香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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酷薄な天使のテーゼ①

 

 

「こ、これ…………っ!?」

「地震…………っ!?」

 

 その揺れは、防衛陣地にも届いていた。

 

 突然の大地を揺らす振動に、大なり小なり動揺が見える。

 

 それだけ、この変化は著しかった。

 

「近界で、地震だと…………? まさか」

「何かの異変である事は、確かだろう。そしてそれは、恐らく────────」

 

 二宮はこの異変に際して何かに気付き、嵐山もそれに追随する。

 

 こんな有り様を見て安穏としていられる程、彼等は呑気ではない。

 

 やるべき事、留意すべき事を感じ取り、即座に指示を出す。

 

「────────敵の攻撃が、来る。影浦、例の「視線」を感じたらすぐに報告しろ」

「ああ」

 

 異変が起きた以上、眼に見える「何か」が起こる事は明白。

 

 それが何かは分からないが、十中八九こちらを害するものであるだろう事は間違いない。

 

 だからこそ、最低限の注意喚起といち早くそれを察知出来る影浦への声掛けは忘れない。

 

 何が起きるか分からない以上、最低限やるべき事はやっておく。

 

 そういった意図の下で下された、極めて的確な号令と言えるだろう。

 

「十中八九、何らかの攻撃が来る。各員、備えろ」

 

 

 

 

「これは…………!」

「地震、だと…………?」

 

 風間達救出部隊もまた、その揺れに直面していた。

 

 しかし、違った所もある。

 

 それは、レイジ達近界を知る者達の反応である。

 

「近界国家で、地震が起こる筈がない。近界はこちらの世界とは国土の造りが全く異なり、そもそもプレートと呼べるものが存在しない以上、地震という自然現象は有り得ない」

「地震、とはお前達の世界の地下に存在するプレートが動く事によって起こる揺れの事を指す言葉だったな。確かに、近界にそのようなものは存在しない。よって、この揺れは自然現象に依るものでは断じてない」

 

 そう、近界の国は全て母トリガーによって成り立つ人工物だ。

 

 よって、地震の原因と成り得るプレートがそもそも存在しない以上、地震が起き得る筈がない。

 

 つまり、これはまず自然現象ではないのだ。

 

「じゃあ、この揺れは一体…………?」

「十中八九、敵の行動に依るものだ。そしてこの状況で該当するものは、一つしかない」

 

 風間はそう告げると、既に目視出来る距離まで近付いた敵の本丸の位置を見据える。

 

 遠目に見えるのは、瓦礫の王城。

 

 積み重なった瓦礫の所為で内部までは見通せないが、樹里のものらしきトリオン反応は確かにそこにある。

 

 夥しい数の骸兵蟲(プロニムフィ)がその瓦礫をかき分けるようにして出て来ている以上、場所に間違いはないだろう。

 

「木岐坂が、動き出す前兆だ。総員、備えろ」

 

 

 

 

傀儡糸(クローステール)、最大稼働。中枢糸(フォリヤ)との接続を強化し、骸糸結柱(アネモミロス)を展開します』

 

 機械音声のアナウンスと同時に、玉座を三角形に囲う位置の地面が隆起し、地響きと共に巨大な柱が姿を現した。

 

 瓦礫を寄せ集めただけのように見えるそれは良く見れば幾億の糸が折り重なるようにして纏わりついており、さながら立体化した蜘蛛の巣のようにも見える。

 

 その柱の頂上には眼のような意匠が施されており、妙にリアルなその造詣は生理的な嫌悪感を齎した。

 

 柱の出現により周囲の瓦礫が倒壊し、虚ろの玉座の姿が露になる。

 

 玉座の上に鎮座する異様な「繭」を見て、風間達は息を呑んだ。

 

『結柱の展開、完了しました。供給路の確保を確認。偽骸玉座(スロノス)の地上展開を実行します』

 

 次の瞬間、地面の揺れは更に大きくなり、玉座そのものに異変が生じた。

 

 空の玉座そのものが揺れ動き始め、更には周囲の地面が隆起しその姿を変えていく。

 

 ────────偽りの殻を破るようにして、それは地面を突き破り姿を現した。

 

 轟音と共に出現したのは、巨大な柱。

 

 それは中央の繭を持ち上げる形で地面から飛び出し、一気に中空へと伸びていく。

 

 やがて数百メートルはあろうかという全容を露にしたその柱が、完全に地上へと現出する。

 

 先に出現した三本の柱と同じように無数の糸が纏わりついたそれは、さながら瓦礫で出来た玉座のようであった。

 

 上に向かって細かな階段状となっている事もあり、ピラミッドを想起させる事もそのイメージに拍車をかけているだろう。

 

 至る所に眼球を模したレリーフらしきものが刻まれており、見た者にまるで数百の眼に見張られているかのような錯覚を覚える。

 

 空の玉座ならぬ異形の玉座が、その全容を現した瞬間であった。

 

偽骸玉座(スロノス)、展開完了。骸糸結柱(アネモミロス)との供給路も安定。中枢糸(フォリヤ)との接続、問題ありません。千変鎧糸(ククリ)の偽装を解除。偽骸玉座(スロノス)との統合を開始します』

