「来たか…………!」
天空に座するリングを通過し、熱線が拡散する。
上空に昇る筈だった光が、四方へ広がり雨となって降り注ぐ。
それはまるで、神話の再現とも言える光景。
二度目となる熱線の雨が、火の矢となって襲い掛かる。
「香取先輩!」
「…………!」
その熱線の軌道の先にいた香取は、木虎の呼び声でその意図を察して即座に行動に移す。
現在、香取のいる場所と直近となる地点にもう一つの熱線が到達しようとしていた。
それは木虎を狙ったものであり、互いの距離はそう離れてはいない。
故に、グラスホッパー等で大きく動こうとすればもう片方の熱線に巻き込まれかねない。
だからこそ、木虎はスパイダーを
その意味を察せない、香取ではない。
個人的に気に入らない相手とはいえ、今は何よりも大切な幼馴染の一大事。
普段の禍根など、樹里を救う為ならばどれだけのものだろうが棚上げしてみせる。
香取はその場で、二人分のグラスホッパーを起動。
そして、両者は共にグラスホッパーを踏み込み、跳躍。
無論、このままでは勢い余って熱線に突っ込む羽目になる。
故にこそ、木虎はスパイダーを展開したのだ。
スパイダーは今期のランク戦の影響により敵の妨害としての用途が有名なトリガーだが、同時に味方の足場としても扱う事の出来るトリガーである。
そして、ワイヤーを巧く使えば跳躍中の減速や方向転換すら容易になる。
勿論複雑な軌道を描く事になる為一朝一夕で出来るようなものではないが、幸い香取はランク戦でスパイダーを用いた戦闘経験を幾度も積んでいる。
なんだかんだ香取隊の今期の試合は全てチェックしていた木虎が、それを知らない筈もない。
両者はグラスホッパーによって付いた加速を、ワイヤーを掴む事で減速。
そのままするりと地面に着地し、別の光への激突を防ぐ。
二人はこうして、防御不能の熱線という難を逃れた。
だが、熱線の脅威に晒されていたのは彼女達だけではない。
当然ながら、最も敵の妨害に貢献していたレイジが狙われない筈もないからだ。
六本。
それが、レイジに向けられた熱線の数だった。
レイジの機動力は並程度ではあるが、流石に今回は範囲が大き過ぎる。
一応レイガストのスラスターによる加速があるが、今から間に合うものではない。
木虎達のように移動に適したトリガーを装備していないレイジでは、この窮地を独力で乗り越える事は出来ない。
「遊真」
「了解」
よって、準備は怠らなかった。
タイミングこそ早かったものの、そもそもの話として熱線が再度放たれる事は想定されてはいたのだ。
ならば、その時の為に回避能力がこの場の他の隊員と比して左程高くないレイジが備えるのは当然の話。
元々、レイジは敵の攻撃を避けるのではなく正面から迎撃し、味方を護るタンクのような役割を想定して自分のトリガーセットを組んでいる。
その為に防御不能の攻撃である熱線とは著しく相性が悪いのだが、足りなければ他所から持って来るだけの事。
幸い、この場には移動に適したトリガーを持ち援護能力も非常に高い遊真がいた。
遊真は
そしてそのまま牽引し、彼を熱線の照射範囲から引っ張り出した。
幾ら体格が大きいとはいえ人間サイズの域を出ないレイジを引っ張り上げる事など、お手の物だ。
熱線の速度自体はそれなりに速いものの、一度高度一万メートル以上の上空まで撃ち上げてから拡散させた関係上、地面に到達するまでには相応のタイムラグがある。
恐らくはより広範囲の射程を確保する為に高高度で拡散する仕様にしたのだろうが、至近距離に対する兵器としては欠陥があると言わざるを得ない。
これまでも散々ククロセアトロの後先を考えない大艦巨砲主義は眼にして来たが、これは極めつけと言っても良い。
消費を度外視して威力のみを追及した熱線に、射程と攻撃範囲さえ伸ばせれば良いという設計思想。
強力な武器を高出力で振り回せば敵を倒せる、という単純にも程がある方針が透けて見える。
机上でしか戦場を知らない研究者が指揮を執ると碌な事にならない、という一つの例でもある。
だが、どんな経緯であれど敵の欠陥は隙となる。
こちらにとっては好都合極まりないので、全力で利用していく所存であった。
