「まず、大まかな方針としてはあの柱の破壊となる。見た限り、先程のシールドは柱を発生源としているようだ。あれの強度が未知数である以上、大本を破壊する他ないと考える」
口火を切ったのは、風間だった。
目的の開示。
即ち、障壁を発生させている柱の破壊。
それが、風間の明示した大方針だった。
「三上達が解析したデータを鑑みても、あの障壁の強度が相当なものであるのは確かだ。少なくとも、正攻法でどうにか出来るとは思えん」
『一応、張ってあるのは柱を中心とした側面だけで上方には無い様子ですが────────』
「────────だが、柱の高さ自体も相当だ。少なくともこの場の面子であんな高高度への有効な攻撃を放てる者はいないと考えているが、どうだ?」
風間はそう言って、チラリと遊真とヒュースの方を見据える。
遊真は黒トリガーの使い手故に、ヒュースは未知の部分の多い近界トリガーの使い手故に。
それぞれ高高度への有効打があるのではないかと、僅かながら可能性があるのではないかと考えたからだ。
『いや、おれは無理だな。一応
『オレの方も有効打と言える方法はない。遊真同様あそこまで行く事自体は出来るが、今必要なのは地上から上空を経由して内部へ攻撃を届かせる方法だと考える。故に、無いと言っておこう』
答えは、否だった。
遊真の場合
前者は何があるか分からない障壁内部へ単独で跳び込む事になる為危険が高い上に成功の保証もなく、後者での攻撃では流石に仕留め切れるかどうか分からない。
無理とまで断言はしないが、極めて難しいというのが正直な所だろう。
対してヒュースは出力自体が黒トリガーの遊真に及ばないのもあるが、単純に空中での移動手段の有無の差が大きい。
遊真の場合は空中でも
上空へ到達する手段も磁力の反発を用いた片道切符のカタパルトに依るものであり、こちらは一度射出したが最後空中での軌道変更は不可能。
それでは良い的になるのが明らかである上に、今求められているであろう「地上から上空を経由して攻撃を届かせる手段」については持ち合わせていないと回答したワケだ。
「成る程、了解した。では、障壁をどうにかしない限り本丸への攻撃は不可能である、というのは共通認識の上で進めていく。話を戻すが、あの柱自体の強度は破壊が不可能なレベルではないだろうというのが分析結果として出ている。よって、三つの柱の内一つに戦力を集中し破壊する事が出来れば障壁を張る事が出来なくなり攻撃が可能になるのではないか、というのが俺の見解だ」
風間の目論見は、言ってしまえば単純だ。
障壁がある限り攻撃が届かないのであれば、その発生源である柱を破壊してしまえば良い。
言葉にしてしまえば、ただそれだけのシンプルなものだ。
「あの障壁は三つの柱同士を繋ぐ形で展開されている。ならば、三つのうち一つでも失えば障壁を張る事は出来なくなると考えているが、異論のある者はいるか?」
『…………異論、って程じゃないけど良いかしら?』
「良い。言ってみろ」
その説に異を唱えたのは、意外にも香取であった。
機敏な動きで弾を避けながらも、きちんと思考は回していたらしい。
香取は集中を切らさないようにしながらも、自分の意見を伝えていく。
『ああいう特殊ギミックって、ゲームでは全部破壊しないと本丸への攻撃が届かないのが普通なのよね。だから一つだけ破壊しても、何か別の手段でシールドを継続させられそう、って思ったの。あくまで思っただけ、なんだけど』
「成る程、確かに一つの柱を破壊しただけで障壁が停止する保証はないな。ならば、最低でも二つの柱を同時に破壊する必要があるか」
『え? これ信じるの?』
「言った筈だ。多くの知見が欲しいとな。発想の元は問題ではない。結果的にそういう可能性が有り得るという視点だけでも、一考の価値はある。戦術的な観点からも考えても、一つを破壊すれば機能停止するような機構は上等とは言えないからな。充分有り得ると考えたまでだ」
自分の意見があっさり通った事に困惑する香取だが、風間は当然といった風にそう返答した。
確かにゲームなら、という香取の視点は一見すれば胡乱なものだと思えるだろう。
しかし、風間の言った通り戦術的な観点から見ても三つの柱の内一つでも破壊すれば機能停止する機構というのはお粗末に過ぎる。
ならば一つだけを破壊しても補填が利くギミックを用意していても、なんらおかしくはないだろう。
結果的に合理的な結論に至るのであれば、アイディアの大本が何であろうと問題は無い。
風間は、そう判断したのだ。
「柱同士の距離は、相応にある。無いとは思いたいが、一度破壊した柱を何らかの手段で修復される可能性もゼロではない。ならば、二つの柱を同時に破壊した方が、いざという時にリカバリーは利き易い。流石に二つ同時に柱を破壊すれば、障壁は確実に停止するだろうからな」
加えて、本体や
あれと同じように破壊した柱を修復する事が出来るのだとすれば、一つの柱を破壊しても何らかの手段で時間を稼がれ、その間に柱を修復されて元の木阿弥となる、という可能性もある。
今の合成弾を捌き続けている現状もかなり厳しい上に、柱の破壊にリソースを割いた後でそんな真似をされては流石に継戦能力を維持出来ないだろう。
「俺達のトリオンも体力も有限だ。正直な所、無駄な労力を支払う余裕は無いと考えた方が良い。この場では、
また、忘れてはならないのがこの場所が
防衛陣地、即ち
