香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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AIR

 

「あの爺さんは…………っ!」

「…………こうして近くで見ると、ヤバさが直に分かるね。多分、あそこからでもオレ達を余裕で瞬殺出来る。あの時退いてくれたのは、マジで奇跡だったよ」

 

 佐鳥と香取は自分達の前に現れた老剣士、ヴィザを見詰め冷や汗を流す。

 

 現在、彼の翁からこちらへの敵意は感じ取れない。

 

 だが、ヴィザの纏う空気そのものが刃のように鋭く鉛のように重い。

 

 敵対者でなくとも、ただそこにいるだけで重圧となる存在。

 

 此処が戦場であるが故に多少昂揚しているからという理由もあるだろうが、ただ立ち振る舞いだけで常人との隔絶した差を感じさせる。

 

 特に香取は大規模侵攻であの老剣士に直接斬られているので、感じる重圧は人一倍である筈だ。

 

「ほっほ、構えずとも結構です。あの少年と交わした契約は、しかと守りますとも。かつては刃を交わした間柄なれど、今は剣先を合わせる共闘者。どうぞ、よろしくお願いします」

「…………ああ、そうだな。俺は今回の作戦の総指揮を執っている、風間だ。こちらこそ、よろしくお願いする」

「これはご丁寧に。束の間の共闘なれど、我が剣を振るう事に何の迷いもありません。全霊を以て、この星に引導を渡しましょうぞ」

 

 そう言って刺す出された手を迷いなく風間は取り、握手を交わした。

 

 無論、思うところが無いワケでもない。

 

 しかし今は、事態の解決を最優先にすべき。

 

 そういった判断により、ヴィザという不確定要素は捨て置かれる事となった。

 

 といよりも、此処でどうこうしたところでどうにもならない。

 

 今はただ、この翁が味方してくれる事を有難く思う他ないのである。

 

「…………ヴィザ翁…………」

「ヒュース殿、まさかこうして再び相まみえる事が叶うとは思いませんでした。これも、人生の妙と言えるのでしょうか」

 

 そして。

 

 ヒュースとヴィザ、かつての師弟が向かい合う。

 

 片や、置いて行かれた者。

 

 片や、置いて行った者。

 

 お互い、思う所は色々とある筈だろう。

 

 師弟ともなれば、猶更だ。

 

「しかし、あの少年から「ヒュース殿と話す機会を提供する」と言われましたが、まさかこうも直接的にそれが実現出来るとは。些か、驚愕しております。どうやら玄界では、私の想定以上に良い扱いをされているようですな」

「利害の一致です。それ以上でも以下でもありません。オレは、何としてでも祖国へ帰らなければならないのですから」

 

 ふむ、とヴィザは重々しく頷く。

 

 数瞬黙り込んだ後、その口を開いた。

 

「その様子ですと、こちらの事情には察しがついているご様子。私を恨んでおりますかな? 貴方がこうなる事を知りながら、見過ごした私を」

「いえ、とんでもありません。貴方はただ、祖国の為を思って行動しただけ。公人としての選択にどうこう言う程、オレは狭量ではありません」

 

 それに、とヒュースは続ける。

 

「オレは、誰を恨んでもいません。勿論、ハイレイン隊長もです。ハイレイン隊長もまた、国の為を思ってあの決断をしたのでしょう。それは、領主としては当然のものです。オレはただ、個人としてその結果を許容出来ないが為に行動するに過ぎません。ハイレイン隊長がベルディストンの領主としての判断を優先するように、オレはエリン家のヒュースとして目的を達するだけなのですから」

 

 だから誰も恨んではいないと、ヒュースは言う。

 

 彼とて、分かってはいるのだ。

 

 ハイレインもまた、ヒュースに隔意があってこんな真似をしたのではないという事を。

 

 彼はただ、領主として当然の判断をしただけだ。

 

 己が領地を護る為、自身が取れ得る最善の行動をしたに過ぎない。

 

 それが、エリン家当主の命と言うヒュースが絶対に譲れないものと抵触しただけ。

 

 だから自分は自分で行動に移すだけで、ハイレイン本人に隔意は無い。

 

 それが、ヒュースの結論だった。

 

