香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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(…………っ! 樹里…………っ!?)

 

 香取の眼に、明確な動揺が浮かぶ。

 

 何かがあったワケではない。

 

 作戦は順調に推移しているし、ミスらしいミスもしていない。

 

 ただ、なんとなく。

 

 樹里に呼ばれているような、そんな気がしたのだ。

 

 根拠などない。

 

 ただ、香取の本能が。

 

 これに気付けなければ嘘だと、警鐘を発したに過ぎないのだから。

 

(樹里が、呼んでる…………っ! これ、多分間違いない…………っ! あの子、今()()()()んだ…………っ! あそこから出してって、きっとそう言ってる…………っ!)

 

 怪物の攻撃を躱しながら、香取はチラリと上を。

 

 地上の方角を、見据える。

 

 現在地下深くで戦っている為、地上の様子は伺い知れない。

 

 だが、確信する。

 

 ()()が切っ掛けで、樹里の意識が目醒めつつあるのだと。

 

 そして今こそ、彼女を救い出す最大のチャンスであるのだと。

 

 香取は、直感的にそう感じ取った。

 

 根拠などない。

 

 必要無い。

 

 幼馴染の一大事となれば、第六感じみた直感も働いてくれよう。

 

 それの何処が、おかしいと言うのだ。

 

 たとえ、その実態が樹里が無意識の内に傀儡糸(クローステール)を通じて直接繋がっている母トリガーを経由して香取に己の微弱な思念を届けたが故であったとしても、そんな理屈に意味はない。

 

 少なくとも、香取が動く理由は。

 

 大事な幼馴染が、助けを求めている。

 

 その事実だけで、充分なのだから。

 

「風間さんっ! 作戦、今すぐ決行出来ないっ!?」

「なに?」

 

 香取の突然の要請に、風間は眼を細めた。

 

 突拍子も無い事をいきなり言い出したのだから、この反応は当然だ。

 

 元々の予定では、木虎の準備が充分以上に完了するまで様子見に徹する手筈だった。

 

 それは香取も納得していた事であり、今更それを覆す事に驚くのも無理はない。

 

「香取先輩、いきなり何をっ! 大切な人が囚われていて気が気でないのは分かりますが、作戦では────────」

「お願いします…………っ! 今が多分、一番高い成果を挙げらられるっ! 今ならきっと、樹里を救う助けになるっ! 根拠はないけど、信じて下さい…………っ! 絶対これは、気の所為なんかじゃないから…………っ!」

 

 突然の香取の無茶な進言に木虎が驚いて反論の声をあげるが、それを遮るようにして香取が頭を下げた。

 

 その行動に、今度は木虎がぎょっとする番だった。

 

 彼女が知る限り、香取はプライドが高い少女だ。

 

 相手が誰だろうと媚びる事はないし、自分の意思は頑として曲げない我の強い少女でもある。

 

 そんな彼女が、素直に頭を下げた。

 

 その行動に木虎は、彼女の申し出がただの自分勝手ではないと薄々ながら気付かざるを得なかった。

 

「勝算は?」

「あるっ! なくても作るっ! 今すぐでないと、それもなくなっちゃうからっ! だから…………っ!」

 

 香取は大きく息を吸い込み、叫ぶ。

 

「お願いしますっ! アタシに、あの子を助けさせて下さいっ!」

 

 その覚悟を込めた叫びが、各壁内に木霊する。

 

 そんな事など知った事ではないと、二体の怪物が好機とばかりに突撃する。

 

 だが、風間は。

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。

 

「────────いいだろう」

 

 一閃。

 

 素早い身のこなしで怪物の真下に潜り込み、装甲の薄い腹部をスコーピオンで斬りつけた。

 

 突然の奇襲に怪物は対応し切れず、絶叫し三人から距離を取る。

 

 それを横目で見ながら、風間は話を続けた。

 

