「というワケだ。今のところ、迎撃は順調らしい。まあ、遠目に見て確認は出来ているだろうがな」
「そうみたいね。修の作戦も、旨く嵌まってるみたいだし」
風間の報告を聞き、小南はうんうん、と何処か誇らしげに頷く。
彼女達は風間を指揮官とする救出部隊として、バッグワームを纏い星の深部へと向かう行軍の最中であった。
相応の速度で走っているので既に二宮達がいる陣地とはかなり距離が開いているが、空から降り注ぐ派手な弾幕は此処からでも見て取れる。
先程陣地周辺で戦闘をしたと思わしき反応があったが、それも二宮から無事奇襲を防いだとたった今連絡が来た所だ。
順調、と言って良い滑り出しと言えよう。
「だが、ククロセアトロがこのままで終わるとは思えん。必ず、何かしらの悪趣味な仕掛けを使って来る筈だ」
「そうだな。得られた情報から鑑みても、このまま何もなく進むとは考え難い。必ず、何かを仕掛けて来るだろう」
しかし一方で、油断は禁物なのも確かであった。
ヒュースの言う通り、ククロセアトロは悪い意味での信頼性が非常に高い。
最悪の斜め上どころか全く想定していない遥か彼方の角度からの埒外、且つ悪辣な発明の数々を躊躇いなく披露して来るだろう事が容易に想像出来る。
その意見は一通りの情報を共有している風間からしても同様で、警戒を緩めるべきではないというのは共通認識であった。
「それ、何か予想とか出来てるワケ?」
「具体性を持った推測は材料が足りない為、明言は出来ない。しかし、幾つか想定出来るとしたら────────あの捕食型トリオン兵の新たな機能の開帳、もしくは
「改造?」
ああ、とヒュースは頷く。
「あの捕食型トリオン兵は、本体から伸びる端末のようなものだという説明があった筈だ。加えてカメラアイ、即ちコアが存在しないトリオン兵となれば────────あれらは、木岐坂との戦闘の時に現れた巨大な蜘蛛脚の亜種のようなものと推測出来る」
ヒュースの言葉に、香取は警戒区域での戦闘で見た巨大な蜘蛛脚を模したオブジェクトを想起する。
あれは、樹里が糸を用いて瓦礫をかき集めて形成したものだった。
つまり、それは。
「じゃあ何? あれは厳密にはトリオン兵じゃなくて、瓦礫を寄せ集めた張りぼてのようなものって事?」
「良い表現だ。香取の言う通り、あれは瓦礫をトリオン兵の形に寄せ集めたものに過ぎない可能性が高い。そうでなければコアの存在しないトリオン兵、というものに説明がつかないからな。迅が言った「ラジコン」という表現も、恐らくは的確だろう」
ラジコンなら陽太郎に見せて貰ったから理解出来る、と余計な説明を加えるヒュースは置いておいて、言いたい事は分かる。
要するにあのトリオン兵は厳密に言えば自立した活動を行っているのではなく、本体から伸びる触肢のようなものなのだ。
それならばトリオン兵に必須であるコアがない事も説明がつくし、カメラアイが存在しないのも脚部に眼を搭載する必要性がないのだと考えれば分からなくもない。
総じて、普通のトリオン兵と同じとは考えない方が良いだろう。
「故に、「改造」も自在に行える筈だ。あれに余計な武装が付いていないのも、いざという時に弄り易いようにする為であると考えれば、合理的ではある。戦場での臨機応変な改造が可能なのであれば、余計な装飾は邪魔になる可能性の方が高いからな」
だからこそ、「改造」という可能性が出て来るのだ。
樹里は糸で瓦礫を集め、パズルブロックのように自由に組み替えて武器として扱っていた。
あのトリオン兵がその延長線上にあるのであれば、形態の変更くらいは幾らでも利いてもおかしくない。
それこそが、ヒュースが提唱する懸念であった。
「現状のままであれば、遠からず全滅が見えているのは向こうも理解しているだろう。このまま手を拱いている程、ククロセアトロは潔くはないぞ」
『報告。敵陣地へ送り込んだ
