香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の星骸②

 

 白い大地に、空から降り注ぐものがあった。

 

 既に太陽はなく、虚無の暗闇に覆われた星の天幕。

 

 そこに、光り輝く流星があった。

 

 否、それは落ちる星などではない。

 

 無数の、夥しいと言える数の光弾の群れ。

 

 一つ一つがかなりの大きさを持つそれは、一直線に地を覆い尽くす黒い津波へと向かっていた。

 

 黒い津波、即ち骸兵蟲(プロニムフィ)の大群。

 

 それらの下へ、流星が着弾する。

 

 千佳の規格外のトリオンによって生み出されたその弾幕は、黒の津波の前面を大きく削り取った。

 

 上から見れば、先端を中心に巨大な白い穴が生まれたようになっている。

 

 大地を埋め尽くすかの如く展開されたトリオン兵が、数百メートル以上に渡る規模で一斉に殲滅された結果だった。

 

『────────!!!』 

 

 しかし、それも数万に及ぶ大群の一部に穴を空けただけに過ぎない。

 

 すぐさま後続のトリオン兵が追いつき、ぽっかりと開いた津波の穴が修復され始める。

 

 彼等は全て、幾らでも替えの利く無尽の群れ。

 

 多少の欠員が出ようと、全体の行軍に支障はない。

 

 ────────だがそれは、あくまでも今の攻撃が一度で済めばの話である。

 

 再び空を覆う、光の星。

 

 先程と比べればやや小ぶりなそれが、されど比較にならない精密さを以て黒い津波に殺到する。

 

 途端、轟音と共に爆発が連鎖。

 

 トリオンでは劣ろうとも、誘導炸裂弾(サラマンダー)という合成弾を用いた爆撃は攻撃範囲だけならば先程のそれに比類する。

 

 千佳の放ったハウンドにはない、正確無比な射撃の冴え。

 

 無論それを撃ったのは、射手の王たる二宮に他ならない。

 

 規格外のトリオンを持った千佳に続く、技巧と豊富なトリオンに基づいた爆撃。

 

 黒の津波に抗う第二射として、これ以上のものはないだろう。

 

 徐々に修復されつつあった大群の穴は、再び拡大された。

 

 既に千佳の攻撃と併せ、百数十体以上が撃滅されている。

 

 しかし、それでも万を超す群れは止まらない。

 

 甚大な被害を受けて尚、黒の津波は進軍を止めない。

 

『────────!』

 

 しかし、彼等は眼にする事になる。

 

 再び空に浮かび上がる、流星の姿を。

 

 無数の光の星はそのまま標的に向かって落下し、再び骸兵蟲(プロニムフィ)の大群へと降り注いだ。

 

 

 

 

「行くぞ」

 

 了解、という返答と共に風間はバッグワームを纏い、それに救出組が続く。

 

 千佳と二宮による絶え間ない連続爆撃が開始された直後、彼等は動き出した。

 

 敵の大群の方に眼を向ければ、空から降り注ぐ無数の光弾によって夥しい数のトリオン兵が次々と撃破されている。

 

 千佳の規格外のトリオンにあかせたハウンドによる蹂躙と、爆破範囲を計算し正確無比な射撃を以て的確に敵を殲滅する二宮の爆撃。

 

 その二枚の手札を連続で切り続ける事で、黒の津波を押し留める事に成功していた。

 

 測定不能クラスのトリオンを持つ千佳のハウンドは、威力も相当なものである。

 

 加えて、敵のトリオン兵の装甲強度は左程厚くはない事も分かっている。

 

 ならば、彼女の追尾弾(ハウンド)の斉射だけで充分に殲滅を行う事が可能なのだ。

 

 そして装甲が薄いという事は、シールドを張れば凌げる炸裂弾(メテオラ)であっても爆発に巻き込むだけで撃滅が可能という事である。

 

 よって二宮は普段のハウンドとアステロイドの二面攻撃ではなく、躊躇なく合成弾である誘導炸裂弾(サラマンダー)を選択した。

 

