香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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白の少女⑤

 

 

「…………それ、本当?」

「嘘言ってどうするのさ。樹里ちゃんへのペナルティは、二週間以内に本部で何処かの部隊に入隊する事だって城戸司令からお達しがあったの。ま、軽い条件で良かったじゃないの」

「むぅ」

 

 佐鳥の返答に、樹里は頬を膨らませて抗議の意を示す。

 

 普段通りの無表情のままではあるが、上目遣いでこちらを見上げて来る彼女が全身で不服を申し立てている様子は可愛らしい。

 

 しかし、だからといって甘い対応をするワケにはいかない。

 

 今回ばかりは、この条件を覆すような真似はしてはならないのだから。

 

 そもそも、何故迅や城戸本人ではなく佐鳥が彼女にこの事を告げているのか。

 

 始まりは、城戸から佐鳥へ呼び出しがかかった事に端を発していた。

 

 

 

 

「佐鳥隊員。何故呼ばれたかは自覚しているかね?」

「樹里ちゃんの事ですよね。分かっています」

 

 先日、佐鳥は迅を通じて城戸から呼び出しを受けて司令室へ召喚されていた。

 

 いつも通りの厳めしい面構えで問い質す城戸に対し、佐鳥も真摯に応じる。

 

 元より、こうして呼び出される事自体は予想の範疇ではあった。

 

 ことが彼女に関する事であれば、自分が動くのは至極当然の事なのだから。

 

「今回のような事態に木岐坂隊員を関わらせる事に関する危険性に、気付いていなかったとは言わせない。場合によっては、君を彼女の監視任務から解任する必要も検討しなければならない。その上で、問おう」

 

 城戸は有無を言わさぬ調子でそう前置きし、告げる。

 

「今回、彼女の参加を許した理由を答えたまえ。それによって、今後の対応を検討する」

 

 ジロリ、と城戸は佐鳥を睨みつける。

 

 虚偽や黙秘は、許さない。

 

 そういった言外の威圧が、その視線には込められていた。

 

「ハッキリ言ってしまうと、それ以外に選択肢がなかったからです。下手に断ると、迂闊な独断専行を招きかねない。そういった危険性を考慮して、作戦への参加を黙認しました。経緯については────────」

 

 対して、佐鳥は嘘偽りなく事実のみを答えた。

 

 迅から、今回の作戦への参加について打診を受けた事。

 

 樹里が強化視覚によって得た情報から自分と迅の関係性について疑念を抱き、その追及をされた事。

 

 そして、何より迅から彼女の介入を避ける事が出来ないと明言された事。

 

 それが、彼女の参加を看過した根拠であると、佐鳥は説明した。

 

 その説明を黙って聞いていた城戸は、成る程、と頷いた。

 

「話は分かった。一つ聞くが、迅への協力を取り止めるという選択はなかったのかね?」

「残念ながら、それは出来ませんね。迅さんが動くって事は、必ずボーダーの、この世界の未来を見据えての行動です。それを阻害する事は、必ず悪い結果に繋がります。それを考えれば、協力する以外の選択肢はありませんでした」

「ふむ」

 

 城戸は話を聞き、眼を細めた。

 

 佐鳥の言葉に、嘘はないように思える。

 

 彼が迅に対しある種の負い目を抱いている事は、城戸も知っている。

 

 それを考えれば佐鳥に対し迅への協力をするな、という要求が困難である事は、彼にも分かっていた。

 

 この件に関しては城戸も強くは言えない立場である為、これ以上の追及は難しい。

 

 それを何処まで彼が理解しているかは分からないが、少なくとも重い処分を課すような状況ではないと判断した。

 

「よかろう。そういう事であれば、今回の件は不問とする。但し、彼女の動向に関する責任は君の行動如何にかかっている事は、忘れないようにする事だ」 

「了解しました」

 

 但し、釘を刺す事は忘れない。

 

 今回はあくまで、見逃しただけ。

 

 そういうスタンスは、しっかりと示す必要がある。

 

 事が、彼女に関するものであれば。

 

 対応が厳しくなるのは、当然なのだから。

 

「今回の件を不問にするにあたって、一つ条件を出す。二週間以内に、木岐坂隊員を本部の何処かの部隊に所属させる事だ」

「樹里ちゃんを、本部の部隊にですか」

「そうだ。今回の戦闘で、木岐坂隊員はA級トップチームを相手に多大な戦果を叩き出している。その彼女が玉狛支部に移籍でもするような事になれば、ボーダー内部のパワーバランスが崩れかねない。そういった事態を避ける為にも、彼女にはソロという自由な立場ではなくしっかりとした足場を作って貰う必要がある」

 

 加えて、と城戸は続ける。

 

「仮に玉狛支部に移籍してしまった場合、()()()があった時の処理を彼等にさせる事になってしまう。その結果生じる損害は、無視出来ないものだ」

 

 そう語る城戸の眼には、微かな憂いが見え隠れしていた。

 

