『警告、警告。
自らの両翼を破壊された事で、
それは、己に搭載された最大火力の武装である熱線を
『近辺に存在する個体群への戦力評価を修正。個体名ヴィザへ使用するリソースのカットは推奨出来ません。よって、本検体の意識封鎖に割くリソースの3割を削減し、対象の個体群の迎撃に使用します』
事此処に至り、人工知能はレイジ達への評価を是正した。
これまでも彼等はシールド発生装置の破壊や
しかし、その評価は修正された。
たった今破壊された翼、熱線の発射装置たる
流石に心臓部たる樹里が閉じ込められたクリスタル程ではないが、それでもノーマルトリガーでは破壊は困難な硬度であった事に違いは無い。
だが、これに関しては相手が悪かった。
片や、黒トリガーの使い手たる近界出身の傭兵。
片や、トリガー
その気になれば両翼を破壊出来るだけの威力は、充分に出せたワケだ。
今までそれが出来ていなかったのは、夥しい数の弾幕を始めとした猛攻があったが為。
遊真もヒュースも最大火力を出すには相手に近付く他なく、だからこそ不用意な突撃によるカウンターを警戒してこれまで慎重に立ち回っていたのだ。
されど今、至天機巧のリソースはその大部分がヴィザの対処に使われている。
故に二人が突撃する隙を作りだす事になり、この結果を生み出したのだ。
単純なミス、とまでは言えない。
何故ならば機構が警戒したヴィザへの対処を怠れば、間違いなく致命的な結果に至るだろう事は間違いないからである。
相手は、極大の質量を誇った
警戒は当然であり、事実上彼がこの地に降り立ちボーダー側と刃の向きを揃えた時点でこの結果は必然であったと言える。
無論、これはただヴィザが訪れたという不運だけに依るものではない。
これまで激戦を続け、戦力を欠けさせずに戦い抜いたボーダー側の尽力あっての顛末である。
個々人の連携の価値、繋がる事での強さ等計算に含まれないククロセアトロの機構にとってみれば「それは違う」と反論するところだろう。
ただ一つ、言えるのは。
ククロセアトロは、
これはただ、それだけの話なのである。
但し、それをこの星の頭脳が識る事は永遠に無い。
星骸の機構は、純然たる事実、及び演算結果のみを勘案して判断を決定する。
この場合、
レイジ達が
かといってヴィザへの警戒を疎かにする事は論外である
よって、人工知能は
即ち、
これまでも十全に意識封鎖は実行出来ていた為、リスクが低いと判断したが故に。
この選択が今後どのような結果を生み出し得るか、ククロセアトロの人工知能はシミュレート出来ていなかった。
「心」という
それこそが、ククロセアトロの致命的な弱点と言えた。
『
しかし、そんな事など夢にも思わない女神像の人工知能は己に刻まれたプログラムに沿って動き続ける。
人工知能は、ひたすらに演算を継続する。
『対処開始』
「あれは…………っ!」
遊真は、見た。
彼等が破壊した、女神像の両翼。
その断面から無数の糸が伸び、飛び散った欠片へ向かう姿を。
あれは間違いなく、敵の内部にあった
これまでも散々見て来た、ククロセアトロの被造物の持つ再生能力の根源。
それにより、折角破壊した翼が再生されんとしている。
「「させるか」」
動いたのは、遊真とヒュースの二名。
それぞれ
繋げる先のパーツが粉砕された事で、翼の断面から伸びた糸は空を切る。
そしてそのまま、更に微細なパーツに砕け散った翼の破片はそのまま地面に四散した。
先程、ヴィザが
故に、繋げる事が出来ないレベルまで破片を粉砕すれば修復が不可能となるという情報は共有されていた。
だからこそ、こうして即座に対処を行う事が出来たのだ。
女神像は確かに巨大ではあるが、直径数キロメートルに及んだ
台座がかなりの高さをしている為遠方からでも視認可能となっているが、それでもあちらに比べればまだ小さいと言える。
そして、そのサイズ差はそのまま粉砕する難易度に直結する。
高出力を誇る近界民二人からしてみれば、問題なく破壊可能なレベルでしかない。
これまでなるだけ出力を絞り、トリオンを温存していた成果が此処に出たというワケだ。