「全員、無事だな」
風間は自前の機動力で難なく熱線を避け、隊員に欠けがない事を確認する。
レイジに攻撃が集中したお陰で、菊地原や歌川は殆ど狙われず、小南は風間と同じく問題なく回避していた。
木虎と香取は機動力の高いユニットとして風間と同様に標的にされていたが、両者の機転のお陰で無傷。
二度目の熱線は、被害を出す事なく凌ぐ事に成功した。
「────────なに、あれ」
しかし。
その
それは星の岩盤を溶かし、その内部を露出させていた。
余程強固な素材であった為か一度目の照射では破れなかったが、レイジを狙って複数の熱線を一ヵ所に集中させた為に隔壁が耐え切れず融解した様子だった。
焼け焦げた断面を覗かせる、大地の向こう側。
そこには、円形状の空間が広がっていた。
壁の全てが白色で染められているその場所は地下深くまで続いているようで、底は見えず果ての無い黒が広がっている。
だが、その中央。
目視でも地下数百メートルはあろうかという深部に、白濁色の光が見える。
その光を発していたものの姿が、露になった。
円形の空間の中心部分に、巨大なオブジェクトが鎮座している。
正しくは、柱状の何かを生やした台座のようにそれはあった。
デザインは、まんま巨大な蜘蛛だ。
全身を白色で染められ、金属の光沢で覆われた直径100メートル以上はあろうかという巨大な蜘蛛型の装置。
その大蜘蛛の背から、長大な石柱のようなものが生えている。
石柱は地上近くまで存在し、蜘蛛のオブジェクトと比べれば小さいと言えるが、それでも半径30メートル以上はあろうかという巨大構造物である。
その二つからは、異様な圧力を感じ取れた。
「…………まさか、これ」
「間違いない。エネドラの報告とも形状が一致する────────あれが恐らく、この星の
「なんだと…………!」
二人の
それは、近界の星の核と言える巨大なトリガー。
星の動力そのものであり、これを維持する為に近界の国々は戦争という手段を用いてまで「神」という生け贄を確保せんとする代物でありあちらで生きる為には必要不可欠な存在。
今目撃しているものがそれであると、ヒュースは言ったのだ。
「それは、確かなのか?」
「ああ、エネドラが攻め込んだ場所の詳細な座標は教えて貰っていないが、以前あいつに聞いた話から考えるに間違いないだろう。そして、敵の膨大なエネルギーの源が何なのかも今理解した。あれを見ろ」
「…………!」
ヒュースに促され石柱を凝視すると、彼の言いたい事がすぐに理解出来た。
石柱だと思っていたもの、即ちククロセアトロの母トリガーの表層に、無数の顔がある。
一つや二つではない。
少なくとも、数百以上。
夥しい数の能面のような顔が、柱には埋め込まれていた。
その全てが無表情というよりも、何の感情も表していない。
まるで魂が抜けたような虚無そのものの表情を浮かべる顔の群れに、悍ましい何かを感じずにはいられなかった。
「通常、一つの母トリガーに捧げられる「神」は一人だけだ。だが、ククロセアトロは何らかの方法でその前提を覆したらしい。恐らくは、連中の
「単に、機密情報を盗られたから戦争を仕掛けたって単純な話じゃなかったって事か」
「本国の情報だ。明言はしない。だが、この場で必要な事に限り推測混じりだが話してやる。今後の作戦にも関わる事だからな」
ヒュースはそう告げると、チラリと地下のオブジェクト────────母トリガーを支える台座である巨大蜘蛛、
「恐らく、あの蜘蛛のオブジェクトがククロセアトロの
つまり、と続ける。
「────────この星の母トリガーは、死んでいない。正しくは、あの装置によって生かされている。言うなれば緊急時の電源によって動いているようなものだが、敵のあの出力を実現しているのはあれの存在に依るもので間違いないだろう。星の荒廃を防げなかった時点で十全と言える状態ではないだろうが、それでも莫大なエネルギーの供給源である事は確かだろう」
「要するに、あれが敵のアキレス腱という事か」
「そうなるな。隔壁の強度を考えても、まず間違いあるまい」
ヒュースの言う通り、あの熱線を喰らってもすぐには融解しないレベルの強度を持った隔壁で覆われていたのだ。
