香取葉子Ⅰ
「それで、なんでそんな事になったんだよ」
「アタシがそうしたかったからよ。文句ある?」
「んだと────────いや、なんでもねぇ」
開口一番、自身を問い詰める若村に対し香取はにべもなく返す。
その返答に多少イラついた様子でこれまで通り言い返そうとして、止まる。
此処で言い返したところで、無駄だというのを理解しているのもあるだろう。
しかし、若村の性格上このような不誠実な返答を返された場合はすぐさま反論するのが常だった。
少なくとも、これまでは。
「へぇ、下らない文句言うかと思ったら聞き分けいいじゃない。なんかあったの?」
そんな若村の変化が、気になったのだろう。
香取はなんとなしに、そんな事を聞いてみた。
あくまでも、表面上は興味本位で。
その実本気で心配しながら。
彼女は、チームメイトに踏み込んだ。
「別に、どーせ言っても無駄だろうって思っただけだよ。文句あっか?」
「あっそ。どうでもいいケド。じゃあ、文句は無いって事でいいわよね?」
「良くねぇ。説明はちゃんとしろ。なんで、俺達と木岐坂でもっかい戦う事になってんだよ。流石に意味不明だぞ」
若村はそう言って、ジロリ、と香取を睨みつける。
そもそも、こうして彼が香取を問い質しているのは先程いきなり告げられた「一週間後に樹里達と戦う事になったから。よろしく」と一方的に告げられた為だ。
不意打ち気味にいきなり宣告された内容に面食らい、問い質すのは別におかしな事ではないだろう。
ちなみに、今現在まで香取から補足説明は一切無い。
自分から説明する気もなさそうなので、こうして問い詰めているというワケである。
「…………そうね。一応、経緯は説明しとくわ。一応、それが筋だしね」
「お、おぅ」
しかし、若村としてはまさか香取がまともに返して来るとは思っていなかっただけに、いきなり殊勝になった彼女に面食らう。
てっきり「なんでそんな事しないといけないの」と罵倒されるかと考えていたので、この反応は予想外にも程がある。
(いや、葉子が隊長としての自覚が出て来たなら良い事の筈、だよな。こいつなりに前に進んでるって事だし、気にする事はない、だろ)
何処かで引っ掛かりを覚えた自身の心情に困惑し、若村はそれを無理やり振り払う。
それが、明確に隊長として成長しつつある香取への嫉妬である事は、未だ理解出来てはいない。
されど、無意識の内に。
これまでいがみ合って来た少女が歩みを進めつつある事を、若村は感じ取っていた。
「樹里がね、隊に入れてって言って来たのよ。で、詫びの一つもなしにそんな事宣ったからケジメ付けさせる意味で喧嘩売った。OK?」
「いや、全然OKじゃねぇよっ!? なんだそりゃっ!?」
しかし、だからといって望む答えが返って来るとは限らない。
予想外にも程があるざっくりした経緯に、思わず怒声を返してしまう若村であった。
「え、っと。なんでそんな事になってるのかな…………? 前々から樹里ちゃんにはウチに入って貰いたいって言ってたし、向こうから言って来たなら願ったり叶ったりじゃないの?」
それは横で聞いていた三浦も同意見であったようで、そう言っておずおずと尋ねた。
確かに彼の言う通り、香取は樹里の香取隊入りを熱望していた。
その熱の入れようは周囲から見ても明らかであり、繰り返し樹里に誘いを断られ続けた後の荒れようから考えても彼女の思い入れの深さが伺える。
話を聞く限り今回はその樹里の方から入隊願いがあったようだが、そこから何故戦う事になったのかが意味不明だ。
少なくとも、三浦や若村の視点ではそうだった。
「あのね、あの子はこれまで散々アタシの誘いを袖にしておきながら謝罪の一つもなく「やっぱ入れて」って言って来たのよ? だったら、ケジメ付けて貰うしかないでしょうが」
「ケジメっつったって、誘ってたのはお前の方なんだからそりゃ逆恨みじゃねぇのか?」
「うるさいわね。幼馴染なのに誘いを断り続けてた癖に、いざ必要になったら謝罪の一つもなしに頼るとか舐めた真似を許すワケないじゃない」
真摯に頼み込んで来たならそのまま頷いたけどね、と香取は続ける。
