香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の星骸①

 

 

『皆、(ゲート)を開くよ』

 

 通信越しに、迅の声が刻限を告げる。

 

 同時、中空に紫電が迸る。

 

 それはやがて大きな輪を描き、ぐにゃり、と空間が歪む。

 

 空気の軋みが形を成し、黒い球体が形成。

 

 此処に、玄界と近界を繋ぐ穴、(ゲート)が出現した。

 

 黒の門は紫電を迸しらせながら、中に跳び込む者を待つように開く。

 

 近界への扉を前にして、自然と息を呑む音が聴こえた。

 

「行くぞ」

 

 風間は、躊躇しなかった。

 

 全体の指揮官を任された男は短くそう告げると、先陣を切って黒い穴に跳び込んだ。

 

 「了解」の掛け声と共に、彼に続いてボーダーの精鋭達が次々と(ゲート)に足を踏み入れる。

 

 黒い球体は彼等全員を呑み込み、その後も尚警戒区域の一角に存在を顕示し続けていた。

 

 

 

 

「此処が、ククロセアトロか…………」

 

 門を抜け、一瞬の浮遊感の後に地に足を着地させる。

 

 そうして出た先の光景に、皆一様に息を呑んだ。

 

 白い大地。

 

 そこを一目見た感想は、それであった。

 

 周囲には瓦礫の山が重なり合い、所々地面に罅割れが出来ている。

 

 残骸となっている建造物は皆一様に純白であり、着色されたものは一つもない。

 

 その所為か、建物の瓦礫が所狭しと敷き詰められた大地は一瞥すれば白く染められた広大な大地にも見えるだろう。

 

 障害物らしきものは何もなく、見渡す限り白の残骸が並ぶだけの景色が地平線の先まで続いていた。

 

「あれか」

 

 その景観の先に、それは映し出されていた。

 

 黒い。

 

 ただひたすらに黒い、一見すれば津波のようにも見えるもの。

 

 その正体は、夥しい数の怪物の群れであった。

 

 捕食型トリオン兵(プロニムフィ)

 

 白の母体が生み出した捕食端末が、白い大地をその身で黒く染め上げていた。

 

「…………実際に見ると、すげぇ数だな」

「そうだね。今から、あれと戦うのか」

 

 鉄火場の経験の少ない若村と三浦は、思わずそんな弱音が口から出る。

 

 幾ら成長したとはいえ、こういった非常事態の経験はこの中でも誰より少ない二人だ。

 

 思わず、そういった感想が出るのも無理からぬ事と言えるだろう。

 

「大丈夫、と断言は出来ないけどさ。これだけの戦力があるんだし、それで一先ず安心しておこうよ。油断しろとは言わないけど、緊張し過ぎも失敗の元だからね」

「は、はい…………!」

 

 そんな弟子の強張りを察したのか、すかさず犬飼がフォローを入れる。

 

 先程醜態を晒した自覚があったからか、その声色は少し堅い。

 

 しかし影浦とのやり取りの際にそれを見てはいたものの会話内容等は耳に入っていなかった若村にとっては、単純に敬愛する師匠が優しく声をかけてくれただけに映る。

 

 しっかりしなきゃ、と自省しつつ動揺を奥に引っ込めた。

 

 そんな友人を見て三浦も覚悟を決め直したので、傍目から見れば犬飼の行動はプラスにしかなっていない。

 

 師の内心は知らず、若村はその純朴さ故に最良の結果へ繋げてみせた。

 

 これもまた、一つの才能と言えるだろう。

 

「雨取、始めろ」

「は、はい…………!」

 

 全員の動揺が収まったのを確認しつつ、風間が指示を飛ばす。

 

 それを受けた千佳は、徐に地面に手を付けた。

 

「エスクード」

 

 瞬間、千佳の前方の地面から無数の(バリケード)が出現した。

 

 一個や二個ではない。

 

 夥しいと言える数のそれが、地を埋め尽くすかのように展開された。

 

 その範囲、凡そ百メートル長。

 

 地面に絨毯のように敷き詰められた、エスクードの台地が完成した。

 

