「しっかし、不気味な場所ね。近界って何処もこうなの?」
星の中枢への行軍中、香取がふと呟きを漏らした。
だが、それも無理からぬ事と言えるだろう。
それだけ、この星に広がる光景は異質だったのだから。
まず、空は暗い。
太陽らしきものはおろか月すら確認出来ず、漆黒の暗闇が広がっている。
生命の息吹は欠片もなく、風は吹かず見渡す限りの白い瓦礫の荒野が広がるのみ。
静寂の星の中、唯一遠くで聴こえる戦闘音と
寂しい、を通り越して虚無的ですらある光景を前に、思わず愚痴を漏らしたくなったとしても不思議ではない。
「いや、この星は別と考えた方が良い。そもそも、普通はこんな死した星に足を踏み入れる事など有り得ないからな」
「そうね。あたしも近界の国は色々回ったけど、こんなトコはなかったわ。滅びる間際の国なら見た事あるけど、滅びた
そんな香取の呟きに、生粋の
レイジもそうだな、と言って両者に同意を示す。
「少し、レクチャーしておくか。近界国家は全て、
「…………それが死んだら、どうなるんですか?」
「そのまま代替わりで別の「神」を用意すれば星の寿命は延びるが、万が一用意出来ない、或いは母トリガーに致命的な損傷が起きた場合、文字通りその星は「死」を迎える。風は吹かず、夜は明けず、雨も降らない。生命体が生きる事の出来る場所じゃあなくなるんだ」
香取はレイジに言われ、改めて周囲を見回した。
確かに彼の言う通り、夜空は暗闇に染まったまま、風は吹かず生命の息吹は存在しない。
レイジの言葉通り、此処は「死んだ星」と呼ばれるに相応しい場所と言える。
「だから、普通なら死んだ星に立ち入る事はしない。何もかも壊れてなくなっている事が多いであろうし、立ち入っても得るものがない上に単純に危険だからだ。星が死んだにも関わらず、地表が壊れているとはいえ星の原型が残っているこの国は何処か異常ではあるがな」
「確かに、ヒュースの言う通り死んだ星というには原型が残り過ぎているように思えるな。「神」がいなくなり母トリガーが機能停止したのだとすれば、星は最終的に崩れてなくなっている筈だ。現にヒュースがこの国から撤退した時には、その兆候は見えていたというしな」
だが、それにしてはこの星の状態は少しおかしいと両者は告げた。
母トリガーというものは確かに星を運営する為に必須の核であるが、同時に星一つを賄うだけのエネルギーを確保するには「神」の存在が必須である。
一部の者しか知らないが、玄界にも母トリガーは存在する。
そちらに「神」は捧げられておらず、故に星一つを賄うエネルギーは供給出来ない。
しかしそれはあくまでも国家の運営にトリオンが必須ではない玄界だからこそ許容出来る状態であり、母トリガーのみで星一つに必要なエネルギーを賄っている近界では同じ事は許されない。
「神」が死に、新たな生け贄を捧げる事が出来なければ、「星」は物理的に滅びる。
母トリガーの供給によって成り立っていた国土は崩壊し、人が生きる為に必要な糧を得る事が出来なくなる。
国の全てがトリオンによって成り立っている近界国家に於いては、エネルギーの枯渇は星の死を意味する。
よって、地表が瓦礫の大地と化したとはいえ、此処まで星の形が残っている事自体が異常なのだ。
少なくともヒュースがククロセアトロ戦役の際に撤退した時には地割れが起き、破滅の兆候自体は見られていた。
にも関わらず星の形があまり崩れていないのは、近界の常識に照らし合わせればおかしいと言えばおかしいのだ。
「もっとも、オレも直接「死んだ星」に足を踏み入れるのは初めてであるし、「死んだ星」に関する詳しい資料を見た事があるワケでもない。「星が原型を保てなくなる」というのも、単なる既存知識からの推測の結果だ。何が正しい、と断言は出来ない」
「まあ、此処にいた連中は頭のおかしいマッド野郎共だったんでしょ? なら、何かしらの細工を星に施していたとしても不思議はないんじゃない?」
「可能性は高いな。あんな真似をする連中だ。正直、どんな仕掛けを作っていたとしてもおかしくはない」
だが、それはあくまで「普通なら」の話だ。
ククロセアトロはその普通から最もかけ離れた精神性を持った者達の集まりであり、星を自滅させるような暴挙としか言えない仕掛けを用意していたのだ。
この星が原型を保っている事にも、何かしらの絡繰りがあっても不思議ではない。
そういった負の意味での信頼だけは、何処までもあるのがこのククロセアトロなのだから。
「だから、あれだけのトリオン兵を産み出せた事に関しても何かしらの絡繰りがある筈だ。少なくとも、「死んだ星」から捻出出来るリソースとは思えん。それに一つ、思い出した事がある」
「思い出した事、ですって?」
ああ、とヒュースは頷く。
「あくまで噂程度だが、属国の遠征艇のうち幾つかが原因不明の失踪を遂げていたらしい。属国としての立場が嫌になって逃亡した、或いは余計な国にちょっかいを出して返り討ちに遭った、等理由は幾らでも考えられる為、本国でもこの情報は重要視していなかった」
属国にどんな被害が出ようが宗主国には関係が無いからな、とヒュースは続けた。
これまでの彼やエネドラの話を総合する限り、アフトクラトルは属国に対し「幾らでも搾取可能な植民地」としての価値しか見出していない。
ヨミのように個人の能力が見出されてスカウトの声がかけられる例はあるが、それはあくまで例外の話だ。
通常の属国はその民や戦力も含め、アフトクラトルはその増減に殆ど頓着していない。