 ランク戦であれば護衛がいなければ隙が多くて使い難いが、今は頼りになる護衛が何名もいる。

 

 更に()()()()()敵から遠距離攻撃をされる心配がないという事もあり、何の迷いもなく合成弾という手札を切る事が出来たのだ。

 

 そして、これだけ派手にやれば敵の眼は十中八九この二宮を指揮官とした集団の方へ向く。

 

 風間達救出組はその間、可能な限り戦闘を避けて樹里の下へ辿り着く。

 

 そういう作戦なのだから、滑り出しは順調と言えた。

 

「今のトコ、樹里ちゃん本人が動く気配はないみたいね」

「影浦が視線を感じていない事は、既に確認している。しかし、いつまでも本丸が沈黙を続けている筈がない。今はトリオン兵の生産に集中している為に動けないだけである可能性が高いが、いつ動き出すかは予測が出来ん。警戒は怠るな」

 

 しかし、この状況がいつまでも続くという保証はない。

 

 警戒区域で戦った時に見せた、変貌した樹里の放つ砲撃。

 

 あの時は出力不足な為かまだ常識的な射程範囲だったが、ククロセアトロにどんな仕掛けが残っているか分からない以上、ヒュースの語っていた超射程の熱線が飛んで来る危険性は残っている。

 

 だからこそ風間は相手からの視線があればそれがどれだけの距離からのものであろうと感知出来る、影浦に警戒を促したのだ。

 

 影浦の副作用(サイドエフェクト)、感情受信体質は相手が彼を認識し視界に収めた時点でその効力が発動する。

 

 つまり、どれだけの距離が離れていようが相手が影浦の姿を認識し、視認した時点でその影響からは逃れられない。

 

 だからこそ、樹里が動き出したかどうかは影浦さえいれば判断が出来るのだ。

 

 二宮は敵が変貌した樹里であると聞いており、尚且つ風間は「長距離狙撃」という単語を出した。

 

 それだけで彼は樹里からの攻撃の可能性というものを理解し、警戒を念頭に置いた筈だ。

 

(影浦が来てくれた事は、予想外の僥倖ではあったな。恐らく迅が仕組んでいたのだろうが、矢張り回りくどい。あいつの手法は好きにはなれんが、致し方ない部分もあるか)

 

 故にこそ、迅は二宮を呼びに行く役目をわざわざ香取と佐鳥に任せたのだろう。

 

 今回の作戦では確かに二宮の火力と指揮能力は必須だったが、同時に影浦という第二の検知器(ソナー)の存在も必要不可欠だった筈だ。

 

 それを直接影浦隊へ交渉するのではなく、二宮隊を巻き込むといった迂遠な方法は正直な所風間の好みではない。

 

 しかし未来視を持つ迅がそういう方法を取った以上、必要な事ではあったのだろう。

 

 少なくともその手順を踏んだお陰で影浦は高いモチベーションを得た状態でこの場に現れ、自分から犬飼相手に譲歩を見せた。

 

 あの動きには正直驚いたが、恐らくは年下のユズルが頑張ろうとしているのに自分が水を差すような真似は断じてしたくなかったのだろう。

 

 だからこそ、苦手と公言している犬飼に自分から歩み寄りを見せる程の落ち着きを持ったのだ。

 

 それは、ユズルが自分からこの作戦に志願する、という過程がなければ有り得なかった事だろう。

 

 ユズルが「偶然」二宮隊の隊室にいて、話を聞いていなければそうはならなかった。

 

 そういう意味で迅の手法が必要であったのだと、理解は出来る。

 

 故に、この場で口には出さない。

 

 分かっている者は既に察しているだろうし、無駄に士気を下げる言動は以ての外だ。

 

 今自分達がいるのは、近界。

 

 一つのミスが本当の死に繋がる、過酷な世界なのだから。

 

(この先気付かれず、何のトラブルもなく辿り着ければベストだが、そう旨くはいかないだろう。此処は、近界。予想外(イレギュラー)が日常の世界で、トラブルなしなど有り得ないのだからな)

 

 

 

 

