香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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戦況、流転

 

 

「うわ、凄いな。あのデカブツを倒しちまったぞ」

「ヴィザ翁なら出来て当然だ。あの方なら、ただ大きいだけの木偶の坊など問題にしない」

 

 皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)の討伐の光景は、遠く離れた遊真達の眼にも届いていた。

 

 眼前の女神像と同じく、あの怪物はサイズだけならばこちらを遥かに凌駕する。

 

 だからこそ、このような超々遠距離であってもその倒壊が視認出来たワケだ。

 

「…………まさか、こんな展開(コト)になるとはな」

 

 レイジもまた眼を見開いているが、その驚きはあの怪物を撃破出来た事ではない。

 

 何よりも彼を驚愕させたのは、あのヴィザが一時的とはいえこちらの味方になったという事実そのものである。

 

 大規模侵攻でレイジ達は、彼の剣聖の強さを体感している。

 

 そして、その揺るぎの無い武人として完成された精神もだ。

 

 レイジの感覚から言えば、どれだけ言葉を弄そうがあの翁を味方に付ける事はまず出来ないだろうと思っていた。

 

 だから、迅からヴィザ出現の報が来た時は本気で撤退を視野に入れていた。

 

 無為に諦める事はしたくないが、今の消耗した状態であの剣士を相手取るのは幾ら何でも無謀に過ぎる。

 

 否、可能性を語る事すら烏滸がましいだろう。

 

 大規模侵攻の時はボーダーの残存兵力の総力を以て挑み、それでも一歩届かなかった。

 

 あの時にもし彼が撤退を選んでいなければ、どれだけ被害が広がったのかは想像に難くない。

 

 アレは、一騎当千という言葉がそのまま具現したような存在だ。

 

 ただ一人であろうとも万の大軍を退け、あらゆる障害を踏破する。

 

 加えて、祖国への忠誠は高く精神性も揺るぎない。

 

 だからこそ、彼が明確に害悪であると称したククロセアトロに関連する存在────────即ち、樹里の生存は絶望的になると考えていた。

 

 仮に彼女の救出に成功したとしても、ヴィザを止められなければ樹里は始末されてしまうだろう。

 

 ただでさえ長時間の戦闘が続く中、一度のミスすら許されない状況での戦闘を強いられ続けていたのだ。

 

 それに加えてヴィザを相手取るとなれば、どうなるかは言うまでもない。

 

 この場を預かる者として、被害を最小限に留める為に犠牲を要する選択肢も視野に入れなければならないと考えていた。

 

(だが、それを覆した。まさか、三雲がこんな奇跡を起こすとは────────いや、あいつの頑張りを「奇跡」なんて言葉で表すのはむしろ失礼だな)

 

 だからこそ、今の状況が信じ難い気持ちもある。

 

 あの翁が敵に回らないばかりか、限定的とはいえ友軍となった。

 

 それを為し得たのが修の功績だと言うのだから、驚くなと言う方が無理がある。

 

 しかし、修はやる時はやる人物であるというのはこれまでの経験からも知っている。

 

 ならば今は、その健闘を称えるべきだろう。

 

 これまででも最大難度の交渉(たたかい)を潜り抜けた後輩の事は、後でしっかり褒めてやらねばなるまい。

 

 修が成し得たのは、それだけの重みを持つ奇跡のような成果なのだから。

 

「でも、なんであの爺さんが来たんだろうな。話によると偶然ここを見付けたから、って事らしいけど────────そもそも、なんでこの近くまで来てたんだろ?」

 

 ただ、疑問はある。

 

 遊真の言うように、何故アフトクラトルにいる筈のヴィザがこの場に居合わせる事が出来たのか。

 

 言によればこの星は偶然発見出来たという事だが、そもそもこの近辺に来ていなければ見つける事は出来なかった筈だ。

 

 つまり何らかの「用事」があって近くまで来ていたと考えられるが、それが何なのかは皆目見当もつかなかった。

 

「恐らくではあるが、ロドクルーンの()()────────いや、()()()()の為だろうな」

 

 だが、その声に応える者がいた。

 

 他ならぬ、ヒュースである。

 

 ヒュースは推測になるが、と前置きしてから話を続けた。

 

「先日、ロドクルーンからガロプラに提供されたトリオン兵の内部にククロセアトロの寄生型トリオン兵が潜り込んでいたという話だった筈だ。その事をガロプラがアフトクラトルに報告した結果、アフトクラトルから人員が派遣されたと見るべきだろう。ガロプラにしてみれば、ロドクルーンを庇う理由など存在しないからな」

 

 彼が語った理由について、この場にいる全員に思い当たるものがあった。

 

 それは忘れもしない、ガロプラ侵攻の際に出現した寄生型トリオン兵「アラフニ」である。

 

 樹里に得体の知れない何かを撃ち込みこの事態を作り上げた元凶とも言うべき存在ではあるが、話によればあれが仕込まれていたトリオン兵は元々侵攻に際してロドクルーンからガロプラへ提供されたものであったらしい。

 

