「二宮っ!」
「…………!」
その光景は、防衛陣地からも視認出来ていた。
天より降り注ぐ、眩い熱線。
無慈悲なる白光が、二宮達の下へ迫っていた。
「回避しろっ! 防御は考えるなっ!」
影浦の警告を受けるまでもなく状況を理解した二宮は即座に指示を出し、自身は千佳を小脇に抱え跳躍。
「わっ」と驚く千佳と何か言いたげだが非常事態故に仕方ないと割り切りつつ回避行動を取るユズルを一瞥しつつ、防衛陣地であるエスクードの上から飛び降りた。
指示を受けた隊員達も、速やかにその場から退避していく。
直後。
光が、周囲を席捲した。
白の熱線が防衛陣地に着弾し、一瞬で大地を消失させた。
正しくは、そうとしか思えない結果だけを残した。
光が収まった後、現れたのは赤黒く赤熱した巨大な「穴」だった。
見るからに高温と分かるぐつぐつと煮立った表面を覗かせ、まるでそれは火山の火口のよう。
防衛陣地のあった場所は、たったの一撃でヒトの生存を許さない地獄へと変貌していた。
無論、エスクードなど跡形も残っていない。
堅牢な強度を誇る
二宮や指示に従った隊員達の判断が一瞬でも遅れていれば、ひとたまりもなかったろう。
「ウソだろ。一瞬で、こんな…………」
「こりゃあ、不味いかもね」
その光景を見た若村は息を呑み、彼を引っ張って脱出していた犬飼も顔を顰めていた。
何せ、話だけは聞いていた熱線が此処まで届いたばかりか、閉口するしかない破壊痕を見せつけたのだ。
この意味を理解出来ない程、彼は鈍くはなかった。
「影浦、お前が殺気を感知したタイミングはどこだ?」
「…………発射される直前も直前、だな。あのでっけぇ輪をレーザーが通り抜けるかどうかってトコだ」
成る程、と二宮は頷きつつ顔を顰めさせた。
今の影浦の言葉の意味を、すぐさま思案する。
(そんなタイミングであるという事は、あの熱線は天空の巨大なリングをレーザーが通過する瞬間まで標的の設定変更が可能である、という事だ。つまり、土壇場の思い付きであろうと標的を変える事も出来るという事になる。影浦に依る警戒に頼るのも、限度があるな)
影浦の言葉通りなら、敵がこちらを狙うと決めたタイミングはレーザーが天輪を通過する直前。
つまり、あの熱線はリングを通り抜けるその瞬間まで自由に標的の再設定が可能である事を意味している。
要するに、影浦の
熱戦の速度を考えれば、悠長に対策をしている時間は無い。
今回のように即座に判断を下さなければ、為す術なくレーザーに焼き尽くされるだろう。
「え、えっと、二宮さん。どうしますか? エスクード、もう一度出しますか?」
「いや、それは止めた方が良いな。再度エスクードを展開すれば、敵がこちらを狙う優先順位を再び上げかねない。無駄に時間とトリオンを消費するばかりか、逆効果だ」
千佳の質問に対し、二宮は努めて丁寧に答える。
今言ったように、仮に再度エスクードを展開すれば敵がこの場を狙う優先順位を上げかねないリスクがあるのだ。
影浦が言うには、敵がこの防衛陣地を狙うと判断したのはレーザーの発射直前。
つまり、そのようなタイミングまでこの場を狙う事を決めていなかった程度には、相手が防衛陣地を狙う優先順位は高くはなかったのだ。
無論、それは今も尚侵攻を続けている
あの怪物が健在である限り、二宮達に許されているのは時間稼ぎを主とする遅滞戦術だけだ。
よって敵からすればこの防衛陣地は、時間さえかければ攻略可能な障害程度の価値しかない。
だからこそ、熱線でこの場を狙うと決めたタイミングが直前であったと考えるべきだ。
あの熱線の主目的は、恐らくは近付いて来た風間達の排除だろう。
こちらは、そのついでで狙われたに過ぎない。
故に、エスクードの再設置という手段を取れば再び敵がこの防衛陣地を狙うリスクを高める結果に繋がる。
そういった理由で、千佳の進言を採用するワケにはいかなかったのだ。
