香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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酷薄な天使のテーゼ②

 

 

「総員、中央から散れ…………っ! 影浦っ!」

「…………っ!!」

 

 風間の警告を受けた二宮は、即座に指示を下した。

 

 名指しで呼ばれた影浦は、即座に千佳の前面へ移動。

 

 ギラリと、此処からでも姿が確認出来る巨大な女神像の方角を睨みつけた。

 

「辻、犬飼っ!」

「了解っ!」

「了解」

 

 その身を射線に晒した事で敵の()()()()を察知した影浦は、即座に怒号を上げる。

 

 既に、詳しい説明をしている時間は無い。

 

 数秒後には弾が来る以上、そんな余分が許される筈もない。

 

 されど、名を呼ばれた両者はこれまでB級の頂点に君臨して来た二宮隊の隊員。

 

 一から十まで説明されずとも、現状を鑑みれば何を伝えたいかは瞭然。

 

 辻は三浦を、犬飼は若村を抱え、その場を跳躍。

 

 直後、弾丸が飛来。

 

 既にユズルに連れられて避難していた千佳を含め、陣地にいた誰に当たる事もなく光弾は空を切り、その先で地面に着弾し土煙を上げる。

 

 突然の六発の同時狙撃は、辛うじて被害を出さずに凌ぎ切った。

 

「…………ふむ」

 

 二宮は結果をその眼で確認し、遥か遠方に見える女神像を睨みつけた。

 

 そして、思案を始める。

 

(弾速もかなりのものだったが、あれだけ距離が離れている以上どうしても着弾までにはタイムラグがある。影浦を生きた検知器(ソナー)として扱えば、こうして凌ぐ事は不可能ではない)

 

 だが、と思考を回す。

 

(それは、今の結果を以てあちらにも伝わった筈。次、敵が打って来る手はなんだ? 情報が足りん。だが、何が起きても良いように備えておくべきだな)

 

 確かにあの超々遠距離狙撃は脅威ではあるが、此処から女神像まではかなりの距離が存在する。

 

 物理的に離れている以上どうしても着弾までには時間がかかり、たとえそのタイムラグが数秒程度だろうが戦いに慣れた者にとってそれは充分過ぎる猶予時間(インターバル)だ。

 

 今のように影浦を前に立たせて射線を予測し、回避の号令をかければ凌ぐ事は出来る。

 

 しかし、今回の失敗を受けてあちらが沈黙しているとは思い難い。

 

 だが、先程までと違い今度はどんな手を使って来るかのデータが足りない。

 

 十中八九何かしらの「隠し札」を切って来るのだろうが、それを考察する為の材料が足りていないのだ。

 

「風間さん、こちらは凌ぎました。次、何か動きがありそうなら教えて頂ければ幸いです」

 

 

 

 

「そうか。こちらは今から本丸へ仕掛ける所だ。変化があれば連絡する」

『了解』

 

 風間は二宮からの連絡を受け、すっと顔を上げた。

 

 既にこちらに向かって来たトリオン兵の群れは小南とレイジの二人によって殆ど殲滅されており、道を阻む者はない。

 

「…………!」

 

 しかし、次の瞬間女神像の胎が破れ、再び大量の骸兵蟲(プロニムフィ)が生まれ落ちた。

 

 無数の怪物は柱から落下するように飛び降り、地を這い行軍を開始。

 

 敵兵の進軍で、土煙が舞い上がる。

 

 圧倒的な物量を以て、無尽の群れが再び襲い掛かって来た。

 

「木崎、小南」

「ああ」

「何度でも、ぶっ潰してやるわよ」

 

 風間は再び二人に指示を出し、玉狛第一の両名は骸兵蟲の殲滅を開始した。

 

 的確な動きで再び敵の一掃を始めたレイジ達の働きにより、現状敵兵がこちらまで届く様子はない。

 

 かといって無理に進めば彼等の戦場に足を踏み入れる事になり、戦力の無為な消費を招く為行軍速度は緩めざるを得ない。

 

 現状を鑑みながら、風間は思案を開始した。

 

(先程、狙撃を行う際には一度敵兵の供給が停止した。つまり、攻撃と敵兵の造産は同時には行えないという事か)

 

 先程敵の群勢を一時的にでも壊滅させられたのは二人の働きもそうだが、一度捕食型トリオン兵(プロニムフィ)の供給が止まったからだ。

 

 敵の増援が停止したタイミングは、あの六発の砲塔が出現した時と同時。

 

 つまり、ああいった遠距離攻撃と敵兵の造産は同時には行えないという結論に辿り着く。

 

(あの砲塔…………既に壊れているな)

 

 風間は先程、防衛陣地を狙い撃った6つの砲塔を見据える。

 

 女神像の胎から突き出た無数の砲塔は砲身が焼け落ちており、既に使用出来る状態ではないのが見て取れる。

 

 次の刹那には砲塔そのものが崩れ去り、塵となって砕け散った。

 