 加えて、そのトリオン兵はククロセアトロの技術者がロドクルーンに匿われていた時期に製造されたものらしい事も分かっている。

 

 つまり、ロドクルーンは「ククロセアトロの技術が使われている可能性のあるトリオン兵」をその事実を隠してガロプラに送り付けた事になる。

 

 ガロプラにしてみれば不良債権を押し付けられたどころか贈呈された物資に爆薬が埋め込まれていたに等しく、ロドクルーンを庇って情報を握り潰す義理など存在しない。

 

 どころか、まかり間違って自分達がククロセアトロの技術由来の代物を隠匿していたと疑われかねない状況でもあった為、むしろ率先してロドクルーンの所業を宗主国に報告したというワケだ。

 

「成る程、それは分かったけどそれがなんであの爺さんが来た事に繋がるんだ?」

「単純に、()()()()()()からだと思われる。ハイレイン隊長はエリン家を巻き込んだ政争に注力している為、他に手を割く余裕が無い筈だ。主に敵対行動を取った以上、エリン家の協力を得る事は論外。加えて他の領主からの横槍の懸念もある為、戦力を自分の所から離す愚は犯さないだろう」

 

 ヒュースの語る通り、現在アフトクラトルは政情が乱れている。

 

 ハイレインの目論んだ「エリン家当主を「神」とする」計画は、即ちエリン家との完全敵対と同義。

 

 立場上ではハイレインの方が上であっても、エリン家の者達がはいそうですかと自分達のトップを素直に捧げる筈がない。

 

 だからこそ、その主戦力と成り得るヒュースは玄界に置き去りにされたのだから。

 

「先程修にも語ったが、他の領主の中にはククロセアトロの技術を欲している者もいる。まかり間違ってそういった輩にこの国由来の技術を渡せば、本国にどのような災禍が訪れるか見当もつかん。かといって、手駒を軽々に派遣出来る状況でもない。だからこそ、ヴィザ翁が名乗りを上げた可能性が高い」

「どういう事だ? あの爺さんは、そのハイレインって奴の部下じゃないのか?」

「違う。国宝の使い手である以上、師が仕えるのはあくまでも「国」であって領主ではない。だからこそ、ヴィザ翁は政争に直接手出しはしない。前回の侵攻の際に同行して頂けたのもハイレイン隊長の手回しの結果、あくまでも祖国の為の「神」探しという名目で来られたに過ぎん。たとえるなら、期間限定で雇った傭兵のような扱いだ。これならば、お前にも理解出来るだろう」

 

 成る程、と遊真は頷く。

 

 どうやら思っていた以上に、「国宝の使い手」という立場の意味は大きいようだ。

 

 確かにあれだけの規格外の戦力を擁していながらアフトクラトルの実権全てを掌握出来ていないのは不自然だと思ったが、ヴィザ翁が部下ではなく食客のような存在であるなら話は変わる。

 

 大規模侵攻の時は国の死を避ける為という名目で同行していたに過ぎず、本質的には中立の立場。

 

 傭兵に近いと言われれば、遊真の理解は早かった。

 

 基本的に傭兵は自分の利益のみを考えて動くが、あの翁の場合その利益というものが「国益」になるのだろう。

 

 だから国を救う為の生け贄を探す為の遠征には参加するが、国の内部での諍いには余程の事がない限り手を出さない。

 

 要するに、そういう立場であるという事だ。

 

「だからこそ、今回盛大なやらかしをしたロドクルーンの強制査察にはうってつけの人材だったんだろう。師は小国程度、単騎ですり潰せる。あの方が出向けば、その国は全面降伏か滅亡か以外の選択肢がなくなるからな。滅びるのが嫌ならば、従う他ないだろう」

 

 故に、今回ロドクルーンの監査には適材でもあった。

 

 政治的立場は中立であるが、ヴィザがいれば国力を削がれた小国程度はどうとでもなる。

 

 彼に対しては生半可な数の暴力は意味を成さないので、以前にククロセアトロの技術者を匿い制裁として徹底的に国力を削がれたロドクルーンに抵抗する術はなかっただろう。

 

 ヴィザが降り立った時点で、ロドクルーンは詰んだも同然と言える。

 

「ククロセアトロ由来の技術は、徹底的に抹消するのがハイレイン隊長の方針だ。そして、それは師も同じ。今回もまた、利害の一致によりヴィザ翁が隊長の意に従ったという形だろうな」

「そして、その帰りに偶然この星を見付けちまったワケか。とんでもないタイミングが重なったモンだな」

 

 そして、その強制査察の帰途の最中にこのククロセアトロを発見し独断で赴いた。

 

 これが、事の経緯だろうとヒュースは語る。

 

 今まで得られた情報を鑑みても、精度の高い推測であると言えるだろう。

 

「お前達、考察はそこまでだ。状況が変わった────────良い方向にな」

 

 そんな話をしていた二人に、レイジが声をかける。

 

 遊真とヒュースは彼の見ていた方向、即ち女神像に注視する。

 

 そして、彼の言わんとする所に気が付いた。

 