 佐鳥はそれに気付いていたが、敢えて追及はしない。

 

 城戸の慮っている内容に関しては、佐鳥自身も全くの同意見であったからだ。

 

「また、木岐坂隊員は我々の眼の届く場所にいて貰わなければならない理由については言うまでもないだろう。彼女自身にその危険性を自覚しようがない以上、こちらで配慮するしかないからな」

「ええ、分かっています。それについては、異論はありません」

 

 そして、彼女の事情を考えれば支部に移籍などさせるワケにはいかないというのは理解出来る。

 

 今回、樹里は太刀川達トップチームを相手に勝敗を決定づける大戦果を叩き出した。

 

 彼女を巧く扱ってそれを成し遂げたのは佐鳥ではあるが、木岐坂樹里という隊員の()()()はこの上ない形で証明された。

 

 今回、城戸はそこに目を付けた。

 

 何も彼は、本気で樹里が玉狛支部へ移籍するとは思っていない。

 

 むしろ、これは口実に近い。

 

 派閥間のパワーバランスの調整をもっともらしい理由として、彼女の不安定な足場を確かなものにさせたい、というのが彼の思惑だ。

 

 これまで、樹里は何処の部隊にも所属せず単独(ソロ)の立場を貫いていた。

 

 その振る舞いが許されていたのは、香取隊という彼女が特別視する部隊が本部にあったからだ。

 

 部隊に所属せずとも、帰属意識の理由となるものがあるからこそある意味で見逃されていた。

 

 しかし今回、樹里はかなり危ない橋を渡ってしまった。

 

 事情を鑑みれば仕方のない事だったとはいえ、同じような事が今後起こっては困る。

 

 その為に、部隊に所属させ彼女の行動を制限したいというワケだ。

 

 部隊に所属すれば、彼女の行動の責任は樹里個人ではなく所属する部隊にも影響する。

 

 それを一種のブレーキとさせ、樹里の独断行動を抑制したい。

 

 この条件には、そういった思惑があるのだ。

 

 それについては佐鳥も同意見である為、異論はない。

 

 これまで色々理由を付けて部隊への所属を渋っていた樹里だが、良い機会だろう。

 

 いい加減、幼馴染相手に素直になるべきだ。

 

「以上だ。木岐坂隊員への説明は、君に一任する。よろしく頼むぞ」

 

 

 

 

(安請け合いしちゃったけど、樹里ちゃんかなり嫌がってるなぁ。予想の範疇ではあったけど、これを説得するのは骨だぞ)

 

 佐鳥は城戸とのやり取りを思い返しながら、溜め息を吐く。

 

 心情としては城戸に同意見だし、この条件が最良の結果であるとも理解している。

 

 そもそも、樹里にはもっと重いペナルティがかかってもおかしくはなかったのだ。

 

 それを部隊への所属だけで帳消しになるのであれば、これ以上の好条件はない。

 

 この条件は決定事項であり、覆る事はないと城戸からも念を押されている。

 

 故に、佐鳥は目の前で頬を膨らませている樹里に何とかこの条件を呑ませなければならない。

 

 彼は覚悟を決め、樹里に向き合った。

 

「樹里ちゃん、言っとくけどこれ以外に道はないからね? 今回は城戸司令直々の作戦に何の公式命令もなしに介入したんだから、もっと重い処分が下ってもおかしくなかったんだ。それは、分かってるよね?」

「……………………」

「あと、部隊に所属しとけば今後こういう事があっても────────────────樹里ちゃん?」

「………………………………」

 

 しかし、あからさまにそっぽを向く樹里を佐鳥はジト目で睨みつける。

 

 そして、はぁ、と盛大にため息を吐いた。

 

「あのね、拗ねても状況は好転しないの。参加するって決めたのは樹里ちゃんなんだし、その責任は取らないと」

「…………でも」

「樹里ちゃんだって、いい加減香取ちゃんとしっかり向き合う必要があるでしょ? 君の不安は前に聞いて知っているけど、それでも大事な幼馴染相手に逃げたままなのは良くないと思うよ」

 

 香取に対する樹里の負い目については、以前に聞いて知っている。

 

 彼女は自身の記憶が一定期間存在せず、彼女と関わっていた幼い頃の記憶でさえも信用を置けない事が、一つの疵となっていた。

 

 自分は、果たして本当に木岐坂樹里という人間なのか。

 

 そういった自己の存在証明(アイデンティティ)そのものに不安を抱いているのだから、その感情も無理はないと言える。

 

 しかし、だからといってこのまま香取達幼馴染を相手に逃げの姿勢でい続ける事は出来ないだろう。

 

 風間から、香取には樹里が何らかの事情を抱えている事を暗に伝えてあると聞いている。

 

 内容については明言はしなかったようだが、既に香取の側が樹里に特別な何かがあると勘付いているのであれば、このまま距離を取り続けるのは下策だ。

 

