香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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訪れる転機

 

「何をしに来た、迅。申し開きの用意でもあるのか?」

「いやあ、色々と説明が必要と思って来ただけですよ。色々と、ね」

 

 迅はそう言って、司令室に集まっていた上層部の面々を前に笑みを浮かべた。

 

 たった今、部屋に漂っていた緊迫感のある空気など意にも介さず。

 

 否。

 

 それを分かった上で、敢えておどけてみせた。

 

 これまで、この場では迅に味方した忍田が追及され、逆に強盗まがいの作戦行動を是とした城戸達に対し不服を宣言。

 

 それに真っ向から対抗する姿勢を見せた城戸との間に、殺伐とした空気が漂っていたのだ。

 

 穏健派とも言える忍田としては旧友の子供かもしれない遊真に対して狼藉を働くなど以ての外だし、それを自分の弟子である太刀川に命じた事にも思うところはある。

 

 太刀川はどうせ深くは考えていないだろうが、それでも弟子を可愛いと思う心は彼にもあるのだ。

 

 その弟子をこのような作戦に使われた事を思うと、心中穏やかである筈がない。

 

 とはいえ、城戸としてもそう追及されても簡単に頷く事は出来なかった。

 

 少なくとも、迅が何らかの落としどころを見せるまでは。

 

 この作戦は、終わってはならなかったのだから。

 

「単刀直入に言うよ。うちの遊真の、ボーダー入隊を認めて欲しい。代わりに、おれからはこれを出すよ」

 

 故に。

 

 迅が風刃をテーブルに置きながらそう発言した事に、城戸は眼を見開いた。

 

 彼が、何らかの落としどころを用意する事自体は予見していた。

 

 その可能性として遊真の本部移籍や今後の全面的な協力の確約、新たな予知の公開等も考えていた。

 

 しかし、迅はそういったものではなく風刃という鬼札を最初から切ってきた。

 

 可能性として考えなかったワケではないが、あれだけ風刃に執着していた彼が初手からそれを選んで来るとは予想の範疇になかったのだ。

 

「うちの後輩の入隊と引き換えに、風刃を本部に渡すよ。そっちにとっても、良い取引だと思うけど?」

 

 しかし、これ以上無い好条件である事は事実。

 

 根付も乗り気であり、忍田は迅の選択を尊重する様子だ。

 

 思うところは色々あるが、これ以上はこちらが何かを差し出さなくてはならなくなるだろう。

 

「良いだろう。取引成立だ。黒トリガー風刃と引き換えに、玉狛支部空閑遊真のボーダー入隊を正式に認める」

 

 城戸は多少の問答を行った上で、迅の提案を受諾した。

 

 一つの()()()()を提示したが、それも全会一致で採択となった。

 

 会議が終了し、迅が部屋から退室する。

 

 そして。

 

 これまで一言も喋らず、迅が入室してから彼を終始睨みつけていた鬼怒田は。

 

 城戸に一言断り、同じように部屋から出て行った。

 

 

 

 

「わしの言いたい事は分かっとるな?」

「うん、樹里ちゃんの事でしょ?」

「そうだ。おぬし、何を考えておる? あやつの微妙な立場については、お前も分かっとるじゃろうが…………っ!」

 

 鬼怒田は開発室に迅を呼び出し、彼を詰問していた。

 

 用件は、ただ一つ。

 

 何故、今回の戦闘に樹里を参加させたのか。

 

 それを、彼は問い質したかったのだ。

 

 彼女の微妙な立場については、迅も承知している筈。

 

 なのに何故、こんな危ない橋を渡る真似をしたのか。

 

 それだけは、確認しなければならなかった。

 

「ぶっちゃけると、嵐山隊の参戦を誘った時点で樹里ちゃんの介入はどう足掻いても避けられなかったんだ。下手に断ると勝手に参戦したり、直接太刀川さん達に喧嘩を売る危険もあった。かといって嵐山隊の協力がないと厳しかったし、これが一番マシな選択だったんだ」

「ぬぅ」

 

 しかし、そう言われてしまうと鬼怒田としても言葉に詰まる。

 

 樹里の佐鳥への執着具合は、彼も良く知っている。

 

 健診関連で関わる事が多いだけに、どれだけ彼女が佐鳥の事を気にしているのかは嫌という程分かっていた。

 

 その佐鳥が作戦に参加する以上、黙ってはいられないだろう事は容易に推測出来た。

 

「樹里ちゃんはどうやら、遊真がバムスターを倒した場面を自分の部屋から見ていたみたいでね。その時点で、介入を避けられる未来は軒並み消えていたんだ。ホント、彼女の視力が仇になるとは計算外にも程があったよ」

「…………そういう事か。成る程、つくづく間が悪かったようだの」

 

 樹里の強化視覚(しりょく)による情報収集能力の高さは識っていたが、まさかそれが原因で今回の事に繋がるとは彼の言う通り想定外にも程があった。

 

 遊真という近界民(ネイバー)の存在を知ってしまった以上、それに関連した作戦に佐鳥が参加するという事を彼女が知るのは時間の問題だったに違いない。

 

