「雨取、次は右翼を狙え。それから、もう少し弾をバラけさせろ。お前の火力なら、そちらの方が敵を多く巻き込める」
「は、はいっ!」
千佳は二宮の指示に従い、再びハウンドを斉射していた。
彼女の放った弾丸は空へと飛翔し、降下。
敵トリオン兵の大群の右側面に着弾し、数多くの
更に次の瞬間には二宮が待機させていた
計算された爆破により、多くのトリオン兵を薙ぎ払う。
「…………!」
そんな中、敵の陣地から中空に舞い上がる影がある。
飛行能力を得て進化した捕食型トリオン兵、
骸翅蟲はその速力を以て急降下し、砲手たる千佳へと襲い掛かる。
「無駄」
しかし、その飛翔は中途で破砕される。
千佳の隣に侍っていたユズルの狙撃により、空の怪物は一撃で射抜かれ墜落した。
「一直線に雨取さんを狙って来るから、その射線上に弾を置くだけで簡単に狩れる。ワンパターンだよね、ホント」
「油断はするな。今はそうでも、行動パターンが変化する可能性もある。
「ったく、分かったよ。言われなくても、そのつもりさ」
二宮の忠告に対し、ユズルはやれやれとかぶりを振ってため息を吐いた。
目上の者に対する態度としては頂けないが、これでも二人の関係性は随分と改善された方だ。
かつてユズルは二宮に対し一方的な敵愾心を抱いていたが、その原因となった鳩原の一件の「裏側」を知らされた事で意識改革が起こり、決して口には出さないものの二宮に対する印象がかなり変化し、態度はかなり軟化している。
二宮も言葉の出力の悪さは相変わらずであるが、それでも節々から相手を気にかけている事は伺えるので、ユズル側としても意地を張ってその厚意を無下にする必要は感じなかったというワケだ。
自慢の上司がそれまで彼に無用な敵愾心を抱いていた後輩を可愛がっているのが面白くない某銃手の右腕はいるが、それでも関係性の改善は素直に喜ばしいと言える。
影浦側はそんなユズルの変化を見て保護者目線で見守るモードに移行しており、特に口出しするつもりはないようだ。
アットホームな空気が自慢の影浦隊だが、各々の自主性を大事にする面があり、ユズルがそうと決めたのであれば横槍は野暮と考えている為だ。
斯くして、防衛側の陣地の中枢では悪くない空気が醸成されていた。
指示を受けて砲撃を行っている千佳も、ユズルがしっかり自分を守ってくれているのが分かって安心しているし、自らの力が皆の役に立っている現状に満足感を覚えてもいる。
以前は守られる側であった千佳な為に、自分の力が分かり易く貢献している現在の状況は歓迎ですらあった。
(皆の為に、もっと頑張らないと。修くんは勿論、遊真くんやヒュースくんも頑張ってるんだ。わたしも、わたしの出来る事をやらないと)
ランク戦を通じて成長して来た少女の自負が、此処で花開く。
千佳は引っ込み思案で奥手だが、自分の意見はしっかりと持っているタイプだ。
話下手なので口からの出力が苦手ではあるが、それでも自分の力が皆の役に立っている事に対し、相応の自信は付いていた。
責任を負う立場から逃げたがる悪癖のあった若村とは逆で、責任を負う事で奮起し、それが為に必要以上に空回りする事もあった。
しかしそこに確かな実績が付いた事で、こうして前を向いて戦えるようにまでなった。
信頼する人間である修が近くにおらずとも眼に見える範囲にいる事で、不安が除かれている事もある。
仲間である遊真とヒュースが別行動しているのは心配ではあるが、同時に彼等の実力は充分以上に理解している。
あの二人なら大丈夫だろうという、信頼もあった。
(あれ…………? そういえば、さっきより敵の数が減っているような。気の所為かな…………?)
