『敵個体群の陣形の本拠の破壊を確認。
女神像、胸部クリスタル。
その中で、人工知能が己の判断を機械音声として流していた。
誰に聞かせるワケでもないそれは、淡々と綴られていく。
『周辺の敵個体群、移動を開始。
ギョロリと、女神像の単眼が蠢き風間達を視界に捉える。
不気味な脈動を続ける赤黒い瞳は、標的たる相手をじっと見据えている。
『
女神像の背後から伸びる触腕の幾つかが地面に突き刺さり、それが地下深くへと伸びていく。
やがて触手がとある施設に到達するとその先端が解けて網のようになり、床に転がっていた無数の「何か」を包み込む。
次から次へと部屋の「資材」を回収し呑み込んだ触腕は素早く伸縮し、女神像の下へと戻っていく。
全ての触腕が引き戻された後、その内部を通じて「何か」が女神像の胎内に送られていく。
ドクン、と異形の女神の腹部が脈動する。
それは新たなる姿へ変生を遂げる、「何か」の蠢きであった。
『胎内の
女神像の膨らんだ腹部が蠢き、内部で異形が形成されていく。
生命倫理を冒涜した所業が平然と行われる中、淡々と機械音声は告げる。
『防衛戦闘を再開。
「来るぞ!」
風間は女神像の両腕から形成されたキューブから弾丸が放たれるのを見て、警戒を呼び掛ける。
無論、言われるまでもなく精鋭達は行動に移していた。
遊真、及びレイジの二人が
迫り来る弾丸を、次から次へと撃ち落としていく。
二人の撃ち漏らしは、小南のメテオラと歌川の
何の問題もなく、全弾の迎撃に成功した。
(矢張り、合成弾よりも
先程までは強力な性能の合成弾相手であった為に四苦八苦していたが、現在は通常の弾丸である為迎撃の難易度は低くなっている。
というのも、合成弾を使っていた時と比べて明らかに敵の弾道制御が甘くなっているのだ。
合成弾を使っていた際には、当然ながら弾数は今のものよりも少なくなっている。
性能を合成した分、どうしても弾数の方は削らざるを得なかった為だ。
だがそれは逆に言えば、制御する弾数が少なくて構わない事を意味している。
敵は出力は高いが、反面精密動作には難がある様子が多々見られている。
弾丸についてもフェイントを入れる事さえなく、標的に向かって真っすぐに飛ばしている事の方が多い。
今はそれがより顕著であり、弾丸の半数が直進しか出来ないアステロイドになった事を考えても、迎撃のし易さは段違いである。
樹里は元々、精密な動作ではなく力でゴリ押す傾向が多々見られていた。
最近ではある程度は改善され技術も向上しているが、敵は恐らくそういった内面の成長まではフィードバックしていない。
言うなれば敵が素体である樹里を模倣する部分はあくまでもカタログスペックであり、細かい技術だのそういった部分には眼を向けていないに等しいのだろう。
何処までも樹里を研究資材の一つとして扱い、個人としての人格を認めていない。
そういったククロセアトロの悪癖の発露とでも言うべき、杜撰な構造と言える。
ククロセアトロは様々な研究成果を生み出す事に成功している為、個々人に依存する「技術」の類を重用しない傾向がみられる。
人間個人を人格や実績ではなくカタログ通りの
それが虫のような生態と揶揄されたククロセアトロの性質であり、同時に隙でもあった。
個人の成長、というものを最初から計算に入れていない。
人間の成長を期待をしない、というよりもそもそもそういった思考回路が存在しない。
あくまでも個人を性能で評価し、技巧の類を重視しない機械的な側面。
今回はそれが、より顕著に出た結果と言える。
(これならば、接近する事は不可能ではない。機動力の高い隊員をなるだけ揃えたが、矢張り正解だったようだ)
故にこそ、突破口に成り得る。
敵の手札は、これまでの戦闘である程度明かされている。
アイビスによる狙撃に、シールドによる防御。
触肢を使用した攻撃に、拡散可能と判明した極大の熱線。
これらの内ある意味で最も面倒なのが、模倣された射撃トリガーによる攻撃だ。
威力はそこまで高いワケではないが、とにかく弾数が多く広範囲を一度にカバー出来る。
しかも熱線と比べれば連射も利き、潤沢なトリオンにより射程も弾速もかなりのものだ。
合成弾による攻撃はなくなったとはいえ、敵本体に近付く為にはこの弾幕を突破しなければならない。
だが、この調子での攻撃が続くようであれば、対処可能だ。
確かに出力は高いものの、攻撃自体は単調で軌道も読み易い。
よって、現状でも充分に対処出来る範疇の攻撃だ。
少なくとも、この場に集ったメンバーならば行けると風間は判断していた。
(スコーピオンを模倣した奇襲は面倒だが、それも菊地原の能力を活用すれば対処可能だ。近付きさえすれば、あの熱線は威力が高過ぎて使えない。触肢による攻撃さえどうにかすれば、本丸に攻撃を届かせる事が出来るだろう)
スコーピオンを模倣した
しかし、こちらには音で攻撃を察知出来る菊地原がいる。
彼がこの場にいる時点で、ただ見えていないだけの攻撃など意味は無い。
地面からの奇襲という懸念点さえ消えれば、後は触肢による攻撃と狙撃にさえ注意すれば良いだけだ。
普通ならばそれだけでも相当な脅威であるが、今この場にいるのは風間が集めた精鋭揃い。
彼等ならば突破出来ると、風間は考えていた。
(敵本体との距離は、凡そ100メートル超。トリオン体の脚力であれば、問題なく駆け抜けられる。だが、それを黙って見ている筈もないな)
