『三雲、どういうつもりだ? 今の状況を分かっているのか』
二宮は独断で交渉の場に立った修に対し、通信でそれを咎めた。
この場の一挙手一投足が最悪のケースに繋がる可能性がある以上、それは絶対に確かめておくべき事だからだ。
『はい。ヒュースから状況は聞きました。勝手な真似をして申し訳ありませんが、打開策を用意出来ました。どうか、任せて貰えませんか?』
対して修は、冷静に淡々とそう答えた。
そこには功名心であるとか、過度な自己肯定による傲慢さだとかそういうものは一切感じ取れない。
ただ、自分に出来る事だから自己判断で動いた。
彼の眼が、声が、如実にそう語っていた。
『ヒュースだと? 何故、あいつが出て来る?』
『あの剣士は、彼の師だそうです。ですので相手の目論見や性格含め、彼から情報共有がありました。その上で、妥当と思われる交渉内容を考えました。勝手をして申し訳ありませんが、必ず成果は出します。一応、迅さんには承認を貰っています。確認して頂いて結構です』
『なに?』
迅の承認、と聞きそういえばこいつは玉狛だったなと思い出す。
二宮にとって可愛い後輩である三輪が以前は迅を忌み嫌っていた為、彼に対する悪態はそれなりに聴いていた。
勿論、面と向かって話していたワケではない。
ヴィザが現れた時点で対策が必要だと考えた修は即座にヒュースと通信を繋ぎ、そこで彼から語られる翁の情報を入手したのだ。
普段であればアフトクラトル本国の事は話したがらないヒュースではあるが、今回の件は色々と例外扱いしてくれているのだろう。
見捨てられた側とはいえ、敬愛する師の情報を話す事には葛藤もあったに違いない。
『お願いします。今は待ってくれていますが、あまり長く待たせると心証は悪くなります。ぼくに、彼との交渉を行う許可を下さい』
無論、それを表に出すような人間ではない事は承知している。
しかし話を聞いた責任として、やるべき事はしっかりやり遂げる。
そう考える修の意思は、揺らがない。
何が何でも、この仕事をやり遂げる。
二宮は修から、その強烈な信念を感じ取った。
『勝算はあるのか?』
『はい。推測も多分に含みますが、勝算はあります』
ふぅ、と二宮はため息を吐く。
そして、修の眼を見て告げた。
『────────いいだろう。やってみろ』
『ありがとうございます』
改めて二宮からの許可を得た修は、前に進み出る。
そんな彼を、ヴィザは眼を細めて見据えた。
「若い。ですが、意気軒高で結構な事です。私の事は、ご存知でありますかな?」
「ええ、
「結構。どうやら、ただの無鉄砲ではなさそうだ」
ニィ、とヴィザは笑みを浮かべる。
それは、修を一先ず「交渉相手として足る」と認めた合図。
ただの無謀でも、傲慢でもない。
一人の取引相手としてこの場に立っているのだと、認識した証。
これから始まるのは、刃を交わし合う戦闘ではない。
言の葉を武器とし、相手の理を組み伏せ丸め込む、舌戦。
個人では弱小な戦闘力しか持たない修が唯一土俵に上がる事が出来る、理詰めの戦いなのだから。
「まず、確認させて頂きたいのですがよろしいですか?」
「ふむ、何を、ですかな? あまり国の機密に関わる事となるとお答えしかねますが」
「簡単です。貴方は今回、
「…………!」
修の第一の問いに、ヴィザは眼を細めた。
そして、薄く笑みを浮かべた。
「おやおや、私は「本国はこのククロセアトロをどうにかしたいと考えている」という風に話したつもりですが、忘れたのですかな?」
「いえ、覚えています。ですがそれはあくまで、アフトクラトルが決めている「方針」の話ですよね。貴方は一度たりとも、「本国の命令でこの国に来た」とは言わなかった。貴方は確か、こう言っていた────────
「…………ふふ、正解です。よく、私の発言を覚えていましたね。取り引きで相手を上回るには、失言に繋がりそうな発言は何気ないものでも覚えておくべき。交渉の基本が分かっていらっしゃる」
にこにこと、ヴィザは好々爺のような顔で笑い修の言葉を肯定する。
そう、確かにヴィザは一度も「アフトクラトルの命令を受けてこの星に来た」とは言わなかった。
むしろ、偶然が重なりこの地に来たのだと、そう発言してさえいた。
修はそれをしっかりと覚えており、ヴィザが敢えてはぐらかしていた部分を指摘した。