だからこそ、気付いた事があった。
これまでは幾ら撃破しようが後続から次から次へと新たなトリオン兵が補充されて来たのだが、その供給スピードが弱まったように思えるのだ。
具体的には、これまで全体の総数は殆ど減る様子を見せなかったのが、徐々に敵の群勢が大地を占める割合が減少している。
明らかにこれは、気の所為ではなかった。
「あの、二宮さん。えっと、敵の数が…………」
「分かっている。判断はこちらで行う。お前は、射撃に集中しろ」
「は、はいっ!」
早速二宮に上申した千佳であるが、にべもなくそう言われ慌てて次弾の準備に戻った。
その様子を見ていたユズルははぁ、とため息を吐いてジト目で二宮を見据えた。
「もう少し、言い方ってのあるんじゃないの? 雨取さん、自分の意見がどうでもいいって思われたと思ってるよ?」
「…………雨取も俺と同様の所感を抱いたというのは、重要な事実だ。俺の主観ではなく、複数人から見て客観的な事実として敵が減っているのであれば、それは明らかな異変だ。但し、それを理解した上で、判断を下すのはあくまで指揮官の俺だ。よって雨取は上申が終わったのであれば、射撃に集中するべきだと言ったまでだが」
「だ、そうだよ雨取さん。雨取さんの意見が無視されたワケじゃないからね。ちょっと、この人の言い方が悪いだけだからさ」
「う、うん」
ユズルを介した二宮からのフォローに、千佳は苦笑いを浮かべていた。
短時間ではあるがこの二人のやり取りを見ていた為、千佳は二宮が気遣いは出来るが言葉としての出力が致命的にド下手な人間である、という事を理解し始めていた。
よくよく聞いてみれば彼の言葉は常にこちらへの配慮を伺わせるものであり、むしろ世話好きな面が垣間見える。
ただ、言葉としてそれが出て来た時に暴言としか思えない内容に変化する為、相手が素直に受け取る事が出来ないだけなのだと。
そう、千佳は理解したのである。
それもこれも、先程から二宮の指示の言葉があまりに粗雑だったり説明が足りなかったりした時は、今のようにユズルがフォローを入れてくれていた為だ。
流石に此処までされれば二宮の本質にも理解が及び、結果として滞りの無い意思伝達が出来ていた。
某銃手はあまり面白くなさそうではあるが、鉄火場で私情を優先する程彼も子供ではない。
幼年期でいられる時期は、既に過ぎ去ったのだから。
「それで、こっからどうするの? 敵の動きが変なんでしょ?」
「やる事は変わらない。これまで通り、敵を殲滅するだけだ。だが、敵が動きを変えた────────つまり、トリオン兵の造産よりも優先すべき事が出来た、という事は今後どうなるかある程度推測は立つ」
恐らくだが、と二宮は続ける。
「────────敵の本丸、木岐坂の方に注力するつもりだろう。それが、現状最も有効な手だと判断してな」
「成る程、了解した。こちらも注意しておく」
二宮からの報告を受け、風間はそう返答した。
そして、チラリと横目で自分の後ろに続く隊員達に眼を向けた。
「敵の増援の数が、明らかに目減りしているらしい。このままであれば、駆除完了も見えて来るとの事だ」
「良い報告、とは言えないのだろう?」
「ああ、増援が減った、という事はその分のリソースを他に振り分けている、という事だ。そして、この状況でその振り分け先となるのは一つしかない────────木岐坂だ」
「…………!」
その言葉に、佐鳥と香取の二人が過敏に反応した。
後に続く者達も、息を呑んでその続きを待った。
風間はそんな面々の顔色に眼を向けつつ、静かに語り出す。
「これまでの戦闘で、数に任せた進軍も、地下からの奇襲も、空からの奇襲も有効的な戦術ではないと敵は判断したのだろう。よって、それらをある意味で切り捨て、別の戦術に移行したと見るべきだ」
「それが、樹里ちゃんの…………」
「そうだ。木岐坂に何らかの手を加え、強力な
樹里が遂に動き出す、と言われ佐鳥と香取は身を固くした。
正直な話、何処かでこうなると思ってはいた。
樹里を救うと決めた時点で、彼女と正面から対峙する事については覚悟していたのだ。
気が進まないとはいえ、あんな姿にされた樹里を放って置くなど断じて有り得ない。
