香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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セカイの中心でアイを叫んだモノ

 

 

「壊れろっ!」

 

 佐鳥は、引き金を引くと共に叫ぶ。

 

 愛する少女を閉じ込める、檻の解放を。

 

「こんな檻…………っ!」

 

 香取は、佐鳥を抱えて猛る。

 

 気に喰わないが、樹里が最も大切だとする男に最後の一手を任せて。

 

「「粉々に、砕け散れ…………っ!」」

 

 ────────そして。

 

 二発の弾丸が、着弾する。

 

 遊真とヒュース、二人の近界民(ネイバー)の攻撃によって罅割れていた水晶は。

 

 佐鳥の放った二発の弾丸が一ヵ所に纏めて着弾した事で、耐久が限界に達し崩壊。

 

 二人の言葉通り、粉々に砕け散った。

 

「樹里…………っ!」

「樹里ちゃん…………っ!」

 

 そして、二人は目撃する。

 

 水晶が割れ、露になった樹里の姿を。

 

 佐鳥は見覚えのある、香取は覚えのない。

 

 身体の線が浮き出たボディスーツを纏い、無数の糸で拘束され磔にされている少女の姿を。

 

「こんな、もの…………っ!」

 

 香取は少女を拘束する糸を排除すべく、スコーピオンを振るう。

 

 素早い手捌きで樹里の拘束を切断した香取は、我先に少女の身体を掴み引きずり出す。

 

「樹里、大丈夫なのっ!? 樹里…………っ!」

 

 樹里の背に突き刺さっていた無数の糸を刃の一閃で断ち切った香取は、少女の身体を抱き締めながら叫んだ。

 

 その形相には、必死さが見える。

 

「樹里ちゃん、お願い。目を、覚まして…………っ!」

 

 香取の腕から抜けた佐鳥も、それに同調する。

 

 これまで、長時間に渡ってこの怪物の中で拘束されていた樹里の容態は不明だ。

 

 或いは、取り返しのつかない何かを喪っていたとしてもおかしくはない。

 

 そんな焦りが、滲み出す。

 

 もし、このまま眼を覚まさなかったら。

 

 二人は不安と焦燥で、今にも狂いそうになっていた。

 

「ん…………」

 

 だが。

 

 次の瞬間、樹里の薄い喉が鳴り反応を示した。

 

 二人の声が、届いたのだろうか。

 

 樹里は何処か眩しそうな様子で、瞼を開ける。

 

 そうして。

 

 少女の瞳が、愛しい少年と大切な幼馴染をしっかりと認識する。

 

「…………おはよう。賢、葉子」

 

 にこりと、樹里は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 それを見て、香取は。

 

 そして、佐鳥は。

 

 ようやく、安堵の笑みを浮かべた。

 

「…………っ!!! この、寝ぼすけっ! どんだけ心配、させたと思ってんのよ…………っ!」

「…………良かった」

 

 心底安心した様子で、二人は胸を撫で下ろす。

 

 もし、もう手遅れだったら。

 

 そんな懸念が、心の何処かにあったのは否定出来ない。

 

 しかし、その不安も樹里の笑顔を見て払拭された。

 

 この場が敵地である事も忘れ、安堵の息を吐く。

 

「うっ、あぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!?」

「樹里…………っ!?」

「樹里ちゃん…………っ!?」

 

 ────────だが。

 

 樹里が左目を押さえて苦しみ始めた事で、二人の笑みが消える。

 

 苦し気に押さえられている樹里の左目は、見覚えのある赤黒い光を放っていた。

 

 それはまるで、少女を手放す事を望まぬ宿主の悪意の象徴のようでもあった。

 

 そう、樹里の呪縛はまだ解かれていない。

 

 彼女の眼窩に埋め込まれた機能代替(オルタナティブ)トリガー、真鍮瞳(コンプタドーラ)

 

 これこそが樹里を操る()たるモノであり、この義眼が存在する限り樹里に自由は訪れない。

 

 赤く光る妖眼は、再び少女の身体を虜にせんと機能を解放する。

 

