香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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三雲修Ⅷ

 

 

『以上がオレが推察出来る師の目的だ。現状では、師から譲歩を引き出すのは厳しいと言わざるを得ないだろう』

『成る程。話してくれてありがとう。礼を言うよ、ヒュース』

 

 それは、ヴィザが修達の前に現れた直後。

 

 件の人物が二宮相手に会談を始めている隙に、修がヒュースにヴィザについての情報提供を求めた時の事だった。

 

 ヒュースはヴィザが現れたと聞くと「成る程」と得心しつつも、質問には素直に答えてくれた。

 

 若干の間があったのである程度の葛藤はあったと思われるが、その内心を推し量る事は出来ない。

 

 今はただ、身内の情報を話してくれたヒュースに感謝するのみである。

 

『礼を言われるような事じゃない。本来であれば本国の情報など話さないが、今回は別だ。情報不足による行き違いから、作戦の致命的失敗に繋がりかねない。此処で情報提供をしない方が、不利益が発生すると判断したまでだ』

『それでも、ぼく等に報いてくれた事は事実だからね。礼を言うのは変わらないさ。お陰で、()()()()()()()()ではあるし』

 

 なに、と通信越しにヒュースの困惑の声が聴こえる。

 

 それはそうだろう。

 

 「希望はない」と聞いたばかりなのに、そんな事を言いだしたのだから。

 

『どういう事だ? オレは木岐坂を助けるつもりであれば師との対立は不可避であると、そう結論を述べた筈だが』

『今の話を聞いて、とある推論が出来たんだ。けど、あくまで推論だから君の意見も聴きたい。その上で、どう交渉して(戦って)いくか判断したい』

 

 しかし、修の声は揺るがない。

 

 常の冷や汗もなく、声の震えも存在しない。

 

 ただ、毅然とした声で己の考えを述べた。

 

『ヒュース、アフトクラトルでは多分────────』

 

 

 

 

「ヒュース殿の事、ですか。これは、面白い事を言うものですな。何故、今その話が出て来るのですかな?」

 

 ヴィザは若干眼を細めながら、修に視線を向けている。

 

 既にその声色には、僅かな震えもない。

 

 たった今見せた動揺は嘘だったのではないかと思う程、泰然としている。

 

 しかし、修はその声色に残る感情を見逃さなかった。

 

 ある程度の効果はあるらしい、と判断する。

 

「貴方は、ヒュースの師であると聞いています。ですので、こちらで預かっている彼の身について色々と思うところがあるのではないかと思いまして」

「ふむ、それはヒュース殿から聞いたのですかな? そのような事を話すとは、どうやらそちらでは悪い扱いは受けていない様子ですな」

「何故、そう思われるのですか?」

 

 ふむ、とヴィザは一拍置いて口を開いた。

 

「私が彼の師であるという情報は、対アフトクラトルに於いて左程重要な情報ではございませぬ。また、ヒュース殿は如何なる尋問に遭おうともそれだけで口を割るとは思い難い。ならば、ある程度彼の意思を尊重した交渉の中でヒュース殿自らが話したと考えるのが自然だからです」

 

 間違っていますかな、とヴィザは微笑む。

 

 矢張り、師だけあってヒュースの事は良く分かっている。

 

 僅かな情報を開示しただけで、ある程度ヒュースの現状について当たりを付けてしまった。

 

 好々爺然とした態度はあくまで表層だけであると、嫌でも分かる。

 

 流石は、アフトクラトル国宝の使い手。

 

 尋常ではない切れ者であるのは、確かなようだ。

 

「そうですね。あくまでも()()()()の話ではありますが、悪くない関係を築けていると考えています」

「ふむ、貴方個人、ですか。となると矢張り、ボーダーの中にはヒュース殿を快く思っていない人物もしくは勢力がある、という事ですかな?」

「ご想像にお任せします。否定はしない、とだけ」

 

 成る程、とヴィザは得心したように頷く。

 