「成る程、ヒュース殿らしいですな。ハイレイン殿も、ヒュース殿の事を良く分かっていらっしゃるようで」

「そうですね。こうなった以上、オレの取る道は一つだけです。そこに妥協は出来ませんから、領主としてのハイレイン隊長の判断は正しかったと思います」

 

 あくまでも客観的に自身の立場を認識し、ヒュースはそう告げる。

 

 ハイレインの選択を恨んではいないし、その事情も理解する。

 

 だが、エリン家当主の命を犠牲にするのは断じて許容出来ない為、阻止の為に動く。

 

 それだけなのだと、断言した。

 

「あくまでもヒュース殿はエリン家当主の為に動く、と。そういう事ですかな」

「いいえ、あくまでも()()()()です。オレがエリン家当主に忠誠を抱くのは、オレ個人の都合です。あの方に責任を被せるつもりはありません」

「ふふ、お強いですな」

 

 忠誠心を理由とした盲目さ故の行動ではなく、あくまでも自身の意思でその選択をすると。

 

 ヒュースは、そう告げた。

 

 これは揺らぐ事は無いだろう、とヴィザは判断する。

 

 他者に自身の芯を依存している人間は、時として脆い。

 

 自分の行動の責任は、自分自身で受け持つ。

 

 これは当たり前のようでいて、簡単ではない。

 

 しかし、ヒュースはそれを理解した上でこう告げている。

 

 「自分がハイレインに刃を向けるのは、エリン家当主を護りたいという自己都合(エゴ)の為だ」と。 

 

 その意思は、揺らぎようがない。

 

 ヴィザは己の弟子の成長を感じ取ると共に、対立は不可避であると知った。

 

 それだけは、確かだった。

 

「ヒュース殿らしいですな。ハイレイン殿があの選択をするワケです」

 

 何処か感慨深そうに、ヴィザは頷く。

 

 矢張り、此処まで覚悟と自分の意思を貫いているヒュースは、一切の妥協をしないだろう。

 

 ハイレインの立場に理解を示しながらも、己の信ずる事は絶対に譲らない。

 

 そう言った頑固さが、透けて見えた。

 

『■■■■────────!』

 

 不意に、咆哮が響き渡る。

 

 変貌した女神像が、無数の触腕を振り翳しこちらを三つの単眼で睨みつけていた。

 

 それは、星の代行者たる己を軽視する矮小なる者達に対する、怒りにも見える。

 

「どうやら、久闊を叙するのは此処までのようですな。アレをどうにかしなければ、私も貴方達も仕事を終えた事にはならないでしょう。そうですな? 指揮官殿」

 

 ため息を吐いたヴィザはそう言って、風間の方を見た。

 

 その意図を理解した風間は、深く頷く。

 

「はい、既にこの星の母トリガーの「神」は排除しました。遠からず崩壊が始まると思いますが、恐らくあの怪物は星が完全に死に果てるまでは止まらないでしょう。それこそ全てのリソースを用いて、活動を継続するでしょうから」

「私も同じ考えです。彼奴等にとって、損得勘定すら考慮の内には入らない。奴等はただ、己の創作物を動かす事しか考えておりませぬ。その為ならば自他共にどのような被害を被ろうが一切の躊躇をしない。アレ等は、そういう存在ですから」

 

 風間とヴィザの見解が、一致する。

 

 確かに、母トリガーは無力化した。

 

 今あの怪物が動いているのは、最早崩壊が秒読みとなった母トリガーから無理やりエネルギーを徴収し強引に稼働させ続けているが為に過ぎない。

 

 だが、それでも怪物が止まる事はない。

 

 真の意味でその鼓動を止めるまで、アレが停止する事はないだろう。

 

 ククロセアトロとは、そういう相手なのだから。

 

「しかし、どうやら貴方方のお陰で私は随分楽をする事が出来そうです。既に「神」を殺しているのであれば、この星の滅びは確定しています。後はアレを排するだけとなれば、そこまで難しくはないでしょう」

 

 ですので、とヴィザは杖を構えて前に出る。

 

 そんな翁に構う事なく、女神像は触腕の一つを樹里に向けて襲い掛かった。

 

 巨大質量をもった触手は、それだけで脅威だ。

 

 多少の攻撃は焼け石に水であり、その攻勢を止めるのは困難だ。

 

 ()()であれば。

 