 この光が全身に広がった時、樹里は再び虜囚の身となる。

 

 今度こそ戻って来れない、暗闇の中へ。

 

「よう、こ…………っ! この、左目、抉って…………っ!」

「…………っ! お願い、香取ちゃん…………っ!」

「────────ああもう、分かったわよっ!」

 

 ────────そんな結末は、断じて許容出来る筈もない。

 

 樹里が苦痛を抑えつけながら必死の想いで香取に懇願し、その意味を察した佐鳥が追随する。

 

 いきなり大切な少女の眼を刺せと言われた香取は刹那の混乱に陥るが、此処に来て意味の無い事を言う二人ではないと判断。

 

 スコーピオンを振りかぶり、赤黒い不気味な光を放つ樹里の左目を貫いた。

 

「うぁ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!」

 

 瞬間、刃を突き立てられた樹里の左目は紅の光を失い、罅割れ砕け散る。

 

 破片となった人工物の瞳は少女の眼窩から零れ落ち、そのまま地上へ落下し塵となって消え失せた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 同時に樹里の動悸も止み、呼吸も落ち着いて来る。

 

 左目を失った少女を、二人は固唾を呑んで見守った。

 

 果たして、これでどうにかなったのか。

 

 その答えを、知る為に。

 

「だい、じょうぶ…………。元凶(アレ)さえなければ、もう大丈夫。だと、思う…………」

「ホントなのねっ!? もう、心配ないのね…………っ!」

「うん。あれが、わたしを操ってた絡繰りみたいだから。あの時と同じように、これで機能は停まった、と思う」

「…………良かった」

 

 香取は再び、安堵の息を吐く。

 

 もし、少しでも対処が遅れていたら。

 

 そう思うと気が気でないが、結果助かったのならば構わない。

 

 心底香取は、安心したのだ。

 

「…………っ!」

 

 ────────だからこそ、油断があった。

 

 樹里を引き抜いた、水晶の内部。

 

 そこから、無数の糸が伸びていた事に気付かなかった。

 

 それらの糸は本数は決して多くはないが、三人の死角になるように水晶内部の壁面スレスレを移動して樹里に忍び寄っていた。

 

 無数の糸が持つ悪意(いと)は、考えるまでもない。

 

 再び、核たる少女を取り込む事だ。

 

 既に左目の機能代替(オルタナティブ)トリガーは破壊したが、恐らく再度取り込まれれば代替物が仕込まれるだけだ。

 

 どころか、操る核を失った少女を単なるエネルギー源として使い潰す可能性も大いに有り得る。

 

 どちらにせよ、あの糸に捕まった時点で樹里の未来は無い。

 

 だというのに、香取は反応が一歩遅れてしまった。

 

 ようやく樹里を助け出せた事の安堵、そして慣れない戦場でのストレスの蓄積が。

 

 香取の処理能力を、限界以上に圧迫していたのだ。

 

 既に数時間以上戦闘状態を継続していたのだから、この場がある意味で初めての本物の戦場である香取にとっては無理からぬ事だろう。

 

 だが、致命的な隙が生じたのは事実。

 

 あってはならない、正念場での一瞬の油断。

 

 それを突いた敵側の策が、一枚上手だった。

 

 幸福な結末(ハッピーエンド)の直前に訪れた、最悪の未来(バッドエンド)

 

「────────最後まで気を抜かないで下さい、香取先輩」

「…………!」

 

 ────────だが、その結末(みらい)は棄却された。

 

 背後から聴こえた覚えのある声と共に放たれた、数発の弾丸によって。

 

 銃声と共に放たれた弾は、樹里に迫りつつあった糸を全て弾き飛ばした。

 

「木虎…………!」

「最後の最後で油断するなんて、まだまだですね。こういうのは、最後まで気を抜かない事が大事なんですよ」

 

 それを為したのは、木虎だった。

 

 香取と同じく地下から上がって来た彼女は素早く移動する為のトリガーであるグラスホッパーを持たない身であったが、スパイダーを用いて此処まで駆け上がって来たのだ。

 

