香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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SHOOT ME TO THE MOON

 

 

『■■■■────────!』

 

 女神像が咆哮し、それと共に無数の触腕が振るわれる。

 

 漏斗状の、醜悪な体液を垂れ流す悍ましい蛇の顎の如き触手が再び樹里を捕らえんと襲い掛かる。

 

「させません」

 

 一閃。

 

 ヴィザの黒トリガー、星の杖(オルガノン)の斬撃が炸裂する。

 

 刹那の内に十近い数の斬撃を見舞った不可視の刃により、女神像の触腕はその全てが断ち切られた。

 

 手数も、質量も半端ではなく真っ当に相手をすれば脅威極まりない触腕による攻撃。

 

 しかしヴィザにとっては、当然の如く捌けるものでしかなかった。

 

 アフトクラトルの剣聖に、単純な力を以て挑む事のどれ程愚かな事か。

 

 それが今、此処に証明される。

 

「敵の攻撃は、全て私が叩き落しましょう。皆様は、攻撃に注力して頂きたい」

「了解した。空閑、ヒュース、小南!」

「「「了解!」」」

 

 そうして。

 

 防衛役(ディフェンス)を引き受けるというヴィザの宣言を受け、風間の号令により今回の作戦部隊内でも火力トップの三名が一斉に動き出す。

 

『弾』印(パウンド)…………っ!」

 

 遊真は加速の印、『弾』印(パウンド)を使用。

 

 対象は無論、攻撃役(オフェンス)役を担う三者。

 

 黒トリガーの出力によって生じた加速を得て、玉狛の三人は女神像へ向け飛び立った。

 

『■■…………!』

 

 自らへ迫る三名に対し、女神像は反射的に腕を振るう。

 

 何の小細工もない、巨腕による一撃。

 

 まともに受ければ、一撃でトリオン体は破壊されるだろう。

 

『強』印(ブースト)────────三重(トリプル)」 

 

 されど、この程度で止まるような遊真達ではない。

 

 強化の印を多重にかけた遊真の拳撃が、女神像の腕に直撃。

 

 『弾』印(パウンド)による加速も相俟った大出力の一撃が、巨腕を破砕。

 

 その全てを破壊する事は出来ずとも、三人が通り抜け出来る風穴を空ける事には成功した。

 

 『弾』印(パウンド)の弱点は、出力が高過ぎて中途での軌道変更が困難な事だ。

 

 グラスホッパーの強化版と言える印ではあるが、こちらは黒トリガー故に出力に加減が利かない部分がある。

 

 少なくとも、グラスホッパーのように空中を自在に動き回る「足場」としての運用は出来ない。

 

 印の出力が高過ぎて、たとえ扱いに慣れた遊真といえどもそういった細かい動きは難しいのだ。

 

 しかし、弾丸どころか砲弾の如き速度で撃ち出されるトリオン体はそれそのものが武器となる。

 

 それに強化の印を重ね掛けすれば、圧倒的な巨躯を誇る相手だろうと粉砕出来るだけの火力が備わる事になる。

 

 軌道を変えられないのならば、真っ直ぐに突き進み障害を破壊するまで。

 

 そう開き直ったが故の、正面突破だった。

 

『■■■────────!』

 

 だが、至天機巧(アポストロス)もただでは終わらない。

 

 女神像の胸部から幾百もの糸が伸び、攻撃者を絡め取らんと襲い来る。

 

 これらはその全てが、傀儡糸(クローステール)

 

 一度穿たれればトリオンを吸収されるどころか、女神像の養分となる未来が待っている。

 

 本来の用途を忘れ去られ、悪辣な目的の下稼働し続けるククロセアトロの(クラウン)トリガー。

 

 その脅威が今、迫り来る。

 

「させませんと、言いましたよ」

 

 されど。

 

 それらの悪意(イト)は、届かない。

 

 その全てが、ヴィザによって両断されたが故に。

 

 ヴィザは、以前のククロセアトロ戦役でこの星のやり口を知っている。

 

