「これから最終ミーティングを始める。各員、よく聞け」
警戒区域、その一角。
特殊な事情とはいえ、今から踏み込む場所は近界。
事前の打ち合わせは、必須と言えるだろう。
「まず、今回の作戦は二手に分かれて行う。門の近くでトリオン兵を相手に防衛をする組と、木岐坂の下へ向かう組だ。俺は後者の組を統率する為、防衛組の指揮権は二宮に預ける。異論はないな」
こくり、と全員が頷く。
A級でも指折りの実力者且つ人格的にも優れ、戦術眼も併せ持つ風間が突入部隊の指揮を執る事に異論はない。
防衛組の指揮官としても、視野の広い二宮は適正だろう。
出力される言語がほぼ全て暴言に変換されはするが、今いるメンバーは有事の際に些細な事でごねたりする事はないだろう。
影浦が当初の懸念要素ではあったが、先程の様子を見る限り大丈夫そうだ。
ユズルが本気で事に当たろうとしている事を知っている為、それをサポートする為には全霊を賭す所存のようだ。
天敵と言える犬飼とも折り合いを付けられたようであるし、心配する事は無い筈だ。
A級の嵐山をさしおいて、と思うかもしれないが、二宮はそもそも元A級で実力的に遜色はなく、むしろこの規模の部隊を率いるのであれば適正ですらある。
嵐山は全体の指揮よりも現場で逐一判断を飛ばす現場指揮官としての能力の方が優れており、風間は敢えて明言してはいないが彼を二宮の補佐的な役割として期待している部分もある。
全体指揮を二宮、個別の指示を嵐山が出す、という形にすればスムーズに事が進むだろう。
それは既に暗黙の了解として周知されており、嵐山もそのつもりのようであった。
「防衛組は無尽蔵に湧いている敵、便宜上捕食型トリオン兵と呼称する敵の相手をする事になる。三上、転送された映像データを出せるか?」
『はい、こちらになります』
風間の指示で、三上が画面に敵となるトリオン兵の映像を展開する。
寸胴の百足のような、異形のトリオン兵が画面上に映し出される。
それを見て香取はうげ、と気色悪そうな反応をして、木虎は眉を顰めていた。
矢張り、女性陣から見ても生理的嫌悪を催す見た目である事に違いはないらしい。
こんなものが津波の如く湧いているというのだから、猶更である。
「このトリオン兵は、個々の能力としては先日の侵攻の際に戦った犬型のトリオン兵よりも劣る。動きもそれ程素早くはないし、装甲も薄い。問題は、こいつ等が無尽蔵に湧いている事と、レーダーから姿を消せる上に地面を穿孔可能な事だ」
「つまり、こいつがいきなり地面の下から奇襲して来るって事ですか?」
「そうだ。防衛の際はこのトリオン兵の数は勿論、奇襲にも注意しなければならないだろう」
成る程、と犬飼は得心したように頷く。
個々の能力は低いとはいえ、それが無尽蔵に近い数湧いている上にレーダーから姿を消し、地面を掘り進んで来るとなれば相応に厄介だ。
数は力、というのは大規模侵攻等で思い知っている。
幸い今回はあの時のように一機でA級クラスの能力を持ちながら群れて襲って来る、というラービットのような反則級の量産型ではない。
しかしレーダーから姿を消し、更には地面から現れるとなれば実質バッグワームとカメレオンを同時に使っているようなものだ。
如何に1体1体は雑兵とはいえ、油断はしない方が良いだろう。
「こいつ等の対策について、先程三雲から進言があった。三雲、話せ」
「了解しました」
だが、それについては既に対策が献案されていた。
風間に話を振られた修は一歩前に出て、躊躇いがちに口を開く。
「まずはですね────────」
「やや懸念点はあるが、大きな問題は見られない。俺は採用で問題ないと思うが」
「そうだな。三雲くんの案でやってみよう」
一通り修の話を聞いた後、二宮と嵐山は揃って賛成の意を示した。
周囲の隊員達からも反論はなく、修の案は無事に通る事となった。