即ちそれはその中に余程重要なものが存在する証左であり、ヒュースの推測が間違っていないだろう事の根拠にもなる。
何より、それならば色々と辻褄が合うのだ。
幾ら「生きた資源」を用意する事が出来たとしても、人間から搾り取れるトリオンは有限だ。
ククロセアトロがどれだけの犠牲者を確保していたかは分からないが、あれだけのエネルギーを必要とする熱線を躊躇いなく撃てるだけのリソースを確保出来ているのは不思議ではあった。
だが、母トリガーが健在なのであれば話は全く変わって来る。
複数の生け贄を捧げるという人畜極まりない手段によって成立しているこの国の母トリガーは、死んではいなかった。
或いは、一度機能停止した後に生け贄を捧げ直して再起動させたのかもしれない。
どちらにせよ、母トリガーがあるのなら「神」さえ確保出来れば星の運行は可能となる。
無論
その原因も後先を考えない敵の攻撃に依るものだが、状況が一つ好転したのは確かだろう。
「つまり、あれを破壊すれば敵の戦力は激減するという事ですね」
「そういう事になるな」
「肯定する。とはいえ、何らかの防衛機構は備わっているだろう。これまでの事を考えれば、悪辣な仕掛けの一つや二つあってもおかしくはないからな」
何せ、漸く敵の
あの母トリガーがエネルギーの供給元だと言うのであれば、それを破壊すれば当然敵の出力はガタ落ちする。
無論何かの妨害は来るだろうが、明確な攻撃目標が出来たのは大きい。
普通ならば母トリガーの破壊という暴挙はまず行わないが、今回は話が別だ。
このククロセアトロは、既に存在するだけで害悪と言える危険区域と化している。
星の延命の為に無差別に他者を捕食し、悍ましい生態を持っていた研究者達の遺した妄念のままに被害を振り撒く捕食乱星。
この星は、最早存在を許しておけるような代物ではない。
よって、破壊は決定事項になる。
一筋縄ではいかないだろうが、それでも退く選択肢は有り得なかった。
「これより隊を二つに分ける。一方はこのまま敵本体との戦闘を継続。俺と俺が選別した少数の隊員により、敵心臓部の破壊作戦を決行する。木虎」
「はい」
「お前のスパイダーは役に立つ。メンバーに加わってくれ」
「了解しました」
風間の司令を受け、木虎は迷う事なく頷いた。
地下の閉所という環境条件を鑑みても、スパイダーを用いて足場を構築可能であり身軽で機動力の高い木虎は必須要員だろう。
自分の適性は分かっている為、木虎側にも異論はない。
風間は続けて、香取の方を向いた。
「香取、悪いがお前もだ。木虎のスパイダー同様、お前のグラスホッパーもあると心強い。頼めるか」
「了解! 佐鳥、アタシがこっちどうにかするからアンタはそっちでしっかり樹里を助けなさいよ。失敗したら、承知しないんだから」
「分かってるよ。何が何でも、樹里ちゃんを助ける。どんな手を、使ってでもね」
選抜メンバーに選ばれた香取は佐鳥の返答を受け、当たり前よ、と胸を張る。
母トリガーの破壊を担当するという事は危険である以上に樹里本人の救出に直接携わる事が出来ないという事だが、それでも香取は迷う事なく承諾した。
口ではなんだかんだ言いつつも、これまでの付き合いから佐鳥の樹里に向ける想いの強さはある意味で誰よりも理解している。
その佐鳥が、こうまで言い切ったのだ。
少女として、女として、樹里の幼馴染としては認めないワケにはいかないだろう。
彼こそが、樹里の救済に必要不可欠な人物である事に。
故に、託す。
多くは語らない。
同じ少女を想う者同士、言葉にする手間を取らずとも既に理解しているのだから。
香取は木虎と共に風間に続く形で穴の淵に立ち、眼下の先を見据える。
暗闇の中に鎮座する大蜘蛛のオブジェクトを睨みつけ、少女は覚悟を固めた。
「地上の指揮は木崎に一任する。任せたぞ」
「ああ、行って来い」
信頼する友に背中を押され、風間は二人に目配せする。
再度地上に残す仲間達に眼を向け、不敵な笑みを浮かべた。
「作戦開始だ。健闘を祈る」
その言葉を皮切りに、風間達が大穴に突入する。
怪物の潜む巨大な暗闇に、三人は足を踏み入れた。