 

 更に、変化は続く。

 

 ピシリ、ピシリ、と罅割れが広がっていた繭が砕け散ると同時、内部から夥しい数の糸が飛び出し、瓦礫の玉座と結合。

 

 糸は瞬時に周囲の構造物と一体化し、殻を破った異形がその姿を見せる。

 

 其れは、異形の女神とも呼ぶべき姿をしていた。

 

 全体としては、女性的な印象の強い女神像と言える。

 

 しかし同時に逸れは人間的な造形からは逸脱しており、異形そのものの姿でもあった。

 

 全体的に見れば女性の姿を模しているのは分かるが、その姿は滅茶苦茶と言って差し支えのない代物であった。

 

 まず、女神像の頭部は三つ存在した。

 

 眼となる部分は単眼となっており、その瞼が開くとギョロリとした目玉が四方八方へ360度回転するように蠢き、不気味な印象を助長させる。

 

 全身の至る所には眼を象った意匠が存在し、単眼である頭部を補うにしてはあまりにも過剰なその数は造形美を無視した異様な装飾と言えた。

 

 下半身は最早ヒトの姿を模す事を放棄しており、臨月のように膨らんだ腹部から伸びているのは足ではなく、数百にもなる触手の群れであった。

 

 先端が蜘蛛の脚のようになっているその触肢は一つ一つが独立して動いており、不規則に蠢くその姿は言いようのない嫌悪感を齎した。

 

 その触手のうち柱に接しているものは全てその内部へと突き立っており、女神像と柱は文字通り一体化していた。

 

 背には八枚の翼が生えており、下半分の四つは筒状、上半分の四つは漏斗状となっている。

 

 いずれも翼と言うよりは触手か何かのようであり、それを翼のように広げる事で無理やりその形状を模しているかのようであった。

 

 そもそも本体が地面と繋がっており飛翔など不可能なその形態に於いて空を飛ぶ為の翼は本来必要のないものであり、機能的には不要のものを敢えて装飾として取り入れているかのような不自然さが際立っている。

 

 そして、胸部の乳房を模した個所の下部に巨大な水晶が存在する。

 

 赤黒く光るその水晶の内部には、磔にされたかのような恰好で眠る樹里の姿があった。

 

 少女の眼は虚ろに開いたまま、左目には尚も赤く光る光源を宿しており、瞬きもせず瞳の光の点滅を繰り返す光景は人間を無理やり人工物の電源としているかのような悍ましさが感じられる。

 

 女神像の身体全体のサイズは警戒区域で相対した時の数倍以上となっており、巨人のようなその異様が相容れない異形の神とでも言うべき神秘性を纏わせる結果ともなっていた。

 

「樹里ちゃん…………っ!」

「樹里…………っ!」

 

 遠目からでも分かるその姿を眼にした瞬間、佐鳥と香取は思わず、という風に声を漏らした。

 

 それだけ水晶の中で磔にされ虚ろな眼を見開いたまま眠っている樹里の姿は痛々しく二人にとっては耐え難いものであり、すぐに駆け出さなかっただけまだ理性が働いているとも取れるだろう。

 

『■■■■』

 

 そんな二人の想いを無視するように、異形の女神の口腔部から意味不明の呻きが漏れる。

 

 ある種異界の言葉であるかのようなその声が響くと同時、女神像の頭部の単眼がギョロリ、と蠢き一方を見据えた。

 

 その視線の先にあるのは、遠く離れた防衛陣地。

 

 そして。

 

 次の瞬間、女神像の腹部が裂けその中から砲塔が出現した。

 

 砲塔の銃口は明らかに、防衛陣地の方角を向いている。

 

 それを見た風間は眼を見開き、即座に通信を繋いだ。

 

「…………! 二宮、()()()()()ぞっ!」

 

 

 

 

「────────二宮っ!」

「…………! 絵馬っ!」

「了解!」

 

 風間からの通信と影浦の怒号、二重の警告を受けた二宮は、即座にユズルに指示を下した。

 

 戦闘経験の浅い千佳に伝達しても、行動が一歩遅れる可能性が高い。

 

 よって、こういう時の為に千佳のすぐ傍で狙撃を行わせていたユズルに、予め言い含めて置いたのだ。

 

 「いざという時は、雨取を守れ」と。

 

 そして、その時は防御ではなく回避を徹底するようにも伝えている。

 

 よって、視界の彼方より狙撃のものと思われる光が瞬いた瞬間、ユズルは千佳を抱えて横に跳んだ。

 

 その次の瞬間、彼等のいた場所には凄まじい速度で飛来した弾丸が空を切り、そのまま地面に着弾。

 

 強固なエスクードの台地を軽々と貫通し、地面に爪痕を残した。

 

 もしも回避ではなく防御を選択していれば、如何に千佳のシールドとはいえ防ぎ切れたかは怪しいところだろう。

 

 結果的に、回避を徹底させた二宮の指示は正しかったと言える。

 

 されど、二宮の表情は硬い。

 

 当然だ。

 

 これはまだ、始まりに過ぎないのだから。

 