 瞬間的な機動力、及び突破力では香取に一歩譲るが、それでも木虎が優秀なスピードアタッカーである事に変わりはない。

 

 だからこそこうして万が一の時のカバーを行う為に、此処までやって来たというワケだ。

 

 ちなみに香取は何が何でも樹里の所に向かう事で頭が一杯だった為、完全に木虎の事を失念していた。

 

 普段の香取であれば、此処で悪態の一つでも吐いただろう。

 

「…………ごめん。ありがと」

「…………っ!? と、当然の事をしたまでです。気にしないで下さい」

 

 しかし、幼馴染が助かった事で心底安堵した香取は素直に礼を告げ木虎は眼を白黒させて面食らった。

 

 まさか、あの香取が正面から素直にお礼を言うなど考えてもみなかったからだ。

 

 敵愾心や嫉妬心等は向けられ慣れている木虎であるが、逆にこうした純粋な好意を向けられる事には慣れていない。

 

 しかも相手が自分と同じく自尊心の塊のような香取とあっては、動揺の一つもするというもの。

 

「そ、それよりすぐにこの場から離れましょう。今ので終わるとも思いません」

「了解」

「ん」

「分かったわよ」

 

 されど、動揺を無理やり抑え込み木虎は即座に指示を出した。

 

 見れば、水晶の奥底で無数の糸が再び樹里を捕らえんが為蠢いていた。

 

 この場に留まり続けるのは、下策でしかない。

 

 香取は樹里を、木虎は佐鳥を抱え、女神像の胸部から地上へ向かって駆け降りた。

 

 

 

 

緊急事態(エマージェンシー)緊急事態(エマージェンシー)至天機巧(アポストロス)の核である検体が奪取されました。傀儡糸(クローステール)による修復機能、及び各武装出力大幅に減少。至天機巧(アポストロス)自己崩壊まで、あと180秒となります』

 

 空洞となった水晶の内部に、機械音声が響き渡る。

 

 耳障りな警告音が鳴り響き、女神の慟哭の如く木霊する。

 

 それはまるで、心臓を失くした巨人の悲鳴のようですらあった。

 

『至上命題、検体の奪還。全リソースを検体鹵獲に使用。至天機巧(アポストロス)を通常形態から極地戦闘形態へ移行します』

 

 後がない人工知能は、最後の命令を下す。

 

 どれ程の消費をしてでも、心臓部たる検体を取り戻す。

 

 それが、決められたプログラムを遵守するしかない人工知能の判断だった。

 

『形態移行、開始』

 

 

 

 

『■■■■────────!!!!』

 

 女神像が、咆哮と共にその姿を変えていく。

 

 その腹部が蠢き、鈍い音と共に破裂。

 

 幾百もの糸が出現し、周囲の瓦礫に無差別に突き立つ。

 

 それらを引き抜き、集め、腹部へ接続。

 

 女神像は巨大な、八本の蜘蛛脚を獲得した。

 

「まさか…………っ!」

 

 そうして、女神像は生やした蜘蛛脚を動かし()()()()()

 

 同時に、轟音と共に玉座が砕け散り、内部から巨大な卵のような構造体が引きずり出された。

 

 それは無数の太いパイプで繋がれており、蜘蛛脚を生やした女神像はそれを引きずりながら一歩、また一歩と轟音を立てて前へ進む。

 

 恐らく、あの内部には母トリガーと繋がる機構が内蔵されているのだろう。

 

 玉座に固定された女神像を緊急的に()()()()へ替える、奥の手。

 

 その姿はまるで、巨大な卵を抱えながら移動する昆虫そのものと言えた。

 

『■■■■────────!』

 

 そして、その背が蠢き、無数の触腕が出現した。

 

 それは、何処までも続く深い闇に包まれた胴を持つ蛇の顎だった。

 

 そうとしか思えない形状の漏斗状の触手は、汚らしい粘液を垂れ流しながらその切っ先をこちらに向けている。

 

 間違いなく、樹里を狙っている。

 

 佐鳥達は、そう確信した。

 

「何が何でも、樹里を取り戻そうってのっ!? ったく、しつこいったらありゃしないわっ!」

「同感。いい加減にして欲しいね」

 

