香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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ココロよ原始に還れ①

 

 

 ────────始まりの記憶は、騒乱と怒号の渦だった。

 

 四年前のあの日。

 

 住んでいた街が白い怪物で溢れ返り、周囲は瓦礫と死で満たされた。

 

 わたしはその日、両親に連れられて街に買い物に出かけていた。

 

 普段は仕事で忙しい両親だったけど、その日は丁度休みが取れたとかでデパートに行って用事が済んだらレストランで食事を取った。

 

 久しぶりに父さんと母さんと過ごせるのが嬉しくて、はしゃいでいた事を覚えている。

 

 けれど、その帰り道。

 

 街は、地獄と化した。

 

 空に開いた、たくさんの黒い穴。

 

 そこから這い出て来た、白くて大きな化け物の群れ。

 

 それらが街を押し潰し、わたしの世界は悲鳴と炎に包まれた。

 

 両親はわたしを連れて、なるべく怪物に見付からないように狭い路地を通りながら逃げていた。

 

 けれど、それが良くなかったのかもしれない。

 

 同じ事を考える人は、結構いた。

 

 でも、大勢の人が狭い路地に殺到すれば碌に身動きが取れなくなる。

 

 そのままじゃ怪物に襲われなくても人に押し潰されて死んじゃいかねなかったから、仕方なく両親はわたしを連れて路地を出た。

 

 でも、その先にいたのは白い怪物だった。

 

 慌てて逃げたけれど、表通りを逃げていた人達を追っていたその怪物は、他の建物を薙ぎ倒しながら進んで。

 

 怪物に倒された建物の一部が、わたし達の下へ降り注いだ。

 

 わたしは人より()が少しだけ良かったから、頭上から降って来る瓦礫の動きがスローモーションに見えた。

 

 物の動きが他の人よりも少しだけ細かく見える程度だったけれど、別段遠くの物が見えるワケでも双眼鏡要らずというワケでもなかった。

 

 少し人より眼、というよりは動体視力が良いくらい。

 

 けれど、見えたところで当時12歳の自分が機敏に動ける筈もない。

 

 わたしはどうする事も出来ず、痛みを受け入れたくなくて眼を閉じた。

 

 だけど、わたしが瓦礫に押し潰される痛みを受ける事はなかった。

 

 両親がわたしを突き飛ばして、代わりに瓦礫の下敷きになったからだ。

 

 …………わたしが覚えているのは、ここまで。

 

 瓦礫に潰された両親を見て泣き叫んでいたわたしは次の瞬間背後から白い何かに襲われて、意識が途切れたのだから。

 

 ────────次に眼を覚ましたのは、何もかもが白い部屋だった。

 

 壁も、床も、わたしの周りにいたニンゲン達も。

 

 わたしが寝かされていた台すらも、全てが病的なまでに白かった。

 

 手枷と足枷を嵌められて、一切の身動きが封じられていたわたしは当然の如く泣き叫んだ。

 

 目が覚めたら見知らぬ場所にいて、たくさんの知らない人達に囲まれて拘束されている。

 

 それは、恐怖以外の何物でもなかった。

 

 けれど、周りのニンゲン達はわたしが泣き叫んでいるのにそれを気にする様子すらなくて。

 

 わたしの事を女の子とは、否。

 

 人間としてすら、扱っていなかった。

 

 奴等はわたしを見ながら、ワケの分からない事を言い続けていた。

 

 喜怒も、哀楽も何もかもが欠けたような。

 

 まるで、機械か能面か何かのような表情で、抑揚のない言葉を喋り続けるヒト達は同じ人間だとはとても思えなくて怖かった。

 

 でも、本当に嫌だったのはそこから。

 

 両親が死んだあの日ですら、地獄の入り口に過ぎなかったのだとわたしは思い知らされた。

 

 そいつらは、わたしの左目を抉った。

 

 麻酔すらかけず、鋭利な器具を無造作に突き刺してわたしの目玉を抉り取った。

 

 激痛と恐怖で泣き叫んだわたしには眼もくれず、彼等は抉り取った眼球の方がこちらよりも大事だと言わんばかりの態度で別の台に運ぶと、機器を操作して一心不乱に何かを作り続けていた。

 

 わたしは、とても怖かった。

 

 人間扱いどころか、奴等にとってわたしは奴隷ですらない。

 

 ただ、都合の良い()()

 

 それ以上でも以下でもないのだと、その後の体験で思い知る事になったのだから。

 

 数日後、奴等はわたしの抉り取った左目の代わりに義眼を押し込んで来た。

 

 既に泣き疲れ、何もかもがどうでも良くなっていたわたしは青く輝く義眼を押し込まれる時ですら何処か他人事のように見ていた。

 

 けれど、本当の地獄は此処からだった。

 

 義眼を押し込まれたその時から、わたしの身体はわたしの意思では動かせなくなった。

 