「やっぱり、レイジさんの言う通りにしといて良かったな」
「そうだな。オレ達のトリオンを温存して来たのは、正解だったと言えるだろう。その分レイジには負担をかけてしまったが、これから取り戻せば良いだけの話だ」
遊真達は予め、レイジから最終局面になるまでトリオンをなるべく温存するように言付けられていた。
今回の敵はかなりの質量を誇り、どんな仕掛けが仕込まれているか分からない。
だからこそここぞという時までは、なるだけトリオンを温存するように言われていたのだ。
柱の破壊等で多少は使ったが、それでも可能な限り無駄遣いは絞って来た。
その分のカバーをレイジが行っており、結果として現在まで誰も欠けずに戦闘を継続出来ている。
故にこそ、今此処でその節約が活きた。
レイジの判断は、正しかったと言えるだろう。
『■■■…………!』
翼の修復を阻害された女神像は咆哮をあげ、その両手に無数のトリオンキューブを生成。
己に仇為す者達を誅する為、ハウンドを模倣した弾丸を放とうとする。
「させないよ」
されど、その弾が放たれる事はなかった。
二発。
瞬時に放たれた弾丸が、二つのトリオンキューブを同時に破壊したからだ。
それを為したのは、佐鳥賢。
菊地原に背負われ、尚且つ彼の俊足で運ばれながらも正確に二発同時の狙撃を成功させたツイン
射撃トリガーのトリオンキューブは、分割するまで一つの弾として扱われる。
そして、弾体のカバーに穴が空けばその場で炸裂し、射出される事はない。
佐鳥はいつ敵がトリオンキューブを展開して来ても良いように備え、女神像がそれを出して来たと同時に狙撃を敢行。
得意のツイン
狙撃手黎明時代から戦い抜いて来た歴戦の狙撃手、その面目躍如と言える。
「ただ担がれてるだけで終わる佐鳥じゃありませんよ、っと。仕事はちゃんと────────いや、男として此処で手を抜くワケにはいかないからね」
佐鳥はすぅ、と眼を細め女神像の胸部の水晶の中で磔にされている樹里の姿を見据える。
未だ瞼を閉じ、水晶の中で眠り続ける少女は自分にとって何を措いても欠け替えのない存在。
彼女を救う為に、今自分は此処にいる。
改めて決意するまでもなく、その想いは変わらない。
(ようやく、ここまで来れた。ここが、踏ん張りどころだ。どれだけ不格好でも、構うか。何が何でも、樹里ちゃんを助け出す…………っ! まだ、あの子の想いに返事だってしてないんだから…………っ!)
ヴィザの出現という特大の
地下では、自分に地上を任せてくれた香取達が頑張っている。
ならば、此処で己が死力を尽くさずになんとする。
狙撃手の己は、あくまでも裏方。
そんな事は、百も承知。
だが、方法などどうでも良い。
ただ、樹里を救うという結果さえ至れるのであれば。
どんな役目だろうとも、全うしてみせる。
それが、佐鳥の決意。
ボーダー隊員としてではなく、一人の男としての覚悟の形だった。
佐鳥は女神像を睨みつけ、吠える。
己の、覚悟の言葉を。
「樹里ちゃん。必ず、助けるよ…………っ!」
ふわふわと、わたしは泡の中を漂っていた。
何をしていたのか、覚えていない。
でも、何もかもどうでもよくて。
自分がどうなっているのかも、興味が無い。
何故かは分からないが、そんな事を思っていた。
「…………わたし、誰、だっけ…………?」
思い出せない。
自分には、名前があった筈なのに。
それを、どうしても思い出せない。
「別に、いいか…………」
ううん、思い出そうとも思えない。
だって、自分はきっと。
何か辛い事があって、こうしている気がするから。
辛い事は、思い出したくない。
辛い事は、覚えていたくない。
なら、忘れちゃって良いよね。
────────嗚呼、眠い。
そうだ、寝てしまおう。
寝てしまえば、きっと/対象の意識濃度を測定、変動あり。
もう、辛い事なんて。/意識封鎖、実行。
きっと、忘れて────────/対象の意識濃度、再び下────────
────────ちゃん。きっと────────
「────────え?」