これまで誘いを袖にし続けたにも関わらず、何の謝罪もなしに入隊を求められた事が腹立ったと、彼女は言う。
けれど、それは。
何処か、言い訳のようにも見えて。
三浦は、思わず目を細めた。
「葉子。二人を巻き込むんだから、ちゃんと事情を説明した方が良いと思う。そっちの方が、本番のモチベーションは高くなるし」
「華」
三人の間に漂う微妙な雰囲気を、感じ取ったのだろう。
そんな彼等の会話に介入して来たのは、他ならぬ香取隊のオペレーターである華であった。
にべもない態度を続けていた香取ではあったが、流石の彼女も華の言葉だけは無視出来ない。
仕方なく、といった風情で香取は聞く姿勢に入る。
幼馴染の少女が会話のテーブルに座った様子を確認した華は、ゆっくりと口を開いた。
「まず、何であの子がいきなり入隊したいって言いだしたのか、それをまずは説明した方が良いよ」
「……………………そうね。華が言うなら、そうするわ」
もっともな華の言葉に、香取は観念したように頷いた。
これが他の面々の言葉であれば、香取は一蹴していただろう。
だが、彼女にとって華の存在は特別だ。
他の誰の言う事を聞かずとも、彼女の言葉だけには耳を傾ける。
それが香取葉子という少女であり、それを分かった上で華は発言している。
ことが自分に関わりのない内容であれば華もいちいち干渉はしなかっただろうが、今回は他ならぬ幼馴染の樹里が関わっている。
その時点で、華が重い腰を上げるには充分な理由であった。
そんな華の想いを察せない程、香取は鈍くはない。
香取は幼馴染の少女の言葉に従い、その
「なんかあの子、上層部に目を付けられたらしくてね。お目こぼしを貰う条件が、どっかの部隊への入隊だったみたい。それで、ウチを頼って来たってワケ」
「は…………?」
「え…………?」
しかし、その理由についての説明に、二人は面食らっていた。
てっきりもっと感情的な原因であるかと思いきや、上層部に目を付けられた、というどう考えても不穏でしかないワードが飛び出して来たのだ。
流石にそれは、穏当ではない。
どうやら自分達が思うよりも状況は複雑なのだと、二人は実感せざるを得なかった。
「目を付けられたって、一体木岐坂は何をやらかしたんだよ?」
「それは知らない。けど、どうせ佐鳥絡みでしょ。あの子が無茶するなら、癪だけどあいつが関わってるって思う方が自然だもの」
「それは────────まあ、そうか…………」
「そうだね。割と、納得は出来るかな」
だが、香取の口から「佐鳥絡み」という言葉が出た事で、二人はそれならば有り得るかも、と考え直した。
樹里の佐鳥への執着具合は、さして親しくもない若村達とて知っている。
普段はダウナーな雰囲気全開で他者に興味を示そうとしない樹里ではあるが、佐鳥を相手にしている時だけは年頃の少女のような可愛らしい反応を見せるのだ。
その様子を直視してしまっている学校の男子生徒から佐鳥が疎まれる要因にもなっているのだから、彼女の懐き具合が相当なものである事は嫌でも分かる。
そこまで執着している佐鳥に何かあれば、もしくは彼自身に頼まれれば。
樹里は組織のルールなど知った事ではないとばかりに、どんな事でもやらかすだろう。
そしてそれは、幼馴染である香取や華も同意見であった。
樹里は浮世離れしたところがあり、世間一般のルールよりも自分の感性や感情を行動原理の上位に置く傾向がある。
いきなり突拍子もない行動を取るので天然と思われがちだが、実のところ彼女は独自の価値基準を絶対視して行動しているだけであって、実行に移す際には確かな確固たる想いを以て動いている事を香取は知っている。
天然っ子に思われているのはその
そして、そのマイルールの中で佐鳥の存在は最上位に近い位置にあると香取は睨んでいる。
彼に関わる事であれば樹里のブレーキが壊れがちになるであろう事は、容易に想像出来た。
「けど、それが分かってるなら猶更なんで素直に木岐坂を入隊させないんだよ? 上層部のお墨付き貰ってるようなモンだし、別に困らねーだろ」