 そう考えると、迅だけを責めるのは流石に酷というものだ。

 

「すみません。一応、なるだけ裏方に徹させて追及を緩めるよう手配はしたんですが」

「いや、お前の味方をすると言ったのはわしじゃ。幸い、木岐坂へのペナルティは例の交換条件だけで済んだ。これ以上を求めるのは酷じゃろう」

 

 じゃが、と鬼怒田は続ける。

 

「おぬしは、城戸司令があの交換条件を出す事を予見────────────────いや、()()しておったのではないか? 意図的ではないにしろ、それを利用したのは事実じゃろう?」

「…………ええ、そうですね。確かに、そういう思惑もありました。最初からそのつもりだった、ってワケじゃないけど、利用出来るものは利用する性分なもので」

「ふん、まあええわい。最初から全部計画づくだったと言っとったら説教の一つでもしてやるつもりじゃったが、そういう事なら仕方ないわい。木岐坂の顔に免じて、不問にしといてやる」

 

 鬼怒田はため息を吐き、迅は苦笑を漏らす。

 

 彼の樹里へ向ける親子のような愛情の深さは知っているつもりだったが、それを改めて目の当たりにして色々思うところがあるのだろう。

 

 鬼怒田もそんな自分の思惑が見透かされた事を察し、知らず目を逸らしている。

 

 妻と離婚し子供共々三門市から離れさせた彼が、家族愛に飢えているのは容易に推察出来たに違いない。

 

 愛故に大切なものを遠ざけた彼からしてみれば、樹里は子供とは言わずとも孫娘のような感覚で見ていた事は否めない。

 

 その彼女の立場が危うくなるやもと思い、心穏やかでなかったのだ。

 

 そういった機微は迅もしっかり理解している為、鬼怒田には頭が上がらない。

 

 迅はその立場上あまり直接樹里に介入出来ず、表立って彼女を支援出来る鬼怒田には感謝しているのだ。

 

 佐鳥は過去の一件で迅に対し負い目を抱いて協力的になってくれているが、そもそも()()は佐鳥への配慮を怠った自分の責任であると迅は考えている。

 

 そういう意味でも、何の憂いもなく二人をバックアップ出来る鬼怒田の存在は大きい。

 

 鬼怒田は普段から偽悪的な言動をしているが、その実情に厚く人情家である事は親しい人間なら誰でも知っている。

 

 だからこそ彼を慕う人間は多く、その人間性には疑いどころがない。

 

 数少ない樹里の事情を知る一人でもあるし、迅としては尊重しない理由がないのだ。

 

「それで、結局空閑からは例の国についての情報は聞き出せんかったのか?」

「一つ、興味深い話は聞けました。こちらの詳しい事情まではまだ話していませんが、例の国の特徴について話して暫くしてから、噂で聞いた事がある国が条件に該当するかもしれないと報告がありました」

「…………! 本当か」

 

 ええ、と迅は頷く。

 

「彼自身は行った事が無い国のようですが、風の噂で聞いたらしいです。()()()()()()()()()()()()()()()()()が、その特徴に合致すると」

 

 なに、と目を見開く鬼怒田に対し、迅もまた目を細めた。

 

 その瞳に、複雑な感情を宿しながら。

 

 彼は、告げた。

 

「その国の名は、機人国家ククロセアトロ。滅ぼしたのは、アフトクラトルという軍事国家らしいです」

 

 

 

 

「でも、なんで迅さんはあんな事聞いたんだろ? 分かるか、レプリカ?」

『あれ以上の詳細な理由までは語られなかった為に、明言は出来ない。しかし、彼の国が良い噂を一つも聞かない事を考えれば幾つか候補は考えられるな』

 

 玉狛支部、屋上。

 

 そこでは、遊真が先日の迅との会話を思い出してレプリカと話をしていた。

 

 迅は遊真に対し幾つか特徴を話し、そういった国に心当たりが無いか聞いて来た。

 

 遊真自身は最初はピンとは来なかったのだが、レプリカの助言によって一つの噂を思い出したのだ。

 

 曰く、軍事国家アフトクラトルに攻め込まれて滅びた国がある、と。

 

 その話をされた時点で、遊真が過去に雄吾がその国について語っていた事を思い出したのだ。

 

 近界民に偏見のない父親が珍しく眉を顰めながら話をしていた国だったので、印象に残っていたのだ。

 

 国の名前を聞いたのはそれきりだったので忘れていたのだが、レプリカに水を向けられて思い出す程度には、彼の記憶に残っていたというワケだ。

 

「でも、どういう理由だろう? あの国に攫われた人間でもいるのかな?」

『だとしても、最早生存は絶望的だろうな。国が戦争で滅んだ以上、拉致された人間は真っ先に使い潰されている筈だ。話に聞いた通りの国であれば、碌な扱いをされなかっただろうからな』

「まあ、自分の懐が痛まない人員は真っ先に捨て駒にされるよな。親父があそこまで嫌悪していた国だし、期待するだけ無駄ってやつか」

 

