香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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想いの価値は

 

 

 葉子が、やってくれた。

 

 わたしには、それがすぐに分かった。

 

 だって、それまでずっとわたしを苛んでいた頭痛が嘘のように消えたから。

 

 さっきまではひどい眠気と刺すような痛みを感じていたけれど、今は嘘のようにそれが無い。

 

 これはきっと、()がわたしに構う余裕をなくしたからなんだって思った。

 

 現状がどうなっているかは分からないけれど、この空気は知っている

 

 多分、此処はあの星だ。

 

 わたしが3年間捕まっていた、白い地獄。

 

 かつてはその名すら知らなかった近界の星、ククロセアトロ。

 

 何故か頭に浮かんだその名に、忌まわしいものを感じる。

 

 当然だ。

 

 この星でかつて受けた凄まじい痛苦の日々は、とてもじゃないけど忘れられるものじゃない。

 

 これまではこの星の連中が施した仕掛けやボーダーの記憶処理で忘れていられたけれど、今は全て思い出してしまった。

 

 想起するだけでも絶大な苦痛を伴うこの記憶は、わたしの意識を暗闇に落とすのに十分な威力を持っていた。

 

 一度忘れさせておいて、何かの引き金で思い出させてその衝撃で心を揺さぶる。

 

 ハッキリ言って、悪辣以外の何物でもないやり口だ。

 

 それにまんまと引っかかってしまったわたしが言うのもなんだけど、根性がねじ曲がり過ぎていると思う。

 

 連中がわたしに施した仕掛けは、実はこれだけだ。

 

 その他の洗脳じみたものなんかは、何もない。

 

 過剰な投薬の結果身体の中がどうなってるかはあまり考えたくないけれど、戦闘試験や実験の時以外は牢獄のような部屋に転がされていただけだった。

 

 かつては身体を物理的に操られていたので、必要無いと思っていたのかもしれない。

 

 事実、今こうして自意識を取り戻して尚わたしは目覚める事が出来ず、身体を動かす事は出来ていない。

 

 でも、それでもさっきまでとは違う。

 

 これまでと違って、今は身体を動かそうとすれば確かな手応えがあった。

 

 今までは深い水の中に沈んでいるような、まるで自由の利かない感覚だった。

 

 けれど今は、水面がすぐ近くに思えるくらい身体が軽くなっている。

 

 勿論実際の肉体を動かせない以上比喩表現でしかないけれど、あと少しで目覚められる。

 

 そんな感覚を、わたしは確かに感じていた。

 

 きっと、葉子が何かをやってくれたんだ。

 

 なんでか、そう思えた。

 

 だって、さっき無我夢中で冀った嘆願を、あの子が聞き届けてくれた気がしたから。

 

 どういう理屈かは分からないけれど、わたしの声は葉子に届いた。

 

 根拠はないけど、そんな確信があった。

 

 一度わたしの願いを聞いたなら、葉子はなんだってやってのける。

 

 だって、わたしの幼馴染は。

 

 口では色々言いながらも、いつでもわたしの事を一番に考えてくれる。

 

 最高の、友達なんだから。

 

 正直言って、嬉しかった。

 

 きっと、たくさん迷惑をかけている最中のわたしを。

 

 何の迷いもなく助けに来てくれたんだと、そう思えたから。

 

 それに、嬉しい事はそれだけじゃない。

 

 賢が、近くにいる。

 

 これは、わたしの本能がそう感じていた。

 

 だって、愛しい相手の事を分からない筈がない。

 

 わたしが求める男の子が、すぐ傍まで来ている。

 

 それが直感的に分かるから、わたしの心は弾んでいた。

 

 賢の事だから、葉子と同じように何の迷いもなく助けに来てくれたんだって事が分かる。

 

 いつだって賢はわたしの事を一番に考えてくれて、わたしの為ならなんでもやってくれる。

 

 普段は恥ずかしくて言えないけれど、わたしの王子様みたいな人だから。

 

 その彼がこうして助けに来てくれた事が、素直に嬉しい。

 

 迷惑をかけた申し訳なさもあるけれど、流石に女の本能には逆らえない。

 

 だからこそ、現状が歯痒かった。

 

 賢がすぐ傍まで来ている事が出来るのに、手を伸ばす事が出来ない。

 

 でも、きっとあと一歩だ。

 

 外からもう一度、何かの切っ掛けがあればわたしが目覚める事が出来る。

 

 そんな、確信があった。

 

 だから、賢。

 

 わたしに、手を伸ばして。

 

 今も尚わたしの身体を抑えつけている檻を、壊して

 

 そしたらきっと、わたしは目覚められる。

 

 賢の手を、握り返す事が出来る。

 

 だからお願い、賢。

 

 こんな檻、早く壊して────────!

