香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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真心を、キミに

 

 

 ピシリ、と罅割れる音が響く。

 

 それは香取がククロセアトロの「神」に突き立てた刃が刺さった傷口から聴こえており、やがてそれは連鎖してヒトガタの全身に及んでいく。

 

『────────!』

 

 声なき叫びが、木霊する。

 

 それは既にヒトとしての形骸すら失った人柱の断末魔なのか、それとも永き務めから解放されようやく塵に還れる安堵の声なのかは分からない。

 

 次の、瞬間。

 

 ヒトガタは、ククロセアトロの「神」は。

 

 硝子細工のように砕け散り、砂となって消え失せた。

 

 それは、既に死していた筈の星を護っていた防人の終わり。

 

 星骸の本当の終焉が、始まった瞬間だった。

 

 

 

 

『警告、警告。(マザー)トリガーの中枢ユニット機能停止。修復不可能、修復不可能。母トリガーの自壊まで、残り480秒となります』

 

 至天機巧(アポストロス)、胸部クリスタルの奥。

 

 そこで母トリガーの機能停止を感知した人工知能は、過去最大級の警告を発していた。

 

 これまでは、時間さえかければ修繕可能な被害に過ぎなかった。

 

 破壊された両翼は勿論、シールド発生装置である骸糸結柱(アネモミロス)でさえ、かなりの時間を要するとはいえ修復は可能だったのだ。

 

 しかし、今回は違う。

 

 母トリガーの守り手たる「神」の死は、如何なる代替手段を以てしても覆せない。

 

 アフトクラトル侵攻の時には母トリガーの過剰使用によって「神」が瀕死どころかほぼ死んでいる状態になり、それを数多の生け贄によるトリオン供給で強引に補っていたに過ぎない。

 

 普通であれば、普通の星の「神」であればその時点で死んでいてもおかしくはなかった。

 

 だがククロセアトロの人工知能は残存資源という名の生け贄を惜しみなく使い捨てる事で、最早自我どころか自己すらない「神」をこの世に縛り付ける事に成功してしまったのだ。

 

 星の環境を維持出来なくなったのも、当然だ。

 

 既に死した星に無理やりチューブを繋ぎ、張りぼての延命をしていたに過ぎないのだから。

 

 加えて、元からククロセアトロの人工知能は星の環境保全をする気は欠片もなかった。

 

 研究者達が死んでしまった以上、この星に人の生存に必要な環境を用意する必要はない。

 

 そう判断して、最優先でコストカットを行ったのだ。

 

 元より、ククロセアトロが攻めて来る遥か以前からこの星には研究者以外の人間はいなかった。

 

 王族は既に絶え、国民も倫理や人道の一切を無視した研究者達によって「使われた」事でまともな人間は誰も残ってなどいなかった。

 

 故に生活に必要な環境は不要であり、星に残されたリソースはククロセアトロが産み出した「成果物」を活かす為に使うべき。

 

 それがククロセアトロ研究者がプログラムした人工知能の論理(ロジック)であり、妄執の塊と化した星の残骸の選択だった。

 

『推奨、(マザー)トリガー直近に存在する骸糸衛兵(ネウロン)を臨時のリソースとして使用し中枢の自壊を遅延するべきと判断────────承認されました。加えて、検体の意識封鎖に使用していたリソースをカット。以後、全リソースを母トリガーの自壊遅延及び至天機巧(アポストロス)の戦闘実験にのみ活用します』

 

 そして、母トリガーの崩壊は避けられないと理解した人工知能の判断は早かった。

 

 母トリガーを護る為の尖兵や、万が一の検体の反抗を防ぐ為に使用していたリソースをカット。

 

 全てのリソースを、至天機巧(アポストロス)の戦闘行動にのみ使用する事を選択した。

 

 人工知能(ククロセアトロ)に、自己保存の優位性は存在しない。

 

 彼等にとって最重要なのは自身が産み出した成果物が十全に稼働する事()()であり、その結果()()()()()については一切の興味を持たない。

 

 それは、知識欲といったものでは断じてない。

 

 ただ、目的を忘却し新たなモノを作り出し続ける事そのものを()()としてしまった星の末裔の成れの果て。

 

 その妄念が、死した後に尚残り続けている事の証明だ。

 

 既に、その行動の正しさを問う事に意味はない。

 

 彼等はただ、自らが規定した行動を実行し続けるだけの機構。

 

 ヒトの意思と呼べるものなど、とうの昔に喪失してしまった後だったのだから。

 

『これより、戦闘実験を最終プロットへ移行。消耗を無視し、最大効率の稼働を実行します』

 

 ギョロリと、女神像の単眼が眼下を駆けるレイジ達を見据える。

 

 その無機質な瞳には、機械的な害意が宿っていた。

 