 正確には、わたしの意思を無視して勝手に動かされるようになった。

 

 自分の意識はあるのに、身体はそんなものは関係ないとばかりに奴等の指示通りに動いていく。

 

 拘束台から外されてもあいつ等の言う事にそのまま従うだけで、わたしの思うように動いてはくれなかった。

 

 自分の身体が、自分じゃないナニカに無理やり動かされているのをただ見ているしかない。

 

 それは、恐怖だった。

 

 身体が動かないだけではなく、他人の意図で好き勝手に動かされる。

 

 やりたくもない事を、他人の都合で好き放題にやらされる。

 

 それは、これまで感じたどんな恐怖よりも恐怖だった。

 

 奴等がわたしにやらせたのは、概ね「戦闘試験」と題した模擬戦闘だった。

 

 恐らくはこちらと同じく何処かから攫われて来たであろう子供達を相手に、わたしは一切が自分の思う通りにならない身体を勝手に動かされて戦わされていた。

 

 戦闘になるとわたしの身体は生身から別の何かに替わっていたようだったけれど、痛覚はそのままだった。

 

 戦闘で受けた傷は痛いし、ダメージを無視して無理やりに身体を動かされるから痛みはどんどん蓄積する。

 

 わたしは激痛で悶え苦しみながら、一刻も早くこの地獄が終わる事を願うしかなかった。

 

 だから、鈎爪と化したわたしの腕が相手の子の胸を抉った時も、何処か現実感がなかった。

 

 それから倒れて動かなくなった相手の子を見て、自分が何をしたのかを悟り絶叫しようとした。

 

 でも、出来なかった。

 

 わたしには既に、自分の声すら自分の意思で出す事が出来なかったから。

 

 だから、わたしが胸を抉った子が別のナニカに変わって戦闘試験の相手として現れた時も、驚くよりもまず諦観が先に来た。

 

 両腕が蟷螂のような鋭利な刃に置き換えられたその子は、右目の代わりに昆虫のような複眼じみた義眼を埋め込まれ、意思の感じられない瞳でこちらを見ていた。

 

 その子の攻撃を受けて脇腹が抉れた時も、カウンターで首を斬り飛ばした時も、現実感のなさからかもう何も感じる事はなかった。

 

 多分、わたしの精神はもう限界を迎えていたんだろう。

 

 全ての痛みは鈍化し、現実がそうであると認識出来なくなっていた。

 

 生理が来るようになってから戦闘試験の結果が振るわなくなって傷を受ける回数が増えた時も、妙な注射を打たれてから月のものが来なくなった時でも。

 

 わたしは何処か、他人事のように自分の現状を傍観していた。

 

 自分の身体は自分の意思で動かせず、痛みと苦しみしかない日々を眺めているしかない。

 

 それはどんな地獄よりも、地獄の日々と言えた。

 

 きっと、心を殺していなければとっくの昔にわたしは発狂していただろう。

 

 もしくは、狂うような情動すら残っていなかったのかもしれない。

 

 でも、そんな日々は唐突に終わりを迎えた。

 

 「資材保管庫」と書かれた部屋で転がされていたわたしは、突然やって来た白いニンゲン達によってポッドに押し込まれ、星から放逐された。

 

 そう、()だ。

 

 わたしがいたのは、外国どころか地球ですらなかった。

 

 近界(ネイバーフッド)

 

 後から名を知る事になるその世界の中、ククロセアトロと呼ばれる星がわたしがいた地獄の名前だった。

 

 ポッドの中にいたわたしは薬液に包まれた瞬間意識が遠くなり、恐らくは眠り続けていた。

 

 どれだけ、眠ったまま彷徨っていたのかは分からない。

 

 わたしは、唐突に目醒めの時を迎えた。

 

 眠っている間に、わたしの記憶はその殆どが忘却されていた。

 

 だから、そこが何処なのかも、目の前にいる男の子が誰なのかも分からなかった。

 

 自分が誰なのかすら分からない混乱の中、その男の子は、賢はわたしに優しくしてくれた。

 

 右も左も分からない状態のわたしの話を親身になって聞いてくれて、何処までも寄り添おうとしてくれた。

 

 だから、顔を赤らめて努めてわたしの胸から必死に視線を外そうとしている姿も、何処か微笑ましく思った。

 

 それはあの地獄の日々の中では得られなかった人間らしい情動であり、記憶を失っていても尚凍り付いていたわたしの心は徐々に彼によって溶かされていった。

 

 だから、彼に連れられて行った大きな建物の中で医務室に入った途端、失った筈の記憶からフラッシュバックが起こり狂乱した時も、賢に手を握られた事で正気に戻る事が出来た。

 

 彼の手の温かさは、自分がちゃんと生きて此処にいると実感出来たから。

 

