの一員としては、可能であればなるだけ節約をしたい、というのが本当の所でもある。
要請があれば応えざるを得ないが、駄目元、というやつである。
だから、「これで問題ないか」とでも、ヨミは尋ねようとしていた。
『え?』
しかし、それは叶わなかった。
次の瞬間、突如地面が隆起しそこから一つの影が飛び出したからだ。
それは、視界の向こうに広がる黒い津波を構成する異形のトリオン兵と同じものだった。
ただ一点。
表面に薄い膜のようなものが展開されており、今の今までその場所には
不意を突かれた形のドグに対し。異形の百足は襲い掛かる。
ばくり、と。
肉食の生物そのものの動きで、白い怪物はその大顎でドグの頭部に喰らいついた。
バキン、という硬質な金属音と共にドグの頭が食い千切られ、そのまま機能を停止する。
更に地面が隆起し、同一の個体が出現。
それらはドグの下半身にかぶりつき、バキバキと異音を立てながら機械の身体を咀嚼していく。
ドグを仕留めた方の個体もまた上半身から食らいつき、一心不乱に貪り続ける。
悍ましい饗宴はドグの身体が食い尽くされるまで続き、そして。
その一部始終を、上空に浮かぶバ・ドは記録していた。
「…………トリオン兵を捕食する、トリオン兵だなんて…………」
「見ていて気分の良いものじゃねぇなありゃ。てかあれは、本当にトリオン兵なのかね」
その映像を見ていたヨミと桐山は、難しい顔をしながら考え込んでいた。
無理はない。
文字通りの捕食行為を行うトリオン兵など、見た事は勿論聞いた事すら皆無だった。
捕獲型トリオン兵は人間を拉致する際に口内に呑み込むが、あくまでもそれは内部に「格納」しているだけで本当に食べているワケではない。
見た目は捕食そのものではあるが、内実としては自動化された誘拐用の車と大差ない。
しかし、あれは違う。
あの異形の怪物は、明らかに摂食を目的として行動していた。
敵の無力化ならば頭部を破壊すればそれで済んだ筈だが、その後わざわざ機能停止したトリオン兵の残骸を咀嚼している。
普通ならば意味のない悪趣味であるだけの行為、とも思えるが。
「…………あのトリオン兵、ドグを捕食した後で一時的にトリオン量が増加している。恐らくだけど、あれは摂食したトリオン兵をトリオンに変換する能力が備わっているんじゃないかな」
「成る程、確かにボーダーでもトリオン兵の残骸を置換すれば似たような事は出来るからね。それを自動化して行える機能を持っているというのなら、あの行動にも納得は出来る」
失念している者も多いが、こちらの世界に来て破壊されたトリオン兵の残骸はボーダーで回収し、トリオンに変換して資源としている。
その変換効率がどの程度かはさておいて、ボーダーでも確立されている技術なのだから、近界国家でも類似したものがあってもおかしくはない。
それを捕食機能という形で搭載するあたり、ククロセアトロの趣味の悪さは垣間見えるが。
「一時的、か。ヨミって言ったか。じゃあ、そのトリオンは
「地面の下を通って、星の奥地へ運ばれていったようだよ。反応は、例の遺物がいる場所と同じだね」
「つまり、あれは独立したトリオン兵って言うよりも「本体」に繋がっている
ただ、それだけではないようである。
ヨミはあくまでも「一時的」と言ったが、それには理由があった。
変換されたトリオンは、即座に何処かへ「運ばれていた」からだ。
その運搬先は、大方の予想通り樹里の居場所。
即ち、あの蟲型のトリオン兵は樹里から伸びる触手のようなものと考えて差し支えないだろう。
「この国の
「反応からして、その可能性は高いですね。それから、レーダーに映らなかった件についてですが…………」
「多分それは、バッグワームっていう
また、レーダーに映らなかったのは恐らくバッグワームの能力を模倣したものだろうと結論付けた。
あれが樹里由来のものだとするのであれば、彼女が使用していたトリガーの情報を解析して搭載していてもなんら不思議ではない。
流石に他のトリガーの能力まで搭載しているとは考え難いが、それでもレーダーに映らない敵が地面の下から奇襲をかけて来る可能性がある、というのは相当に厄介だ。
「しかも連中、破壊された対象なら敵味方お構いなしか。合理的では、あるんだろうけどね」
また、ヨミが見ている映像では先程ドグに破壊された
どうやらあれらにとって機能停止したものならば敵味方など一切関係なく、平等に捕食対象となるらしい。
確かに資源を再利用する、と言えば聞こえは良いがその方法が残虐極まりない捕食なので、あまり正視したい光景ではない。
合理を優先するオペレーターのヨミでさえ、若干気分を悪くしている様子である。
「…………もしかして、あれって人間でも捕食しようとするんじゃないかな」
「可能性としては、有り得るな。
「捕獲型ならぬ、捕食型か。悪趣味極まれりだね」
懸念となるのは、あれがトリオン体となった人間も捕食対象として見做すかどうかである。
桐山はその可能性は充分あるとし、迅も無言で同意する。
あれだけの数を用意したトリオン兵が、状況から見て接敵する可能性があまり高くないトリオン兵のみに標的を絞っているとは思い難い。
十中八九、人間も捕食しようと襲って来るだろう。
桐山も迅も敢えて口には出さなかったが、
遠征艇から一定範囲内でしか、緊急脱出は機能しないのだ。
そういう意味で、これは他人事ではない。
悪辣極まりない性質に、二人は心中で警戒度を更に上昇させるのだった。
「あれ、何処に向かってるかは分かる?」
「遺物が
やっぱりか、と迅は嘆息する。
恐らく、あれは防衛戦力として用意されたものではない。
明確な
目的は、推定で足りないトリオンの補充といったところか。
今のククロセアトロがどうやってトリオンを賄っているかは不明であるが、有限である事は確実だろう。
だからこそあの捕食端末を用いて「資源」を回収し、十全のトリオンを以て樹里を強化する方針に違いない。
これまでのククロセアトロの所業を見た限り、その可能性が高いように思えた。
「この調子なら、3時間後には門が開き始める。そうなれば、あれが一斉にこちらの世界に這い出て来るだろうね。今も尚どんどん数が増して来ているし、このままだと不味いかもしれない」
ヨミはそう言って、刻限を告げる。
事態は、更なる変遷を迎えようとしていた。