 香取と佐鳥は、同時に悪態をついた。

 

 やっとの思いで大切な少女を取り戻したというのに、未だに敵の執念は尽きない。

 

 これまで散々その悪辣さを思い知らされて来た身としては、悪態の一つもつきたくなるのも当然だろう。

 

「お前達、良くやった。だが、労ってやる時間もないようだな」

「…………! 風間さん」

 

 そこに、二人と同じく地下から上がって来た風間が声をかける。

 

 風間は一瞬笑みを見せるが、すぐに表情を戻す。

 

 労ってやりたいのも山々だろうが、今はそんな事をしている場合ではない。

 

 戦いはまだ、続いているのだから。

 

「木岐坂を奪還した事で、敵の出力は大幅に減じていると見るべきだ。だからこそ、これまでは不可能だった完全な打倒が見えて来る筈だ」

「そうだな。修復能力も、無限ではあるまい。今なら、勝機もあるだろう」

「レイジさん…………」

 

 そこに、レイジもやって来る。

 

 こちらも、一切の油断はない。

 

 一番の大仕事は終えたとはいえ、敵は未だ動きを止めていない。

 

 戦場での油断がどれだけ命取りになるかは、十二分に理解している。

 

 だからこそ、レイジの表情は変わらない。

 

 あくまで自然体で、怒れる女神像を睨みつけていた。

 

「じゃあ、片っ端からぶった斬れば良いのね。そういうのは得意だわ」

「おれもやるよ。トリオンはまだ余裕あるから、存分に暴れて来るさ」

「オレもまだ戦える。戦闘は継続だ」

 

 更に、小南と遊真、ヒュースの三人がやって来る。

 

 今回のメンバーの中でも、指折りの火力を誇る三人だ。

 

 既に救出を果たした以上、壊してはならない部分など存在しない。

 

 ならば、全力で暴れるだけだと彼等は言う。

 

 そこに、迷いなどありはしなかった。

 

「これ、逃げちゃ駄目なやつです?」

「あれが二宮達の所へ向かうのは問題だろう。可能ならば、此処で仕留めておくに越した事はないな」

 

 菊地原、歌川もそれに続く。

 

 口では面倒臭そうにしている菊地原だが、その声色には少なからぬ喜色が見える。

 

 友人が本懐を果たして満足しているのだろうが、それを言葉にはしないあたり徹底している。

 

 もっとも、それを見透かしている歌川にとっては微笑ましいものでしかないのだが。

 

「そうね。樹里をこんな目に遭わせた奴なんか、ギッタンギッタンにしてやる」

「ああ、塵一つとして残すもんか。あれは、此処で消しておかないと」

「同感です。後の禍根になるものを、放置する理由はありませんから」

 

 香取、佐鳥、木虎も同調する。

 

 幼馴染を、愛する少女を。

 

 此処まで酷い目に遭わせた元凶に対し、内心で怒り狂っているのが香取と佐鳥だ。

 

 木虎もまた、ククロセアトロの悪辣さを散々実感した今となっては反対する理由は無い。

 

 この星の悪意は、完全に消さなければならない。

 

 それは、この場の全員の総意だった。

 

「────────どうやら、本懐は果たせたようですな。結構な事です」

 

 そして。

 

 風に乗って、そんな一言が響く。

 

 同時に、いつの間にか至近まで近付いていた存在が姿を現した。

 

「アンタは…………っ!」

「ふふ、お久しぶりですね。勇敢なお嬢さん。私の事は伝え聞いている筈ですが、改めて名乗りましょう」

 

 その人物は、老剣士は。

 

 好々爺のような笑みと共に、杖をカツン、と着いた。

 

 それだけで、場を支配するかのような圧迫感が生まれる。

 

 当然だ。

 

 この男は、翁の名は。

 

「────────アフトクラトルの刃、ヴィザ。同盟の契りにより、微力を貸しに参りました」

 

 ────────「神の国」アフトクラトルの剣聖、ヴィザ。

 

 最強の剣鬼が、最後の戦場に現れた瞬間だった。

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