精々が、宗主国への敵対行為を行う兆しがあるかどうかに眼を光らせる程度だ。
だからこそ、属国の艇が被害に遭ったとしてもさして気に留めはしなかったのだろう。
「だが、このククロセアトロが今回のように近付いた国等に対し
「…………!」
その話を聞いた香取は、この間も蠢き続けている
何も知らず、この死んだ星へ赴いた遠征艇。
調査の為に人員を派遣した先で、あの大群のような「何か」に襲われたのだとすれば、それはどれ程の恐怖だろうか。
確かに香取自身実力はある方だと自負してはいるが、あの大群にたった一人で立ち向かえばどうなるかは自明の理だ。
ある程度倒す事は出来るかもしれないが、トリオンは勿論精神力も無限ではない。
徐々にすり潰され、最後には力尽きる事だろう。
今回は千佳や二宮のお陰で優勢に戦えているが、あの二人がいなければ終わりのない消耗戦を強いられていた筈だ。
それと同じ状況を、しかも何の準備もない状態で凌げと言われても恐らく不可能だろう。
文字通り、星そのものが人を捕食する。
そういった悍ましい実態でこの星が生き永らえていたとすれば、それは恐怖でしかない。
既に住んでいた者達はいなくなり、生命のいない惑星となった後であっても刻まれたプログラムのままに徒に被害を増やし続ける捕食乱星。
自分達は今そんな星の上に立っているのだと、否応なしに理解させられた。
「加えて、奴等がどれだけの人間を秘密裏に拉致していたかは見当がつかん。仮に「神」が死んだ後にそれらの人間に生き残りがいた場合、この星がそれを
「…………成る程、その線があったか」
「…………反吐が出ますね」
ヒュースの説明にレイジは顔を顰め、同様に話を聞いていた木虎も眉を顰めていた。
無差別な捕食に加え、捕らえていた者達を文字通り「資源」として用いていたとすれば、確かにある程度のリソースを確保する事は出来るだろう。
しかしそれは人道を完全に無視した話であり、良識を欠片でも持っている者であれば同様の反応をする筈だ。
何よりも、既に生きた人間のいない死した星がそれを自動的に行っているというのも、その悍ましさに拍車をかけていた。
ただ、定められたプログラム通りにあらゆる倫理を無視して被害を広げ続け、稼働し続ける骸の星。
それがこのククロセアトロであると、そう言っているに等しいのだから。
「気を付けろ。連中は、ククロセアトロの妄執は底が知れん。今から戦うのは、そんな連中が遺した妄念の集合体だ。心してかからなければ、やられるのはこちらだぞ」
『検体の制御機構より伝達。
ククロセアトロ、地下深く。
かつてエネドラとの戦闘で空いた穴から、それは姿を覗かせていた。
蜘蛛を模した台座から伸びる、白色の柱。
かつて母トリガーと呼ばれていたそれは、「神」が死して尚不気味な脈動を続けていた。
その柱の表面には、幾重にも重なるように無数のヒトガタが折り重なっていた。
否、それは人形などではない。
生きている、いや、
彼等は一様に無数の糸によって繭のように拘束され、柱に、母トリガーに埋め込まれている。
既にその顔に生気はなく、肌は青白く死人そのもの。
数十は存在するそのヒトの残骸は、この死した星の鼓動を繋ぎ留めている文字通りの生命線であった。
かつてククロセアトロによって連れ去られ、検体として調整を受けるも「失敗」の烙印を押された者達。
この星の者達は、資源を無駄に「廃棄する」という選択肢を取らなかった。
実験体として有効活用出来なかったのならば、別の用途で使うべき。
その精神の下、彼等はこの場所へ送られた。
即ち、母トリガーにエネルギーを供給するだけの
ククロセアトロは彼等に臓器や血液等を可能な限りトリオンに変換する施術を施し、人としての生命活動を放棄させる代わりにより効率的にトリオンを抽出可能な肉袋へと置換した。
既に彼等は人としては死んだも同然の状態であり、思考力等まともに残ってはいない。
ただ、生体反応として呻き声をあげるだけで、臓器の殆どをトリオン抽出用の人工物に置き換えられた肉人形に過ぎない。
この生きた電池としての役割しか持たなくなった者達こそが今のククロセアトロのエネルギー源であり、現在はそれを樹里が埋め込まれた一つの機構の為に使い潰している。
要するにそれはククロセアトロ戦役の時のように後先を考えない、生存を放棄した暴挙に等しい。
しかし、それでもこの星が止まる事はない。
既にこの星はかつてこの地を支配していた者達によって作り替えられており、その残存機能に従って動くだけだ。
たとえこの行動の先に完全な星の崩壊が待っていようとも、止まるという選択肢そのものがプログラムの中には存在しない。
この星に刻まれた最重要命令は、「被造物の性能を最大限発揮出来るよう支援する事」。
それのみだ。
これまではその被造物の対象がククロセアトロという星骸自身だったが、樹里が戻って来た事でその優先順位に変更が生じた。
一年前にククロセアトロが放流した検体達の中でも、最高と言って良い完成度を誇る存在。
それこそが樹里であり、彼女をベースとした
元より、自身の生死よりも研究成果の披露を選ぶような異常者達の遺したものだ。
その判断基準が、まともである筈がない。
『残存資源の9割を、供給へ使用。対象の検体を
星の底に打ち据えられていたヒトの残骸に、一斉に無数の糸が伸びる。
次から次へとそれらは母トリガーへ接続され、悪趣味なオブジェへ変わっていく。
そして、蜘蛛の台座から壁へ繋がった赤く太い糸がドクン、と脈動する。
目醒めの時は、すぐそこまで迫っていた。