 賢の言葉が、わたしを気遣ってくれているのだと心の底から理解出来たから。

 

 わたしは、彼さえいればどんな場所でもへっちゃらだと思えた。

 

 その後のマンションでの共同生活も、不自由ではあったが毎日が楽しかった。

 

 青い春とはこういうものなのかと、わたしは柄にもなく思った程だ。

 

 でも、そんな日々も唐突に終わりを迎えた。

 

 賢が、わたしに黙って華と会っていた。

 

 その事がどうしても我慢出来なくて、わたしはみっともなく賢に詰め寄った。

 

 とにかく賢がわたしから離れるのが嫌で、その手を胸に押し付けてまで説得(きょうはく)した。

 

 自分が何をしているのか気付いた時には既に遅く、賢はとても申し訳なさそうな顔で多分謝罪か何かを口にしようとした。

 

 その時には既にわたしは我に返っていたから、謝罪を受け入れて元通りに戻る事も出来ただろう。

 

 でも、奴等の仕込んだ悪夢の種が芽吹いた所為で全てが台無しになった。

 

 わたしは再び自分の身体を自分では動かせなくなり、異形と化した肉体は勝手に動いて賢に襲い掛かった。

 

 その時、賢を助けてくれた風間さんには感謝している。

 

 結局、わたしの意思を無視して暴れたわたしの身体は、ボーダーの面々により鎮圧された。

 

 結果としてわたしはもう一度記憶を忘却する事になり、次に目覚めた時わたしは賢の事を忘れていた。

 

 でも、無意識の内に賢の事を心に刻んでいたんだろう。

 

 目が覚めたわたしは賢の姿を見て思わず泣いてしまい、優しく声をかけてくれた彼にもう一度ときめく事になった。

 

 記憶がなくとも、賢はわたしの事を甲斐甲斐しく世話してくれた。

 

 やがて行動制限が解かれ、葉子達と再会した時も賢がいてくれなければきっと取り乱して何を言っていたか分からなかっただろう。

 

 ボーダーの記憶処理でわたしが失った記憶は、四年前の大規模侵攻の日から警戒区域で暴れた時までのもの。

 

 侵攻が起こる前、つまり葉子達と遊んでいた記憶は残っていたけれど、それでも四年もの間の記憶を失っていたわたしにはそれが自分の記憶だと実感する事が出来なかった。

 

 だから素直に葉子達に寄り添う事が出来ず、もう一度彼女達と向き合う事が出来るようになるまで相当の時間をかけてしまった。

 

 最後には賢の後押しもあって葉子の部隊に入る事が出来て、とても嬉しかったし改めて彼に感謝した。

 

 嗚呼、矢張りわたしは賢がいなきゃ駄目なんだ。

 

 わたしは、強くそう思った。

 

 記憶を封鎖され、自分の自己証明(アイデンティティ)の維持すら危うかったわたしを繋ぎ留めてくれたのは間違いない彼なのだ。

 

 恋した男の子が傍に居続けてくれたから、わたしはわたしでいる事が出来た。

 

 こんな日々が、いつまでも続けば良いのに。

 

 わたしは本気で、そう願っていた。

 

 …………でも、忘れるべきじゃなかった。

 

 わたしが何かを願った時、それが叶った事は一度たりとも無かったって事を。

 

 現実は、時に空想よりよっぽど残酷なものなんだって事を。

 

 前兆は、あった。

 

 あの時、夜間の侵攻を防衛していた時に奇妙な蜘蛛の怪物に何かを撃ち込まれた時。

 

 一緒にいた葉子に心配をかけたくなかったが為に誤魔化したが、その時感じた不快感は尋常なものではなかった。

 

 自分の中に、得体の知れないナニカが流し込まれた。

 

 それがどうしようもなく気持ちが悪くて、帰ってからその時の感覚を思い出して思わず嘔吐してしまった。

 

 でも、葉子達に心配をかけたくなくて、敢えてその事を告げる事はなかった。

 

 賢は何かに気付いていたようで、わたしの為に裏で色々してくれているようだった。

 

 だからわたしは、心配はしていなかった。

 

 何かがあっても、きっと前みたいに賢がなんとかしてくれる。

 

 きっと、賢ハ────────

 

 ────────対象の意識濃度の向上を確認。意識封鎖の処理を開始します。

 

 止めて、わたしは────────/意識封鎖の処理を実行。対象の意識レベルの再低下を行います。

 

 わたしは、賢に────────/対象の抵抗を確認。意識封鎖の強度を増幅します。

 

 ────────/対象の意識レベル低下を確認。処理を続行します。

 

 意識レベル浮上が至天機巧(アポストロス)の運用に支障を来す可能性がある為、今後も同様の処理を実行。対象の意識濃度の調整を継続します。

 

 問題の処理を確認。戦闘継続に支障なし。至天機巧(アポストロス)の稼働実験を継続します。

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