 

 

 

 

『■■■■────────!』

 

 女神像が、咆哮を響かせる。

 

 それは、囚われた少女が目覚めつつある苛立ちか。

 

 もしくは、飛び回る羽虫の如き存在に脅かされた屈辱か。

 

 物言わぬ機械である筈のそれに自意識があるとすれば、理由はそんな所だろうか。

 

「いい加減、五月蠅いわよ…………っ!」

 

 怒れる女神像こそが目障りだと、小南が突貫する。

 

 遊真と目配せした少女は、展開された『弾』印(パウンド)に足をかける。

 

 そして、黒トリガーの出力を以て文字通り撃ち出された。

 

 カタパルトの如き、強烈なGを伴っての射出。

 

 通常の人体ならばまず耐えられないであろうそれを、トリオン体の性質を以て適応する。

 

 何の小細工もない、一直線の突撃。

 

 だが、それ故に速い。

 

 遊真やヒュースが切り開いた道を、勇敢な女戦士が真っ直ぐに突き進む。

 

『■■■■』

 

 無論、それをただ黙して見過ごす至天機巧(アポストロス)ではない。

 

 削られた端から新たに生やした触腕を、少女に向け投擲する。

 

 何の工夫もない、ただ手数に任せた攻撃。

 

 だが同時に、誤魔化しの利かない物量の暴力。

 

 並の使い手であれば、これを突破するのは困難だろう。

 

接続器(コネクター)起動(オン)

 

 されど、小南は断じて並の存在などではない。

 

 数々の近界の戦場を渡り歩いた、本物の戦争帰り。

 

 その経験値と力量は、ボーダー内でもトップクラスの代物である。

 

 小南は二つの手斧を連結させ、巨大な両手斧に変換した少女はそれを一閃。

 

 迫り来る無数の触腕を、纏めて斬り裂いた。

 

 元より、凄まじい加速を以て射出されている最中。

 

 加速による威力のブーストもあり、最小限の労力で自身に直撃するルートのもののみを選択して両断する。

 

「────────!」

 

 一閃。

 

 障害物を斬り裂いた少女は、そのままの勢いで女神像に到達。

 

 両手斧の一閃にて、女神像の腹部を両断した。

 

 斜めに斬り裂かれた膨らんだ腹部がズレ落ち、落下し始める。

 

 しかし即座に断面から無数の糸が生え、切断部の修復を開始した。

 

 小南のトリガー、双月は威力特化型の玉狛製トリガー。

 

 旋空すらも凌駕する切断力を持つ、単純な威力で言えばボーダーのノーマルトリガーの中でも屈指の代物である。

 

 それ故に切れ味が良過ぎて、断面が綺麗過ぎたのだ。

 

 普通のトリオン兵であればともかく、再生能力を持った至天機巧(アポストロス)にとっては断面が綺麗な程修復は容易だ。

 

 そういった意味では、小南の一撃は女神像にさして痛手を与えていない事になる。

 

 両断された腹部に格納されていた無数の骸蟲騎兵(テラペウテース)は既に単独運用は不可能だが、それならそれでリソースに替えてしまえば問題ない。

 

 少女の突撃は、さしたる結果も出せずに終わる。

 

「遊真、ヒュース!」

「おう」

「了解」

 

 否。

 

 この攻撃には、意味があった。

 

 小南が敢えて腹部を狙ったのは、あの無数の触腕の根本であろう骸蟲騎兵(テラペウテース)を破壊すると同時に、一時的にでも女神像の動きを止める為。

 

 理不尽とも言える再生能力を持つ至天機巧(アポストロス)であるが、当然ながらその力は万能ではない。

 

 修復中はその個所を使う事は出来ないし、何より一瞬とはいえ動きが止まる。

 