()()

 

 風間の号令に対し、一部の者を除いた隊員達がその台地へと跳び移る。

 

 一部の者、即ち救出組を除いた面々は全員がエスクードによって形成された即席の陣地へ移動。

 

 最後に千佳がユズルと共に乗り移り、布陣が完了した。

 

「では、三雲の作戦通り戦闘行動はその陣地の中で行うようにしろ。これで、捕食型の奇襲は可能な限り防げる筈だ」

 

 そう、これこそが修が提唱した作戦。

 

 即ち、エスクードの陣地による敵穿孔部隊の無力化であった。

 

 

 

 

「まず、今回の敵の脅威は大きく分けて二つあります。一つは数、そしてもう一つは地下を穿孔────────つまり地面の中を掘り進んで、レーダーに映らないようにした上で奇襲する能力ですね」

 

 突入前。

 

 風間に話を振られた修は開口一番、そう告げた。

 

 全員が自分の言葉を傾聴しているのを確認し、修は話を続けた。

 

「これをどうにかする為には、敵の出口となる地面そのものを塞ぐのが一番効果的です。ですので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()いきなり襲い掛かられる恐れはなくなります」

「…………! そうか、エスクードは並大抵の事じゃ壊れない。だから」

「ええ、それを大量に設置すれば、少なくとも何の前兆も無く奇襲を受ける事はなくなります。エスクードは消費が激しいトリガーですが、千佳のトリオンなら充分それが可能です」

 

 修の作戦は、言ってしまえばシンプルだ。

 

 敵が地面を掘り進んで来るのであれば、その出口を何かで塞いでしまえば良い。

 

 その役割として適格なのは、旋空やスラスター斬りでない限り破壊不能な強固な硬度を持ち尚且つ地面があれば幾らでも設置出来るエスクードである。

 

 エスクードで地面を埋め尽くして足場とすれば、その上で戦う限りに於いて穿孔するトリオン兵の奇襲を受ける確率は著しく減少する。

 

 問題は燃費が劣悪なエスクードを大量に展開するリソースだが、それも千佳がいれば解決出来る。

 

 彼女の規格外のトリオンであれば、かなりの数のエスクードを展開した上で尚且つ戦闘する余力が充分に残る。

 

 トリオン切れという言葉が実質無縁と言える千佳の埒外のトリオン量を利用した、力技にも等しいやり口である。

 

 嵐山はそれを聞いて成る程、と納得を示した。

 

「敵の見た目を考えるに攻撃手段は顎での噛みつき一本で、特殊な武装はないように思えます。ですので、エスクードの陣地が突破される可能性は低いでしょう」

「そうだな。あれだけ馬鹿げた数を量産しているんだ。特殊な武装のようなものを搭載するリソースの余裕は、無いと見るべきだろう」

「奴等は悪趣味だが、それでも資源(リソース)を無視した機構までは作れない筈だ。オレもその意見に賛成する」

 

 修の話に対し、風間とヒュースが続けて同意を示した。

 

 彼の話通り、見る限り捕食型トリオン兵はその数こそを最も重要視した生産が成されていると見るべきだ。

 

 レーダーから姿を消すバッグワームと同様の能力が付与されている以外、特殊な能力は無いと考えて良いだろう。

 

 量産に特化した個体であれば、むしろ余分な能力はカットして画一した仕様にした方がより多くの数を用意出来る。

 

 あれだけの規格外の数量を用意出来ている以上、細かな能力の付与を行うだけの余裕は無いだろう。

 

「あともう一つ()()をすれば奇襲を受ける確率を更に減らす事も出来ますし、千佳と二宮さんの射撃トリガーを主力とするなら攻撃面も問題は無い筈です。以上がぼくの考えた対策ですが、どうでしょうか?」

 

 

 

 

「凄いよねぇ。エスクードをこれだけの数出せるなんて、流石雨取ちゃんと言うべきかな。ヒュースくんでも、これは無理かもだ」

 

 犬飼は修の話を想起しながら自分が足場にしているエスクードの台地を見て、思わず口笛を吹いた。

 

