「…………!」
「お、あのデケェ柱をぶっ壊したか。やるじゃねぇか」
柱の倒壊は、遠く離れた防衛陣地からも見えていた。
何せ、柱の高さは数百メートルに上っていた。
数キロメートル離れたこの場所からでも、視認は容易だ。
だからこそ、その倒壊は目視でこちらも確認出来た。
二宮は眼を見開き、影浦は笑っている。
今の柱の破壊が、こちらに有利な結果となるのは一目で分かったからだ。
「確か、話によればあの柱がシールドを発生させてたんだよね。だったら、それが破壊された今────────」
「────────そのシールドがなくなって、攻撃が通る、って事ですよね」
ユズルと千佳の二人の推測通り、あの柱こそが風間達の攻撃を阻んでいた最大の壁であった。
それが破壊されたのであれば、敵を護るシールドは消滅する。
何にせよ、吉報には違いなかった。
「…………油断するな。まだ、シールドを破壊しただけだ。敵本体は未だ、無傷である事を忘れるな」
「わ、分かったよ」
「そ、そうですね」
しかし、二宮の表情は険しいままだ。
確かに、彼の言う通り障壁は破壊したとはいえ敵の本体である
状況は好転したというよりも、最初の状態に戻ったと言うべきだろう。
また、多少状況が良くなった程度で気を抜いて貰っては困るという事情もある。
ユズルや千佳は、まだ経験が浅い。
一時期はA級部隊として鎬を削っていたユズルであっても、まだ中学生。
どうしても経験の浅さから来る視点の漏れはある為、こうして釘を刺したというワケだ。
普段はクールを気取ってはいるが、ユズルの実態は思春期の子供そのもの。
こうして警戒を促すのも、必要な事なのだ。
「雨取は引き続き、敵の足元を撃ち抜いて足止めに徹しろ。影浦、状況が変わった事でこちらを狙って来るかもしれん。何かを感じたらすぐに報告しろ」
「りょ、了解」
「了解だ」
二宮の指示を受け、千佳は再び
地面にクレーターが空き、怪物の脚が沈降する。
先程から同様の作戦を実行しているが、敵が動きを変える事はなかった。
ただひたすら、愚直に前に進んでいる。
足元狙いの弾にシールドを張る事も、方向転換をする事もしない。
脚が地面に沈む度、多少の時間をかけてでも這い上がり次の一歩を進める。
だが、現状それが最も効果的なのは事実だった。
(確かに、進行を遅らせる事は出来ている。だが、遅らせるだけで停止出来てはいない。着実に、こちらに迫っている)
足止めは、出来ている。
だが、あくまでもその効果は進行を遅らせるだけに留まっている。
何せ、敵が巨大過ぎるのだ。
直径数百メートルにも及ぶその巨体は、たとえクレーターに足を取られたとしても時間さえかければ復帰する事が出来る。
巨体を支える脚力そのものも尋常なものではないらしく、多少の事では揺るぎもしない。
そして、そのサイズ故に一歩一歩でかなりの距離を稼がれてしまう。
動きそのものは鈍重なれど、一歩の歩幅が違うのだ。
一歩進むごとに数百メートルを移動するようなもので、事実上その距離を一瞬で駆け抜けているのと大差はない。
千佳による足止めは、その歩みをやや遅れさせる程度の効果しか出ていなかった。
(せめてシールドを張らせる事が出来れば敵のリソースを削れると思ったが、それもなしか。今の手札では、出来る事に限りがある。あそこまで有効な攻撃を届かせる事の出来る者が、俺と雨取しかいないのではな)
また、敵が行動パターンを変えてシールドを使って来るのであればそれでも構わなかった。
氷見の分析によるとあのシールドはかなりのトリオンを消費するようで。敵としても連続で使いたいような代物ではないらしい。
ならばそのシールドの使用を強要する事で敵のリソースを削り、少しでも風間達の助けになればと思っていたがそうもいかない様子だった。