 傭兵らしいドライな価値観で、遊真はそう告げる。

 

 近界に攫われた人間は、基本的に人間扱いされない。

 

 千佳にはオブラートに包んで話したものの、そもそも拉致を実行した時点で相手の人権など認めていないも同然である。

 

 そも、近界民が玄界の人間を攫うのは戦力として、そして使い捨ての利く駒として利用する為だ。

 

 トリガーに全ての資源を頼っている近界国家は、玄界のような自然の資源というものがない。

 

 あらゆる資源にはトリオンというエネルギー源が必須であり、必然的にその資源を戦争で奪おうとする国家は多い。

 

 そして玄界は、他の近界国家と比べて「略奪しても自国が攻め込まれる危険のない安全な狩場」として認識されている。

 

 近年は事情が異なるが、少なくとも数年前まではその認識は近界共通だった。

 

 故に、人的資源として拉致した人間は、基本的に生きた()()として運用される。

 

 千佳に語ったようにトリオンの高い人間であれば重用される可能性もないでもないが、そこまでトリオンが高い人間というのは稀だ。

 

 基本的に捨て駒が拉致された人間の最も多い末路であり、大抵は自国の戦力を温存する為に使い潰されるのが常だ。

 

 わざわざ特徴を挙げて国の事を聞いて来た以上、その国に攫われた人間がいるという可能性は高いと言えた。

 

 どうやらそういった近界の事情も迅は知っているようだったので、敢えてその事は話題に挙げなかったが。

 

 彼ならば言外に自分が告げた内容など、既に理解している筈だろう。

 

 そう思えるくらいには、遊真は既に迅に対し信頼を置いていた。

 

 彼の言葉には、嘘が一つもなかったのだから。

 

『もしかすると、いや────────』

「なんだレプリカ、気になる事でもあるのか?」

『いや、確たる証拠があるワケでもない。それに、私が勝手に口にすべき事でもないだろう』

 

 そっか、と遊真は多少の疑問を抱きながらも相槌を打った。

 

 相棒がこう言っている以上、無理に聞こうとしても無駄だろう。

 

 しつこく聞けば教えて貰えるかもしれないが、それをするだけの理由が今の彼にはない。

 

 近界民とその従者は様々な思惑を他所に、宙に輝く月の光を見上げながら夜の三門を満喫していた。

 

 

 

 

「来たか、迅」

「よう、遅かったな」

「風間さん、太刀川さん」

 

 一方、迅は休憩所で待っていた太刀川達の下を訪れていた。

 

 自販機で購入したコーヒーを飲んで待っていた二人は、迅の姿を前に目を細めた。

 

「聞いたぜ。風刃を本部に渡したんだってな」

「その代価として、例の近界民を入隊させたともな。それだけの価値が、そいつにあるとでも言うのか?」

「ま、細かい説明は省くけど答えはイエスかな。彼の存在は、今後のボーダーにとってなくてはならないものになる。それだけは、断言出来るよ」

 

 それに、と迅は続ける。

 

「あいつは、中々にキツイ道程を歩んで来たみたいでね。旧ボーダーの一員(おれ)としちゃ、辛い目に遭った分これからは此処で生き甲斐を見付けて欲しいって気持ちもある。おれが太刀川さんとバチバチやり合ってた頃と同じように、熱中出来る事があるってのは幸せな事だからさ」

「…………そうか…………」

 

 迅のその言葉に、風間はなんとも言えない表情をする。

 

 彼の背景は、その背に負う重みは。

 

 風間とて、識っている。

 

 その彼にこう言われては、これ以上は追及出来ない。

 

「それよりもおまえ、俺とまた戦えるとかいう話はどうなったんだよ?」

 

 だが、空気を読まずに自分の事情を優先出来るのが太刀川という男である。

 

 否、敢えて空気を読もうとしなかった、とでも言おうか。

 

 彼は暗くなった雰囲気を払拭する意味も込めて、無神経な質問を投げかけたのだ。

 

 無論、問うてもそれは認めないだろうが。

 

 太刀川は、そういう男である。

 

「聞いた通り、風刃を手放したからね。これからはA級隊員として、ランク戦にも復帰するよ。だから、前のように普通にやり合えるさ」

「…………! そうか、そういう事か。楽しくなってきたな、風間さん」

「それはお前だけだ。まったく」

 

 風間はそう言って呆れながらも、そういえば、と迅に問いを投げかけた。

 

「木岐坂に対する処分は、どうなった? まさか、何もお咎めなしというワケでもあるまい」

「ああ、それなら軽い交換条件で済んだよ。とは言っても、軽いかどうかは彼女本人が決める事ではあるけどね」

 

 迅はそう言って、その()()()()を口にする。

 

 彼にとっては、予想内の。

 

 一つの、転機となるそれを。

 

「二週間以内に、()()()()()()()()()()()()()事。それが、城戸さんが出した交換条件だよ」

 

 そう言って。

 

 迅は二人に、意味深な笑みを浮かべてみせた。

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