 戦場では、その一瞬こそが致命となる。

 

 今この瞬間、女神像は先程まで猛威を振るっていた無数の触腕を使う事が出来ず、無防備に近い状態にある。

 

 だからこそ、現行戦力で最高に近い火力を誇る二人の近界民(ネイバー)が攻撃を通す最大のチャンスとなる。

 

『弾』印(パウンド)────────二重(ダブル)

 

 遊真の加速の印により、二人は同時に射出される。

 

 超高速で飛来する遊真とヒュースに対し、女神像はその右腕を振り下ろし鉄槌を下す。

 

 グラスホッパーと異なり、『弾』印(パウンド)は途中で軌道の変更が利かない。

 

 大出力の代償として見えている攻撃(テレフォンパンチ)になりがちであるという弱点は、そのスピードに対応出来るのであれば明確な隙となる。

 

 至天機巧(アポストロス)は、機械によって動かされている機巧。

 

 常人であれば反応出来ないスピードでも、システムの力を用いて機械的に迎撃する事が出来る。

 

「邪魔ッ!」

 

 だが、それを許す小南ではない。

 

 予めヒュースから磁力片を受け取っていた彼女は、磁力による牽引を利用し即座に方向転換。

 

 振り下ろされた右腕に肉薄し、一閃。

 

 至天機巧(アポストロス)の巨大な右腕を、一撃の下両断した。

 

『強』印(ブースト)七重(セプタ)

蝶の盾(ランビリス)

 

 これでもう、二人の邪魔をするものはない。

 

 攻撃準備を完了させた二人の近界民(ネイバー)の攻撃が、胸部のクリスタルに直撃する。

 

 遊真の最大出力を以て放たれた拳、ヒュースの磁力片の刃。

 

 二名の持ち得る最高火力を以て、樹里の囚われた檻を破壊せんと攻撃を叩き込んだ。

 

「…………っ!」

「出鱈目な硬さを…………っ!」

 

 攻撃は、無為ではなかった。

 

 二人の近界民(ネイバー)の最大出力を以て叩き込まれた攻撃は、至天機巧(アポストロス)の中で最も高い硬度を誇る個所である水晶を罅割れさせた。

 

 だが、破壊する事までは出来なかった。

 

 水晶は、確かに罅割れた。

 

 しかし、まだ足りない。

 

 罅割れ、砕け散る寸前であろうとも。

 

 檻を壊し、少女を助け出すにはまだ足りない。

 

 あと一手。

 

 それがなければ、忌まわしい水晶の檻を破壊し切る事は出来ない。

 

「頼んだっ!」

「分かってる、ってのっ!」

 

 だからこそ、彼は駆けた。

 

 己に足りない機動力を友人に抱えて貰う事で補いながら、一直線に至天機巧(アポストロス)の玉座を駆け上がる。

 

 見た目が恰好悪かろうと、構うものか。

 

 全ては、愛しい少女を救う為。

 

 どれ程不格好でも、どんな醜態を晒しても。

 

 ただ、彼女を救い出せればそれで良い。

 

 その一念を以て、佐鳥は樹里に向かって駆け上がる。

 

『■■■■────────!』

 

 女神像はそんな佐鳥に対し、左腕を振り下ろす事で迎撃とする。

 

 己の心臓部たる人柱を奪還される事を恐れたのか、その一撃に込められた殺気は尋常ではない。

 

 この勢いで叩き付ければ自身の躰も無事では済まないだろうが、それでも構うものかと女神像の腕が振り下ろされる。

 

 何が何でも、この前進を止めなければならない。

 

 そんな意図が、透けて見えた。

 

『鎖』印(チェイン)

 

 無論、それを許す遊真ではない。

 

 鎖の印を以て、振り下ろされた左腕を拘束。

 

 佐鳥への攻撃を、黒トリガーの出力を以て封印した。

 

「…………っ!」

 

 だが、攻撃はそれで終わらない。

 

 両断された、右腕の断面。

 

 そこから無数の糸が伸び、それらが一斉に佐鳥に向かって殺到する。

 

 質を防がれるのであれば、物量で押せば良い。

 

 そんな思惑の下、幾百にも上る傀儡糸(クローステール)の群れが佐鳥に襲い掛かった。

 