「始まったね。やっぱり、心配かい?」

「…………ええ、本音を言えばそうですね。自分が参加出来ないのは仕方ないのは、分かってるんですけどね」

 

 ガロプラ遠征艇、内部。

 

 そこでは風間達を近界へ送り届けた桐山達が、バ・ド越しの映像を見ながら静かに言葉を交わしていた。

 

 迅は映像から眼を離さないまま、ふぅ、とため息を吐く。

 

「今回の作戦を黙認する代わりに、おれはあちらには行かせて貰えなかった。まあ、当然ではあるんですけどやっぱりもどかしいと思わないと言えば嘘になります」

上層部(ボーダー)としちゃ、悠一の坊ちゃんだけは何があっても失うワケにはいかないだろうからねぇ。そういう条件が出るのは、分かってたろ」

「ええ、だからこそそれをダシにして譲歩を引き出した部分もありますからね。やれる事はやったつもりですしこれが最善だと分かっていますが、やっぱり自分が直接行きたかったってのはありますね」

 

 今回の非公式作戦を行うにあたり、上層部はそれを黙認する代わりにある条件を出した。

 

 即ち、「迅悠一は何があっても近界へ直接赴く事を禁ずる」というものだ。

 

 これはある意味、当然ではある。

 

 未来視を持つ迅は、今のボーダーの防衛の要だ。

 

 もしも彼がいなければ、第二次大規模侵攻の時点で甚大な被害を受けボーダーは今後の活動すらおぼつかなくなっていただろう。

 

 それだけ彼の持つ未来視の力の影響力は大きく、ボーダーにとってはたとえ何に代えても失ってはならないファクターだ。

 

 今回の戦場は、限りなく玄界に近い場所にあるとはいえ近界。

 

 万が一が起こる可能性は常に付き纏い、もしも何かの間違いで迅を失うような事になれば補填はまず利かない。

 

 優秀な実力を持った者の代わりはあれど、迅悠一(未来視)の代替は何処にもないのだから。

 

 迅自身それを分かっているからこそ、自分の不参戦を引き合いに出して上層部から可能な限りの譲歩を引き出している。

 

 嵐山隊や二宮隊、影浦隊の作戦参加もその一環だ。

 

 最初から渋々ながら作戦に組み込んでいた嵐山隊はともかく、二宮隊と影浦隊を参戦させるように要請したのはつい先程だ。

 

 そんな急な要請であったにも関わらず上層部がそれを黙認したのは、迅の交渉に依る部分が大きい。

 

 二宮隊も影浦隊も事情があって降格したとはいえ、戦力的には間違いなくトップランクの部隊。

 

 それを何の試験や手続きもなく危険極まりない場所へ派遣するなど、通常であればまず通らない要請である。

 

 その要請が通った時点で、迅の影響力の大きさがどれ程かは言うまでもない。

 

 代償として彼自身は参戦出来なくなってしまい、それは迅本人も理解はしている。

 

 しかし鉄火場に仲間を送り込んでおいて自分は安全な場所で観戦しているだけというのは、思いの他堪えるものだ。

 

 もしも相手が桐山でなければ適当に誤魔化していただろうが、付き合いも長い彼相手に本心を隠す事はむしろ無粋と感じて本音を吐露したまでである。

 

「ま、気持ちは分かるって軽々とは言えねぇけどよ。お前さんは自分の仕事はきっちりやってんだ。そこは間違いねぇんだし、今は自分が選んだ連中を信じて待つのが仕事と思えばいいさ。お前さんはいつもいつも、働き過ぎだからな」

「…………そうですね。確かに、おれの出来る事は全てやりました。後は彼等を信じて託すだけなんですから、後ろ向きな事ばかり考えてちゃいけませんね」

「ああ、あいつ等はお前さんの眼鏡に適った連中だ。だったら、信じて待つのが送り出した側の責任だろうがよ。辛気臭い顔ばかりしてっと、ホントに幸運ってやつが逃げてくもんだぜ」

 

 そう言って、桐山はバンバン、と迅の背を叩いた。

 