 本当であれば樹里の心配は杞憂であると()()()()()佐鳥達がそれを伝えられれば良いのだが、それは出来ない。

 

 彼女の記憶からそれを証明するものが消されているのだから、下手にそれを呼び起こすような真似は絶対に避けなければならないからだ。

 

 ()()()()の樹里の状態を知っている佐鳥には、その選択を取る事は出来なかった。

 

「なんならオレが付いて行ってもいいからさ、まずは香取ちゃんと話をしてみようよ。言いたい事があるんなら言えばいいし、その上で樹里ちゃんがどうしても嫌だって言うなら何か考えるからさ」

「…………でも、わたしは…………」

「樹里ちゃんが不安に思ってる事は、分かるよ。でもね、これだけは言える。君は、正真正銘香取ちゃんや染井さんの幼馴染の木岐坂樹里だよ。これだけは、保証する。絶対にね」

「…………!」

 

 佐鳥の言葉に、樹里は眼を見開く。

 

 正直、これでもギリギリだ。

 

 根拠を説明しろと言われても、今の佐鳥にそれは出来ない。

 

 しかし、こちらが嘘を言っていない事は樹里にも伝わったのだろう。

 

 先程まで不安で押し潰されそうだった彼女の表情から、若干ではあるが陰が消えている。

 

 危うい賭けではあったが、どうやら功を奏したようだ。

 

「…………話をする、だけなら」

「分かった。じゃ、一緒に行こっか」

「…………うん」

 

 樹里はようやくといった感じで頷き、佐鳥の手を取った。

 

 そうして二人は、目的地。

 

 香取隊の隊室へ、向かった。

 

 

 

 

「は…………?」

 

 そんな二人を出迎え、話を聞いた香取は眼を丸くしていた。

 

 そして、ジロリ、と佐鳥を睨みつける。

 

「ねぇ、なんでこれまでアタシの誘いを断り続けた樹里が自分から隊に入りたい、なんて言ってんの? アンタまさか、樹里に変な事して言う事聞かせたんじゃないでしょうね?」

「なんでそうなるのさ。詳しく事情は話せないけど、樹里ちゃんがちょっと上から目を付けられてね。お目こぼしを貰う条件が、何処かの部隊に所属する事だったんだよ」

「…………なんですって」

 

 最初から喧嘩腰だった香取は、佐鳥の話を聞いて眉を顰めた。

 

 樹里が何をやったかは知らないが、上に目を付けられるとは穏当ではない。

 

 大切な幼馴染がヤバい事になっていると感じた香取は、再度佐鳥を睨みつけた。

 

「ねぇアンタ、なんでそんな事になってるワケ? アンタ、アタシを差し置いて樹里の傍にいた癖にこの子が暴走する前に止められなかったの?」

「それついては、謝るしかないね。でも、一応言い訳させて貰うと一番マシな選択肢を選んではいたんだ。一応、迅さんの()()()()でね」

「…………っ!」

 

 佐鳥が迅の名前を出した事で事の重大さを悟り、香取は唇を噛んだ。

 

 此処で彼の名前が出て来るという事は、何かしらの機密が関わる何かに樹里が介入してしまったのだろう。

 

 そして、その()()へ関わった代償として樹里にソロという自由な身分ではなく部隊に所属させる事で連帯責任を負わせて行動に制限をかけるのが目的なのだろうと、香取は理屈ではなく本能で理解した。

 

 香取は直情傾向の感覚派だが地頭は悪くなく、それどころか頭の回転自体は相当に速い。

 

 自分の思考を言語化する事は極度に苦手ではあるが、推察力は決して低くはない。

 

 その彼女の直感が、今の樹里の危うい立場を感覚的に理解した。

 

 この事は、大きな意味を持っている。

 

 香取は改めて樹里に向き直り、真っ直ぐ彼女を見据えた。

 

「話は分かったわ。樹里、もっかい聞くけどアンタはどうしたいの? 本当に、アタシの隊に入りたいの?」

「……………………え、っと。どうしても部隊に所属しなきゃいけないなら、葉子のトコが良い、から」

「…………へぇ」

 

 樹里の返答に、香取は青筋を立てながら目を細めた。

 

 彼女は入隊を頼み込むのではなく、消極的な理由で自分の隊を選んだ事を告げた。

 

 それが、香取には気に食わなかったのだろう。

 

 これまで散々断っておきながら、この態度。

 

 あ、やべ、と佐鳥が香取の心境に気付いた瞬間には、既に手遅れだった。

 

「────────良い度胸じゃない。じゃあ、こっちから条件を付けても文句はないわよね?」

 

 香取はそう言って、ジロリ、と強烈な怒気に隠した決意を込めて、樹里を睨みつけた。

 

「アタシ達と、戦いなさい。この前と同じ、アンタとそいつの二人でね」

 

 そして、香取は。

 

 予てから懐で温めていた挑戦状を、堂々と樹里に叩きつけたのであった。

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