香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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心魂のルフラン③

 

 

天輪粛焔(アクティノヴォロー)の影響により隔壁が融解。(マザー)トリガー及び(クラウン)トリガー傀儡糸(クローステール)中枢基幹、糸片創核(カルディア)の姿が露呈。敵個体数名が、隔壁内へ侵入しました』

 

 ギョロリと、女神像の単眼が大穴へ消えた風間達を見据える。

 

 底知れぬ暗がりの中には、白濁した光を灯す大蜘蛛のオブジェが不気味に輝いていた。

 

『隔壁近辺への天輪粛焔(アクティノヴォロー)使用は(マザー)トリガーに深刻な損傷を与える懸念があり非推奨。模倣武装(カスレフティス)も同様に、損傷した隔壁付近への使用は推奨出来ません』

 

 クリスタルの内部の人工知能は、これまで通り機械的に状況を分析する。

 

 そこには無論、感情の色はない。

 

 今までと変わらず、ただ事実を羅列し取り得る手札を選択するのみだ。

 

至天機巧(アポストロス)による隔壁内部への攻撃は困難。よって糸片創核(カルディア)の防衛機構を作動。更に骸糸衛兵(ネウロン)を稼働させ、迎撃に使用します』

 

 今やこの星の頭脳体と化した至天機巧(アポストロス)の人工知能が、中枢へ指令を送る。

 

 既に星の制御のほぼ全てを掌握している為に形骸化しているやり取りでしかないが、それでも決められた手順(ルーチン)に従う事しか知らない機構はそれを続けていた。

 

『稼働開始』

 

 

 

 

「木虎、足場を」

「了解」

 

 大穴に降りた三人は、すぐさま次の行動に移っていた。

 

 風間の指示を受け、木虎がスパイダー銃を射出。

 

 壁から生えている無数の管に鏃を撃ち込み、ワイヤーによって即席の足場を作り出す。

 

 無論、自由落下中に作成された足場を巧く活用する事は慣れていない者には不可能だろう。

 

 だが、問題は無い。

 

 木虎はそもそもスパイダーは手馴れているし、香取もランク戦での活用経験がある。

 

 風間はワイヤーを扱った事はないが、その身体制御のセンスと膨大な戦闘経験値がそれを可能とする。

 

 三人は苦も無く張り巡らされたワイヤーを足場に、下へと降りて行く。

 

 暗く、深い闇の中。

 

 白濁色に発光する眼下の巨大蜘蛛目掛けて、彼等は進んで行った。

 

「注意しろ。何も妨害が無いとは思えん。何処から攻撃が来ても良いようにな」

「了解」

「分かってるわ」

 

 彼等に、油断は微塵もない。

 

 今の所何も起きてはいないが、これまでククロセアトロが見せて来た非常識な光景はうんざりする程記憶している。

 

 更に言えば、此処は敵の中枢と思われる地下施設。

 

 どんな仕掛けが備わっているか、分かったものではないのだから。

 

「…………!」

 

 案の定と言うべきか、予測通り動きがあった。

 

 大穴の内部、その壁の一部が左右に割れた。

 

 正しくは、隠されていた扉が開閉された。

 

 そして、その中から現れるモノがあった。

 

「うげ、キモい」

「…………」

 

 二人の女性陣が、嫌悪感に眉を顰めた。

 

 扉の奥から現れたのは、巨大な百足のような化け物だった。

 

 それは地上で目にした骸兵蟲(プロニムフィ)を巨大化したような姿をしており、あちらが寸動の百足をモチーフにしていたのに対しこちらは正しく百足そのものの姿をしている。

 

 左右の幅は、10メートル前後。

 

 身体の全長は凡そ80メートル程度は存在し、かなりのサイズの体躯を誇っている。

 

 全体のデザインは百足そのものだが、頭部付近の前腕だけは異様な長さを持っており、先端には鋭い鎌が備わっていた。

 

 胴から生える夥しい数の手足を高速で蠢かせながら、巨大な百足の怪物は三人に襲い掛かる。

 

「散れっ!」

 

 風間の一声で、三人は一斉に散開する。

 

 その一瞬後、風間達がいた場所に百足の怪物────────骸糸衛兵(ネウロン)が激突。

 

 巨体の突進の衝撃が周囲に伝わり、地響きが起こる。

 

『ァァァア』

 

 怪物は不気味な咆哮を上げながら、すぐさま壁を這い高速で風間達を追撃する。

 

 標的は、木虎。

 

 スパイダーという足場を形成する術を持つ彼女を、最優先の排除対象として選んだようだ。

 

「ふん」

 

 しかし、直線的な攻撃に捕まる木虎ではない。

 

 木虎はワイヤーを伝い、跳躍。

 

 複雑な軌道を描き、華麗に攻撃を回避する。

 

「チッ!」

 

 すかさず、香取が骸糸衛兵へ銃撃を敢行する。

 