操作回路(シデロ)、最大稼働。最終戦闘を開始します』

 

 

 

 

「香取、退けっ!」

「了解!」

 

 その変化を感じ取った風間の命令に香取は即応し、スコーピオンを破棄しその場から跳び退いた。

 

 次の瞬間、母トリガーの内部で蠢いていた傀儡糸(クローステール)の群れが殺到し、香取達のいた場所を覆い尽くす。

 

 そして、無数の糸は串刺しになっていた二機の骸糸衛兵(ネウロン)に突き刺さり、血管のように不気味に脈動する。

 

 糸を穿たれた二体の怪物は即座に沈黙し、文字通りの骸と化した。

 

 コンマ数秒。

 

 退避が遅れていれば、自分達も二機の怪物の二の舞となっていたであろう事は言うまでも無い。

 

 風間の判断と、香取の危機感知能力。

 

 それらが十全に発揮され、最悪の事態は免れたのだ。

 

「ったく、危ないわね。けど、あれ何なワケ? 自分の味方ブッ刺してんじゃない」

「恐らく、母トリガーが致命傷を受けた為にそれを補う目的であの怪物二体を消費する事を選んだのだろう。あれらはあくまでも、母トリガーの防衛機構だ。その肝心の母トリガーが致命打を受けた以上、使い捨てる事に躊躇は無いという事か」

 

 風間の言う通り、これまでの経緯から考えてあの二機の怪物は母トリガーを護衛する防衛機構(ガーディアン)としての役目を負っていた。

 

 しかし、既に母トリガーは香取によって「神」を殺され自壊が秒読み段階に入っている。

 

 ならば役目を果たせなかった守護役を用済みと考えて、補填に使うのも分からなくはない。

 

「って事はあれ、どうにかした方が良いの?」

「いや、下手に近付けばあの糸に捕まる可能性が高い。既に致命打は与えた。あれは、少しでも星の寿命を永らえさせようとする延命処置に過ぎん。遠からず、あの母トリガーは自壊するだろうな」

 

 風間は母トリガーについては詳しいとは言えないが、遠征経験者として最低限の知識は持っている。

 

 ヒュースの話も総合して考えれば、「神」を殺した時点で母トリガーの崩壊は決定的になったと見て良いだろう。

 

 確かにあの二機の怪物をリソースに変換しているのは事実だろうが、だからといって下手に近付いて糸の害意に触れる可能性を想えばリスクとリターンが釣り合っているとは言い難い。

 

 どの道、既に崩壊のカウントダウンは始まっているのだ。

 

 此処で下手に危険を冒すのは、得策とは言えないだろう。

 

 それを認識している風間は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「もう此処に用はない。上に戻って、木崎達と合流する。最後の大仕事を、あいつ等だけに任せたくはないだろう?」

 

 

 

 

『■■■…………ッ!!』

 

 女神像が、歪な咆哮をあげる。

 

 異形の叫びが木霊して、大気が罅割れるように震える。

 

 何かが、変わった。

 

 巨大な咆哮は、その変化を如実に表していた。

 

『敵本体、出力低下。風間さん達は、どうやら成功したみたいね』

「そうか。朗報だな」

 

 宇佐美の報告を受け、レイジは思わずニヤリと笑みを浮かべる。

 

 元より風間の事は初めから信頼していたが、危険な地下に三人だけを向かわせた事に関して何も思わなかったと言えば嘘になる。

 

 実力は信頼しているが、それはそれとして悪友の安否は気になるものなのだ。

 

 特に、過去に多くの喪失を経験しているレイジ達旧ボーダー組については根っこの部分に悲観的な空想がチラついてしまう事も多い。

 

 要は心配で仕方なかったとも言えるのだが、それを素直に口に出せるワケもない。

 

 あくまでも表面上は淡々と、レイジは指揮官としての自身に徹する事を選んだ。

 

「お前等、敵の母トリガーは無力化された。今がチャンスだ。畳みかけるぞ」

「「「「「了解」」」」」

 

 レイジの号令を受け、四方から返答が響く。

 

 敵の心臓部たる母トリガーを無力化するという別動隊の作戦は、成功した。

 

 ならば、後はこちらの仕事だ。

 

 敵の攻撃を掻い潜り、必ずや樹里を取り返す。

 

 その意思が、決意が、

 

 全員を、奮い立たせた。

 

『■■■■』

 

 女神像の腹部が、蠕動する。

 

 次の瞬間、数百にも上る鋭利な触腕が腹部を突き破って跳び出した。

 

 先程、射撃トリガーについては佐鳥の狙撃により阻止された。

 

 故に敵は射撃は有効ではないと判断し、伸縮自在の触腕を増やす事で物理的に手数を増加させる選択をしたワケだ。

 

