『第一セクター付近にて戦闘発生を確認。現在、
ククロセアトロ、王城跡。
虚ろなる玉座に鎮座する繭の中から、無機質な機械音声が響き渡る。
それは聞かせる者の有無には一切頓着せず、ただ己の機構のまま人造の知能に見せかけたプログラムに従い作動を続ける。
『現状のままの損壊スピードが継続した場合、3時間程で骸兵蟲の生成速度を上回る可能性があります。検体の
繭に繋がる糸が脈動し、それが地面へ伝播し青白い光が迸る。
それは瞬く間に星の表面を奔り、その全てを走査する。
瞬間的に行われた
『敵性個体と思われるトリオン反応が11。うち1つに極大のトリオン反応を観測。数値判定────────測定不能。脅威度、Aクラスに設定します』
ギギ、という無機質な機械音と共に検索結果を読み上げる機械音声。
そこに動揺はなく、人間らしい情緒は欠片も感じられない。
如何にヒトのように声を発していたとしても、これは心なき機巧。
情報を分析し、客観的にそれを基にした判断を下す以外の機能は存在しない。
『極大のトリオン反応を持つ個体による攻撃により、
そして、だからこそそれは機械的に判断を下した。
正面からやって倒されるのならば、隠れて行けば良い。
そういった、単純且つ有効な策を実行に移す。
人間的な情緒を排した、無機質な判断。
それは、「糸」を通じて
即座に、実行に移される。
『最優先は敵砲撃班の排除。一定の数で敵個体群を包囲し、一斉攻撃を実行します』
「うひゃー、凄いね。あんなにいた敵を、どんどん倒しちゃってる」
その上で千佳及び二宮の周囲を固めている面子の中、北添は視界の果てで起きる大破壊に舌を巻いていた。
千佳、或いは二宮が空に弾を放つ度、黒い津波のように押し寄せている敵の軍勢に比喩ではなくぽっかりと穴が空く。
前者は膨大なトリオン故に、後者は精密なコントロールと計算された爆撃故に。
それぞれ、敵の群れに甚大な被害を与えていた。
北添でなくとも、感嘆するのは無理もない。
「これ、ゾエさん達出番なくない?」
「んなワケねぇだろ。敵が黙ってやられるだけとも思えねぇし、玉狛のチビはともかく二宮の野郎はトリオン切れもあんだろ。少なくとも、こうして黙って立ってるだけで終わるってのはねぇと思うぜ」
そんな北添に対し、影浦は辛辣とも言える言葉で反論した。
確かに、今は順調に見える。
しかしこれが長く続く筈がないと、彼の野生の勘とも言えるものが訴えていた。
「作戦の全部を聞いたワケじゃねぇけどよ、三雲や若村なんかが動いてるのはその為だろ。じゃなきゃ、わざわざ護衛を付けてまであちこち走り回って何かしたりしてねぇだろ」
『おー、そうだな。ちなみに光さんはどんな作戦かバッチリ聞いてるぜ。聞きたい? 聞きたいか?』
「必要な時に言え。最低限、どう動けば良いかわかりゃあそれでいい」
了解、と元気良く通信越しに返事をする光。
この場には、彼女達オペレーターの通信も繋がっている。
影浦達と異なり彼女達は向こうの世界に残っているが、ヨミと技術協力を行った桐山の手腕によりこうして通信を繋ぐ事に成功していた。
もっとも担当部隊以外との通信には若干のラグが生じる上、音質も良いとは言えない。
それでも、近界という危険な場に戦闘能力を持たないオペレーターを連れずにオペレートが出来るのだから、それだけでも破格と言える。
ちなみにこれもまた
この特殊な
つまりこの通信でさえもこの星間航路が繋がっている間限定のものであり、この門が使えなくなれば
あらゆる意味での生命線でもある為、この星間航路だけは何としても死守しなければならない。
そもそもこの門が突破されるという事はあの悍ましい大群が向こうの世界へ溢れ出る、という事なのでどちらにしろやる事は変わらないのだが。
「…………!」