 これだけの数を用意するのは、恐らくヒュースでも厳しいだろう。

 

 彼のトリオンは二宮を上回るが、それでも限界はある。

 

 天井が見えないトリオンを持つ千佳だからこそ可能となった、荒業と言うべきだろう。

 

 先程の修の話を思い返しつつ、犬飼は素直に感嘆の息を漏らした。

 

「凄ぇな。これを出来る雨取もそうだが、こんな案を出せる三雲もよ」

「そうだね。最初聞いた時は幾ら何でもと思ったけど、それが出来ちゃうんだから凄いよねぇ」

 

 若村と三浦は、純粋に修の策に感心していた。

 

 同時にこれが自分と修の実力の差か、と内心で思い悩む少年もいたが、今それを表に出す事はない。

 

 どれだけ眼に見えた貢献が出来ているように見えずとも、自分の成長を認めてくれたチームメイトがいる。

 

 ならば、そんな自分の能力を疑うような真似は失礼だと、若村は考えたのだ。

 

 それでも思い悩みはするあたり、性根の部分は早々変わりはしないのであるが。

 

「三雲、若村、三浦。お前達は三雲の作戦通り、()()()を始めろ。時枝、犬飼、辻は三人の護衛を担当だ」

「「「「「「了解」」」」」」」

 

 二宮の命令が下され、修は時枝と、若村は犬飼と、三浦は辻と共に陣地の中で動き始めた。

 

 そして、二宮は風間の方へ向き直る。

 

「風間さん」

「了解した。事前の打ち合わせ通り、救出組は全員バッグワームを装備しろ」

 

 了解、の返答と共に風間を指揮官とする救出組は全員がバッグワームを起動した。

 

 それを確認し、風間は一呼吸置いてから話し始める。

 

「今回の敵は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、()()()()()()()()()()可能性が高い。よって、捕食型トリオン兵が標的を感知する手段はトリオン反応であると推察出来る」

「だから、バッグワームで反応を消しちゃえばアタシ達に気付かれる事もなくなる、って事ですよね」

「そうだ。現状の情報からの推測ではあるが、的外れではないと考えている。勿論確証がある話じゃない以上、警戒は怠るなよ」

 

 風間の考えた想定、それは。

 

 敵は、視覚が存在しないのではないか、という事だった。

 

 あの捕食型トリオン兵には、常のトリオン兵にはある筈の器官であるカメラアイが存在しなかった。

 

 トリオン兵のコアを兼ねているそれは見た目通り視覚情報の取得を行う機能を持っており、ヨミがパ・ドから得た情報もそのカメラアイを通したものである。

 

 しかし、今回の敵である捕食型トリオン兵にはそのカメラアイが無い。

 

 つまり、視覚情報を取得する能力も持ちえていない可能性が高いのだ。

 

 よって、捕食型トリオン兵が標的を感知する際に使用するのは視覚情報以外の何かとなる。

 

 その中で最も分かり易いのが、トリオン反応の検知だ。

 

 トリオン反応を察知して襲って来るのであれば、それを隠す事が出来るバッグワームを纏えばそもそも存在に気付かれない可能性が高い。

 

 千佳と二宮が盛大に敵を惹き付ける算段とはいえ、本命である救出組に捕食型が寄って来ないに越した事はない。

 

 咄嗟に両防御(フルガード)が出来ないリスクを抱える事にはなるが、敵の物量を考えれば立ち止まっての防御など状況が悪化する事にしかならないので誤差の範囲である。

 

「影浦、()()()()()()()()はあるか?」

「…………? いや、今の所はないっすね。それがどうし、どうかしたんですか?」

「もし、そういった感覚を覚えたら即座に全員に共有しろ。つまりそれは、()()()()が動き出した事と同義だからな」

 

 突然の問いかけに疑問符を浮かべながら返答する影浦に対し、風間は強めの口調でそう告げた。

 

 その声色の鋭さを感じ取った影浦は息を呑み、「了解」と短く応える。

 

