『敵個体群、散開。
女神像の胸部から、無機質な機械音声が響く。
至高天の名を戴くその異形の女神の頭脳たる人工知能は、得られた情報から現状に必要な決定を下していく。
『敵個体群の戦力の過半が
女神像の膨らんだ腹部が、ボコリ、と不気味に隆起する。
それはまるで内側から何かが肌を突き破ろうとしているようで、腹部の数十個所以上が罅割れ、体液のような赤黒い液体を垂れ流す。
やがてその罅割れが裂け、中から翅の生えた蜻蛉のような異形────────
赤黒い液体に塗れたそれらの数は、数十にも上る。
加えて、防衛陣地と襲ったモノとは何かが違う。
翅の数は6本に増えており、その内前方にある二つは分厚い盾のような形状となっている。
フォルムそのものもより鋭利となっており、感じる威圧感が増している。
異形の怪蟲を従えた女神像の単眼が、ギョロリと風間達を睨みつけた。
『攻撃開始』
「…………! 来たか」
その光景は、風間にも見えていた。
女神像の周囲に出現した、数十の羽虫の怪物。
報告にあった、飛翔型トリオン兵と考えて間違いあるまい。
「────────!」
そして、風間は女神像の展開した二つのキューブが一つに統合されるのを見届け、自身に伴って来た二名に目配せをする。
いちいち指示は必要ない。
この面子であれば、この程度言葉を交わす手間すら不要なのだから。
標的を見定めた女神像より、合成弾が射出される。
その大半はもう片方、即ち左の柱を破壊しに向かった面々へと向けられるが、それでも少なくない数が風間達の下へ降り注ぐ。
同時に、障壁の内部にいた
柱の内側から上昇し、こちらに向かって急降下を開始した。
(弾幕と飛翔型による直接攻撃。波状攻撃で仕留めるつもりか)
敵の思惑は、単純だ。
即ち、こちらが弾幕の対処で手一杯になっている所へ飛翔型を突撃。
そうやって、隙を突いて防御を崩すつもりなのだろう。
教本にでも載っていそうな、お手本のような戦術と言える。
「舐めるな」
しかし、精鋭三人には通用しない。
まず、小南が
先程と同じように極小に分割したメテオラによって、合成弾を撃ち落とす。
敵がボーダーのトリガーを模倣している以上、その構造的な仕組みは同じ。
よって、弾同士がぶつかり合った場合どれだけトリオンの差があろうが相殺するという結果もまた同様となる。
ボーダーのトリガーは少ない消費でより多くの威力を出す為に、弾体をカバーで覆いそれが剥がれ大気に触れた瞬間に炸裂するようになっている。
つまり、カバーを剥がす事さえ出来ればその時点で弾丸は炸裂し、それ以上前に進む事はない。
更に、敵は数の多い左の柱へ向かった面々へとより多くの弾を割り振っており、そちらと比べれば風間達を襲う弾数はそこまでの数はない。
ならば、先程難なく弾幕を迎撃してみせた小南が撃ち落とせない筈はない。
小南のメテオラにより、敵の弾幕は全弾撃墜。
脅威である合成弾は、一発たりとも彼等の下には届かなかった。
しかし、敵の攻撃はまだ終わらない。
無数の
風間達に向かい、その身を弾丸として襲い掛かる。
「────────」
それを、風間と小南は各々のブレードを振るい両断。
サイドステップで僅かに横にズレた両名は、スコーピオンと双月を用いて異形の蜻蛉を撃墜した。
どれだけ速度を上げようが、高速戦闘など慣れ切っている二人にとってただ速いだけの相手であればどうとでもなる。
加えて敵は真っ直ぐ、こちらへ向かってフェイントすらかけずに一直線に急降下して来たのだ。
如何に速かろうが、軌道が分かっていれば迎撃など造作もない。
「…………!」
されど、今回の敵はそれで終わらなかった。
両断された、複数体の飛翔型トリオン兵。
それらのパーツが一斉に浮遊し、風間達に向かって射出された。
パーツは全てが鋭利な刃状となっており、触れればタダでは済まないのは一目で分かる。