その時、影浦は野生の勘とでも言うべきものに従い振り向いた。
視線の先にあったのは、地面。
次の瞬間その場の土が隆起し、破裂するように大きな影が飛び出した。
寸動の百足のような、異形のトリオン兵。
『────────!?』
だが。
その顎が、影浦達に向かう事はなかった。
良く眼を凝らさなければ見えないそれが、トリオン兵の躯体に絡まり身動きを封じていた。
「ハッ!」
敵が身動きが出来ない事を確認した影浦は、躊躇いなくマンティスを使用。
通常の倍する射程を以て、ワイヤーに絡まった怪物を微塵に斬り裂いた。
鞭の如き斬撃を叩き込まれた怪蟲は四つに分割され、落下。
そのまま、動きを停止した。
更に、別の場所でも同じような光景が見える。
次々に地面から跳び出してはワイヤーに引っかかったトリオン兵を、各々の武器で駆除している。
出て来たトリオン兵は自分達の総数の凡そ倍以上だが、それでも身動きの取れなくなった敵など恐れるに足りない。
素早い動きで、その全てが殲滅されていった。
「成る程、こいつが三雲達がやってた
「みたいだねー。しかし、考えたね。エスクードの陣地のすぐ傍に、ワイヤーを仕掛けておくなんてさ。確かにこれなら、敵にそもそも行動をさせずに倒す事が出来る。だから、あんなに動き回って仕掛けて回ってたんだね」
分かってみれば、絡繰りは簡単だった。
スパイダー。
玉狛と香取隊がランク戦で多用したそのワイヤートリガーを、陣地の周囲一帯に張り巡らせていたのだ。
流石にエスクードそのものにワイヤーは刺さらないが、このククロセアトロの大地には瓦礫の類が無造作に散乱している。
それらは積み重なって疑似的な地面を形成しており、当然ながら平坦とはとても呼べない地形と成り果てている。
だからこそワイヤーを引っかける場所等幾らでもあり、修達スパイダーを装備した面々は各所に仕掛けをして回っていたのだ。
こうする事によって、大量のトリオン兵が一斉に出て来ても動きを封じた上で一方的に処理をする事が出来る。
如何にエスクードの陣地があるとはいえ、数では向こうが圧倒的に上だ。
今のように数にあかせて畳みかけられては、取りこぼしが出てしまう事もあるだろう。
しかし、ワイヤーという捕獲罠を設置する事によってその問題は解決出来る。
如何に数を揃えたとしても、それらが全て身動きを封じられた状態ならば処理に苦労する事はない。
修の策は、今回綺麗に嵌まったと言える。
「やっぱり、三雲くんは凄いね。このエスクードの陣地も三雲くんが考案したものだし、やっぱりワンシーズンでB級2位になっちゃう事はあるよ」
「俺等の順位を分捕りやがったのは癪だが、実力は認めざるを得ねぇだろ。空閑の奴があんなに慕ってる隊長なんだ。当然っていやあ当然かもな」
それより、と影浦は続ける。
「今ので終わるわきゃねー。いつ次が来ても良いように、警戒すんぞ。ユズルの奴に、恥かかせるワケにゃあいかねぇからな」
「そうだね。頑張ろうか」
北添の返答を聞き、影浦はギラリと眼を輝かせながら周囲の警戒を始める。
ユズルが張り切っている以上、年上の自分達が醜態を晒すワケにはいかない。
そんな気持ちが、彼等のモチベーションを自然と上げていた。
「俺等はただ、任された仕事をこなしゃあいい。細かい指揮みてーなのは、二宮がなんとかすんだろうからな」
「…………びっくりした。けど、倒せて良かったです」
「うんうん、咄嗟に反撃出来たのは偉いと思うよ。少し無駄弾が過ぎた点は反省が必要かもだけど」
一方、若村はワイヤーを仕掛けている最中に突然目の前の地面から
以前の若村であれば奇襲を受けた時点で思考停止に陥りそのままやられていたであろうが、樹里の加入を契機とした隊の成長の恩恵を受けながら数々の戦いをこなした結果、「非常時の対応」というものが自然と身に付いていた。
