香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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酷薄な天使のテーゼ③

 

 

皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)に対し、敵主力砲手が有効打を打てない事を確認。現状、あちらは今回の対処で充分と判断』

 

 女神像の胸部、水晶の中から機械音声が響く。

 

 異形の頭部の単眼はゆっくりと、その視線の先を変える。

 

 即ち、防衛陣地である遠方から己が足元へ近付く者達のいる方角へと。

 

『よって、優先順位を変更。至天機巧(アポストロス)に接近する個体群の対処を最優先順位へ切り替えます』

 

 ギョロリと、単眼が風間達の姿を捉える。

 

 足元の埃から、明確な排除対象へとその意味を変えて。

 

骸糸結柱(アネモミロス)への供給量を増加。偽天宮壁(バシレイオン)の起動準備を完了。模倣武装(カスレフティス)を展開。敵個体群の駆逐を開始します』

 

 

 

 

「な、何よあの怪物っ!? デカイにしたって限度があるでしょっ!?」

「確かに圧倒的な質量というものは有効だが、些か度が過ぎている。合理的であると同時に、現実的ではないな」

 

 防衛陣地に向かう巨大な怪蟲、皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)の威容は香取達からも視認出来ていた。

 

 あまりに巨大であるが故に挙動は鈍重であるが、一歩一歩の歩幅が尋常ではない為移動スピードも侮れない。

 

 あの調子であれば、何の妨害もなければ1時間と足らずに防衛陣地に辿り着くであろう。

 

 二宮からの現状報告を聞いてそれを知っている風間は、渋い顔をして遠方の怪物を睨みつけた。

 

「三上、あの怪物にも「本体」からの供給は繋がっているのか?」

『はい。地下を通じてトリオン供給のパイプラインが接続されているのが確認出来ます。どうやら、あの地面に突き刺した触肢からそれを伸ばしているようですね』

 

 オペレーターの三上に確認を取った風間は、女神像から地面へ伸びる一本の触肢に眼を向ける。

 

 先程徐にあれを突き刺した直後、遠方で怪物が産声を上げたのだ。

 

 関係ない筈がないと思っていたが、どうやらあれが動力供給の要ともなっているらしい。

 

『他の個体と異なりある程度自立行動は出来るようですが、先程雨取さんの攻撃を防ぐ為にシールドを展開した際には大量のトリオンがこのパイプラインを通じて供給されているのが確認出来ました。どうやらただ行動するだけならば自前で賄えるようですが、そういった能動的な機能を用いるには供給が必須と思われます』

「了解。現状は理解出来た」

 

 成る程、と風間は頷く。

 

 あの千佳の攻撃を凌ぐだけの防御能力に加え、驚異的な再生能力。

 

 それがただで賄える筈がないと思っていたが、絡繰りは矢張り本体からのトリオン供給にあるらしい。

 

(つまり、あの本体からの供給路を遮断してしまえば怪物の能力は著しく減少する。だが、一度潰したとしても再度供給路を接続されてしまえば元の木阿弥だ。やるならば、徹底的にだな)

 

 要するに、こちらが本体をどうにか出来ればその分あちらの助けになるという事だ。

 

 一度供給路を断ったところで再度接続されてしまう可能性はあるが、少なくとも妨害にはなる。

 

「あの怪物も、本体からの供給を受けているらしい。つまり」

「あれをやっつければ、向こうもどうにかなるって事ねっ! 分かり易いじゃない」

 

 爆速で現状の理解に至った小南の言葉に、風間は頷いた。

 

 あちらが本体からの供給でシールドを展開しているのなら、こちらを倒せばそれで解決する。

 

 言うは易しだが、すべき事は明快だ。

 

「俺達のやる事は変わらない。あの悪趣味な像を引き倒して、木岐坂を連れ戻す。それだけだ」

「分かり易いわね。どの道、やる事は変わらないんならいいわ。樹里を助け出す事に、違いは無いもの」

「そうですね。どうやらあちらも、ようやくこっちに興味が向いて来たみたいですしね」

 

 佐鳥の指摘に、二人は女神像の方を見る。

 