 そんな古馴染みからの激励(エール)を受け、迅は改めて画面へ向き直った。

 

「ええ、そうする事にします。でも、そういう事なら桐山さんだってあの異質な(ゲート)を繋ぎ続ける役目をしっかりやって下さってますし、そこは感謝しかないですよ」

「っても、ありゃ向こうが開こうとしていた(ゲート)を強引に開いて固定しただけだかんな。ガロプラの連中から見せて貰った例の仕様書の「走り書き」がなけりゃ、こんな真似は出来なかっただろうぜ」

 

 桐山はそう言って、隣で黙々と作業をするヨミにチラリと眼を向けた。

 

 ヨミはそうですね、と何処か疲れたようにため息を吐いた。

 

「…………まさか、送り付けて来た仕様書の中に無造作にあんな落書きのような形でククロセアトロの秘蔵技術の一部が走り書きで残されてるとは思いませんでした。それが今回役立ったんですから、何がなんだかといったところです」

 

 そう、実はガロプラ侵攻の騒動後にヨミ達に送り付けられた仕様書の中に、研究者の走り書きのようなものが混ざっていたのだ。

 

 どうやらククロセアトロは資料の管理は結構杜撰だった様子で、本当に何の意図もなくアイディアの走り書きのような形でとある技術についてそこには記されていた。

 

 それは、距離を限界まで近付けさせる必要はあるものの、遠征艇なしで直接別の星との間を(ゲート)で繋ぎ、それを一定期間維持する代物であった。

 

 通常、近界で別の国に向かう際には遠征艇に乗り込み、相手の星に充分近付いた上で(ゲート)を開く必要がある。

 

 しかしククロセアトロには、その常識を覆す技術があった。

 

 それはククロセアトロが自由に移動が出来る乱星国家である事を利用し、相手の国に限界まで近付いた上で門を開き、尚且つそれを一定期間維持する技術。

 

 星間航路(ヒュポノモス)と呼ばれるそれは、事前の準備こそ必要になるが一度門を開けばエネルギー供給が続く限りそれを維持し続けられる上、門を開いた事を察知させ難くする隠蔽効果まで付与される代物だった。

 

 一年前に佐鳥が樹里を発見した際、門が開いたのにボーダーが気付けなかったのはこの技術の応用だろう。

 

 今回、樹里の背後に現れた門はその星間航路(ヒュポノモス)の類である。

 

 あれはどうやら撤退を主目的に利用するものであるらしく、門を長期間維持する能力はない代わりに出現の察知を阻止する機能が備わっており、ボーダー側が誰も気付けなかったカラクリがそれだ。

 

 加えて一度それを開いた場所にマーカーを設置する機能まであるらしく、0時に開く予定だった門はそれを利用するものだった。

 

 仕様書の走り書きからそれを知った桐山はその星間航路の仕組みを逆用する事を思いつき、敵の準備が完了する前にこちら側から門を繋げる事に成功した、というワケだ。

 

 要するに彼のやった事は開きかけていた門を強引に開けただけではあるが、独自に緊急脱出(ベイルアウト)と同じ機能を生み出すに至ったガロプラの技術者であるヨミの協力もあって何とか門を通じて緊急脱出(ベイルアウト)機能をあちら側でも一定範囲まで有効にする事に成功した。

 

 そういう意味でも、桐山の貢献は計り知れない。

 

 勿論ガロプラの協力あってのものだが、そういう意味でも誰か一人でもこの場から欠けていれば成し得ない作戦だった事に間違いはない。

 

「何にせよ、やるべき事はやったんだ。後は万事、吉報を待とうじゃないの」

 

 これまでの道程があったからこそ、此処まで漕ぎ付けられた。

 

 そんな見方も、出来るだろう。

 

 桐山の言葉に、迅は深く頷いた。

 

「ええ、彼等なら大丈夫。おれも、そう信じる事にします」

 

 迅はそう言って、再び画面に視線を落とす。

 

 そこには、敵の大群相手に攻撃を続ける千佳達と、白の荒野を行く風間達の姿が映っていた。

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