(絵馬の狙撃も届くには届くが、あの巨体相手にただの狙撃では意味が無い。せめて生駒のような遠距離まで届く威力の高い攻撃手段の持ち主がいれば話も違ったが、そんなものはない。今ある手札で、最善の選択を尽くす他はない)
狙撃であればあの距離でも当てられはするが、並のトリオンしか持たないユズルの攻撃では蚊に刺された程度のダメージにもなりはしない。
あの巨体に致命打を与えるには、分厚い装甲を射抜くだけの火力が必要だ。
この場でそれを持ち得るのは千佳と自分のみであり、他の者達は殆どが近距離から中距離が専門だ。
40メートルという射程を持ち尚且つ旋空の名手である生駒がいれば話は違ったが、今はないものねだりをしている余裕はない。
現状持ち得る手札で、やれる事をやっていくしかないのである。
(こちらに出来るのは、時間稼ぎが精々。だが、それを続けるしか道はない。厳しいが、やってやれない事は無い筈だ。風間さん達が本丸をどうにかするまで、この場を保たせる事が俺の仕事だ。なら、出来る事をなんであろうとやるだけだ)
二宮はすっ、と視線を遥か彼方に聳える女神像に向ける。
柱が倒壊し、護りを失った
(…………シールドがなくなって、行動パターンに変化が出ない筈がない。此処から何をして来るか、注意が必要だな)
『
女神像、その胸部クリスタル。
その中から、機械音声が響き渡る。
今やこの星の頭脳となった人工知能は、現状を鑑みて次の判断を終えていた。
『
ギョロリと、女神像の単眼が蠢く。
その瞳には風間達、及び遠く離れた防衛陣地にいる者達が映し出されていた。
『攻撃再開』
『■■■■────────!』
「…………! 来るぞっ!」
女神像が嘶いた次の瞬間、その両手にキューブが展開されたのを風間は見逃さなかった。
既に柱は崩壊し、敵を護る障壁は存在しない。
だがそれは、敵の無力化を意味しない。
今成し得たのは、あくまでも敵の防御機構の破壊のみ。
敵本体は、未だ無傷。
戦闘は、継続しているのだから。
二つのキューブが分裂し、一斉に弾丸の雨が降り注ぐ。
今回の攻撃は、合成弾に依るものではない。
シールドがなくなった今、悠長に合成弾を作っている暇は無いと判断したのだろう。
加えて、障壁が消失した事で敵は上空を経由してこちらに弾を落とす必要がなくなった。
つまり、最短距離でこちらに弾を撃ち込む事が出来るようになったのである。
女神像が座している玉座は階段状になっている為、本体の所まで登る事は出来る。
だが、その全高は2、300メートルは存在する。
如何にトリオン体の脚力といえど、一息で駆け抜けられる距離ではない。
されど、逆に言えばそれだけの距離でしかない。
上から弾幕を降らせるだけならば、先程までよりも断然に着弾までの時間が短くなっている。
また、敵は弾速を明らかに上げている。
射程を伸ばす必要がなくなった分、威力や弾速にトリオンを注ぎ込んでいると見て間違いない。
要するにそれだけ、迎撃は困難になったという事だ。
「
「
しかし、困難になった程度で終わる精鋭達ではない。
既に合流を果たしていた
遊真は黒い弾丸を、ヒュースは黒い鏃を射出。
前者は弾数で強引に、ヒュースは精密な動作で精確に。
敵の弾を、次々に叩き落としてみせた。
「────────!」
それでも撃ち漏らした弾は、レイジのガトリングと小南のメテオラで処理。
敵の攻撃の第一波は、こちらに被害を出す事なく凌ぎ切った。
『■■■』
無論、敵の攻勢がこれで終わる筈もない。
女神像の膨らんだ下腹部に生えた、無数の触腕。
それが伸び、一斉にこちらに向かって振り下ろされた。
先の蜘蛛脚程のサイズではないとはいえ、充分に巨大なそれが叩き付けられればまず無事では済まない。