「お前がそう感じるという事は、何かがあるのだろう。ならば、それに懸けてみるのも悪くは無い。元々、必要最低限の準備はとうに終わっている。これまでは、慎重を期していたに過ぎないからな」

「ありがとう、ございますっ!」

 

 そう言って、香取は再度頭を下げた。

 

 その様子を見て、木虎はため息を吐く。

 

 これで我を張っては、こちらが悪者だ。

 

 ならば此処は、折れるべき場面だろう。

 

「…………仕方が無いですね。でもその分、きちんと働いて貰いますから」

「当然っ! 何が何でも成功させたるわよっ!」

 

 木虎なりの激励(エール)を受け取り、香取は奮起の声をあげる。

 

 今、彼女のテンションは最高潮。

 

 どんな困難だろうと踏破する、勢いを感じ取れる。

 

 その彼女の爆発力を知る風間が、香取の感覚を信じたのもおかしな話ではない。

 

 元々、最低限の準備は終わっていたのだ。

 

 これまで引き延ばしていたのは、少しでも作戦成功率を上げて万全を期す為。

 

 地上がヴィザの降臨によりある程度余裕が出来たからこそ、慎重を期していたに過ぎない。

 

 だからこそ、今動く事でメリットがあるのならば、それに乗らない手はないのだ。

 

 風間は、香取の感覚の鋭さを知っている。

 

 自分の感覚を言語化する能力こそ皆無に近いが、それでも彼女の直観力は凄まじい域にある。

 

 それを知っているからこそ、風間は香取の進言を受け入れたのだ。

 

 加えて、あのプライドの高い少女が素直に頭を下げて頼んで来たのだ。

 

 これに応じない程、風間は薄情ではなかったという話でもある。

 

「行くぞ。作戦開始だ」

「「了解!」」

 

 

 

 

 ────────そして、三人が動き出した。

 

 再び突撃して来た怪物、骸糸衛兵(ネウロン)の攻撃を回避し散開。

 

 如何に巨大質量の突進が脅威とはいえ、当たらなければ意味はない。

 

 此処に集う三名は、ボーダーでも屈指の機動力を持つ精鋭ばかり。

 

 単調な突撃など、幾らでも捌く事が出来るだろう。

 

「…………!」

 

 問題は、その怪物が二体存在し、尚且つこの空間が決して広いとは言えない事だ。

 

 閉鎖空間での巨体複数体の突進は、矢張り相応の脅威である事に変わりはない。

 

 一体目の突撃を避けた直後、二体目が続けて突進を敢行。

 

 狙いは変わらず、スパイダーを操る木虎。

 

 これまで風間達がこのまともな足場の無い閉鎖空間で戦えていたのは、木虎が張り巡らせたスパイダーによる恩恵に依る所が大きい。

 

 故に、敵としても最優先排除対象となるのは当然の理だろう。

 

「問題ありません」

 

 ────────但し、それをとうに承知していた以上この攻撃は読めていた。

 

 木虎は再びスパイダー銃を発射し、それを手繰り寄せる事で跳躍。

 

 怪物と擦れ違う形で、その場から退避する。

 

 同時、スコーピオンで骸糸衛兵(ネウロン)の腹部を攻撃。

 

 装甲に覆われていない怪物の腹部に、無数の切り込みが刻まれた。

 

 とはいえ、それ自体は大したダメージにはなっていない。

 

 背と比べれば装甲がなく薄い個所とはいえ、通常のトリオン兵よりは堅いのだ。

 

 今の攻撃でも結果として数センチの切れ込みが入っただけで、致命打に繋がる傷とはとても言い難い。

 

 だからこそ、怪物は撤退の判断も自己修復の要請も行わなかった。

 

 如何に刃で斬り付けられようと、リソースを消費してまで修繕しなければならない程のダメージを受ける気配が微塵もない以上、無駄な事は行わない機械知能にとってはそれを行う理由が見出せないからだ。

 

 もしもこれが内部の重要な装置に傷が付くレベルの深いダメージであれば、流石に修復を要請しただろう。

 