虚ろの玉座。
そこに鎮座する繭から、機械音声が響く。
それは淡々と、客観的な事実と検証のみを誰に聞かせるでもなく読み上げていく。
『第二陣も同様の結果が検証されました。時間差で第三陣を送り込みましたが、こちらも同様の結果です。これ以上穿孔部隊による奇襲攻撃を続けるメリットは存在しないと判断されます』
そして、その周囲に変化が生じた。
継続的にトリオン兵を産み出し続けていた小型の繭の内幾つかが解け、極細の糸となって地面の上を伸びて行く。
それらは凄まじいスピードで蠢き、一点に向かい動き始めた。
『
「助かりました。すみません、守って頂いて」
「いいよ、三雲くんには色々助けられてるし。君はトリオンが少ないから、こんな所で無駄遣いするべきじゃないしね」
迎撃陣地、その一角。
そこでは護衛として同行していた時枝が、たった今地面から出て来た
その個体は丁度ワイヤーの無い部分から飛び出て来ており、修を標的として襲い掛かった。
しかし護衛として派遣されている時枝がそれを見逃す筈もなく、そつのない動きで
咄嗟に反応出来なかった事を修は陳謝したが、そもそもこの場で彼に求められている役割は直接的な戦闘能力ではないのだ。
強力な固有戦力を有する玉狛第二の隊長として、そして戦場を有利に構築する工作兵としての仕事が今現在の修の責務である。
元から個人としての戦闘能力は今回の人員の中でもぶっちぎりで下なのは誰もが理解しているので、そこを求める事はしない。
必要な役割は十二分にこなしているのだから、何も負い目を感じる必要はないのである。
「それより、次の場所にワイヤーを仕掛けに行こう。三回も同じ手を使ってまだ繰り返すのかは分からないけれど、ワイヤーはあればあるだけこっちの有利になる。やらない手はないからね」
「…………! そうですね。すみません、次の場所へ向かいましょう」
そのあたりを修に噛み砕き易い形で伝えたあたり、伊達に広報部隊の一員をやってはいない。
修は「それは無理だ」とただ言われただけでは納得しないが、「次何をやるべきか」という代替案があり、それが筋が通っていて尚且つ自分の能力を活かせる内容であれば、受諾する事に否を唱える事はしない。
我を通す厄介な性格と思われがちではあるが、彼には個人的な承認欲求など欠片も存在せず、「目的の為に自分が何をやるべきか」を常に模索し実行する事をあらゆる優先事項の上に置いている。
だからこそ、目標に向かって突き進んでいる最中に必要な事であり、自分に出来る事であれば率先してやろうとする。
時枝はそういった修の性格を見抜き、適切な形で声をかけたに過ぎない。
感受性が高く、他者の心の動きに敏感な時枝ならではの手腕と言えよう。
「…………! 待って下さい。何か、敵の様子がおかしいです」
「一体────────っ!? 二宮さん、嵐山さん、あちらをっ!」
そんな折。
何かに気付いた修の声に振り向いた時枝は、眼を剥いてすぐさまこの場の指揮官と己の隊長に警鐘を鳴らした。
彼の叫びを聞き届けた二者は同時にその方向を振り向き、眼を見開く。
「あれは…………っ!」
────────異変は、敵の大群の最中で起きていた。
黒い津波と見紛う、無尽の群れ。
その一角に、無数の「繭」が生成されていた。
一体の
凝視すれば、至る所で同様の光景が繰り広げられている。
そして。
繭の一つが罅割れ、中から「翅」が現れた。
そうして繭から大きな影が飛び出し、中空へと舞い上がる。
それは、翅の生えた百足とでも言うべき代物だった。
薄く硬質な蜻蛉のような翅を広げた、寸胴の百足。
そうとしか呼べない異形の怪物は、無数の足が小さく退化した代わりに鋭利な鉤爪が付いた前腕を掲げており、巨大な顎の上部分には小さなカメラアイらしきものが見える。
