「あれは…………!」
若村は、その存在に気付き眼を剥いた。
同様に、三浦も眼を見開いて驚愕している。
無理もない。
何せ、あの大規模侵攻で彼等は直接あの翁に斬られている。
カメレオンによる隠密を看破され、刃は届かず地に伏せた。
次に繋がる一助にはなったが、あの一切反応も何も出来なかった斬撃の鋭さは忘れていない。
ボーダーで数々の実力者を眼にして来たが、後にも先にもあれ程までに隔絶した存在は見た事がなかった。
それだけあの老人は、二人の記憶には鮮明に刻印されている。
二人を護っている犬飼や辻も、緊張が隠せていない。
犬飼は表情から余裕が消えたし、辻は刀を持つ手の指が充血する程堅く弧月を握り締めている。
敬愛する先輩達でさえ、こうなのだ。
成長したとはいえ未だ経験の浅い二人が固まるのも、無理は無いと言えた。
(一体、なんで…………っ!? なんであの爺さんが、ここで出て来るんだよっ!? 皆疲労困憊で、とてもじゃねぇが相手出来る余裕はねぇってのに…………っ!)
自分を含め、周りの誰もが疲弊している事は若村の眼にも明らかだった。
状況俯瞰能力の低い自分ではあるが、それでも此処までの長時間戦闘で皆が消耗していない筈がない。
此処に来たのは23:00頃であったが、今はもう午前三時を回っている。
つまり四時間、ぶっ続けで戦闘を行っていたのだ。
既にトリオンには余裕がなくなっており、必要最低限の弾数で何とかやりくりしている状態だ。
そのようなコンディションで、あの翁相手の戦闘は無理があり過ぎる。
自分程ではないにしろ、他の面々も相応に厳しい筈だ。
そもそも、万全の状態であっても一刀の下に全てを斬り捨てるだけの隔絶した力があの翁にはある。
此処で開戦となれば、即ち敗戦を意味する事は間違いないだろう。
(どうすりゃ、どうすりゃいいんだ…………っ!? どうやって、この爺さんを…………っ! やり過ごせば、良いってんだよっ!?)
「それは本当か? 迅」
『ああ、間違いない。たった今、二宮さん達の所に現れたらしい。幸い、まだ戦闘状態にはなっていないみたいだけどね』
そうか、とレイジはガトリングで
曰く、大規模侵攻で猛威を振るったあの剣聖が、この星に現れる未来が視えたとのこと。
しかもその未来は既に現実となっており、現在二宮達が守る防衛陣地に姿を現したらしいという事だ。
このような局面で最も起きて欲しくなかった、特大の
それが今起きているのだと、理解せざるを得なかった。
『一応、ヒュースに意見を求めたい。どうやらあの爺さんは彼の師らしいし、何か知っているかもしれない』
「分かった」
兎にも角にも、放置は出来ない案件だ。
レイジは迅からの指示を受け、ヒュースの方を振り向いた。
「ヒュース、緊急事態だ。あの大規模侵攻の際に現れた国宝の使い手が、この星に来たらしい。どういった目的なのか、推察は出来るか?」
「ヴィザ翁が…………? それは確かなのか?」
「ああ、間違いない。たった今、防衛陣地のある場所に現れたそうだ」
そうか、とヒュースは若干の動揺を見せながら考え込んだ。
全てを聞いたワケではないが、どうやらあの翁はヒュースの師匠にあたるらしい。
そんな相手が突然現れた、というのだから動揺するのも当然だろう。
何せ、ヒュースは自国の者達に捨てられた身だ。
状況からして、例の翁もその件について同意していた事には間違いない。
それを分かっていない筈もないので、ヒュースとしては複雑だろう。
だが、今は一刻を争う状況だ。
今の状態であの翁と一戦構えれば、間違いなく作戦は失敗する。
どころか、こちらの戦力が軒並み斬り捨てられる可能性も十二分に有り得る。
あの翁の、ヴィザの実力ならばそれが可能であり、この場にいる誰もがその事を知っている。
大規模侵攻で見せた彼の実力の規格外さを知るが故に、それは予測ですら無い事実であった。
「…………恐らくだが、オレを連れ戻しに来た、或いは始末しに来た、という可能性は低いだろう。エネドラのように殺さず、置き去りにした事から考えてもアフトクラトルの手の者がオレを
成る程、とレイジは否定も肯定もせず頷いた。
政治に明るいワケではないが、敵対派閥の者を追い込むのならその身内の失点を責めた方が都合が良いのは分かる。