緊急脱出は脱出先である地点から一定以上離れてしまえば、使用出来ない。
元の世界では少なくとも三門市全域はカバー出来ているが、この場は近界である上に特殊な門を通じて
近界遠征の際も遠征艇から一定以上離れれば
そもそも
少なくとも近界遠征の経験のない佐鳥、木虎、香取はそうだ。
元より過半のボーダー隊員は
今回の救出部隊の選出には、基本的に近界遠征経験者、或いは近界出身者を優先的に選んだという背景がある。
しかし樹里を救出する都合上佐鳥と香取は必須であり、木虎は自ら志願したのを後から認めた形となる。
未来視を持つ迅が必要不可欠であると断じた二名は、多少リスクを負ってでも選出をしない、という選択肢は有り得なかった。
そうでなければならない理由がある以上、危険だからとメンバーから外す事は出来なかった。
木虎に関しても本人の意見が至極真っ当なものであり、
断る理由がリスク管理の観点のものでしか無い事に加えて、彼女の意思を尊重した形になる。
ともあれ、そういった理由でこの場の半数以上が緊急脱出の無い状態での近界戦闘の経験者となる。
しかし、そういった経験の無い三名にとってはこの場がそれだけ危険な場所であるのを再認識する結果となった。
風間はそれを認識して怖気づくようであれば、作戦から外す事も考慮に入れるつもりだった。
『分かってた事なので、大丈夫です。樹里ちゃんを助けるまで、何であろうとやってみせますよ』
『当然。逃げる選択肢ないて最初からないわ』
『同感ですね。覚悟した上で来ているので、問題はありません』
しかし、当然といった風に三者は改めて覚悟を示した。
前者二人は、大切な存在を救う為に元より危険など承知の上でこの場に立っているのだ。
今更、覚悟が揺らぐ筈がない。
木虎も救出部隊に参加すると言ったのは自分なので、当然リスクは承知の上だ。
その上でこの場に向かう選択をしたのは自分自身である以上、異論などあろう筈もない。
「了解した。愚問だったな」
三人の態度を見て風間は微笑を浮かべ、よし、と全員を見回した。
「では、戦力の振り分けを行う。だがその前に、聞いておきたい事がある。ヒュース、先程敵の弾丸を跳ね返した防御は、どれだけの範囲をカバー出来る?」
『カバー出来る範囲はそう多くはない。あれを行う為には、磁力片をある程度密集させる必要がある。庇えるのは俺を含め、2、3人が限度だろう』
成る程、と風間はヒュースの返答を聞いて得心する。
先程ヒュースは磁力の盾で歌川ごと自分を包み込み、敵の弾を跳ね返すという芸当を披露した。
あれが広範囲にも展開出来ればそれだけ戦術の幅が広がったのだが、そう旨い話は無いようだ。
しかし、数人だけでもカバー出来るというのは良い情報ではある。
少なくとも、今後の指針を決めるには充分な材料だ。
「では、改めて戦力の振り分けを行う。右の柱には俺と小南、そして歌川の三人で向かう。残りは全員で、左の柱を担当して貰う。その間、左の柱を狙うチームの指揮は木崎に任せる。やれるな?」
『ああ、問題ない』
通信越しに、レイジの力強い返答が響く。
長い付き合いだからこそ、レイジの能力は知っている。
腐れ縁と言える間柄でもあるので、信頼度に関しては言うまでもない。
『ぼくだけこっちですか。むぅ』
「お前の役割は、お前にしか出来ない。そちらの警戒は任せたぞ」
『…………分かりました。頑張りますよっと』
自分だけ風間から離れる事に対して文句を漏らした菊地原であるが、風間の言っている事は理解出来るし元より上司の決定に異を唱えるつもりもない。
風間が右の柱を担当するチームを少数にしたのは、なるだけ片方の柱に戦力を集中したいからだ。
戦力を分散する都合上、必須なのは柱を破壊出来るだけの火力を持つ人物が最低一人以上チーム内に必須となる。
この場に於いては双月による絶対的な攻撃力を持つ小南と、黒トリガーの出力を持つ遊真がそれに当たる。
だからこそ風間は自分の属するチームを長く同じ部隊の一員であり勝手の分かっている歌川と、機動力は勿論戦闘経験と言う点ではボーダー内でもトップランクの小南の三名という少数精鋭の構成にしたのだ。
機動力の高い者だけで揃えているのでいざという時小回りが利くし、中距離の牽制手段として歌川の弾トリガーもある。
大抵の局面は乗り切れる面子であるので、残る戦力を左の柱に集中させたとしても問題は起き難い。
だからこそ、索敵能力の高い菊地原がもう片方のチームに配属される理由も理解出来るのだ。
不満は漏らすが命令自体に従うくらいの器量は、元から持っている菊地原だ。
風間の時間を無駄に使うのは本意ではないので、この程度で良いと妥協したワケである。
不満を解消し発破をかける風間のやり方が、相応に巧いとも言えるのだが。
「当然だが、道中敵の妨害が予想される。繰り返すが、此処は近界だ。トリオン体の破壊は、何があっても防ぐように心掛けろ。いつもしているような、捨て身のやり口は可能な限り避けるようにするんだ。この場が、生身の人間にとって長期の生存に適さない環境である可能性もあるからな」
風間の薫陶に、全員が頷く。
危険なのは、承知の上。
それを知った上で、この場に立つ覚悟はとうに済ませている。
今更、怖気づく者は一人たりとも居はしなかった。
「では、作戦開始だ。健闘を祈る」
了解、の掛け声と共に全員が目標に向かって駆け出していく。
決戦の前段階、壁の柱攻略戦が開始された。