 より細く、鋭さを追求したフォルムの新たな触手の群れが、四方八方からレイジ達に殺到する。

 

 射撃とは異なり、これらは攻撃の出を潰す事は出来ない。

 

 純然たる体術、或いは迎撃を以て捌き切る他ない。

 

「はっ!」

 

 先陣を切ったのは、小南だった。

 

 少女は二振りの片手斧を用い、迫り来る触手を両断。

 

 同時にメテオラを放ち、爆撃を以て幾つもの触腕を迎撃する。

 

 無論、それだけで全ての触手を迎撃出来るワケではない。

 

 それをするには、あまりにも触腕の数が多過ぎる。

 

『射』印(ボルト)

蝶の盾(ランビリス)

 

 しかし、少しでも触手の数を減らせればそれで事足りる。

 

 今この場にいるのは、ボーダーでも有数の精鋭達。

 

 突破口さえ開ければ、それを強引に押し開けるなどワケはない。

 

 遊真は『射』印(ボルト)を用い、弾丸の斉射を以て触腕を迎撃。

 

 同時にヒュースは、磁力の回転刃を射出し無数の触手を切り刻む。

 

 二人の近界民(ネイバー)の迎撃により、触腕の数は更に減少する。

 

「流石」

「問題ないね」

 

 小南を始めとした玉狛三名の活躍により開けた道を、菊地原を始めとした残るメンバーが駆け抜ける。

 

 佐鳥という重石(デッドウェイト)を抱えている菊地原であるが、その動きに淀みはない。

 

 この状態のまま戦闘しろと言われれば無理があるが、運搬役に徹するのであれば問題は無い。

 

 人を抱えて危険地帯を駆け抜ける程度の事は、遠征で経験済だ。

 

 負傷者という明確なハンデを背負っていた時と比べれば、今回の荷物は自衛が出来る上に中々に頼もしいと来るのだからこれで文句を言う方がおかしいだろう。

 

 口には出さないが、菊地原はそれだけこの友人の事は買っているのだ。

 

 彼ならば、この局面で間違っても役立たずにはならないと。

 

 そう、信頼しているのだから。

 

「邪魔、すんなってのっ!」

 

 迫り来る触手を、佐鳥は狙撃を以て迎撃する。

 

 正確無比な一撃が、襲来する触腕を粉砕する。

 

 今回出て来た触手は数を優先したのか、長さだけはべらぼうにあるが太さに関しては弧月の刀身と同程度でしかない。

 

 物量自体は脅威だが、攻撃を当てる事さえ出来れば破械は出来る。

 

 得意のツイン狙撃(スナイプ)ではなく、佐鳥は敢えて一発ずつ撃つ事で再装填(リロード)の隙を削減している。

 

 十八番とも言えるツイン狙撃は、事実として隙の大きい技でもある。

 

 一度に二ヵ所を狙える等の利点はあるが、基本はここぞという時の大技である事に変わりはない。

 

 だからこそ、攻撃速度が重要となるこのような場面では、単発式の狙撃に切り替えて行くワケだ。

 

 狙撃銃をメインサブ両方にセットするような奇特者だからこそ出来る戦術ではあるが、スコープすら碌に見ずに正確に弾を当てていくその技巧は曲芸と言う他ない。

 

 彼もまた、A級部隊という上澄みの一人。

 

 天才と書いて変態と読む規格外の実力者、その一端であるのは間違いないのだから。

 

(さっきまでは、近付く事も難しかった。でも、障害が一つ、また一つと消されてる。もう少し、もう少しで樹里ちゃんに届く。いや、絶対に届かせてみせる…………っ!)

 

 無心で引き金を引きながら、佐鳥は女神像を睨みつける。

 

 正確には、その胸部の水晶で囚われたままの樹里の姿を見据え。

 

 少年は、自らを鼓舞し直した。

 

(香取ちゃんは、やり遂げたんだ。だったら、此処でやんなきゃ男が廃る────────ううん、やれなきゃ樹里ちゃんの想いに応えるなんて絵空事でしかない。此処までお膳立てされて、好きな子に手も伸ばせないような男に生きてる価値なんかない。絶対に、助ける。だから)

 

 キッ、と佐鳥は愛する少女を囚えている瓦礫の女神を睨みつけ、拳を握り締める。

 

 その先にいる大切な存在に、自らの手を届かせる為に。

 

 少年は、己を叱咤する。

 

(────────待っていて、樹里ちゃん。必ず、そこから出したげる。こんな悪夢は、もう終わりにしよう…………っ!)

 

 

 

 

「────────、────────」

 

 女神像、その胸部。

 

 水晶の中で磔にされた少女の眉が、ぴくりと動く。

 

 それは僅かな、しかし確かな覚醒の兆候だった。

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