「…………攻撃が、あっちに向かってるな」

「恐らく、ヴィザ翁を最優先攻撃対象に定めたのだろう。オレ達の総力よりも、師個人の戦闘力の方が上だからな。当然の判断ではある。だが」

「────────そのお陰で、こちらへの攻撃が手薄になっている。今なら、接近の難易度は各段に下がった。この機を逃す手はないだろう」

 

 そう、敵がヴィザの対処に注力した為、明らかにこちらに向けられる攻撃の手数が減っているのだ。

 

 元々の出力が高い為それでもかなりの弾が降り注いでいるが、先程までとは雲泥の差である事に変わりはない。

 

 今までは防御と回避に全力を注がなければ生き残る事すら難しかったが、これならば敵へ接近する為のハードルはかなり下がっている。

 

 状況は好転し、今が最大の好機。

 

 ならば、動かない理由はないだろう。

 

「仕掛けるぞ。下で風間達も頑張っている。このチャンスを、逃すワケにはいかない」

 

 

 

 

「…………あの怪物を、本当にやっつけちまいやがった」

「もう、凄すぎて言葉が出ないね…………」

 

 防衛陣地でヴィザによる皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)討伐を目撃した若村と三浦は、共に唖然としていた。

 

 まさか、あの規格外のサイズの巨体を「斬撃」で完全消滅させるとは誰が思おう。

 

 大規模侵攻の際は捨て身で翁に斬られに行った二人だが、元より自分達とは立っているステージがまるで違う事を改めて理解せざるを得なかった。

 

「これで最大の障害は取り除いた。後は、あいつ等が帰って来るまで此処を守り抜けばこちらの勝ちだ。脅威が減ったからと言って、気を抜くなよ」

「は、はいっ!」

「分かってるよ、もう」

 

 眼に見えていた最大の脅威が消えた事で緩みかけた空気を、二宮が締め直す。

 

 明らかな状況の好転には浮かれるのが人情というものだが、油断をした結果奇襲を受けて損壊するなどといった事態になれば目も当てられない。

 

 何せ、皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)はいなくなったとはいえ骸兵蟲(プロニムフィ)はまだまだ万を超える数がいるのだ。

 

 その物量を凌ぎ切れなければ、結果は同じだ。

 

 加えて、今はエスクードの台座という安全弁も存在しない。

 

 一つの油断が致命打に繋がりかねない以上、兜の緒を締めるのは当たり前と言えるだろう。

 

「それから、三雲」

「はい」

「────────よくやった。これは、お前の功績だ」

 

 突然の二宮からの称賛に、修は思わず目をぱちくりさせる。

 

 横で聴いていたユズルも、信じられない、といった風に眼を丸くしている。

 

 無理もない。

 

 あの二宮が暴言フィルターの一切をかけず人を褒める場面など、これまで見た事がなかったからだ。

 

「ありがとうございます。とはいえ、ぼくに出来る事を精一杯やっただけなんですけれど」

 

 しかし、修の動揺は一瞬。

 

 すぐにいつもの冷や汗フェイスに戻り、平然と謙遜を口にした。

 

 その様子を見たユズルはマジか、という顔をしているが「ああ、この人もそっち側なのか」と内心ですぐに納得を示した。

 

 今では二宮の本心に触れる機会もそれなりに多くなったユズルにとっては、吐く言葉が暴言に自動変換される二宮語はよくよく聞いてみればどれもこれも相手を気遣っての言葉であると理解は出来る。

 

 だが修は言葉の棘が強い事で有名な菊地原ともこの星に来る前のやり取りを見る限りではかなり良好な関係を築いている様子であった。

 

 つまり彼は単に、相手の言葉の棘を一切気にしない怪人物であるという事なのだろう。

 

 怪人物は言い過ぎかもしれないが、他者の言葉に敏感な年頃のユズルからしてみれば異星人に近い感覚で価値観の共有が難しい。

 

 ならばほぼ全ての言動が暴言に自動変換されてしまう二宮同様、普通の感覚で捉えてはいけない相手と考えるのが手っ取り早い。

 

 人はそれを思考放棄と言うが、悪くない割り切り方でもあった。

 

「ふん(ヒュースや近界の事を良く知るお前でしか、あの交渉は成し得なかった。謙遜する必要はない。お前はよくやった)」

 

 その返答に対し二宮は鼻を鳴らしただけであったが、ユズルにはその裏の心情が何となく察せていた。

 

 副音声でその台詞が聴こえて来るかのようであったが、修は褒められた事に浮かれるでもなく周囲の警戒に戻っている。

 

 もう考えるのも馬鹿らしいと思い、ユズルもまた周囲の索敵に戻るのだった。

 

「状況は好転したとはいえ、気を抜くな。俺達の仕事は、この場を護り切る事である事に変わりはない。最後まで、役目を全うしてみせろ」

 

 二宮はもう一度、全員に発破をかける。

 

 了解、という短い返事を受けると二宮は頷く。

 

 彼方の空。

 

 その灰の天涯の下に座する女神像の下で、戦いは佳境を迎えようとしていた。

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