良く見ればその眼は無数の糸の集合体であり、視覚機能などは存在せずただ機械の燃料か何かのように毎秒ごとに縮み自動的に規模を縮小している。
異形の、翅の生えた蟲の怪物。
それらが次々と空に上がり、睥睨するようにこちらを向いていた。
「…………!」
次の瞬間、飛翔個体、
その速力は千佳の
急降下しながらその鋭利な鈎爪を振り上げ、砲手の少女へ襲い掛かる。
「絵馬」
「了解」
だが、その凶手が彼女の下に届く事はなかった。
千佳の隣に護衛兼アドバイザーとして待機していたユズルが、アイビスを用いて猛然と突っ込んで来たトリオン兵を撃ち砕いたからだ。
「────────!」
更に、続けて襲い掛かって来た
どうやら飛行能力を得たものの装甲強度は
別所では影浦がマンティスを用いて飛翔個体を微塵に斬り裂いており、一体たりとも千佳や二宮に攻撃が届く事はなかった。
続いて飛来した骸翅蟲も、同様に迎撃されている。
敵の新たな攻勢は、完全な失敗に終わったと言える。
「…………飛行能力の追加か。有効ではあるが、流石に安直過ぎるな。来ると分かっていれば、対応出来ない事はない」
敵の一手を理解し、二宮はふん、と鼻を鳴らした。
今回の敵は未知の技術を満載した相手とあって、これまでこちらに見せていない手札を切って来る可能性が高いと二宮は考えていた。
だからこそ、その選択肢の一つとして飛行能力の追加というのは当然考えていたのだ。
着想を得たのは、件の第二次大規模侵攻の際にランバネインが用いて来たトリガー、
二宮は直接相対したワケではないが、人型
更にはイルガーという「飛行する巨大トリオン兵」という存在も確認された事から、飛翔能力を持ったトリオン兵というのは実在するものであると認識していた。
空、つまり制空権の奪取は戦場に於いて大きな有利要素として働く。
故に、当然その可能性は考えていた。
だからこそ、何の捻りもなく安直にその案を実行して来た敵に対し、速やかな対処を行えたのだ。
「絵馬、よくやった。だが、気を緩めるな。一度で終わると言う保証はない」
「分かってるよ。一言多いんだよね、ホント」
こういった初見殺しの手札に対しては、カウンターで迎撃するのが一番手っ取り早い。
だからこそ二宮はユズルに対し、「空からの奇襲に気を付けろ」と釘を刺していたのだ。
上空から急降下して来る敵に対し、迅速な対処が出来るとすれば狙撃手による一撃か旋空による迎撃だ。
しかし後者の旋空の使い手である三浦はワイヤーを仕掛けている真っ最中であるし、辻はその護衛として同行している。
故に二宮は、初手の迎撃役としてユズルを選んだのだ。
彼ならば、高速で突っ込んで来る敵も問題なく撃ち落とせるだろうと確信して。
ユズルはそんな二宮の期待通りの仕事を果たし、相変わらず口が悪い指揮官に対して愚痴りつつも次の攻撃に備えて
そうして、再び空へと舞い上がった無数の敵兵を見て銃口を向けた。
「何度来ても、同じだよ。絶対に、雨取さんには触れさせない。ついでに、二宮さんにもね」
『
奇襲の失敗は、既に本体へと伝わっていた。
地上ではなく空を移動させる為に骸兵蟲のように直接糸で繋いで操作するワケにはいかない為、短期間の使い捨て電池の要領でダミーコアを生成していたのだ。
骸翅蟲のカメラアイを模した部位には視覚機能は存在せず、ただその個体を飛ばす為の使い捨て燃料としての役割のみが持たされている。
糸が繋がっている限り稼働を続けられる骸兵蟲と違い、骸翅蟲の活動限界は数分程度。
役目が終われば自壊する、使い捨ての特攻兵器のようなものだ。
だからこそ情報のフィードバックは即座に行えるようにしてあり、撃破されたか否かはすぐに伝わった、というワケだ。
『第三陣が失敗した場合、
ドクン、と繭に繋がる糸が不気味に脈動する。
糸の棺に囚われた少女のシルエットが一瞬浮かび上がり、それが埋め込まれた異形の姿がより大きく悍ましく変貌しようとしていた。