 まだ交渉の中途であるので情報は出し渋っているが、同時に嘘も正確な現状も口にしてはいない。

 

 敢えて相手に推論の余地を残す事で、結果的に与える情報を絞ったのである。

 

 相手が交渉に乗るかまだ分かっていないのに全ての情報を晒すのは、本末転倒であるからだ。

 

「これは独り言ですが、ぼくはボーダーの重要人物にコネクションがあります。もしもこちらの条件に乗ってくれるのであれば、ヒュースの立場が向上するように進言する事も吝かではないと考えています」

「…………ふむ、ではその独り言については私の胸に留め置くとしましょう。しかし、こちらも独り言を零すのであればそれだけでは大した材料とは成り得ませんな。既にヒュース殿は我々とは袂を分かった身。如何に師弟の関係であったとはいえ、アフトクラトルの守り人としての立場で考えるのであれば譲歩の理由としては弱いでしょう」

 

 しかし、それでもこのやり取りには意味がある。

 

 お互いに独り言という体にしたのは、これが本命ではないという証明でもある。

 

 如何に師弟関係であったとはいえ、ヒュースはアフトクラトル側からすれば健在のまま戻って来られては困る相手。

 

 その相手の待遇を良くする、という条件を出されてもヴィザの立場では素直に頷く事は出来ない。

 

 だからこそ、これはヴィザ側の心象を良くする為のリップサービスのようなものだ。

 

 これを理由に交渉に乗る事はしないが、「一考」には値する。

 

 その上で、現状はまだ交渉に乗れる段階ではないというのがヴィザの結論だった。

 

 ヒュースに対して思う所があるのは確かだろうが、それだけで前提を覆す事は出来ないのだろう。

 

 彼もまた、公人としての意識がしっかりと根付いているようであった。

 

「今のお話については、一旦忘れて貰っても結構です。ぼくが提示出来る条件は、また別にあります」

「ほぅ、まだ何かあると?」

「ええ、ヒュースと()()()()が欲しくはありませんか? こちらの条件を呑んで頂けるのであれば、その用意が出来ます」

「…………!」

 

 ヴィザは、今度こそ眼を見開いた。

 

 これまで、表面上は冷静を取り繕っていた翁の仮面。

 

 それが今、一瞬とはいえ剥がれたのだ。

 

「…………それは、ヒュース殿を此処に呼ぶ事が出来る、という事ですかな? 貴方個人と対等な関係を結べてはいても、捕虜という立場なのは変わらないと思うのですが」

「ご想像にお任せします。ただ、「出来る」という事を念頭に置いて頂ければ結構です」

「…………そうですか」

 

 ふむ、とヴィザは僅かに眉を顰めながら唸った。

 

 今の話は、彼の心の芯に響くものがあったのだろう。

 

 どれだけ公人に徹したとしても、ヒュースの話を聞く限り師弟として相応の関係を築いていた筈だ。

 

 その情を完全に切って捨てる程、彼は人間を止めてはいなかったというだけの話である。

 

「それから、現在予定されているそちらへの遠征についてです。こちらについては、簡単です。そちらに向かった際に、無関係な一般市民への攻撃は行わない事を確約します。ぼく達の目的は攫われた人間の救出であり、そちらと全面的に事を構える事ではないのですから」

「結構。無差別な攻撃は行わない、というのは助かります。以前そちらに攻め込んだ我々の立場からすれば、同じ事をされても文句を言う資格はありませんからな。有難い事です」

 

 遠征に関しての話は、あっさりと終わった。

 

 それはそうだろう。

 

 修としても、無関係な市民への攻撃はボーダーの立場を考えても有り得ないだろうと思っている。

 

 アフトクラトルは、強国だ。

 

 そんな国相手に一般市民への無差別な攻撃を行えば、明確な宣戦布告と同義だ。

 

 囚われた者達を助け出すのが目的であるのだから対立自体は不可避だが、それはあくまでもハイレインの率いるいち勢力への限定的な敵対に留めるべきだ。

 