「させん」

 

 それを、レイジが再び構えたガトリングによって迎撃する。

 

 既に充分接近していた為、取り回し重視のアサルトライフルを選ぶ必要はない。

 

 今はただ、この物量に対抗出来る手札こそが優先される。

 

 ノーマルトリガーの中でも面制圧に長けるガトリングの斉射が、佐鳥に迫る無数の糸の悉くを撃ち落とす。

 

 単純な威力では小南に劣るが、こうした手数を相手にする場合はレイジに一日の長がある。

 

 更に、すかさず歌川がハウンドを用いてレイジをフォロー。

 

 二人の放った弾幕により、佐鳥に向かった糸は全て撃ち落とされた。

 

「…………! ちっ!」

 

 何かに気付いた菊地原が、その場から飛び退く。

 

 次の瞬間、女神像の玉座より無数のブレードが生え、彼のいた場所周辺に剣山のように出現した。

 

 間違いない。

 

 サイズこそ巨大であるが、それは間違いなくスコーピオン。

 

 障害物を通す事での奇襲を可能とする発展技術である、もぐら爪(モールクロー)

 

 それを模した、敵の攻撃である。

 

 菊地原は己の強化聴覚(サイドエフェクト)によりそれを察知し、瞬時にそれを回避した。

 

 しかしそれは、逃げ場のない空中へ躍り出てしまった事を意味している。

 

 足場全体が攻撃範囲になってしまった為に、それしか回避方法がなかったのだ。

 

『■■■■────────!』

 

 好機とばかりに、女神像は修復を終えたばかりの腹部から無数の触腕を放ち、佐鳥を抱える菊地原に向かって殺到させる。

 

 菊地原に、グラスホッパーのような空中で方向転換を可能とするトリガーはない。

 

 己の脚と聴力を頼りに戦う攻撃手にとって、この状況は死地以外の何物でもない。

 

 このままでは、己の抱えた佐鳥(ゆうじん)ごと触腕に刺し貫かれる。

 

 そんな未来が、視えた気がした。

 

「貸しなさい…………っ!」

 

 ────────だが。

 

 それを、棄却する者がいた。

 

 香取だ。

 

 地下での戦闘を終え、地上へ帰還した香取が即座に状況を理解すると共にグラスホッパーを用いて跳躍。

 

 菊地原を地上へ突き飛ばし退避させながら、その手に抱えていた佐鳥を奪い取るかのように引っ掴んで受け取った。

 

 そして、再びグラスホッパーを展開し再跳躍。

 

 空中をジグザグに動き回りながら、最高速度で女神像の胸部へ。

 

 樹里の下へ、向かう。

 

「任せたよ」

 

 少女の前進を、素早い身のこなしで着地しながら菊地原は見送った。

 

 あそこまで彼を送り届けた時点で、自分の役目は終わりだと認識して。

 

 菊地原は或いはこの場で初めて、不敵な笑みを浮かべた。

 

 あの二人であれば、行ける。

 

 そんな予感を、抱いて。

 

 女神像の右腕は両断され、左腕は拘束された。

 

 触腕による攻撃も、既に凌ぎ切った。

 

 今からでは、射撃トリガーは間に合わない。

 

 現時点、二人の進撃を止めるものは何も無い。

 

 瞬く間に香取は佐鳥を抱えたまま、敵の胸部へ到達する。

 

 だが、香取の攻撃では水晶を破壊する事は出来ない。

 

 近界民(ネイバー)二人の攻撃でさえ、破壊し切れなかった硬度だ。

 

 如何に壊れる寸前とはいえ、スコーピオンの刃が通るとは思えない。

 

「やりなさいっ!」

「了解」

 

 だからこそ香取は、佐鳥を連れて来たのだ。

 

 イーグレットという、ノーマルトリガーの中でもかなりの威力を誇る武器を持つ彼を。

 

 佐鳥は予め準備していた二丁のイーグレットを水晶に向け、ほぼ零距離で引き金を引く。

 

 銃声。

 

 二丁の狙撃銃から同時に弾丸が射出され、水晶に撃ち込まれた。

 

 その一撃こそが、決定打。

 

 罅割れた水晶は遂に砕け散り、少女の檻は解き放たれた。

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