 しかし、銃弾は堅い表皮に阻まれ、鈍い金属音と共に弾かれる。

 

 どうやら骸兵蟲(プロニムフィ)とは異なり、相当高い強度を持つ装甲のようだ。

 

「かなり硬いが、あの新型程ではあるまい。加えて────────」

 

 その様子を見ていた風間が、ワイヤーを伝って素早く移動する。

 

 怪物の真下まで瞬時に跳躍した風間は、スコーピオンを一閃。

 

 骸糸衛兵の腹部に、切り込みを入れた。

 

「────────装甲に覆われていない腹部ならば、強度は低い筈だ。それでも弾丸では通らないだろうが、ブレードトリガーならばどうにかなるだろう」

「了解。じゃあ、隙を見て下から攻撃すれば良いだけね。問題ないわ」

「ええ、やってやれない事はないでしょう。但し────────」

 

 木虎はチラリと、穴の底を見据えた。

 

 その意図に気付いた香取も、同じ方角に眼を向ける。

 

「げ」

 

 そして、奥に蠢くモノを目撃する。

 

 大蜘蛛のオブジェの白濁した光に照らされたそれは、紛れもなく。

 

「────────このまま敵戦力の増加がなければ、ですが」

 

 ────────もう1体の、骸糸衛兵(ネウロン)に違いなかった。

 

 最初に出て来たものに加えて、同じ怪物がもう一機。

 

 これから先は、この閉鎖空間であの巨体を二体同時に相手しなければならない。

 

 中々に、厳しい戦いになりそうだった。

 

「それでも、やる事は変わらない。こいつ等がいる限り本命を狙えないのであれば、排除するだけだ」

 

 風間は二機の骸糸衛兵に守られた大蜘蛛のオブジェ、傀儡糸(クローステール)の本体たる糸片創核(カルディア)を睨みつける。

 

 状況は悪い。

 

 しかし、辿り着く光明が少しでもあるのであれば充分。

 

 自分達は役目を果たすだけだと断言し、少女二人は同時に頷く。

 

 それを見た風間は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「やるぞ。障害を排除し、敵中枢を叩く。一刻も早くな」

 

 

 

 

「うわっ!」

 

 防衛陣地。

 

 一ヵ所に集まり千佳の護衛をしていた最中、地面を割って骸兵蟲(プロニムフィ)が出現した。

 

 標的は、最も近くにいた若村。

 

 先程と違い、エスクードという台座が無い為に至近距離に現れた怪物に反応が一歩遅れ、若村の銃撃は間に合わない。

 

「チッ!」

 

 しかし、それにいち早く反応した影浦がマンティスを一閃。

 

 若村を狙った怪物は両断され、機能を停止させた。

 

「す、すみません」

「いちいち謝んな。次に備えとけ」

「は、はいっ!」

 

 危ない所を助けて貰った若村は影浦に謝罪するが、にべもなく答えられ気落ちしかけるもこれが彼なりの発破であると理解し、顔を上げる。

 

 以前の若村であれば萎縮するだけであっただろうが、これまでの経験が彼を成長させた。

 

 一見冷たく突き放しているように見えていても、その本音は別にある時があるのだと気付いたのだ。

 

 犬飼が基礎しか教えてくれなかった事にも理由があるように、影浦は単に自分に「危ないから気を付けろ」と注意喚起をしただけなのだと理解出来たのだ。

 

(折角、影浦先輩が警告してくれたんだ。オレも、それに応えないと)

 

 彼が口下手、というよりもコミュニケーション下手なのはこれまでのやり取りで何となくだが察しているし、そもそも普段の言動が棘だらけの香取と日頃から接していたのだ。

 

 同じ銃手として、諏訪や弓場に世話になった事もある。

 

 見方によっては影浦よりも風貌の威圧感が強い弓場であっても話してみれば世話焼きな面が見える事を知っている身としては、今更このくらいで怯んではいられない。

 

 今は、重要な局面なのだ。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)という退路のない場所へ踏み入った香取達の事を思えば、保険の利く場所で戦っている身で泣き言は言っていられない。

 

 彼女は自分を信じて、先へ向かったのだから。

 

(今は、出来る事をちゃんとしないと。それだけが、オレにやれる最善なんだから)

 

 

 

 

「良い顔だね。その調子なら、アドバイスは必要ないかな」

 

 そんな若村の顔を見て、犬飼は何処か嬉しそうに話す。

 

 影浦が自分が手を出す前に若村を助けたのは若干不満ではあるだろうが、それでも実際に彼を救ったのは事実。

 

 ならば個人的な確執など表に出すのは流石に場違いであると理解している犬飼は、純粋に師匠として発言するのみとしたのだ。

 

「い、いえ、犬飼先輩から何かあれば…………」

「カゲと言う事は同じかな。エスクードがない分、咄嗟の判断が命運を分ける。だから、少しでも物音がしたらすぐに引き金を引くんだ。多少の無駄弾を撃っても構わないから、今は奇襲への対処を優先した方が良いね」