────────懐かしい、声が聴こえた気がした。
何故だろう、その声は。/警告、対象の意識濃度急激に向上。
誰のものなのか、思い出せないのに。緊急意識封鎖を要請。
どうしてか、胸がとても苦しくなった。/────────承認されました。
けど、それは何処か暖かくもあって。/緊急意識封鎖を実行します。
────────! そうだ、わたしはこの声を覚えている。/
この、声は────────っ!?/意識濃度を強制低下させ、検体の自意識の浮上を阻止します。
…………っ! 忘れない。だって、この声は────────!/警告、対象の意識に覚醒兆候。至急意識低下を────────
「────────賢の、声なんだから…………っ!!」
────────わたしは、力の限り叫んだ。
実際に、声が出ていたかは分からない。
でも、酷い眠気と頭痛に苛まれながらも、これだけは言っておきたかった。
だって、わたしは忘れていた。
わたしの大事な人の事を、忘れていた。
許せない。
わたしを
他の何を忘れても、わたしは賢の事だけは忘れちゃいけない。
ううん、賢だけじゃない。
わたしは今まで、葉子や華の事も忘れていた。
あんなに大切だったのに、あんなに大事な友達なのに。
葉子達の事まで忘れていたなんて、わたしはとんでもない大馬鹿者だ。
多分頭の中に響く変な声が元凶なんだろうけど、それでもわたしに責任が無いなんて言えない。
このおかしな奴に付け入る隙を見せたのは、わたしだ。
辛い昔の事を思い出させられて、わたしは自分から意識を手放した。
けどその所為で、きっと皆に迷惑がかかってる。
今、外がどうなってるかは分からない。
けど、碌でもない事になっている事だけは分かる。
そして、賢が助けに来てくれた事も。
嬉しい反面、また迷惑をかけてしまった事に落ち込んでしまう。
でも、それよりも。
今は、直接賢と言葉を交わせない事が悔しかった。
さっきまでと違って、意識はハッキリして来てる。
頭の中で響く声が五月蠅くて、徹夜明けみたいな眠気も酷いけれど。
今眠ってしまったら、もう戻って来れないような気がした。
だから、頑張る。
まだ、外にわたしの声は届かない。
現実の肉体も、思うように動かないだろう。
だから今は、この眠気を耐えて頑張らなきゃいけない。
何か、何か切っ掛けがあれば。
きっと、わたしの声は貴方に届く。
根拠なんてない。
なんとなく、そんな気がするだけ。
でも、それで充分。
昔から、こういう勘は外れた事がないのだ。
頭がガンガンして、油断すればすぐにでも眠ってしまいそうだけれど。
この程度、一週間以上不眠不休で戦わされた時に比べればどうって事ない。
あの白い星での体験は、まさに地獄だった。
人間として受け得る痛みは、大体体感しただろう。
意識はあるのに身体は勝手に動き、同じような境遇だろう子供達と勝手に殺し合わされる。
痛覚はそのまま残っていたし、頭は疲労を訴えているのに身体は関係なく動いて戦い続ける。
斬られる事も、撃たれる事も、殴られる事も、慣れてしまった。
ううん、諦めて慣れなきゃ廃人のまま帰って来れなかった。
度重なる拷問のような戦闘実験の果てに心が壊れていたわたしが戻って来れたのは、多分一度記憶をリセットされたからもあるけれど、途中で自分から意識を閉ざして心を麻痺させていたから。
そうでなきゃ、わたしはこうして此処にいない。
だから、幸か不幸かで言うと間違いなく不幸なんだけど、わたしは痛みに耐性が出来ていた。
思い出そうとすればとても苦しいけれど、それでも普通の人に比べれば痛みへの対処は慣れている。
頭が割れるように痛くても、実際に頭を割られたワケじゃない。
昔は身体を斬られるなんて日常茶飯事だったし、この程度の痛みは頑張れば耐えられる。
だから、賢。
早く、こんな檻叩き壊して。
葉子、お願い。
こんな奴、さっさと心臓でも抉ってぶっ潰しちゃって。
わたしは、ここにいるよ。
木岐坂樹里は、ここにいるよ。
わたしも、頑張るから。
お願い。賢、葉子。
わたしを、此処から出して…………っ!!