「二宮、影浦がそういった感覚を感じた場合は()()()()()()()()()()()()()()。留意しておけ」

「…………! 了解しました」

 

 二宮は風間の言葉に思い当たる節を感じたのか、即座に了承の意を示した。

 

 「視られている感覚」と、「長距離狙撃」。

 

 この二つのワードでとあるケースが連想出来ない程、二宮の察しは悪くないのだから。

 

 ともあれ、これで出撃準備は整った。

 

 後は、開戦の狼煙を挙げるだけである。

 

「そろそろ始めるぞ。各々、やり残しがないようにしておけ」

 

 

 

 

「麓郎、雄太。気張りなさいよ。こんだけの戦力がいんだから、アンタ等は自分がやれる事だけしっかりやっときなさい。くれぐれも、無茶すんじゃないわよ」

『分かってるっての』

『うん、ありがとう』

 

 香取はこの場に残るチームメイトに対し、通信越しで激励を送った。

 

 若村と三浦は作業の手は止めず、若干照れながらもそんな彼女の激励(エール)に応える。

 

 その返事を聞いた香取はニカリと笑い、眼を細めて覚悟を決め直した。

 

「絶対、やり遂げてみせるわ。待ってなさいよ、皆」

 

 

 

 

「木虎、あまり無茶はするなよ。無事に帰って来るのが一番だからな」

「ええ、無茶はしません。自分の分は弁えているつもりですので」

 

 また、チームメイトの中で一人だけを送り出す嵐山はとうの本人である木虎に対し声をかけていた。

 

 木虎はそんな嵐山に対し軽く頭を下げ、心配ないと伝える。

 

 少々素っ気ない態度ではあるが、木虎の性格を熟知している嵐山はにこりと笑みを浮かべた。

 

「ああ、木虎の実力は知ってるさ。けど、此処は初めての近界だ。色々と想定外な事も起こるだろう。警戒しておくに越した事はないからな」

「ええ、了解しました」

 

 あくまでも木虎を心配してというニュアンスを用いるのではなく、客観的な視点からの注意喚起。

 

 これにより木虎の自尊心を刺激せず、尚且つ必要な忠告はきちんと済ませている。

 

 このあたりの如才なさは、流石と言えるだろう。

 

「無事に全員帰って来るのが一番だ。無理をするなとは言わないが、それを心に留めておいてくれると嬉しいな」

 

 

 

 

「こっちは頼んだぞ。京介」

「ええ、任されました。本当なら、そっちに行きたかったんですけどね」

「まあ、仕方ないでしょ。アンタの切り札は、こっちだと流石にリスクが高いしね」

 

 また、玉狛第一の中で唯一この場に残る事となった烏丸にもレイジ・小南両名から激励が送られていた。

 

 彼だけが残る事になったのは、偏に烏丸が保有する玉狛製トリガー、ガイストの性質にある。

 

 あれは瞬間的に爆発的な出力を得る事が出来るが、一度使用すれば確実に時間経過によるトリオン体の崩壊が起こる。

 

 救出組が向かうのは、緊急脱出(ベイルアウト)が不可能な星の奥地だ。

 

 万が一にもそんな場所でトリオン体が破壊される事態になるのは可能な限り避けたい為、烏丸の救出組への採用は見送られたのだ。

 

 烏丸はたとえ危険があっても必要と考えれば使用は躊躇しないと考えられる為、それを防ぐ為でもある。

 

 決して、彼の実力不足が原因というワケではないのだ。

 

 また、彼の能力は単騎掛けよりもサポートに特化している。

 

 規格外の物量を相手にする事になる防衛組の補助として、的確な人員でもある。

 

 そういう意味でも、烏丸を残す意義は大きいと言えるだろう。

 

「俺達は勿論だが、お前達の担う役割も大きい。自分の出来る範囲の事を、全力でやってくれ」

 

 

 

 

「始めるぞ。雨取」

「了解、です!」

 

 そして、作戦が始まる。

 

 千佳が巨大なトリオンキューブを生成し、分割。

 

 夥しい数の大玉の追尾弾(ハウンド)が、開戦の狼煙として撃ち出された。

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