「は、はいっ!」

 

 犬飼は若村の返答を聞き、笑みを返す。

 

 そして、周囲の地面を油断なく見据えた。

 

「確かに穿孔して来る敵は厄介だけど、何の前兆も無く来るワケじゃない。あのデカブツの立てる地響きや爆撃の音で地面の下の音は聞こえ難いかもしれないけど、それでも連中が出て来る前には地面が揺れるし土が盛り上がる。菊地原くんみたいな副作用(サイドエフェクト)がなくても、注意深く見ていれば気付ける事もあるからね」

 

 それから、と犬飼は続ける。

 

「一人であっちこっちに視線を飛ばしても、結局は注意散漫になっちゃう事が多い。だから、自分の足元やその周辺だけに注意して、後は他の人に任せるのも手だよ。麓郎はあまり複数の物事を一緒に考えるのは得意じゃないみたいだけど、一つの事柄に対する集中力はちゃんとある。これなら、出来ると思わない?」

「わ、分かりました。やってみますっ!」

 

 若村は勢い良くそう返事をして、犬飼はよし、と微笑んだ。

 

 確かに今言ったように、若村は分割思考(マルチタスク)が苦手だ。

 

 しかし反面、一つの事に対する集中には光るものがある。

 

 ならばあちらこちらへ視線を飛ばすのではなく、自分の直近の場所だけを集中して警戒し、残りは他の者へ任せるのが有効だろう。

 

 元々、この集合陣形はその為のものでもある。

 

 先程までと異なりエスクードという台座が無い分、敵の地面からの奇襲が到達するまでのタイムラグが短くなっている。

 

 その分より警戒が必要であるのだが、音で奇襲を感知出来る菊地原はこの場にはおらず、皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)が立てる地響きや千佳の爆撃音の所為で穿孔して来る敵の物音で察知をするのは困難だ。

 

 だが、敵が地面を掘り進んで地上に出て来る以上、その直前には振動が伝わって地面が揺れるし、地表が盛り上がる兆候を見逃さなければ迎撃は可能である。

 

 若村に今求められているのは、陣地全体を俯瞰して見る事ではない。

 

 自分の周囲という定められた範囲を注意深く索敵し、敵を見逃さず迎撃する事。

 

 極論、これさえ出来ていれば後は棒立ちでも構わない。

 

 集団で仕事をこなす場合、優秀な人材に多くの仕事を任せるのは誰でも出来る。

 

 纏め役、指示役に本当に必要なのは凡庸或いは他者より能力が劣る人間に能力に見合った無理のない仕事を配役し、それをこなせるよう的確な指導を行う事だ。

 

 それが出来ない者は、ハッキリ言って上役の資格はない。

 

 学生時代はそれで通じても、社会に出てからはまず通用しないからだ。

 

 人間は平等である、と謳っても能力や仕事の能率はどうしても個人の性格や性質によって千差万別となる。

 

 仕事が出来る人間に多くの仕事を割り振って任せる事を自分の仕事だと錯覚する上司もいるが、それで終わっては無能の烙印を押されても反論は出来ないだろう。

 

 重要なのは、その人物に見合った内容の仕事を配分し、的確な指示を与える事。

 

 そして、聞かれた事はきちんと答えて自分は「お前の事はしっかり見ているし聞かれた事はちゃんと説明する」人間であると相手に感じて貰う事だ。

 

 余程性格に問題がある人間でなければ、相手が上司としてきちんと自分の事を見て話してくれているのが分かるであろうし、分からない部分はきちんと尋ねてくれるだろう。

 

 そこまでやって改善の見られないのならばそれは部下側の責任だが、成長した若村はしっかりと犬飼の意図を汲む事が出来ている。

 

 これで問題ないな、と犬飼は考えて再び周囲の警戒を始めた。

 

(まだ、向こうの敵が倒される気配はない。風間さんを始めとして実力者揃だから万が一は無いと思いたいけど、こんな状況だ。最悪は想定しておくべきだろう)

 

 犬飼は警戒を続ける最中、チラリと千佳と共に爆撃を行う二宮に意識を向けた。

 

 二宮は千佳に逐一指示を出しながら、合成弾での爆撃を敢行している。

 

 二人の爆撃によって皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)の足止め自体には成功しているが、それでも先程よりは随分こちらへ近付いている。

 

 千佳はともかく二宮にはトリオン切れの心配もある以上、いつまでもこの防衛戦が続けられるとは思えなかった。

 

(出来れば、なるべく早くカタを付けて欲しいな。やるだけの事はやるけど、タイムリミットはある。雨取さんだけ動けても他が脱落したら、このやり方は続けられないからね)

 

 光明はあれど、危地は変わらず。

 

 戦況は、刻一刻と様々な意味で変化を続けていた。

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