想定外の事態に遭遇した時は、考えるよりも先に動く。
若干絵面は情けなかったかもしれないが、それでも辛うじてそれが出来ているだけマシと言えた。
だからこそ、犬飼もそこはちゃんと褒めたのである。
オチを付ける事は、忘れなかったが。
「でも、少なくともおれが撃つ前に撃てたってのは良い事だよ。悪い点ばかりに眼を向けずに、少しずつでも良いからその時自分が出来た部分を褒めていかなきゃ。そうしないと、モチベーションって続かないものだしね」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
しかし、師匠としてしっかりフォローは入れる。
以前の若村ならばともかく、今の彼ならばこちらの言葉を噛み砕き、自分の糧にする下地が出来上がりつつある。
だからこうして直接フォローの言葉を入れても、支障が起きる事はまずない。
少なくとも、師匠として犬飼はそう判断したのである。
「もうちょっとレクチャーをしたいところだけど、ゆっくりしている時間はないからね。次の場所に、ワイヤーを仕掛けに行こうか」
「現状は、話した通りです。穿孔部隊からの奇襲を受けましたが、三雲の案で設置したワイヤーによりその全てを無力化。問題なく、駆除に成功しています」
『了解した。引き続き影浦からの「警報」に気を配りつつ、防衛を続行しろ』
了解、の返答と共に二宮は通信を終える。
たった今、ワイヤーを利用した迎撃作戦の成功を風間に伝えたところだ。
風間からはたとえ小さな変化であっても、何かあれば逐一報告を入れるように言われている。
だからこそ敵が穿孔部隊を用いた奇襲を仕掛け、それを無事迎撃したという事を伝えたのである。
何事もなかったのだからそれで良し、とはならない。
敵の行動に変化が見られたのであれば、何故そういう変化が起きたか、更には次にどう動いて来るかの分析が必要になる。
それを欠かさない為にも、情報の共有は必須だ。
通信が何処まで有効か分からない以上、猶更である。
「あ、あの」
「雨取、お前はこのまま撃ち続けろ。地下からやって来る敵は、他の連中が片付ける。お前は、敵群の殲滅にのみ集中していろ」
「わ、わかりました!」
その奇襲から迎撃までの一部始終を見ていた千佳はやや不安そうな顔で二宮を見ていたが、指示を受けるとすぐさま待機させていたトリオンキューブを分割して射出した。
空に大量の光の弾が飛んで行くのを横目で見ながら、二宮は思案する。
(敵の奇襲はこれで防いだ。このまま愚直に突撃を繰り返して来るようならいいが、まずそれはあるまい。敵の戦術は拙いと聞いているが、それはある意味で教本的な堅実さを持っている事を意味している。応用が苦手だが、基本だけは押さえている。そういった戦術マニュアルが自動で組まれていると、そういう話だったな)
要はゲームにおけるNPC操作の敵と同じだ、と思えば良いと香取なら言うだろう。
というか突入前の話の中で、実際に口にしていた。
ゲームをやらない二宮にその意味は理解し切れなかったが、言いたい事だけは伝わった。
つまり、敵は無知なワケでもワンパターンの戦術しか使えないワケでもない。
規範に則った動きを忠実過ぎるくらいに守り、その通りにしか動けない。
正しくは、そう解釈するべきだろう。
(つまり、奇襲作戦が失敗した以上同じ手を打って来る可能性は低い、と考えるべきだ。そして、聞く限り敵は未知の技術を数多に渡る数隠し持っている。となれば────────)
二宮はふと、顔を上げる。
その視線の先には、未だ総数の減る気配のない
(────────こちらの知らない手札による、攪乱。これが、一番有り得そうなパターンだな)
指揮官となった射手の王は、思考を回す。
そして敵の次なる手を探り、腹案を張り巡らせるのであった。