(あの様子を見るに、狙撃の()()は出来ないと見るべきか。一度に6つもの砲塔を用意出来たのは、使い捨てが前提であった為か)

 

 敵が出した砲塔は、十中八九アイビスを模倣した武器と思われる。

 

 警戒区域で戦った際には模倣で作り上げた疑似トリガーはボーダーのそれと同種の制約、即ち同時使用可能武器の個数制限が生じると思っていたが、考えて見ればトリガー枠の拡張というのは既にレイジという前例がある。

 

 もしも敵が出力任せに強引な真似が出来るとすれば、こういった事態も想定して然るべきであったのだ。

 

 無茶を押し通した所為で出来上がった武器は使い捨てにするしかないようだが、敵が星そのものと考えればどれだけのリソースがあるかは想像もつかない。

 

 普通であればまず不可能な真似を出力任せに押し通して来ても、なんらおかしくないのだ。

 

(敵からすれば、雑兵の進軍を滞らせている雨取、もしくは本体に近付いている俺達のどちらかが最優先目標の筈。こちらへの増援を止めてまで向こうを狙った事から、前者の方が現時点では優先順位が高いと見るべきか)

 

 先程、敵は本丸に迫っている自分達ではなく、遥か彼方の防衛陣地にいる千佳を狙った。

 

 それは自己保存よりも進軍の妨害の排除に重きを置いたという事であるが、自らの生存に欠片も興味を持たないククロセアトロの人間の逸脱ぶりを考えれば彼等が遺したプラグラムがまともな判断基準を持っているかは大いに疑問が残る。

 

 故にそういった事も有り得る、と見るべきだ。

 

(または単純に、俺達の事を脅威だと認識していないかだ。何か、絶対の自信のある()()()があるのかもしれない。此処まで近付いた敵をものともしない、何らかの仕掛けがな)

 

 

 

 

『一射式模倣武器六発による攻撃、失敗しました。敵個体の動きを鑑みる限り、弾道予測に類する能力を所持していると推測します』

 

 女神像、その胸部中央。

 

 樹里が閉じ込められた水晶の棺の内部から、無機質な機械音声が響く。

 

 地上数百メートルに位置する場所での発声は当然下には届かず、風に吹かれて消えるのみ。

 

 それでもなんら問題はないと、機械音声は音を鳴らす。

 

『同様の手段を講じた場合の成功確率、2割以下との判断。よって、模倣武器による遠距離攻撃のみによる敵主力の排除作戦は非推奨と見做されます』

 

 人の思考ならぬ、機械の思考。

 

 予め組み上げられたプログラムに沿って動く人口知能は、己の判断基準に従い推論を進める。

 

至天機巧(アポストロス)本体による攻撃/非推奨。本機体に接近している複数の個体に対して脆弱性が露呈しかねません。その場合、そちらの排除を優先して行う必要があります』

 

 ギョロリと、女神像の三つの頭部のうち一つの単眼が風間達を睨みつけた。

 

 360度蠢く眼球は風間達数人を視界に収め、紅く明滅する。

 

『本検体に最も近い個体二つの戦闘能力、Aクラス以上を測定。残る個体の戦闘能力に関してはデータが足りず、判定出来ません』

 

 蠢く目玉はレイジと小南を瞳に映した後、その後方にいる風間達に赤い視線を向けた。

 

 グリグリと動く目玉からキュインキュイン、と機械音が鳴り、風間の姿をズームアップする。

 

『敵司令官を視認。戦闘能力、過去戦闘データにより測定────────BからAクラスと認定/補足:近接戦闘手段のみで戦闘を行う個体と思われる為、本検体を単騎で排除する事は困難と推測。指揮個体である為優先排除対象としますが、敵主力砲兵との比較検討を実施────────結論、こちらの優先順位を下位に設定します』

 

 不意に、女神像が動く。

 

 右側の頭部の単眼が開き、遥か彼方の防衛陣地にいる千佳の姿を映し出した。

 

『敵主力の性能(スペック)、測定不能。しかし防御行動ではなく回避行動を選択していた為、防御面に難があると判断。結論、回避の出来ない質量を伴う攻撃であれば有効と判断します』

 

 女神像の下腹部の触手が、動きを見せた。

 

 凄まじい勢いで地面に向かい、着弾。

 

 そのまま地下深くに穿孔し、その触肢を伸ばす。

 

 地下に潜った触肢はバラけ、無数の糸となり地面の下を突き進む。

 

 伸びた糸はやがて一つの空洞に辿り着き、その内部にある巨大な物体へ接続する。

 

 瞬間、既に生きた者のいなくなった地下施設に赤い光が点灯した。

 

『地下資源の使用を提言、承認されました。皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)の稼働を開始します』

 

 

 

 

「…………! これは…………!」

 

 二宮は、再び地を揺らす振動を受け瞠目する。

 

 先程より、揺れは大きい。

 

 これは、規模が大きいのではなく。

 

(────────距離が、近い…………!)