 この場で戦っている骸糸衛兵(ネウロン)は、あくまでも母トリガーの防衛機構の一部。

 

 リソースの使い道を決定する権限は存在せず、必要と判断した時に本体────────つまり、至天機巧を操っている人工知能の大本に許可を求めなければならない。

 

 よって、大本のそれが判断を下さない限り、骸糸衛兵(ネウロン)が自分の意思で修復機能を使う事は出来ないのだ。

 

 そして、大きな損傷が発生しない限りその許可が下りる事はまずない。

 

 それを、風間達はこれまでの経緯で把握していた。

 

 これが後に必要になる要素であると、考えているが故に。

 

「今だ」

「「了解!」」

 

 作戦通りに事態が推移しているのを見届け、風間は号令をかける。

 

 指揮官の命を受け、香取と木虎は同時にワイヤーを蹴って跳躍。

 

 それに続く形で、風間も上に跳んだ。

 

 (マザー)トリガー、そしてそれが鎮座する傀儡糸(クローステール)本体の方角ではない。

 

 地上、それに近い場所へと。

 

 三人は、同時に跳んだのだ。

 

『────────!』

 

 最重要機構である母トリガー本体から遠ざかったが、それでもこの隔壁内にいる事に変わりはない。

 

 よって、母トリガーの防衛機構である骸糸衛兵(ネウロン)が彼等を見逃す事など有り得ない。

 

 この二機の怪物が攻撃を止めるのは、この中央隔壁(ケントロン・コーロス)から対象が出た場合のみ。

 

 専守防衛がその役目である為、この怪物達が隔壁内から外に出る事はない。

 

 追撃はあくまでも地上戦力の役目であり、二機がこの最終防衛地点から離れる事はないのである。

 

 しかし逆に言えば、この隔壁内にいる限りたとえ母トリガーや(クラウン)トリガーから遠ざかろうが、遍く攻撃対象となる。

 

 二機の骸糸衛兵(ネウロン)が、一斉に突撃を開始。

 

 壁を這い上がり、真っ直ぐに風間達の下へ向かう。

 

 (クラウン)トリガーによる防衛機構として配置されていたこの二機の怪物に、直截的に攻撃を仕掛ける以外のコマンドはない。

 

 これは、ククロセアトロ製のトリオン兵に共通する構造的欠陥である。

 

 通常、トリオン兵は近界民(ネイバー)の指示により動き、場合によっては多角的な作戦行動にも従事出来る融通の利く代物だ。

 

 アイドラのような連携特化のトリオン兵でなくとも、操る人間の指示を大雑把にだが遂行する事は出来るので、大規模侵攻の時にハイレインが行ったように、戦力の薄い個所に投入して守りを破る、といった使い方も可能だ。

 

 だが、今このククロセアトロのトリオン兵達に命令を下す生きた人間は存在しない。

 

 彼等を動かすのは研究者達が作り上げた人工知能であり、ある意味で星そのものだ。

 

 それ故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()といった事柄に対し大幅なハンデを背負っている状態にある。

 

 勿論、人工知能が己のシミュレート結果を元に指示を与えてはいる。

 

 だが人間ではないが故に、数字や形而上の情報でしか判断を下せないという欠点が存在する。

 

 戦術に通じた人間の指揮は、場合によっては少数で多数を打ち倒すだけの戦果を挙げる事がある。

 

 数々の戦場を経験した者は戦争のセオリーとでも言うべきものを取得しており、状況を逐次観察しながらその場での最適解を臨機応変に下す事が出来る。

 

 しかし人工知能は単純にトリオン量や膂力の多寡、そして何が起きたかという結果でしか物事を判断しない。

 

 人工知能によって経験とはあくまでもデータの積み重ねであり、その結果を元にどうするか、という()()()が欠けているのだ。

 