「問題はないようだな。では、三雲の案を採用し実行する。二宮は状況を鑑みながら指示を出し、嵐山は個々のサポートを頼む。今回の件は、余程の事がない限り追加の援軍等を送り込む事は出来ん。万が一防衛に失敗した時は、門のこちら側で迎撃をする事になる。撤退の判断は、二宮が下せ。出来るな?」
「はい。了解しました」
風間の言葉に、二宮は即座に了承する。
指揮官を任されるという事は、当然最悪のケースの判断も委任されるという事だ。
その程度の覚悟なくして、指揮官など受け入れはしない。
最悪のケース、というものを可能性から排除する程彼は楽観的ではないのだから。
「あちらで通信が何処まで有効かは分からないが、可能な限り何かあれば連絡を入れろ。星の奥地では無理でも場所を移動すれば繋がる可能性はある為、一度駄目でも定期的に通信を行うようにするんだ。互いの状況を共有するのは、重要事項だからな」
了解、と二宮と嵐山は揃って返答する。
近界での通信はその星の状況等で可否が分かれる事があり、場合によっては傍受の危険もある。
今回向かう場所に生きた人間はいない筈だが、それでも相手は悪い意味で予想を超えた所業を見せて来たククロセアトロ。
どんな仕込みがされているか分かったものではないので、警戒は当然だろう。
「防衛にあたっては、基本的に雨取と二宮が火力で敵を一掃。他の者はそのサポート、中距離組の護衛を担当して貰う。細かい配置は任せるが、敵の物量は無尽蔵だ。雨取は特に落とされないよう注意しろ。主力となる火力は、お前だからな」
「は、はい…………!」
急に話を向けられた千佳は恐縮しつつも、何とか返答を返す。
敵の数が無尽蔵である以上、規格外の火力を持った千佳が戦術の中心となるのはある意味当然だ。
それは修からも事前に聞かされていた為、心構え自体は出来ていた。
緊張しながらも、彼女の瞳の奥には強い決意が見える。
そんな彼女の様子を確認しつつ、風間は話を続けた。
「基本的に防衛組は、先程三雲の話に出た「陣地」の内部で戦闘を行うようにしろ。重要なのは、敵を門のこちら側へ通さない事だ。無茶をして大きな戦果を狙うのではなく、堅実且つ長期の戦闘を前提に戦って貰う。主目的が防衛である事は、忘れないようにしろ」
全員が話を聞き、頷く。
今回の目的は、あくまでも防衛。
敵の殲滅よりも、如何に敵を通さないかが重要となる。
基本事項ではあるが、改めての確認は悪い事ではない。
今回の戦闘では、戦果を逸る事に意味はない。
如何にして戦力を温存し、継続的に戦闘を行えるかが鍵となる。
普段の点取り合戦であるランク戦とは、違うのだから。
「木岐坂の下へ向かう突入組は事前に迅から周知があった通り、俺を含めた風間隊、木崎に小南、ヒュースと空閑、そして香取と佐鳥になる。この件については────────」
「────────失礼します、風間さん。少し、よろしいでしょうか?」
風間の話を遮るように、木虎が前に出る。
その姿を見て風間は一瞬、眼を細めた。
「なんだ。言ってみろ、木虎」
「私を、その突入組に加えて貰えないでしょうか? 今聞いた話を考えるに、私は防衛組よりも突入組にいた方がメリットが大きいように思えます。知っての通り私はトリオンが低く、継続戦闘には向いていません。ですが、状況の突破能力は高いと自負しています。少なくとも、香取先輩には負けません」
「…………生意気」
自分の名を挙げられた事で香取がぴくりと反応したが、今がミーティング中である事を鑑みて何とか思い留まった。
今回は、樹里の安否が分かれる何が何でも失敗出来ない戦いだ。
個人的な感情を此処で出すべきではないと、自制したのである。
「それに、私にはスパイダーがあります。突入組にこのトリガーがあるのとないとでは、大分違いが出るのではないでしょうか? 私の機動力であれば、大抵の場所に足場をかけられます。スパイダーは木崎さんもお持ちと聞いていますが、それでも機動力の高いワイヤー設置役は有用だと考えます」
「…………そうだな。迅、構わないか?」
風間はそう言って、通信越しに迅に尋ねた。