その手腕を見て、ヴィザは彼を認めたのだろう。
少なくとも交渉の基本は分かっている、と。
「お答え頂き、ありがとうございます。では、もう一つ確認します。貴方が先程語った目的、即ちこの星の稼働停止及び
「ふむ、確かにこの地に来たのは偶然ではありますが、アフトクラトルの者としては発見出来た以上見逃す選択肢はない。そうも言ったつもりですがな」
「ぼくの言っているのは、
ほぅ、とヴィザは再び眼を細めた。
そう、彼は国宝である
だが、その使い手たる彼が稀少な存在である事は事実だろう。
その彼をみすみす危険に晒すような真似をアフトクラトルが果たして承認するのか、という疑問はある。
修は、そこを突いたのだ。
「確かに、この星は放置しておけば害悪そのものでしょう。ですが、貴方という存在を失う可能性が欠片でもあるのなら、アフトクラトル側が承認する筈がない。違いますか?」
「…………成る程、認めましょう。確かに、この場に我が国の方が一人でもいれば、私の行いは制止されたでしょうな。貴方の言う通り、この身は少々本国では特別な意味があります。ですので、普段からそれなりに行動に制限はかけられているのです。易々と命を懸けるワケにはいかない身であるというのは、事実ですな」
ですが、とヴィザは続ける。
「それを貴方が本国に伝える手段は、ありませんでしょう? 貴方方にとって我々アフトクラトルは敵国────────いえ、
そう告げて、ヴィザは口元を歪めた。
確かに今回の彼の行動は、本国に無断での独断専行。
されど、修がそれを知ったとてアフトクラトルにその情報を伝える術など在りはしない。
ヴィザは、そう言っているのだ。
「それならば、私の行動が独断専行にあたるとしても関係はありませんな。私はただ、目的を遂行しその上で事後報告をすればそれで済みます。結果を出している以上、本国も強くは言えないでしょう。今この場で本国に知られる事がなければ、何の問題もありませんな」
確かヴィザが無断でこの地に来た事は、問題視はされるだろう。
しかし、そこまでだ。
生還さえ出来ていれば、アフトクラトル側もあまりヴィザには強く言えないだろう。
彼を失う
そして、彼ならばそれが出来るだろうという問答無用の説得力もある。
ヴィザの強さは大規模侵攻の際に散々思い知っており、如何に敵が異質で強大であっても彼が遅れを取るとは思えなかった。
アフトクラトルの剣聖、ヴィザ。
この人物には、それだけの確信を抱かせるだけの力があるのだから。
「それとも、何らかの手段で本国と連絡を取る事が可能であるとでも? それならばそれで、貴方方の骸をこの地に晒せばそれで済む話ではあります。どちらにせよ、私が譲歩出来る理由は今のところありませんな」
加えて、仮にこちら側にアフトクラトルとの連絡手段があったとしても意味がない。
ヴィザにしてみれば邪魔な存在は全て斬り捨てれば済む話であり、相手が何人だろうがどれだけの能力があろうが関係ない。
事実、大規模侵攻の際はたった一人で何人もの隊員を斬り捨て、最後まで倒し切る事は出来なかった。
更に現在こちらの戦力はかなり消耗している。
慣れない長時間戦闘によって、精神的にもトリオン的にも限界が近い。
こんな状態で規格外の戦力たるヴィザを相手取る事は、まず不可能と言って良い。
どちらにせよ、この面からヴィザを突き崩す事は無理だと考えて良いだろう。
こちらには
「心配せずとも、ぼく等にそのような手段はありません。ですので、ぼくの「提案」はそれとは別件です」
「…………ふむ」
しかし、「いざとなればお前達を斬れば良い」と言われた修の表情や態度は変わらなかった。
元より、この翁は強大な敵対者だ。
そんな
敵なのだから、必要とあらばこちらを屠ろうとするのは当たり前。
そういった考えがある為、修が動じる事はなかった。
平然とそう言い切る修を見て若村や三浦が唖然としていたが、そこは彼の精神の異質さが成せるものなので仕方が無いと言うべきだろう。
一度目的を定め覚悟を決めてしまえば、修から「止まる」という選択肢が消失する。
その道程がどれだけ困難で危険に満ち溢れていたとしても、どれだけの傷を負う事になろうとも。
たとえ自身の命が脅かされる事になろうと、彼は絶対に止まらない。