こちらが飛翔型を迎撃する事すら、織り込み済。
本命は、撃破後に発動するこの罠の起動。
敵を破壊出来たと考えた瞬間、人は油断が生まれがちだ。
そうでなくとも、攻撃後の隙というのは多かれ少なかれ存在する。
それを突いた、合理的な戦術。
機械が全てを選択する、生きた人間のいないククロセアトロの機構らしい判断。
「その程度、把握している」
されど。
だからこそ、読み易い。
風間達は素早く、その場から跳躍。
迫り来る無数の刃を、危なげなく躱し切った。
同時に、歌川が弾丸を射出。
アステロイドにより、
その結果全てのパーツが沈黙し、無造作に地面に落下した。
「次か」
これで一安心、と思う風間ではない。
既に彼の眼は、次弾を生成する女神像へと向いている。
未だ、女神像の周囲には数十を超える
今の攻撃は、恐らくは牽制。
こちらがどう反応するかを測る、試金石に過ぎない。
「油断するな。手札の多さだけは、侮れん相手だ。ミスが許されない以上、一つの隙が致命に繋がると思え」
「来たか」
レイジ達の下へもまた、無数の弾丸が降り注いでいた。
しかも、その数は風間達へ振り分けられたものの数倍以上。
明らかに、こちらに注力して排除しにかかっている証左であった。
「遊真、ヒュース」
「了解」
「了解した」
レイジは玉狛の二人の近界民に声をかけ、ガトリングの斉射を開始。
同時に遊真は
ガトリングの威力は折り紙付きだが、遊真のそれは黒トリガー。
出力と弾数で、敵に劣るものではない。
ヒュースの弾は本来、敵に撃ち込み磁力によって引き寄せる為のものである。
しかし、敵の弾に当たればその場でカバーを破壊し炸裂させられる為、こと射撃の迎撃に関しては通常弾と同様に扱う事が出来るのだ。
あの二宮を超えるトリオンを持つ以上、弾数が不足する筈もない。
本来のトリガーを扱うヒュースは、
精度で言えば、三人の内彼が最も上だ。
伊達に、複雑な処理を必要とし使い手の技量が試される
玉狛の三名の斉射により、敵の弾は瞬く間にその数を減らしていく。
防御という択が許されない以上、空中で撃ち落とすか単純に回避する他ない。
よって、広範囲の攻撃手段を持つ三名による迎撃が最も効率が良い手段となる。
当然、敵の攻撃はそれだけではない。
こちらもまた、無数の
「無駄だ」
しかし、それらの進軍は中途で停止する。
正確に言えば、墜落した。
向かって来た飛翔型の全てに、ヒュースの磁力弾が直撃したからだ。
ヒュースの操る磁力弾は、
それを急降下中の複数の骸翅蟲に撃ち込めば、どうなるか。
答えは、トリオン兵同士が磁力で引き合い、空中衝突を起こす。
互いに撃ち込まれた磁力片によって牽引された
高高度から一気に降下して来た運動エネルギーが、そのまま互いにぶつかる結果となった。
当然、衝突した飛翔型は空中分解。
糸で手繰る猶予すらなく、そのままバラバラとなって四散した。
敵の攻撃は地面に届く事すらなく、空中で全て撃墜される結果となった。
「次が来る。備えろ」
「「了解」」
無論、この程度で隙を見せる三者ではない。
次弾が合成されているのを確認し、再び迎撃態勢を整える。
(次は、何が来る? 想定されるケースは幾つかあるが、どれも油断は出来ん。今のは、牽制と見るべきだ)
敵の攻勢がこの程度で終わる筈がないと、レイジは確信している。
あれだけの無法ぶりを見せていたククロセアトロの悪意の底が、この程度とはとても思えない。
今の攻撃はあくまでも、こちらの出方を見る為の牽制。
風間と同様、レイジも同じ結論へ至っていた。
「…………!」
そして、その懸念は現実となる。
大きな地響きが鳴り、大地が揺れる。
次の瞬間、地面が割れ、巨大なナニカが姿を現した。
其れは、巨大な蜘蛛脚。
何時か警戒区域で相対した、瓦礫を寄せ集めた巨大脚に違いない。
それが、二対。