 一般市民へ手を出した瞬間、アフトクラトルという国自体が明確にこちらを敵視する事になる。

 

 そうなれば、戦力で劣るこちらが抗える通理はない。

 

 向こうの本気度がまるで違って来る為、まず生きて帰る事は出来ないどころか再びこちらの世界に矛先を向けて来てもおかしくはない。

 

 よって、この宣言についてはこちらの立場を明確にしただけで言うだけタダのようなものだ。

 

 最初からやるつもりがないのだから、情報の出し惜しみをする理由が無いのである。

 

 ならば相手の心象を少しでも良くする為に、喋ってしまった方が得策であろう。

 

「それから、もう一つ確認したい事があります。先程貴方はアフトクラトルはこのククロセアトロを放置出来ないと考えていると話していましたが、もしかするとこの国の(クラウン)トリガー────────傀儡糸(クローステール)については、()()()()を持っている人間もいるのではないですか?」

「…………!」

 

 ────────そもそも、今までの話は()()ではない。

 

 あくまでも、こちらの心象を上げる為の材料。

 

 本命の交渉は、此処からだった。

 

「何故、そう思ったのかお聞かせ願えますかな?」

「簡単です。この国の(クラウン)トリガーを使えば、複数人を「神」に仕立て上げる事が出来る。つまり、たとえ前任者よりトリオンが劣る人間を「神」に据えたとしても、その()()を行う事が可能になります。毎回血眼になって優れたトリオン能力を持つ相手を探し出そうとしているアフトクラトル側からすれば、喉から手が出る程欲しいものであるのは瞭然ですから」

 

 修が着目したのは、ヒュース達救出組から齎された情報。

 

 即ち、複数人を「神」とするシステムを構築している(クラウン)トリガー、傀儡糸(クローステール)の能力である。

 

 ヒュースはこの機構について、暗に「欲しがっている者がいた」という言葉を口にしている。

 

 つまり、国の総意かどうかはともかくとして、傀儡糸を欲しがっている存在は確かにいるという事に他ならない。

 

 ヴィザの反応からしても、どうやら間違ってはいないようだった。

 

「アフトクラトルは、毎回「神」を厳選して国力を上げていたと聞きます。ならば、並大抵のトリオンの者では次代の「神」は務まらない。そう遠くない未来、国力の縮小を余儀なくされるだろうというのは分かります。ならば、たとえ危険な技術であろうとも手を伸ばそうとする人間がいてもおかしくありませんから」

 

 修の話を聞き、ヴィザはふぅ、と息を吐いて口を開いた。

 

「…………ええ、確かに我が国にはこの星の技術を欲しがっている勢力はおります。ですが、それが今回の交渉と何か関係が?」

「あります。貴方の本当の目的は、アフトクラトルの()()が起きる前に傀儡糸(クローステール)を完全に抹消する事。そうではありませんか?」

「…………!」

 

 再び、ヴィザは眼を見開いた。

 

 核心を突かれた。

 

 今のは明確に、そういった反応であった。

 

「貴方が何故、正式な任務としてではなく独断でこの星に訪れたのか。それは、アフトクラトルの正規の部隊が介入する前にこの星の技術を完全に抹消したかったからです。国の介入を許せば、何かの間違いで傀儡糸を持ち帰られてしまうかもしれない。貴方は、それを阻止したかった。違いますか?」

「…………仰る通りですな。成る程、最初からこれを想定していた、というワケですか」

 

 深々とヴィザは頷き、ふぅ、とため息を吐いた。

 

 それはこれまでに見せて来なかった、疲れた老人のような顔色であった。

 

「ククロセアトロの所業を実際に見た者と聞き知っただけの者の間には、相応の認識の差があるのです。我々のように直接その実態を知る者ならば、どんなものであろうと奴等の技術を利用しようなどという愚行は思い至りもしません。ですが、そうではない者達も確かにいるのが現状なのですよ」