ニュースでも政治家が自分の政策を語るよりも先に他の政治家の粗を指摘し、追い込む事に心血を注いでいる光景は頻繁に眼にしている。
実現出来るかどうかも定かではない政策を語るより、他者を蹴落とし自分の対抗馬を減らした方が後々楽になるという考え方なのかもしれない。
それを見ている者がどう評価するかは別として、政治家として地位を守る為に有効な手段であるのだろう。
今回はその「貶める身内」役としてヒュースが抜擢されているという話なので、それならば彼の話にも頷ける。
あちらとしてはヒュースに「失態を冒したかも
相手の失敗を望んではいても、その相手を直接始末してしまえば糾弾する側の正当性は失われる。
「都合の良い悪役にした上で自ら始末した」と、周囲に思われてしまうからだ。
それならば、彼の翁がヒュースの処分を目的に来訪した可能性は低いだろう。
合理の面から言っても、納得出来る話である。
「推測が多分に入るが、ヴィザ翁がこの場に現れた事は偶然に近いだろう。何らかの任務で他国に赴き、その帰還の中途にこの星を発見したと見るべきだ。そして、発見出来た以上は放置の選択肢は有り得ない。かねてからアフトクラトルでは、このククロセアトロの残骸がもし稼働しているのならば最優先で処理するべきという意見が大勢を占めていたからな」
「なに…………?」
そこで、予想外の話が出て来る。
以前の話では、アフトクラトルはククロセアトロに対し不可侵、腫物のような扱いをしていた筈だ。
それが一転して「見過ごせない」という評価になっていたのだから、疑問が出るのも分かる話だ。
「此処に来る前に、「ククロセアトロの遺物」についての話はしたな? その件は各国でも問題になっており、特にククロセアトロの醜悪さ、タチの悪さを身を以て知っている我々アフトクラトルとしても無視出来ないという話になっていたらしい」
「しかし、先日の大規模侵攻ではその「遺物」の存在が明らかになっただけでアフトクラトルは撤退した。それは、関わる意思がないという事ではないのか?」
「あの時は、本国が近くにあったからな。どれだけの臨界規模か分からない以上、本国が近くにある状態で遺物に手を出す事は出来ない。どんな被害が齎されるか、分かったものではないからな」
だが、とヒュースは続ける。
「既に本国はこの宙域から離れており、ククロセアトロで何かあっても被害を受けるのは
成る程、とレイジは納得する。
以前は本国が近くにあって手出し出来なかったが、今はそうではない。
かねてより厄介だと思っていた災厄の元凶が目の前にあるのであれば、それを排除する為に行動するのは不思議ではないという事だ。
ちなみに属国であるガロプラとロドクルーンが近くの宙域にあるのだが、そちらは勘案していない。
以前エネドラから聞いた通りであれば、アフトクラトルにとって属国は「幾らでも搾取可能な農場」に過ぎず、自らの目的を達成出来るのであれば躊躇なく使い捨てられる相手として判断されている。
そのあたりは容易に推測出来るので、そこを指摘する事はしない。
今は、ヒュースの話の続きを聞く方が遥かに重要だからだ。
ヒュースはレイジが納得したのを確認すると、再び口を開いた。
「これも推測交じりになるが、ヴィザ翁は以前からこの星を探していたのだろう。本国の研究者により、ククロセアトロを源流とする「遺物」の機能を稼働させるにはこの星からの「指令」が必要不可欠であるという推論結果が出ている。何処にどの程度の数が散らばっているか分からない「遺物」を一つ一つ探すよりも、「元」を断とうというのは自然な話だろう。師も前々から機会があればどうにかしたいと仰っていたし、この星を見付けたあの方の独断という事も有り得るが」
「つまり、あの翁の目的も俺達と同じこの星の機能停止だと? それなら────────」
共闘も可能ではないか、と口に出そうとした時、ヒュースはいや、と首を振った。
それは出来ないだろうと、レイジの推測を両断する。
「ヴィザ翁の目的がこの星の航行停止である事は間違いないが、目の前にある「遺物」を排除しない理由はない。この星を停めれば「遺物」が無力化されるというのはあくまで推論であり、確実な事じゃない。なら、手が届く場所にある「危険な兵器」を放置する理由は存在しない」