故に、躊躇はしない。
ただ、覚悟を決め直すだけだと、二人は志を同じくしていた。
「事実、それが一番厄介な手であるのは確かだ。木岐坂が動き出した場合、あの馬鹿げた威力の熱線の脅威がやって来るからな。加えて星のバックアップを受けるとなれば、防衛陣地に届くレベルの超々遠距離狙撃をして来たとしても不思議ではない。今のアイツがボーダーのトリガーを模倣した武器を使うのは確かだろうが、あくまでも
また、樹里が出て来る事に関して無視出来ない点を風間は挙げた。
最大の脅威は、間違いなくあの熱線である。
一年前に警戒区域で戦った時は出力不足でそこまでの威力は出ていなかったが、それでも障害物を丸ごと焼き払った上で数百メートルの規模を薙ぎ払っていた。
しかも今度は星のバックアップを受け、出力不足が解決されているであろう状態となる。
つまり、ヒュース達アフトクラトルの精鋭がククロセアトロ戦役の際に眼にしたという、地形をまるごと変えるレベルの熱線が撃ち出される可能性が高いのだ。
勿論それも脅威ではあるが、アイビスを模した狙撃の方も当然強化されている可能性が高い。
ボーダーのトリガーを模倣しているとはいえ、出力の強化自体は可能な筈だ。
そもそも樹里は最終戦では持ち込まなかったとはいえ、常であればイーグレットを装備しており使用頻度もそれなりに高い。
敵が樹里のそういった記憶まで読み取っていたとすれば、そもそもイーグレットを模した武装を持ち出して来ても不思議ではないのだ。
つまり、樹里が動き始めた途端に二宮達のいる陣地に狙撃が撃ち込まれる可能性がある。
その可能性は、決して無視してはならないだろう。
「また、木岐坂の強化視覚も健在であるとすれば、目視で俺達が発見される恐れもある。そうなれば当然、こちらにも攻撃が開始される。この星は、地表に身を隠す場所が殆ど存在しない。隠れるのは、難しいだろうな」
「とにかく早く目的地に着くのが最善、って事ね。ま、やる事は変わらないわ。いつ何処で攻撃が飛んで来るか分かんないとか、近界じゃ日常だしね」
とはいえ、それを聞いた小南の態度は軽いものだ。
しかしそれは、彼女が事態を軽く見ているのではない。
「いつ何処でいきなり攻撃されるか分からないのは常識」であるという、近界を渡り歩いた小南ならではの価値観がある故だ。
天真爛漫で快活な少女としての面が強い小南であるが、その精神性は戦場帰りのそれであるという事が良く分かる。
実感の籠った台詞に近界の実態を経験した事のない香取や木虎は軽く眼を剥いているし、逆にそれを良く知るレイジはそれもそうだな、と頷いている。
矢張り、旧ボーダーの面々は根底の価値観が何処か異なっている。
そういった面を、強く意識させられるやり取りであった。
「恐らく、もう時間の猶予はないだろう。既に木岐坂がこちらに来てから、三時間近くが経過している。それまで何もしていなかったとは思えないし、今回の変化は最後の一押しである可能性が高い」
現在時刻は、23:50。
樹里が消えたのが21:00付近であったので、既に三時間近くが経過している。
本来門が開く筈であった時間が0:00であると考えれば、この星が樹里に手を加える時間は十二分にあった。
ならば、今回の変化はその最後の一押しのようなものであると考えた方が自然だろう。
「覚悟を決めておけ。いつ、攻撃が来ても良いようにな」
『
ククロセアトロ奥地、虚ろの玉座。
そこに鎮座する繭の中から、機械音声のアナウンスが流れていた。
相も変わらず誰に聞かせるワケでもなく、その機械の声は現状報告をそれが当然であるかのように行い続けている。
『鎧糸再形成、完了。検体の意識反応、0から0.5の間を推移。良好な状態です。模倣武装の
その時。
ビシリ、と繭に罅割れが起きる。
その罅割れは徐々に大きくなり、繭そのものが大きく蠢動していく。
『変生率80%を突破。既に戦闘に耐え得る状態と判断。
繭の罅割れと同時、地面が大きく鳴動する。
それは地震の揺れのように大地に伝播し、やがて立っていられない程の振動が発生する。
繭の罅割れは広がり、内部の異形が蠢動を始める。
星の骸が、その本当の姿を露にしようとしていた。