「矢張り、傀儡糸(クローステール)を利用したいと考える勢力がいるのですね?」

「主に、他の領主の方々ですな。ハイレイン殿はエリン家当主を「神」とする事で、国の実権を握ろうと動いておられる。ですが当然、他の領主としてはそれは面白くない。ならばと、ククロセアトロの「遺産」を狙う者は確かにいるのですよ」

 

 聞いた話では、アフトクラトルでは次の「神」を捧げる事が出来た領主が国の実権を握る事になるのだという。

 

 現在ハイレインはエリン家当主を生け贄とする事でその目的を果たそうとしているが、未だ「神」足る器を用意出来ていない他の領主からすれば歓迎出来ない事態である。

 

 故に、国の実権を握る為にククロセアトロの技術を欲しがっている者は一定数存在する。

 

 言われてみれば確かに、おかしな話でもなかったワケだ。

 

「…………表面上安全に利用出来るように思えても、この国由来の技術がまともなものである筈もありません。必ず、何らかの形でしっぺ返しを受ける事になるでしょう。国を想う心あれば、それを阻止したいと思うのも当然ではありませんかな」

「ええ、同感ですね。ぼくも、この国の技術は残してはならないものだと思っています。()()()()()、ぼく等の利害は一致する。そうではありませんか?」

 

 修はヴィザの真意を確認し、本命の交渉を切り出す。

 

 即ち、互いの目的のすり合わせである。

 

「貴方の最優先目標は、あくまでも(クラウン)トリガーの破壊です。そしてそれは、こちら側も同じです。加えて、ぼく等ボーダーが関わっていた事が分かれば「(クラウン)トリガーはボーダーが破壊した」という事にしてしまっても支障が無い。その方がそちらも、都合が良いのでは?」

「それを手伝う代わりに、()()を見逃せ、というワケですかな」

「有り体に言えば、そうなります。貴方としても、悪い話ではないと思います。どうでしょうか?」

 

 ヴィザの最優先目標は、あくまでも(クラウン)トリガーの抹消。

 

 極論すれば、それ以外は全て些事とも言える。

 

 また、ボーダーと協力して事に当たれば冠トリガーの破壊はボーダーの仕業、という事にも出来る。

 

 つまり、「国にとって有益なトリガーを独断で破壊した」という口実で付け込まれるリスクを減らす事が出来る、という事だ。

 

 如何に危険極まりない技術とはいえ、近界の国からしてみれば傀儡糸(クローステール)の能力は有用であるのは事実。

 

 それを独断で破壊したとなれば、ヴィザの立場が悪くなる可能性はある。

 

 しかし、此処でボーダーと共闘すればそんな隙を晒す事もなくなる。

 

 元より、ククロセアトロの痕跡は抹消すべしというのが大勢の方針なのだ。

 

 明確な瑕疵さえなければ、国宝の使い手たる彼をわざわざ追い込もうとする者はいないだろう。

 

 そういう意味で、ヴィザ側にはこちらと組む明確なメリットが出来たワケだ。

 

 これこそが、本命。

 

 ヴィザの真の目的を推察した、修の切り札であった。

 

「────────良いでしょう。そちらの提案を受け入れます。短い間ですが、よろしくお願いしますね」

 

 そう言ってヴィザは、こちらに手を差し出した。

 

 この話だけでは、彼は首を縦には振らなかっただろう。

 

 しかし、事前に修がヒュースの話を持ち出した事で彼のこちらに抱く心証が良くなり、その上で「協定に乗れば市民の安全を守る事が出来る」という大義名分も手にした。

 

 そうする事で天秤が傾き、同意に至ったのだ。

 

 必要な情報を取捨選択し、的確に言葉を選んだ修の勝利と言える。

 

「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 修はそう言い、ヴィザの手を握り返した。

 

 こうして、交渉(たたかい)は修の勝利で幕を閉じた。

 

 この時を以て、アフトクラトル最強の剣聖が手勢に加わる事となる。

 

 長きに渡る星の骸での戦いは、一気に変転を迎える事となった。

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