先端は鋭利な鏃状になっており、まともに受ければまず助からないだろう。
「避けろっ!」
されど、フェイントもなく真っ直ぐこちらを狙って来る程度の攻撃であれば回避は造作もない。
触腕に狙われた風間達は、機敏な動きで横に跳躍しそれを回避。
機動力は並とはいえ決して鈍重なワケではないレイジも、問題なく触腕を避けていた。
まだ、女神像本体とは距離があったという事情もある。
敵の第二撃は、こうして凌ぎ切る事が出来た。
「…………! 下っ!」
だが、攻撃は終わってはいなかった。
菊地原の叫びを受け、全員がその場から跳躍。
次の瞬間、風間達のいた場所から無数の刃が出現した。
それは、かつて眼にした鉄杭の攻撃ではない。
紫色に濁ってはいるが、その形状には覚えがあった。
「
「…………そういえば、樹里ちゃん最終戦でセットしてたもんね。使って来るのは、当たり前か」
スコーピオン。
風間や香取が用いる、近距離専用のブレードトリガー。
これは、それを模したものに違い無い。
最終戦で、樹里は確かにスコーピオンを装備していた。
奇襲を仕掛けて来た修をこのトリガーで迎撃した事は、記憶に新しい。
敵はそのスコーピオンさえも、模倣して使用して来た。
これは、それなりに大きい意味を持つ。
(あの鉄杭に依る攻撃ならばこの距離、そして見るからに重要そうな台座では使用が難しいと踏んでいたが、スコーピオンならば過度に破壊を齎す事はない。菊地原がいなければ、危なかったな)
スコーピオンに依る派生技術の一つ、
これは壁の中に刃を穿孔させ、敵を不意打ちする為の技巧だ。
使用中持ち主はその場から動けなくなるという致命的なデメリットがあるものの、地面の下という死角から攻撃出来るというメリットは無視出来ない。
加えて、敵は元々この玉座に固定されているので、デメリットはあって無いようなものだ。
内部を刃が穿孔する音を聴き取る事の出来る菊地原がいなければ、今の一撃で誰かが削られたとしてもおかしくはなかった。
先頭を進んでいた風間は既に台座に足をかけられる場所まで来ていたが、その台座から攻撃が飛んで来るのは少々予想外ではあった。
そういう意味でも、菊地原のいる意味は大きい。
伊達に、風間隊を
少なくとも、その自負に見合うだけの能力は持ち合わせている。
だからこそ、風間は自ら彼をスカウトしたのだから。
「…………! あれは…………っ!」
だが、次の敵の行動には風間も眼を見開かざるを得なかった。
女神像の頭上に、巨大なリングが形成される。
それも、一つではない。
空高くに形成された巨大なリングに追従するように、三つの中規模の天輪が出現していた。
「熱線が来るぞっ!」
その意味するところを、風間が分からない筈がない。
紫紺の雷は収束し、三つの天輪の内部に莫大なエネルギーが集まっていく。
射撃と触腕による攻撃、そしてスコーピオンに依る奇襲。
それらは全て、この攻撃を行う為の布石。
即ち、防御不能の熱線で全てを薙ぎ払う。
それこそが、敵の狙い。
『■■■■』
熱線が、照射された。
されど、その行き先だけは誰も予想出来なかった。
天空。
三つのリングの内部で収束したエネルギーは、真上の巨大なリングに向かって放たれた。
そして。
正しくは、拡散した。
天輪を通過し曲射を描いた熱線は、四方八方に斉射された。
その到来を予見していた風間達は、何とか全員が回避に成功。
天より降り注ぐ裁きの光を、間一髪で躱し切った。
「…………! いかんっ!」
だが、一手読み逃がした。
照射された、熱線の雨。
その内の一つは、風間達を狙ったものではなかった。
標的は、防衛陣地。
数キロ以上は離れた、二宮達が守る場所。
無慈悲な熱線は凄まじいスピードで直進し、防衛陣地に降り注いだ。