ヒュースは顔を上げ、宣告する。
「師は恐らく、この星の停止に加え木岐坂の事も処分するつもりだろう。木岐坂の救出を考えるお前達とは、相容れる事は無いだろうな」
「そういえば、此処は
ヴィザ翁は好々爺然とした様子でそう話ながら隊員達を見回すが、その瞳の奥には冷たい殺意の光が宿っている事に修は気が付いていた。
その対象は恐らく、自分達ではない。
彼が意識を向けているのは、星の奥。
即ち、樹里がいる場所であると気付く者は気付いていた。
「まず、前提をお話し致しましょう。私が此処に来たのは、この星を今度こそ廃絶する為です。本国の研究者の憶測に過ぎませんが、この星の機能を停止させれば各地に散らばった「遺物」の危険性を排除出来る。そう聞かされていた為、偶然発見出来たこの地に参った次第です」
「…………では、この場で私達と敵対する気はない、という事でしょうか?」
そんなヴィザに対し前に出たのは、誰あろう二宮であった。
二宮はこの場を預かる者として、自身が矢面となりこの脅威度測定不能の老人を相手にする事を決めていた。
覚悟を決めて前に出た二宮を見て、ヴィザは軽く微笑みを浮かべた。
「そうですな。あくまでも私の目的はこの畜生に堕ちた者達の星の残骸の排除であり、貴方方と戦う事は役目に含まれておりません。勿論、相手をしたいというのであれば喜んで剣を執りますが、そういうワケでもないのでしょう?」
「…………そうですね。必要が無い限り、無益な戦闘は避けたいのが本音ではあります。勿論、互いの利害が一致しない場合を除き、でありますが」
「当然でしょうな。この地を発見出来たのは偶然ではありますが、私としても見付けた以上放置の選択肢は有り得ません。彼の星に由来するものは百害あって一利なしどころか、存在自体が害悪そのものなのですから」
ですので、とヴィザは彼方────────女神像のある方角に、眼を向けた。
「あの巨大な像は、「遺物」の成れの果てであると認識しております。そして貴方達は「遺物」────────いえ、「仲間」を助ける為にこの地を訪れた。違いますかな?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ります。そうでもなければ、こんな危険な星へわざわざ降り立つ理由がございませんからな。隠さなくても結構です」
その言葉を聞き、二宮は唇を噛んだ。
ヴィザの指摘に反論出来る部分はなく、自分達が樹里の救出に来ているのは事実だからだ。
そもそも死んだ星に立ち入る事自体忌避されているのに、この星はある意味で近界最大の禁忌とされているククロセアトロの残骸。
厄ネタの集合体のような場所にこれだけの人数を連れてやって来ている時点で、明確な目的があると推測されるのは避けられない。
それが事実なだけに、否定する言葉も吐けないからだ。
「先に言っておきますが、私の最大の目的はこの星の完全な機能停止です。ですが、本国から離れた場所で発見する事が出来た遺物を
「…………!」
その言葉に、二宮は凍り付く。
彼は、こう言っているのだ。
それは、彼女を助け出したい自分達とは明確に利害が対立する。
星を停める、という目的は同じであっても、その次に来る目的に関しては相容れない。
或いは共闘を、という考えは打ち砕かれたに等しい。
彼を受け入れるという事は、樹里を見捨てるという事と同義だからだ。
「さて、私の目的と腹の内は明かしました。そちらの返答を、お聞かせ願えますかな?」
彼としては、どちらでも良いのだろう。
こちらが犠牲を許容しても、対立を選択して心躍る戦が始まったとしても。
ヴィザとしてはどう転んでも構わないからこそ、敢えてボーダー側に選択肢を提示したのだ。
無論、樹里を犠牲にする選択肢など選んで良い筈がない。
かといって、消耗し切った現状で彼を撃退するなど夢物語に等しい。
二宮は現状を正しく認識し、だからこそ苦虫を嚙み潰したような顔をして。
「────────待って下さい」
────────そこに、第三者の声が割って入る。
二宮はその声の主に気付いて目を見開き、ヴィザはおや、と眼を細めた。
「貴方に、提案があります。聞いて頂けますか?」
彼は、三雲修は毅然とした表情でヴィザの前に進み出た。
周囲の者達が固唾を呑んで見守る中、修の