「ですが、二宮さん。そうなるとあの捕食型の奇襲を防ぐ難易度が上がってしまいますが…………」
「警戒を高める他は無いな。どう考えても捕食型の奇襲への対処より、熱線への警戒の方が優先順位は上だ。割り切る他はない」
しかしそうなると、修の言う通り地下を穿孔して来る捕食型トリオン兵の奇襲への対処が難しくなる。
これまではエスクードとスパイダーの二重の防衛網で対策していたが、それらは纏めて今の熱線で焼き払われてしまった。
だが、エスクードの再設置は熱線に狙われるリスクを上げてしまう以上、行うワケにはいかない。
警戒を高める他、道はなかった。
「全員、可能な限り密集しろ。捕食型がいつ跳び出して来ても良いように、地面への警戒を怠るな」
よって、二宮は全員に一ヵ所に集まるよう指示を下した。
この場には千佳や修のように、経験不足故に奇襲への対処が拙い隊員がいる。
だからこそ、こうして彼等を庇える陣形を取る必要があった。
既にスパイダーを張る意味も少ない以上、隊員同士が距離を取るメリットはあまりない。
固まっている所を狙い撃ちされるリスクはあるが、元々あの熱線の範囲は防衛陣地をまるごと焼き尽くせるレベルで長大だ。
よってそんな危険性は誤差のレベルであり、つまりあってもなくても関係がない。
それよりは、止むを得ず放棄したエスクード陣地の代わりに穿孔による奇襲を防ぐ方法を取る方が余程効率的だろう。
防衛の要である千佳だけは、何が何でも護り抜かなければならないのだから。
彼女がいなければ、あの巨体を押し留めるだけの穴をくり抜くのは難しい。
規格外のトリオンを持つ千佳だからこそ、あのような力技での妨害が成立しているのだ。
二宮もやってやれない事はないが、どうしても出力の面では彼女に劣る。
常識の範囲内であれば二宮は充分なトリオン強者だが、千佳のトリオン量は文字通りの埒外。
その出力差は考えるまでもなく、単純な威力で言えば千佳の圧勝となる。
よって、彼女を欠けば今の方法での足止めは難しくなる。
そう考えての、判断であった。
「────────こちらの状況は以上です。風間さんは、そちらに集中して下さい」
「了解した。何か変化があれば通達を頼む」
風間は二宮からの通信を受け、迫り来る弾丸の雨が遊真とヒュースの二人の攻撃で撃墜されているのを眺めながら思案する。
周囲には熱線の照射によって形成された穴が点在しており、その威力を物語っている。
今の所全員が無事だが、あまりよろしくない状況なのは見て取れた。
防衛陣地の事は気になるが、此処から何かが出来るワケでもない。
二宮の言う通り、こちらはこちらでやる他無いだろう。
(陣地が焼かれたか。人的被害は出なかったようだが、向こうの状況も楽観は出来ん。可能であれば速やかにこちらを処理してしまいたいが、そうもいかないようだ)
風間は顔を上げ、女神像を見上げる。
止むを得ず距離を取った
(あの熱線自体は、敵に近付けば誤爆を誘発させる事が出来る。だが、そうなるとあの触手による攻撃とスコーピオンによる奇襲がある。迂闊に近付くのは自殺行為だ)
たった今放たれた熱線は確かに脅威だが、遠く離れた場所にいる二宮と異なり風間達には敵本体に接近し熱線の誤爆を誘発するという手段が取れる。
問題は、そうなるとあの触手による攻撃とスコーピオンによる奇襲がある事だ。
触腕による攻撃は極論回避に集中すれば良いが、スコーピオンによる奇襲は菊地原の警戒網がなければ察知が困難だ。
同じ回避を続ければ敵が菊地原を狙う優先順位を上げてしまうリスクがあり、如何に彼が優秀とはいえ万が一が有り得る以上判断は慎重にならざるを得なかった。
(とはいえ、離れていれば射撃や熱線で狙われるだけだ。そう考えれば、接近した方が得るものは多い。リスクがあれど、やらざるを得ないな)
しかし、かといって離れて戦ったところでジリ貧になる。
射撃と熱線という二重の脅威がある以上、距離を離しての戦いは得策ではない。