 だからこそ、「この狭い空間内でなら巨大質量二機でぶつかるだけでも充分だろう」という自己判断(シミュレート)結果の下、碌な射撃武装もない大質量と機動力のみを武器とする骸糸衛兵(ネウロン)が誕生したワケだ。

 

 こういったククロセアトロの傾向は、これまでの戦闘経緯により風間達は当然承知している。

 

「かかったな」

 

 そして。

 

 だからこそ、この作戦は成功する。

 

 風間達の下へ、真っ直ぐ突撃した二機の骸糸衛兵(ネウロン)

 

 それらが、()()()()()()()()()()()()減速した。

 

 良く見れば、その正体は瞭然。

 

 ()()()()だ。

 

 これまで三人が足場として使い倒して来たスパイダーのワイヤーに、二機の怪物はからまったのだ。

 

 この場では足場としての活躍をしていたスパイダーであるが、このトリガーの本領はその妨害性能にある。

 

 凝視しなければ見え難く、耐久性は左程ではないが強い()()を武器とする。

 

 ブレードなどを喰らえば一撃で切断されてしまうワイヤーであるが、反面その張力はかなりのものがあり、大質量を誇る骸糸衛兵(ネウロン)相手であっても数を重ねればその巨躯を絡め取る事すら可能となる。

 

 これまで木虎は縦横無尽に各壁内を移動しながら、この上層部分に無数のワイヤーを張り巡らせていた。

 

()は、何も貴方達の専売特許じゃありません。こちらの意図を、量り損ねましたね」

 

 木虎は冷然と、そう告げる。

 

 このワイヤーこそが風間が言っていた「準備」の内容であり、これまで時間を稼いで来た理由でもある。

 

 今まで、風間達はワイヤーを敢えて敵の進路上に置く事はしなかった。

 

 あくまでも足場として用いる事に終始し、このスパイダーに斯様な妨害性能がある事を悟らせなかった。

 

 もし、敵方に生きた人間がいれば「弾性のある糸を張り巡らせるトリガー」というだけで、この用途には気付けただろう。

 

 しかし、敵の頭脳はあくまでも人工知能。

 

 普通ならば()()で気付けるような事柄でも、データとしてインプットされていなければ出力は出来ない。

 

 糸、という点では傀儡糸(クローステール)という特級の代物を扱っていたククロセアトロであるが、その主たる用途はあくまでもトリオンの双方向の譲渡及び構築物の組み上げと再生。

 

 故に糸を足場とする、という発想(データ)はあっても、それそのものを妨害として用いるという考えはなかったのだ。

 

 元々、傀儡糸は有り体に言えば外付けの神経のようなもの。

 

 神経を張り巡らせてそれそのものを妨害とする、という発想が出来ずとも無理はない。

 

 数字上の性能(スペック)のみしか見ていない人工知能では、このような応用性には気付けなかったワケだ。

 

「香取」

「了、解っ!」

 

 そして、ただ一瞬動きを止める為だけにこのような仕掛けを施したワケではない。

 

 香取は風間の命を受け、一斉にグラスホッパーを展開。

 

 展開先は、ワイヤーに囚われながらも巨体故に止まり切らず、減速しながらも直進を続ける二機の骸糸衛兵(ネウロン)の進行方向。

 

 糸に絡まった二機の怪物が、グラスホッパーに接触。

 

 瞬間、ただでさえ凄まじい勢いで直進していた怪物達はその速度そのものをグラスホッパーで跳ね返される事となった。

 

 グラスホッパーは車のような大型の構造物であっても、容易に跳ね飛ばせるだけの加速力を持つ。

 

 如何に巨躯であっても、二機纏めてほぼ同じ地点でこの加速台に接触すればどうなるかは自明の理。

 

「跳べっ!」

 

 ────────二機の怪物は、地の底へと向け撃ち出された。

 

 その進路上には当然、母トリガー及び(クラウン)トリガーの本体がある。

 

 中枢を護る二機の尖兵は今、巨大な質量弾となって己が守るべき心臓部へと射出された。

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