「────────私が、前に出ましょう。貴方方には、援護をお願い致します」

 

 刹那、何かが風を切る音が木霊した。

 

 次の瞬間、襲って来た触腕はバラバラに両断され四散する。

 

 星の杖(オルガノン)

 

 ヴィザの持つ、アフトクラトルの国宝たる黒トリガー。

 

 その眼にも映らぬ速度を誇る、斬撃が炸裂したのだ。

 

 巨大な触手でさえ、ヴィザの前には紙切れ同然に過ぎない。

 

 剣聖の名は、伊達ではないのだ。

 

「了解した。我々も全力を尽くします」

「お頼みします。ただの勘に過ぎませんが、ただ斬るだけでは終わらない気がしますのでな。では────────」

 

 更に、一閃。

 

 星の杖の斬撃が、女神像の胴体を両断する。

 

 通常であれば、これで終わりだ。

 

 胴を真っ二つにされては、トリオン兵であっても無事ではいられない。

 

 普通なら、機能停止するだろう。

 

 加えて、ヴィザが叩き込んだのは一撃のみではない。

 

 16撃。

 

 それが、ヴィザが攻撃した回数だった。

 

 ただ斬るだけでは、再生してしまう事は分かっている。

 

 だからこそ何重にも重ねた斬撃を以て、微塵に斬り裂いたのだ。

 

 皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)同様、再生を許さず駆逐する為に。

 

『■■────────!』

 

 しかし、至天機巧(アポストロス)は即座に断面同士が糸によって接着し、修復された。

 

 その再生速度は、皇骸煌鋼蟲(スカラヴェオス)骸糸衛兵(ネウロン)の比ではない。

 

 どうやら斬られた端から瞬時に再生してしまっているようで、その速度は超速再生とでも言うべき代物である。

 

 幾重にも斬り裂き再生を許さずに破壊する予定であったが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。

 

「────────成る程、こうなりますか」

 

 その光景を、ヴィザは感慨深く見据える。

 

 そこには、攻撃を凌がれた焦りは微塵もない。

 

 どころか、半ば予想通りというニュアンスさえ発言から感じ取れる。

 

「今の手応えからして、手足と胴ではそもそもの構造が違うようですな。恐らく、幾百にも上る糸が何重にも重なり合ってあの巨体を形成している。要するに、あれは藁人形のようなものなのです。だからこそ、修復が容易となっている。このたとえで、伝わりますかな?」

「充分です。どうやら、貴方が斬るだけでは終わらないようです。対処法に心当たりはありますか? こちらも推測は出来ますが、近界民(ネイバー)としての貴方の意見をお聞きしたい」

 

 成る程、とヴィザは頷く。

 

 ただ当てもなく尋ねて来るようであれば一蹴するつもりであったが、思考を止めず自らの意見を持ち、その上で異なる意見を求めて来るというのは心象としても悪くは無い。

 

 一呼吸置き、ヴィザは口を開いた。

 

「恐らく、()を完全に破壊しない限り修復し続けるでしょう。そして、その「核」は体内を流動している。そう考えた方が、辻褄は合います」

「成る程、あの形状変化の黒トリガーと同じようなものですか。理解出来ました」

 

 此処で二人が思い浮かべたのは、エネドラの操っていた黒トリガー泥の王(ボルボロス)である。

 

 あれも通常攻撃は効果がなく、体内の核を破壊しない限り致命打を与えられない厄介なギミックを持っていた。

 

 それと同じであるならば、体内で核を流動させているのも同様だろう。

 

 一ヵ所に留まっているならばそこに攻撃を集中させればそれで済むが、常に動いているとなればそうはいかない。

 

 しかも、エネドラとはそもそも質量が圧倒的に異なる。

 

 人間サイズだった彼と違い、敵は数百メートルにも上る巨体。

 

 その中からどれだけの大きさかも分からない核を探し出して破壊するのは、至難の業だろう。

 

「翼等が同じように修復出来なかったのは、そもそもの構造が違うとお考えですか?」

「そうでしょうな。見たところ、翼にはあの熱線の発射機構が組み込まれています。同様に、腕にもトリガーを操作する何らかの絡繰りがある様子。対して、胴に関して言えば恐らく重要なのは「核」だけでしょう。核の大きさは分かりませんが、あの巨体の中から探すのは骨が折れそうですな」