「何言ってるのよ。それじゃあ、樹里の意思を捻じ曲げて無理やり入れるようなものじゃない。そんなの、認められないわ」
「え…………?」
思いも寄らぬ発言に、若村は眼を白黒させる。
一方、流れを見守っていた華は「やっと本題に入ったか」と何処か安堵している様子だった。
「あの時、樹里は結局自分から「入りたい」ってハッキリ言わなかった。だから、あの子が自分の意思を曲げて「仕方なく」ウチに入ろうとしてる可能性が消えないのよ」
だから、と香取が続ける。
「────────樹里の
香取は堂々と、何を恥じる事もなくそう言い切った。
その姿に、若村は自分が酷い思い違いをしていた事に気付く。
これまでの強引な姿勢から、てっきり香取は樹里を彼女の意思に関係なく香取隊に入れたいと思っているのだと考えていた。
だが香取にとって、樹里はあくまでも「大切な幼馴染の女の子」なのである。
入隊させたいのも昔みたいに一緒に過ごしたいからであり、無理やり入れたのでは意味が無い。
本当の意味で四年間の空白を埋める為には、双方の同意がなければならないと思っているからだ。
不本意な形で彼女を香取隊に入れたとしても、香取の望みは叶わない。
それを本能で察しているからこそ、香取はこうまで頑なになっていたというワケだ。
「じゃあ、結局お前はなんで戦うなんて言い出したんだよ? それならそれで、直接聞きゃあいいじゃねぇか」
「何言ってるのよ。ただ聞いたところで、あの子が素直に話すワケないでしょ。勝者の権利でも行使しなきゃ、あの頑固者は絶対首を縦に振らないわ」
何処か確信に満ちた様子でそう話す香取にマジか、と思わず華の方を見る若村だが、とうの彼女もまた頷いた為それが事実であると思い至る。
これまで香取の繰り返しの誘いを断り続けた事から樹里が意思が固い少女である事は察していたが、どうやらその認識は甘かったらしい。
「あの子はね、興味が無い事には無関心な癖にこうと決めたら絶対に譲らないの。昔ゲームで遊んだ時なんか、目当てのアイテムが出るまでまる一日何を言われようが粘り続けたような子だし、普通に問い詰めたって頷きゃしないわ」
「そうね。樹里は、そういう子だもの」
華もまた、その香取の言葉に同意する。
話から樹里の頑固ぶりは、相当なものだという事がハッキリ分かる。
幼馴染の二人がこうも断言する以上、樹里の意思の固さは筋金入りだと見て間違いない。
だからこそ、「戦って聞く」という一見乱暴な手段が最適解に成り得るのだと。
若村は、理解せざるを得なかった。
「それで、木岐坂が本当は入りたくないって考えてたとしたらどうすんだよ? 部隊への所属を上層部から求められてるなら、無視出来ないだろ」
「そりゃあ、その時は上に殴り込んで直訴するしかないでしょ。あの子の意思を無視してるなら、意地でも撤回させるに決まってるじゃない」
「は…………?」
そして。
こと此処に至り、香取の真意を理解していなかった事もまた。
若村は、痛感せざるを得なかった。
「…………上層部に直訴するって、本気か?」
「当たり前じゃない。偉い連中が何考えてんのか知らないけど、あの子の意思を無視して強要なんてふざけた真似させるワケにはいかないもの。そりゃ、殴り込むしかないでしょ」
当たり前のように、香取は言う。
もしも樹里が不本意な命令を強要されているのだとしたら、上層部へ反抗する事すら辞さないと。
彼女にとっては組織の決まり事や、自分の立場などよりも。
幼馴染の尊厳を守る事の方が、余程重要なのだ。
それを。
若村は、彼女の真剣な眼を見て理解した。
彼女が、本気である事を。
嫌という程、思い知る事になった。
「おいおい、上層部に歯向かったらタダじゃ済まないだろ。どんな処分が下るか、分かったモンじゃねぇだろうが」
「それが何? そんなの、樹里の意思を曲げる理由にはならないわ。最悪、アタシ等がボーダー辞めれば樹里もボーダー辞めるでしょうからそれをチラつかせてでもやるわよ」
「って、俺等も巻き添えかよ?」
「ええ、だってアンタ達アタシなしじゃボーダーでやってけないでしょ? 他の部隊で成果も出ないのに頑張るアンタ達とか、見苦しいもの見たくなんてないし」