迅が先程言った突入メンバーに木虎の名前を挙げなかった事から、彼女を外したのには何か特別な意味があるのではないかと勘繰ったからだ。
それに対し、迅はいいや、と画面越しで首を振った。
『彼女の未来を視ても、あまり不穏なものはないね。良いと思うよ』
「了解した。では、木虎は救出組に加わって貰う。異論はないな?」
「はい、問題ありません。急に口を挟んで、申し訳ありませんでした」
「構わん。自分の能力を客観視し、進言をした部下の意見を酌量しない程狭量ではない。他の者も、意見があれば都度進言して構わない。打ち合わせとは、そういうものだからな」
風間の言う通り、能力を客観視しより適正な配置へ就くように進言するのは立派な意思表示の一つだ。
的外れな見解であったり自己の我が儘であればともかく、木虎の話は終始客観的な視点に基づいていた。
多少自信過剰にも思える言い回しではあったが、彼女の実力に嘘はなく、機動力は勿論状況判断能力に優れた単騎での性能が高い駒、という迅が出した救出班の加入条件は満たしている。
とうの迅本人からも許可が出た以上、この件についてはこれで問題ないだろう。
「例のトリオン兵は、星の中央から門に向かって直進するルートを通っている。よって俺達救出組は、そのルートを迂回する形で目的地を目指す。その間、雨取と二宮は派手な攻撃で連中を惹き付けて欲しい。可能であるならば、木岐坂の下に到達するまで戦闘はほぼ行わないのが理想だ」
「了解しました。では、自分達の攻撃開始と同時に風間さん達が動く形になりますね」
「そうだ。こちらには良い「耳」があるから、地下からの奇襲を心配する必要はない。お前達が動き次第、すぐにでも出るつもりだ」
風間の提示した作戦は、至ってシンプル。
即ち、千佳と二宮による派手な攻撃で敵のヘイトを惹き付けつつ、その隙を突いて迂回ルートで目的地へ到達する。
単純明快であるが、それ故に穴は少ない。
懸念があるとすれば地下からのトリオン兵の奇襲であるが、それについては風間隊には優秀な
彼の力があれば、無防備に奇襲を受ける心配はないだろう。
「今木岐坂がどんな状態でいるかは、俺にも判断がつかん。だが、やる事は変わらない。あいつの悪趣味な鎧を剥がして、無事なままに連れ帰る。俺達がやるべき事は、それだけだ」
────────ククロセアトロ、王城跡。
風が吹かず、光もなく、生物の気配はない。
既に治める者のいない宮殿の跡地には、朽ちた玉座のみがあった。
そしてその壊れた玉座の上に、鎮座する巨大な繭があった。
周囲から伸びる太く赤黒い糸は繭へ繋がる血管のようであり、どくり、どくりと脈動する様子は生物的な様子をより助長している。
その繭から伸びた糸は、周囲の瓦礫を絶え間なく集めて一ヵ所に集積。
更にそれらに糸を巻き付け、やがて無数の小さな筒状の繭を形成。
数瞬後に小型の繭が破られ、中から捕食型トリオン兵────────プロニムフィが、出現する。
腹部に繭から繋がり糸を差し込まれている異形のトリオン兵は、そのまま地面を這いずり始めやがて蟲そのものの動きで進軍を始める。
新たに発生した個体は王城跡から伸びる瓦礫の道を通り、先へ行く同胞の群れへと合流していく。
その個体が全て走り去った後には既に同数のトリオン兵が生み出されており、彼等の生成スピードに陰りは見えない。
文字通り無尽の生産能力を持つ、怪物の工場と言えた。
『
繭の中から、無機質な機械音声が響く。
同時に繭に繋がった無数の太く赤黒い糸がドクン、と大きく脈動し内部に巨大な異形のシルエットが浮かび上がる。
その中央には少女のものらしき輪郭があり、怪物の一部となっている樹里の眠る場所を顕示していた。
微かに揺れるその姿は、未だ彼女が生きている証左であると同時に、未だにこの異形の掌中にある事の証明でもあった。
『…………ケ…………ン…………』
少女の呻きが、虚ろな玉座に響く。
白の廃城にその声を聞き届ける者はなく、彼女が囚われている棺を開けるものはない。
怪物の骸の中、白の少女は夢幻のままに眠り続けていた。