 風間は、分かっているとばかりに。

 

 香取は、疑問符と同時に。

 

 敵の本丸を改めて観察し、その頭部に眼を向けた。

 

 するとギョロリ、と蠢く眼球と目が合った。

 

 三つの単眼は全てこちらを向いており、その温度の無い視線を受け香取は思わず立ち竦む。

 

 しかし気力を振り絞って睨み返し、気を引き締めた。

 

「あれは…………!」

「どうやら、向こうはあの怪物に任せれば良いと割り切ってこちらに注力する事にしたようだな。機械らしい、合理的な判断だ」

 

 言葉には出さずとも、女神像からこちらに向けられている無機質な殺意をこの場の誰もが感じ取っていた。

 

 あれは今、こちらを見ている。

 

 その事の意味が、嫌という程に理解出来たが為に。

 

『■■■■』

 

 そして、異形が動く。

 

 女神像の両腕、その先に巨大な紅のキューブが展開される。

 

 それは千佳のものにすら匹敵する、大型のトリオンキューブ。

 

 その正体が何なのか、そこにいる者達は即座に理解した。

 

「ハウンドだっ!」

 

 追尾弾(ハウンド)

 

 それを模倣(コピー)した、敵の大出力攻撃である。

 

 キューブは分割され、そのまま射出。

 

 真紅の弾幕の雨が、風間達に向かって降り注いだ。

 

 その数は、優に100はくだらない。

 

 周囲には、碌な障害物もない。

 

 まともに受ければ、流石に耐え切れないだろう。

 

「…………!」

 

 だがそれは、あくまでもまともに受ければの話だ。

 

 射出された弾幕を見たレイジと小南は、それぞれガトリングとメテオラを使用。

 

 降り注ぐ光弾を、片っ端から撃ち落としにかかる。

 

 二人はどちらかといえばパワーファイターの部類に入るが、精密射撃も出来なくはない。

 

 普段は精密性よりも強引な戦術を取った方が有効な場面が多いからそうしているだけで、やろうと思えばかなりの射撃コントロールが可能となる。

 

 伊達に、近界の戦場を渡り歩いて来たワケではない。

 

 時には、精密なコントロールが要求される場面もあった。

 

 それを潜り抜けて生還している以上、これくらいの事が出来ない筈もない。

 

 二人の射撃により、次から次へと弾幕が撃ち落とされていく。

 

 レイジは、ガトリングの射撃面積の広さを以て。

 

 小南は、極小サイズまで分割し弾数を増やしたメテオラの精密射撃によって。

 

 それぞれ、脅威となる弾丸を撃墜していく。

 

「散れっ!」

 

 しかしそれでも、全てを撃ち落とせるワケではない。

 

 何せ、あちらの弾数は優に百を超える。

 

 弾速もそれなりにあるのだから、着弾までに全てを撃ち落とすには二人といえど時間が足りないのだ。

 

 だが、この場にいる誰しもが相応の実力を持つ精鋭達。

 

 弾数さえ減れば、凌ぐ事は不可能ではない。

 

 機動力が高いとは言えない佐鳥は菊地原が抱え、そのまま跳躍。

 

 撃ち漏らした弾が彼等を狙うも、その軌道を捉え切れず地に落ちる。

 

 動かなかったレイジは自前のシールドで耐え、小南は双月で切り払う。

 

 敵の一射目は、誰にダメージを与える事もなく終わりを迎えた。

 

『■■■■■』

 

 されど、攻撃がこれで終わる筈もない。

 

 不快な叫びが響くと同時、女神像の両腕に再びキューブが展開される。

 

 次の瞬間にはあれらが分割され、再び弾丸の雨が降り注ぐだろう。

 

「佐鳥」

「了解」

 

 しかし、やって来る事が分かっているのであれば対応は出来る。

 

 風間の指示を受け、佐鳥は菊地原に抱えられたまま引き金を引いた。

 

 イーグレット、二丁。

 

 佐鳥得意の、ツイン狙撃(スナイプ)

 

 それにより、抱えられて移動中という不安定な体勢でありながら、スコープを見る事なく女神の両腕に掲げられた二つのキューブを正確に狙い撃つ。

 