絶対的強者の威圧さえ、修にとっては止まる選択肢を選ぶ因子には成り得ないのだから。
「確認します。貴方の目的は各地で起こるククロセアトロの影響の排除であり、この星の稼働停止はその為の手段である。間違いありませんね?」
「ええ、その通りです。先程話した通りですな」
なら、と修は続ける。
「────────それが達成されるのならば、その
「…………ふむ。つまり、貴方にはこちらに利がある別案を提供する用意がある。そう考えても?」
ヴィザは眼を細め、修を見据えた。
修ははい、と頷く。
「単刀直入に言います。ぼく達と、
「…………ほぅ」
ヴィザの唇が、僅かに歪む。
それは修の解答を聞いた故のものなのか、興味故なのかは分からない。
どちらにせよ、その笑みには凄絶な何かが込められていた。
「出来るのですかな? どうやらかなりの時間戦闘が続いている様子。既にそちらの戦力は、限界が近いと見ておりますが」
「否定はしません。ですが、敵の防御網は打ち崩し、星の心臓部たる
修はそう言って、現在のこちらの内情を明かした。
暫定的な敵相手に簡単に情報を明かすのはどうか、という意見もあるだろうがまずは正確に現状を知って貰わなければこちらの提案は考慮にも値しないと考えるだろう。
「必ず出来ます」などという根拠のない担保は、この場では意味がない。
必要なのは具体的な道程と、必要な協定内容。
それを明らかとし、どれだけの譲歩が可能かどうか示す事なのだから。
「ですが、こちらに迫るあの巨大な怪物だけはどうしても完全に排除する事が難しく苦戦しています。ぼく等には、それが可能なだけの攻撃力がありませんから。ですが、貴方なら可能なのでは?」
「そうですな。確かに、私の
ですが、とヴィザは続ける。
「あの巨大な像と化している「遺物」の少女については、どうするのですか? 貴方の提案には、それが含まれておりませんが」
しかし此処で、ヴィザはある重要項を突いて来た。
即ち、樹里の処遇。
彼の目的は、アフトクラトルへの脅威の排除。
それには、危険因子である樹里の始末も含まれる。
その事を示し、ヴィザはこちらの反応を見る。
返答次第では、この提案は棄却される。
これは、そういう問いかけだった。
「勿論、それはこちらで対処します。彼女を止めた後こちらの世界に回収し、危険がないか検査します。必要ならば、そのデータをそちらにお送りする事も可能です。待って頂けるのであれば後日お渡ししますし、それが無理であれば別の手段もあります。知っていると思いますが、この近辺には貴方方の属国であるガロプラがあります。そちらの方で彼等にデータ受け取りを頼んで頂ければ、彼等にデータを預ける事も出来るでしょう。これでも、検討には値しませんか?」
「成る程、一考には値します。では、その結果矢張り危険が残ると判断すれば改めて排除すれば良いと? 貴方は、そう仰るのですかな?」
「そうですね。その場合は、仕方ありません。
修は毅然とした態度で、ヴィザ相手にそう言い切った。
威圧感を滲ませる剣聖相手に、場合によっては再びその切っ先がこちらに向けられる事を理解しつつ断言する。
その態度に、ヴィザは嬉しそうに眼を細めた。
「────────成る程、成る程。私の事を、よく分かっていらっしゃる。確かに消耗した貴方方を斬るよりも、そちらの方が面白そうですな。中々に、心躍る提案をなさる」
ですが、とヴィザは続ける。
「私も、国を想うが故に自らの意思でこの地に来ています。将来的な脅威に成り得る存在に対する処置を、己の愉悦のみで甘くするワケには参りません。それでも譲歩をさせたいと言うのであれば、何らかの対価があって然るべきではありませんか?」
「はい、それについても考えてはいます。一つは、今後予定されているこちらのアフトクラトルへの遠征に関する事柄です。そして、
ほぅ、とヴィザは修の提案に予想外、といった反応を漏らす。
わざわざ「ヴィザ個人」に対して、というのが余程意外だったのだろう。
そんな彼に対し、修は迷いなく言い切った。
「────────こちらで預かっている捕虜である、ヒュースに関する事についてです。興味はありませんか?」
「…………!」
ヴィザは、驚きと共に眼を見開いた。
それは今回の会談が始まって以来初めて見せた、翁の感情の発露。
己の弟子に対する、私情から来るものであった。