香取はあっけらかんと、当たり前のようにそう言い切った。
横暴此処に極まれりだが、これは実のところ彼女の独占欲の発露に過ぎない。
口では色々言ってはいるが、香取にとって若村達は全員身内扱いで大切な仲間なのだ。
その彼等が、自分の所から離れてやり直す所など見たくはない。
そんな捻くれた独占欲が、彼女にこう言わせているのだ。
無論、それを追及したところで素直に頷くワケがないのが香取という少女なのだが。
「だから、それが嫌なら何がなんでも勝ってあの子の本音を聞き出すわよ。結局、あの子は「何でウチに入らないのか」っていう理由を一度も話していないもの。それが聞けるまで、絶対頷くつもりはないわ」
「なんで、って、前に「隊に入るのが面倒」とかって言ってたって聞いたがそれじゃないのか?」
「んなワケないじゃない。多分だけど、音信不通だった3年間の間に何かあったのよ。それらしい事を風間さんも匂わせてたし、何か悩んでるのは確実でしょ」
加えて、風間が匂わせていた樹里の
彼女がどうして、ああも頑なに香取隊へ入る事を拒んでいたのか。
その理由を聞かない限り納得は出来ないと、香取は言う。
「だから、それを聞かない限りアタシは納得出来ない。だから戦う。それだけよ」
────────────────詳細は語れんが、木岐坂は恐らくお前達が大切な相手であるが為に入隊の件を迷い続けている。だからこそ、お前だけは話を断りつつも完全な拒絶はしていないんだろう。お前との繋がりを求めているのは、あいつも同じというワケだ────────────────
あの時の、風間の言葉を想起する。
彼は確かに、樹里は入隊を
その言葉を信じるなら、樹里は何かしらの悩みがあって香取の誘いを受けるか否かを迷い続けている、という事になる。
なら、それを知りたい。
知った上で、向き合いたい。
そして、それは自分達
それに。
リベンジマッチをしたい、という想いも当然ある。
以前、樹里と佐鳥の二人相手に自分達は完敗した。
傷一つ付ける事も叶わず、無様に敗れ去った。
その時のリベンジをしたい、という想いは当然ながらあった。
あの時とは違う、という自負もある。
自分は風間に鍛えられたし、どうやら若村達も意識改革があったのか、熱心に犬飼に指導を受けている事も知っている。
あのへらへら笑いの先輩は香取個人としてはあまり信用していないのだが、実力だけは確かなのでそれに教えを乞う事自体は良い事の筈だと思っているのでそれは良い。
自分の言葉は何も聞かなかった癖に、という悪態を秘めてはいたが、そこはそれ。
それに。
今回に限っては、全く勝算が無いワケでもないのだ。
「華、協力して貰うわよ」
「ええ、今回ばかりは全力でオペレートするわ。樹里の事なんだし、わたしも他人事じゃないから」
華はそう言って、笑顔で頷いた。
前回とは異なり、今回はオペレーターの華がバックアップに加わってくれる。
向こうがオペレーターを用意するとも思えないので、これだけで大分有利にはなる筈だ。
場合によっては佐鳥の繋がりで嵐山隊オペレーターの綾辻を引っ張って来る可能性はあるにはあるが、そうなっても全力でやるだけだ。
まあ、その可能性はとても低いとは思ってはいるが、万が一の可能性自体はある。
あくまで、可能性の上では、の話だが。
(あの子なら、それはないでしょ。ていうか、華以外のオペレートで戦うとか許せるワケないし)
もしもそうなったら、絶対に容赦はしないと決めてはいるが。
それを口に出さないのもまた、香取という少女なのだった。
「…………しょうがねぇな。そういう事なら、付き合ってやるよ。作戦会議も、しっかりやるぞ」
「うん。オレも協力するよ。頑張って、勝とうね」
「それで良いのよ。まったく、手間かけさせてくれたわね」
不承不承といった様子で戦う事を了承した二人に、香取はため息を吐きつつも微笑を浮かべる。
その様子を華は黙って見守り、生暖かい視線にいたたまれなくなって香取はそっぽを向いた。
こうして、素直にはなれない少女達は。
大切な幼馴染と、戦う覚悟を決めたのだった。