 

 ────────単純に、()()が近いのだと直感する。

 

 その揺れが起きている地点は、敵の群勢である黒い津波の向こう側。

 

 距離にして数キロメートル先に存在する場所から、振動は発生していた。

 

「なんだありゃあ…………っ!?」

 

 ────────そして、それは顕現する。

 

 地響きと共に地面が隆起し、8本の「脚」が飛び出した。

 

 直径数百メートルはあろうかという、巨大な脚。

 

 それが8本出現し、轟音と共に地面に突き立った。

 

 同時に大地がこれまでとは比べ物にならない規模で大きく隆起し、その「本体」が現れ出でる。

 

 蟲だ。

 

 巨大な、黄金虫を模したかのような途轍もなく巨大な怪物が、地面の下からその姿を露にした。

 

 大まかなディテールは黄金虫のものだが脚は蜘蛛のそれであり、背を覆う外骨格は白濁色に染まっている。

 

 良く見ればその白色は翅に纏わりついた無数の糸であり、内部から直接伸びているそれらは地面と繋がっており、怪物が長大な翅を持ちながらも大空を飛ぶ事が許されていない事が伺える。

 

 頭部には四本の大顎が存在し、口腔内には巨大な単眼────────カメラアイが存在している。

 

 それはこれが単なる瓦礫の集合体ではなく、歴としたトリオン兵であるのだと強調していた。

 

「────────大質量による、力押しか。まさかこんな方法で来るとはな。雨取、()()

「…………! はいっ!」

 

 途方もないサイズの敵が現れた事ではなく、敵の思惑を悟った二宮は即座に指令を下した。

 

 その意味を理解した千佳はすぐさまアイビスを生成し、巨大に過ぎる敵の姿をスコープに収め引き金を引いた。

 

『■■■■■■!』

 

 瞬間、咆哮と共に巨大な怪物、皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)の翅が広がり、同時に前面に暗緑色の障壁が展開。

 

 千佳の砲撃はそのシールドを粉々に打ち砕くものの軌道をズラされ、敵の顎を一本撃ち砕くのみに留まった。

 

 その顎も断面から伸びた糸が瓦礫を集積し、瞬く間に元の形へと修復される。

 

 防御不能な筈の千佳の一撃は、敵に何ら痛打を与えぬ結果となった。

 

「矢張り、その程度は対策しているか。完全に防御し切れないのなら、軌道をズラすように盾の射角を調整する。それを自動で可能とする技術があるワケか」

 

 その結果を受け、二宮は冷静に思考を回す。

 

 今の一撃で痛打を与えられれば良し、そうでなくとも考察の材料になると考えての指示であったが、敵はこの局面に於ける最適解を打ち出して来たらしい。

 

 確かに千佳のアイビスによる砲撃は防御不能であり、ボーダーの中にあれをまともに受けて無事で済む者はいない。

 

 しかしそれはあくまでも正面から直撃を喰らった場合の話であり、やりようがないワケではないのだ。

 

 今回は敵のあまりの巨大さから物量に任せた防御偏重の相手かと思いきや、最初からこちらの攻撃を無傷で凌ぐのではなく、ある程度の被害を許容しつつも致命打にはならないようにする手を打って来た。

 

 敵は糸によって幾らでも機体を修復出来ると勘我れば、致命傷となる損傷さえ避ければどれだけ傷つこうが構わないのだ。

 

 ならばある程度ダメージを割り切り、損傷を()()()方向に舵を切ったのは英断と言えるだろう。

 

 千佳の砲撃は建物数軒程度は容易く吹き飛ばすが、ビルすら小さく思えるあの巨体相手では火力が足りるか疑問ではある。

 

 しかしそれでも彼女の砲撃であれば直撃さえ出来れば装甲を貫いてコアを破壊する程度は可能と思われるので、それをさせないようにするこの仕掛けは中々に厄介である。

 

(機械的な判断しか出来ないかと思えば────────いや、だからこそか。機械には、無駄なプライドがない。駄目だと判断すれば、リスクヘッジの為に損害を許容する程度は造作もないか)

 

 能力のある者程意固地になって性能頼りの戦いに固執しがちなものであるが、相手は機械。

 

 拘るプライドなどそもそも存在せず、その判断はあくまでも客観的見地に基づいている。

 

 相手を性能だけで見て技能を考慮しないという欠陥はあるものの、この場合は機械故のシステマチックな判断力が結果として脅威となった形なのだ。

 

(あれに此処まで踏み込まれれば、その時点で防衛は失敗となる。何とかそれまでに打開策を用意する必要はあるが、問題は────────)

 

 二宮はふと、顔を上げる。

 

 その視線の彼方には、遠方に屹立する女神像の姿があった。

 

(────────敵の本体がこちらへの対処はあの怪物で充分と判断し、風間さん達を狙い始めるだろう事だ)

 

 視界の果てで、女神像の単眼がギョロリと蠢く。

 

 その眼球には、己に近付く外敵である風間達の姿が映し出されていた。

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