 

 翼等は今のような速度で修復されなかった事から疑問を呈した風間だが、ヴィザの説明に納得する。

 

 確かに、女神像の翼には熱線の発射機構という役割があった。

 

 両腕に関しても射撃トリガーを操っていた部位であるし、何らかの機構は組み込まれているだろう。

 

 しかし逆にそういったものがない胴体に関しては、重要部位と言えるのは「核」のみ。

 

 それ以外を攻撃しても意味が無いという結論は、変わらないようだ。

 

 如何にヴィザであっても、あの巨体の中から正確に核を見つけ出し破壊するのは至難。

 

 どの程度のスピードで核が移動しているかも分からないし、闇雲に攻撃して時間をかけてしまえば敵が何をやらかして来るか想像もつかない。

 

 常に予測の遥か彼方を悪い方向に裏切って来るのが、ククロセアトロという存在なのだから。

 

「…………わたしにも、手伝わせて下さい」

「木岐坂」

「樹里ちゃん…………」

 

 議論が煮詰まりかけた、その時。

 

 声を上げる者が、いた。

 

 彼女は、樹里は左目のあった場所から手を離し、眼窩の空洞を露にする。

 

 香取の攻撃はあくまでも樹里の左目を抉り取り破壊するのが目的だった為、少女のトリオン体はまだ破壊されていない。

 

 但し、トリオン漏出も相応にあった為崩壊は時間の問題ではあった。

 

 そんな身体を押して戦闘参加の意思を見せる樹里を見て佐鳥は心配そうに見詰め、風間は眼を細めた。

 

「お前は今回の作戦では救出対象だ。現状お前に責任はないし、無理に参加して鹵獲でもされたら眼も当てられん。今は我が儘を聞いている暇はない」

「無理じゃ、ない。我が儘ではあるかもしれないけど、それでもやりたい。さっきまであの中にいたから、なんとなく「核」のある場所は分かるの。でも、わたし一人じゃそこまで弾を届かせる事は出来ないし、あいつの攻撃を凌ぎ切れもしない」

 

 でも、と樹里は続ける。

 

「────────皆がいるなら、わたしは出来ると思う。あれは、わたしの過去と悪夢の象徴。だからわたし自身がそれを撃ち壊して、前に進みたい。だから、お願いします。わたしに、力を貸して下さい…………っ!」

 

 そう言って、樹里は頭を下げた。

 

 真摯に、指揮官たる風間に冀った。

 

 それを見て、風間は。

 

 笑みを、浮かべた。

 

「────────いいだろう。これより、木岐坂の戦闘参加を許可する。道は俺達が切り開く。お前は、いや────────お前達は、確実に核を撃ち抜け。それが、この星での最後の仕事になる」

「「はいっ!」」

 

 共に激励された樹里と佐鳥は、力強く頷いた。

 

 風間は、樹里の参戦を許可した。

 

 その意味を理解し、佐鳥もまた覚悟を決める。

 

 此処が、最後の大一番だと。

 

 そう、理解したのだから。

 

「トリガー、起動(オン)

 

 樹里の一言と共に、少女の手に狙撃銃が出現する。

 

 ククロセアトロ製のトリオン体でボーダーのトリガーを使用した影響なのか、白いボディスーツは香取隊の隊服を思わせる赤と黒の模様へ変化する。

 

 完全ではないが、樹里の姿が元のそれへと近付いた。

 

 それこそが、少女の意思の表れ。

 

 ククロセアトロに由来するトリオン体を解除しないのは、今の彼女だからこそ分かる敵の「核」の位置を見定める為。

 

 その手に持つ狙撃銃は、怪物の使っていた模倣武装(カスレフティス)と同じ原理を持つもの。

 

 厳密にはボーダーのトリガーと同一ではないが、性能としては殆ど差はない。

 

 ただ一点。

 

 この星でのみ使用出来る、大出力の火力を持つという事実を除いて。

 

 今この時だけの、決戦兵装。

 

 これは、そういう代物だった。

 

「最終作戦を開始する。総員、攻撃開始」

 

 了解、の号令と共に全員が動き出す。

 

 ククロセアトロの星骸、その最後の戦闘の火蓋が切って落とされた。

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