そもそも、近付かなければ敵を倒す事は出来ない。
確かに遊真やヒュースには強力な遠距離攻撃手段はあるが、それでもあの巨体を中距離戦で仕留められるかと言われれば微妙なところだ。
いくら黒トリガーとはいえ、遊真に単体で突っ込めと言える程風間は考え無しではない。
遊真の黒トリガーはその手札の多さと汎用性こそが最大の武器であり、アフトクラトルが使って来た
確かに
反撃はしっかりと喰らうし、防御に使える
如何に黒トリガーの出力とはいえ、あんな馬鹿げた威力の攻撃を防げると思う程風間は楽観していない。
オペレーターが計測した熱線のエネルギー量を鑑みれば、防げない前提で考えた方が良いだろう。
(熱線は、防御出来ると考えない方が良い。回避を徹底すべきだ)
敵の射撃を跳ね返したヒュースの磁力壁も、あの熱線の前では無力だ。
あれは消費を度外視し、トリオンを直接熱線に変えて照射する事で範囲内の全てを文字通りに焼き尽くすという攻撃であり通常のトリオンの弾頭とはそもそも仕組みが違う。
剥き出しのトリオンを熱そのものに変換し、そもまま放射するというあまりにも効率を無視した武装である。
そのトリオン消費量は、オペレーターの計算に依れば通常の弾丸の数百倍。
潤沢なトリオンの供給源がなければ、そもそも一発撃つ事すら難しい代物だ。
(少なくとも、連発は出来ないようだな。或いは、砲身の冷却が必要なのかもしれん)
今のところ、熱線の第二射が放たれる様子はない。
トリオン消費が激し過ぎて濫用出来ないのかもしれないが、そもそも構造上連射が出来ないと考えた方が良いのかもしれない。
敵がトリオンの浪費を嫌うようなタイプではない事は、これまでの経験により予測出来ている。
撃てるのならば連射する筈であるし、それがない以上連射が出来ない構造になっていると考えた方が良いだろう。
今の所は
最低限、そう考えて動いた方が良い筈だ。
「菊地原は回避に専念しつつ奇襲に備えろ。お前の耳が頼りだ。戦闘は他の者に任せ、生き残る事を優先しろ」
「了解しました。余計な荷物もあるし、その方が良さそうですね」
風間の指示を受け、菊地原は素直に了承した。
彼に抱えられながら苦笑いをする佐鳥に、反論は無い。
自分を抱えている事で菊地原の機動力を下げているのは事実であるし、そもそもこの程度で目くじらを立てるような少年でもない。
菊地原の言動も仲の良さ故の気安さというのは分かっているので、佐鳥の側に異論はなかった。
「各員、聞け。あの熱線は連射は出来ないが、次弾も必ずあると考える。よってこれから、敵に接近を試みる。密着するレベルまで近付けば、迂闊にあれを撃つ事は出来なくなる筈だ」
方針が定まり、風間は隊員達に通達する。
徒に時間を浪費すれば、防衛陣地に残して来た二宮達が危うくなる。
よって多少のリスクを呑み込んででも、進む他はないのだ。
「あの触腕による攻撃と、スコーピオンによる奇襲は注意しろ。菊地原の警告があった段階で、回避に全力を注ぐ事を徹底するんだ。再三言っている事だが、この場所では
ランク戦であれば捨て身の行動も選択肢の一つであったが、この場所は
リスクを抱える行動である以上、注意喚起を行うのは当然だ。
元々黒トリガーであり
他の者と異なりやられたらそれがそのまま死に直結するという環境には慣れていると思われるが、それでもこの場で生身を晒されれば生き残れる確率は低いと考えるべきだろう。
少なくとも、戦闘手段を失った者を庇いながら生還出来る程この場所が生温いとは思わない。
二人共必要とあれば捨て身も辞さない性格であるのはもう分かっているので、釘を刺す必要があったというワケだ。
「各員、互いをカバー出来る距離を維持しながら敵本体へ向かえ。作戦開始」
風間の号令により、全員が女神像の座す玉座に向かって移動を始める。
ギョロリと、女神像の単眼が蠢く。
周囲に渦巻く圧力は、更に濃度を増していた。