 イーグレットを二丁同時に扱うという摩訶不思議且つ奇想天外とも言うべき埒外の狙撃スキルが、文字通りに火を噴いた。

 

 精密身体操作の副作用(サイドエフェクト)を持つ宇野ですら真似出来ない、彼独自の唯一無二の技巧(ユニークスキル)

 

 二つの別々の目標を同時に狙撃銃で狙うという事は、少なくとも片方はスコープを覗き見ずに狙わなければならない。

 

 どころか、今の佐鳥はスコープを見さえしていない。

 

 二丁のイーグレットは腰だめに構え、そのまま撃っている。

 

 これでまともな狙いなど付けられない筈なのに、それでも彼の狙撃は精密無比。

 

 狙い過たず、真っ直ぐに標的のトリオンキューブへ向かっている。

 

 あれがハウンドを模倣した代物である以上、弾体の構造は同じ筈だ。

 

 ならば、狙撃してカバーさえ割ってしまえばその時点で炸裂する。

 

 今の分割する前の状態であれば、一発当てればそれで済む。

 

 だからこそ、風間は次が来ると読んで予め佐鳥に狙撃準備をさせておいたのだ。

 

 第二射を、今度は労なく止める為に。

 

『■■』

 

 ────────されど、その目論見は失敗に終わる。

 

 女神像を、天柱と化した玉座を中心に展開された三つの柱が、紅い光を灯す。

 

 同時に柱と柱の間に紫電が迸り、真紅の障壁が顕現。

 

 佐鳥のイーグレットの弾丸は、紅い壁に弾かれて霧散した。

 

「…………っ!」

 

 そしてそれは、敵の弾幕を停止させる術を失った事を意味する。

 

 女神の両腕のキューブは分割され、天高く打ち上げられる。

 

 自身を囲む三方の障壁を迂回する形で放たれた紅の流星雨が、再び風間達に襲い掛かる。

 

「…………!」

「チッ」

 

 レイジと小南は、それに即応。

 

 ガトリングとメテオラで、再び弾幕を削りにかかる。

 

「…………!」

 

 次の瞬間、菊地原が目を細め佐鳥を抱えてその場を飛び退く。

 

 その直後、彼が立っていた地面が隆起し、骸兵蟲(プロニムフィ)が出現した。

 

 追尾弾(ハウンド)の弾幕に乗じた、地下からの奇襲。

 

 それを菊地原の強化聴覚(みみ)が捉え、即座に回避行動に移ったのだ。

 

 菊地原の副作用(サイドエフェクト)は、細かな音の発生源や強弱を正確に聴き分ける事が出来る。

 

 よって、近くで何かが動いていればそれを彼が聴き逃がす事はない。

 

 それが出来るからこそ、菊地原はこの救出部隊の一員に選ばれたのだから。

 

 たとえ地下からの奇襲を受けたとしても、菊地原が健在である限りそれを察知するのは容易。

 

 骸兵蟲(プロニムフィ)が穿孔による奇襲が行えると分かった時点で、菊地原はその対策カードとして認識されていた。

 

 それは彼自身も分かっており、防衛陣地を離れる際には既に普段は伸ばしている髪を纏めていた。

 

 此処が近界である以上、小南の言葉通りいつ何が起きても不思議ではない。

 

 加えて既にこの場は緊急脱出(ベイルアウト)の圏外である以上、トリオン体を破損させる事は基本的に許されない。

 

 生身の人間が生存出来る環境か分からない上に、捕食型トリオン兵が無数に蠢く未知の星で生身を晒す等論外極まりない。

 

 よって、最大級の危機感知としての役割を菊地原は負っていた。

 

 だからこそ、機動力がそう高くない佐鳥の運搬役を任されているワケでもある。

 

 彼は事前に、直接戦闘は可能な限り避けるよう風間から厳命されている。

 

 敵穿孔部隊が脅威である以上、菊地原は何があっても欠かしてはならない命綱であるからだ。

 

 現に、現れた骸兵蟲(プロニムフィ)は既に風間が仕留めている。

 