「気を抜くな。これで攻撃が終わる筈はない。すぐに、次が来るぞ」

 

 

 

 

「第一射は凌げたか。だが、これで終わる筈もないな」

 

 風間は二宮から今の攻撃を凌いだという報告を聞き、安堵すると同時に気を引き締めた。

 

 今のは、ただ初撃を凌いだだけだ。

 

 既に敵が標的を捕捉した以上、攻撃が終わる筈がない。

 

『■■■■』

 

 そしてそれは、自分達も他人事ではない。

 

 ギョロリと、異形の女神の単眼が大地を駆ける風間達の姿を瞳に映す。

 

 次の瞬間、女神像の腹部が裂け、破水のように赤い液体が流れ出す。

 

 その液体に混じり、数十体は下らない数の骸兵蟲(プロニムフィ)が出現した。

 

 母体から生まれ落ちたばかりの幼虫(プロニムフィ)は、産み落とした異形の女神の指示に従い進軍を開始。

 

 標的は無論、母体に近付く風間達である。

 

 先程まで一切の戦闘を回避していた風間達に向け、大量の捕食型トリオン兵がその牙を剥き襲い掛かる。

 

「小南、木崎、近付けさせるな」

「「了解」」

 

 即座に風間は指示を下し、小南は炸裂弾(メテオラ)を、レイジはガトリング砲を使用。

 

 重火力を以て、迫り来る大群を撃滅しにかかる。

 

 規格外のトリオンを持つ千佳やボーダートップクラスのトリオンを保有する二宮に比べ、こちらは単純な火力では劣る。

 

 二人のトリオンは、千佳に比べ常識的な範疇に収まっている。

 

 小南は6、レイジは11だ。

 

 レイジこそ二宮に次ぐトリオンを保有しているが、当然面火力では誘導炸裂弾(サラマンダー)という手札を持つあちらには及ばない。

 

 それでも、二人には技術があった。

 

 小南は的確にメテオラを叩き込み、最高効率で敵の群れを殲滅している。

 

 既に知られている通り、骸兵蟲(プロニムフィ)は装甲が薄い。

 

 よって雑にメテオラの爆発に巻き込むだけで破壊出来る為、重要なのは如何に広範囲の敵を効果範囲に入れるかである。

 

 数々の近界の戦場を渡り歩いて来た小南は、当然トリオン兵の大群とも何度も戦って来た。

 

 対人戦ではそこまで有効とは言えないメテオラをサブウェポンにしているのは、その名残でもある。

 

 質が低く、数が多い敵に対しては炸裂弾(メテオラ)はある種最適解と言える。

 

 爆発に巻き込めば一度に多くの敵を殲滅出来るし、邪魔な障害物も一緒に片付ける事が出来る。

 

 不利な地形を強引に破壊する事で優位に戦闘を進める事が出来るし、隠れている敵を炙り出すにも有効だ。

 

 そして、対多数の戦闘に於ける炸裂弾(メテオラ)の扱いについて小南の右に出る者はいない。

 

 弾をどう扱えばより多くの敵を効率的に撃滅出来るかを、歴戦の女戦士はその身を以て理解している。

 

 よって、彼女の扱う炸裂弾(メテオラ)は一切の無駄弾を撃っていない。

 

 対人戦では攪乱の為に無作為に撃つ事もあるが、対峙している相手はトリオン兵。

 

 故にフェイントは必要とせず、ただ最高効率での撃破のみが優先される。

 

 小南の射出したメテオラはその爆破規模に対し、巻き込んでいる敵の数はかなり多い。

 

 それは無論、戦場で磨いた彼女の技巧が成せる結果だ。

 

 そしてそれは、レイジも同じである。

 

 レイジのガトリング砲は対人戦では撃っている間碌に身動きが取れず、火力は高いが隙が大きい武器でもある。

 

 されど、トリオン兵相手なら関係は無い。

 

 隙が大きいとはいえ、ガトリング砲はトリオンが続く限りその高い火力をばら撒き続ける事が出来る。

 

 よって、敵に近付かれる前にその全てを薙ぎ払えば問題は無い。

 

 そういう意味で、レイジのガトリング砲は対トリオン兵でこそ活きる武装と言える。

 

 更にレイジは小南の倍近くのトリオンを保有しており、その大出力から放たれる銃撃は単純に脅威だ。

 

 一人一部隊換算の精鋭、玉狛の二人の活躍により、生み出された骸兵蟲(プロニムフィ)は瞬く間に殲滅されていった。

 

「…………!」

 

 だが、次の瞬間目にした光景に風間は眼を見開いた。

 

 異形の女神の腹部が再び隆起し、()()()()()()()姿()()()()()からだ。

 

 当然ながら、その砲塔は全て防衛陣地側を向いている。

 

 一発で駄目なら、数を増やせば良い。

 

 そんな暴論を力技によって押し通そうとする目論見が、その光景からは見て取れた。

 

「二宮、第二射! 6発だっ!」

 

 風間の声が響くと、同時。

 

 6つに増えた砲塔が火を噴き、防衛陣地に向け無数の弾丸が放たれた。

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