左右からレイジ達を囲むように、地面から現れていた。
(弾幕の迎撃は、斉射でどうにかなる。だが、あの巨大質量は厄介だ。俺の攻撃では、破壊は出来ないだろう)
レイジの遠距離攻撃の手段は、ガトリングもしくは
ワイヤーを組み合わせる為のメテオラや投擲も可能なレイガストも装備しているが、どちらもあの巨大質量の前では焼け石に水でしかない。
小細工のない、単純な質量というものはシンプルであるが故に打つ手が少ない。
回避、もしくはそれ以上の威力を以て破砕するかだ。
出来るならば前者の方法でどうにかしたいが、あれだけのサイズを相手に躱すのはかなりの難度となる。
レイジの機動力は低いワケではないが、スピードに長けた面子ばかりのこの場では単純な脚力では劣る部類になる。
加えて体格は最も大柄である為、佐鳥のように誰かに抱えて貰って移動する事も不可能だ。
「…………!」
だが、敵が待つ筈もない。
巨大な蜘蛛脚が、レイジ達に向かって倒れ込むように振り下ろされる。
「遊真」
「了解」
しかし、解答は既に用意されていた。
号令をかけられた遊真は、レイジに
その場から加速を以て弾き飛ばすと同時に、遊真も跳躍。
他の面々も同じように回避行動を実行し、間一髪蜘蛛脚の攻撃から逃げ切った。
空を切った蜘蛛脚が地面に着弾し、轟音と共に土煙が舞い上がる。
巨大質量が衝突した事により、地面は大きく抉れクレーターが形成される。
────────そして、その向こう側が垣間見えた。
これは完全な、想定外。
誰が意図したものでもない、偶然の産物。
しかし、その下に広がっていた光景は無視するにはあまりにも醜悪なモノだった。
地面の下は、土色が広がっていたワケではない。
鈍い、銀色。
明らかに人工物と分かるものが、蜘蛛脚の一撃によって大きく抉れその内部を覗かせていた。
その、向こう。
そこには、白濁色の床に無造作に転がされている夥しい屍があった。
血の色も見当たらず、鉄錆の匂いもしない。
だがそれは、紛れもなくかつて人間であったものなのだと否が応でも理解させられた。
骨と皮。
遺っているのは、それだけだった。
正確には、
不気味な機械が臓器の代わりに埋め込まれているのが、裂けた生皮から垣間見えている。
ヒトガタを保っていれば良い方で、昆虫や動物の脚のようなパーツが手足に置き換えられ、異形そのものと化しているモノもいた。
どれも一様に微塵も動かず、ただその悍ましい末路だけが無造作に並んでいる。
あれは、ヒトの張りぼてだ。
必要な部位を摘出し、余った部分を再利用する。
ただそれだけの用途で消費された、人間の成れの果て。
見えたのは、その廃棄場だった。
再利用したものの、機能停止もしくは充分な性能を満たさなかった為に処分された残骸。
ククロセアトロの悍ましいヴェールの内側を、レイジ達は偶然にも垣間見る事になった。
「────────忘れろとは言わん。だが、今やるべき事を優先しろ」
了解、と力強い声が響く。
レイジ自身、この光景に対し義憤が無いと言えば嘘になる。
だが、今余分な事に思考を割いている暇はない。
ただ、全力で敵を駆逐し樹里を救出する。
それこそが無念に散って行った犠牲者達への手向けとなると、信じる他ないのだ。
「樹里ちゃん…………!」
「樹里…………!」
そして、ククロセアトロの醜悪さを直に見せつけられた佐鳥と香取はその被害を受けている最中にある大切な少女に想いを馳せる。
あんな真似をする連中の残したモノの中に、彼女がいる。
それが、何に於いても耐え難かったが故に。
二人は示し合わせるでもなく、同じ想いを秘めて言の葉に乗せる。
「絶対に────────」
「────────助けるからっ!」
『────────』
女神像の胸部、クリスタルの中。
真紅の棺の中に囚われた少女は、夢を見る。
未だ醒めない眠りの底にある樹里は、記憶の海に沈んでいた。