 撃ち漏らされた光弾を回避しながら速やかに敵を屠るその動きはスマートだが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

(マズイなこれ。あんな如何にも堅そうな盾の中に籠って、自分は弾幕撃ち放題とか。ゲームじゃないんだから、そんな狡技(チート)止めて欲しいんだけど)

 

 問題は、敵の戦術だ。

 

 今回あちらは強度不明の障壁を展開した上で、弾幕を張り続けるという戦法を取って来た。

 

 単純だが、だからこそ有効な戦術であると言わざるを得ない。

 

 こちらの攻撃は通らず、相手の攻撃だけが降り注ぎ続ける。

 

 しかもその物量は凄まじく、玉狛第一の二人がいなければ凌げていたかどうかは怪しいところだ。

 

「風間さん。あれは────────」

 

 

 

 

「────────分かっている。三上、あの障壁の強度は分かるか? もしくは、他に分かった事があったら言ってくれ」

 

 菊地原は迷う事なく上司に指示を仰ぎ、風間はそれに即座に応えた。

 

 了解、という声が通信越しに聞こえ、数秒後返答が返って来る。

 

『恐らくですが、あの障壁の強度はエスクードを超えています。注がれているエネルギーが半端ではないので、アイビスでも抜けるか怪しいところです』

 

 それから、と三上は続ける。

 

『あの障壁は、三つ立っている柱から発生しているのは見ての通りなのですが、どうやらそのエネルギーは地下深くから汲み上げているようですね。今、図を出します』

 

 次の瞬間、風間や菊地原の視界に簡略化した構造図が表示される。

 

 そこには地上に現れた女神像とそれを囲む三つの柱、そして女神像や柱から千佳へ伸びる無数の線が映し出されていた。

 

『どうやら敵本体及び三つの柱は、地下にある「何か」からエネルギーを随時汲み上げて使用しているようです。あの障壁が展開された時も、膨大なエネルギーが地下から抽出されています。それから────────その地下に、無数の生体反応らしきものが確認出来ました』

「という事だそうだが、ヒュース。お前はどう思う?」

「恐らくだが、ククロセアトロが貯蔵している「資源」がそこにあるのだろう。文字通り生体資源、と形容が出来る代物がな」

 

 矢張りか、と風間はヒュースの意見を聞いて頷く。

 

 ────────加えて、奴等がどれだけの人間を秘密裏に拉致していたかは見当がつかん。仮に「神」が死んだ後にそれらの人間に生き残りがいた場合、この星がそれを()()しない筈がない。お誂え向きに、傀儡糸(クローステール)はトリオンの強制的な徴収が出来る。生き残りからトリオンを抽出していたとすれば、これまで疑似的な航行が出来ていた事にも説明がつく────────

 

 風間は、先のヒュースの言葉を想起する。

 

 彼の想定通りであれば、地下にあるのは「生きた資源」────────即ち、生体電池と化した人間の成れの果てだ。

 

 あの怪物とそれを守る柱はそこからエネルギーを汲み上げているであろう事に間違いはなく、そうなると取るべき道というのが見えて来る。

 

「地下の生体電池(でんげん)の破壊、もしくは柱の各個破壊。取るべき道は、このどちらかになるな」

 

 即ち、敵の大本の燃料を排除する(ころす)か、柱を壊すか。

 

 いずれかの選択を、しなければならないだろう。

 

 こうしている間にも女神像は再び、両腕にキューブを展開している。

 

「…………っ!」

 

 そして、気付く。

 

 両腕の先に展開された二つのキューブが、紫電を伴い引き寄せられるように中央へ移動。

 

 二つのキューブは接触と同時に一つとなり、赤黒い巨大なキューブが形成された。

 

「合成弾だ…………っ!」

 

 その光景の意味を、理解出来ない者はこの場にいない。

 

 合成弾。

 

 本来であれば隙が多く単独では使い難い虎の子が、安全な障壁の内部で悠々と形成されてしまったのだ。

 

 キューブが割れ、無数の弾丸へと姿を変える。

 

 赤黒く変色した無数の弾丸が、灰の空を埋め尽くした。

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