風間の想定通り、射撃を潜り抜けた自分達に向けて、女神像は無数の触肢を繰り出して来た。
膨らんだ腹部から生えた、無数の触腕。
鋭い鏃のような先端を持つそれらが、一斉に風間達に襲い掛かる。
「避けろっ!」
先程の蜘蛛脚程ではないが、一本一本の太さは10メートルを超える。
そのサイズからして回避は難しいが、あくまでも難しいだけで不可能ではない。
特に、この場に集った者達であれば。
「────────!」
遊真と香取、そして風間は持ち前の機動力で触肢の軌道を読み切り、横に跳んで回避。
佐鳥を抱えた菊地原と歌川は、木虎のスパイダーの助けを借りて跳躍。
小南は回避ではなく迎撃を選び、双月の一閃で触肢を断ち切った。
切断された触腕の断面から無数の糸が伸びるが、それをレイジのガトリングで粉砕。
触手による攻撃は、誰一人として被害を出す事なく凌ぎ切った。
(残り、30メートル。何もなければ、このまま行ける筈だが────────そう旨くいくかどうかは、怪しいな)
全員がその攻撃を潜り抜けた事を確認した風間だが、油断はしない。
何故ならば、今回の相手は自分達の持つ常識の一切が通用しない事を既に嫌という程に理解しているからだ。
この作戦は、敵に隠し玉が無い事を前提としている。
だが同時にそれが希望的観測に過ぎない事も、風間は理解していた。
今回の
予測の更に裏側の彼方から、埒外の一手を打って来る。
そういった負の信頼が、ククロセアトロにはあった。
『■■■■』
────────そして、その予感は現実となる。
女神像が歪な咆哮をあげ、同時にその腹部に亀裂が奔る。
妊婦のように膨らんでいた女神の胎が隆起し、胎盤から新たな脅威が生まれ落ちた。
出て来たのは、異形のヒトガタであった。
シルエットは、蟷螂や百足、蠅といった蟲を模したもの。
しかしその頭部や腹部には、生気のない瘦せ細った人間の身体が生えていた。
否、痩せ細るどころではない。
その者達は、明らかに生命維持に必要な臓器がまともな状態で残っているとは思えなかった。
腹部には幾つものチューブが突き刺さっており、所々身体に風穴が空いている。
肺や心臓があるべき部分にすらその穴は存在し、何もない空洞をまざまざと見せつけている。
異形の怪物に生えた、ヒトガタのオブジェ。
そうとしか思えない姿のそれらは、生理的な嫌悪感と同時にこんな末期を晒すに至る経緯を考えれば吐き気を催す程であった。
生きてはいない。
あれはただ、ヒトの残骸を醜悪な形で再利用しただけの代物であると、察しの良い者は気付いていた。
生命を冒涜し、その死後すら弄ぶ暴挙の集約。
この怪物はその顕現であると、その姿を以て証明していた。
『
女神像のクリスタルより響いた機械音声を号令として、異形のヒトガタは動き出した。
蟷螂のような姿をした異形が、その腕を振り上げる。
次の瞬間、振り下ろされた腕は発条仕掛けのように伸びて一気に風間へと襲い掛かった。
「チッ!」
それは、文字通りの
奇しくも同名の技巧を得意とする、影浦の技に瓜二つだった。
だがこれは、断じてあれと同種ではない。
影浦のマンティスが技巧の果てにあるものなら、これは単純にそういう機構として設計されただけだ。
ヒトの尊厳を無視して改造され、化け物と成り果てた被害者の末路。
それがこの姿であるのだと、異形の攻撃は言外に語っていた。
されど、魂の宿らない攻撃は単調そのもの。
フェイントすらなく振り下ろされた速いだけの攻撃など、風間が喰らう筈もない。
サイドステップで跳躍し、伸縮する鎌による一撃を回避する。
「…………っ!」
次の瞬間、嫌な予感を感じた風間は咄嗟にその場から跳び退いた。
たった今まで彼がいた場所を、伸縮する鎌から伸びた一本の刃が通過していた。
間違いない。
あれは、紛う事なく。
「────────スコーピオン、だと…………っ!」
ブレードトリガー、スコーピオン。
自身の身体の何処からでも生やせる応用性を持つ、ボーダーのトリガーと同種のものに他ならなかった。
「…………っ!」
更に、胎から這い出たばかりの百足型の異形の口腔が開き、その中から黒い銃口が覗く。
その正体を察した風間は横に跳び、怪物からの攻撃────────狙撃を、回避する。
そして、気付く。
新たに這い出た敵の正体、その絡繰りに。
(腹部から出現した狙撃銃は、
最初にこの女神像と接敵した時、腹部から無数に出現した狙撃銃。
あれは、一度に複数のトリガーを使える能力などではなかった。
ボーダーのトリガーは、一度に二つまでしか使えない。
それを模した敵の武装も、同様の理屈に縛られる。
ただそれを、トリガーを使用する
通常死んだ人間にトリガーは使えないが、ククロセアトロならばその常識を無視した機構を開発していてもおかしくはない。
元より、生きた人間であろうとその意思を無視して身体を動かして操る技術を持っていたのだ。
死体に悍ましい機構を埋め込み操作するなど、出来ない方がおかしいと言うべきだろう。
「…………!」
そして、敵がこの局面で出して来たモノがただの雑兵で終わる筈もない。
胎より這い出て中空に飛翔した蠅型と蝉型の怪物の腹部を突き破るようにして、狙撃銃が出現。
同時にその周囲にキューブが展開され、分割。
狙撃銃の一撃と共に、無数の光弾が群れを成して風間達に襲い掛かった。