 どのような兵装が出て来たとしても、連中が最後に拠り所にするものは決まっている。

 

 それがこの(クラウン)トリガー、傀儡糸(クローステール)だ。

 

 つまるところ、ククロセアトロの兵力はその全てがこの糸を原型としている。

 

 鬼畜を極めたリソース確保能力も、信じ難い修復能力も。

 

 物体の再構築に至るまで、その全てが傀儡糸(クローステール)の力を源泉としている事に変わりはない。

 

 故に、いざとなれば絶対に直接「糸」を出して来るだろうと、読めていた。

 

 傀儡糸(クローステール)は流石(クラウン)トリガーと言うべきか、通常の規格では有り得ない程の能力を有している。

 

 物体同士を繋ぎ合わせ思うが侭に物質を構築する能力もそうであるし、破壊されても糸で繋げ直し修復する力も厄介だ。

 

 その本来の用途であるトリオンの双方向の譲渡に関しても、専らトリオンの奪掠という形で使用されている。

 

 出来る事が非常に多く、初見殺し要素も満載。

 

 これだけ揃えば、頼りたくなる理由も分かる。

 

 だが、ククロセアトロは言うなればワンパターンなのだ。

 

 強力な武器を振るえば、それだけで勝てると盲信している。

 

 ハッキリ言ってしまえば、これに尽きる。

 

 性能(スペック)だけを見て、その扱う側を軽視する悪癖。

 

 それが、此処でも致命の隙となって露呈する。

 

 確かに傀儡糸は、初見殺し性能に特化している。

 

 しかし、逆に言えばその性能を知っていれば対処は出来るという事でもある。

 

 大規模侵攻では本人にも予期しないタイミングで樹里にこれが使われた事で痛手を負ったヴィザであるが、彼に一度見せた攻撃は二度とは通用しない。

 

 そこに「糸」があると分かっていれば、どうとでもなる。

 

 むしろ、弾丸の弾道を強制的に曲げるという変則的な使い方をしたあの時の方が余程厄介だったとヴィザは思っている事だろう。

 

 どちらにせよ、結末は同じだ。

 

 女神像の抵抗は打ち砕かれ、その身を無防備に晒す結果となった。

 

接続器(コネクター)起動(オン)

『強』印(ブースト)七重(セプタ)

蝶の盾(ランビリス)

 

 小南は、両手斧を構え。

 

 遊真は、強化の印を重ね掛けして。

 

 ヒュースは、巨大な磁力の刃を構築した。

 

 三者が攻撃準備を完了させ、狙いを定める。

 

 そして。

 

『■■■────────!』

 

 ────────遊真達の攻撃が、炸裂した。

 

 小南の両手斧の斬撃が、女神像を縦に両断。

 

 続けて、遊真の拳撃が巨体の胸部付近を吹き飛ばす。

 

 最後に、ヒュースの巨大な磁力刃が胴体をズタズタに斬り裂いた。

 

 通常であれば、一人分だけでも致死に至る攻撃の乱舞。

 

 あのラービットが複数体いたとしても、耐えられないだろう。

 

 だが、女神像は未だ動きを止めてはいなかった。

 

 斬られた端から粘性を持った糸同士が断面で絡み合い、瞬く間に修復されていく。

 

 遊真に吹き飛ばされた胸部も、切断面よりは遅いものの再生を始めている。

 

 ヒュースに刻まれた傷跡も、数瞬で元通りになっていた。

 

 あまりにも圧倒的な、超速再生。

 

 ボーダー内でもトップランクの火力を持つ三人の攻撃でも、この怪物を倒すには至らないのか。

 

 この攻撃は、無駄だったのか。

 

「かかったな」

 

 否。

 

 攻撃に、意味はあった。

 

 女神像の肉体が、大きく割ける。

 

 正確には、内側から破裂するように膨らんだ。

 

 その体内には無数の黒い破片が存在し、別の破片同士と反発し合い結果として無数の糸で構築されている女神像の本体は膨張するかのように変化したのだ。

 

 今の攻撃は、敵の躯体を破壊するのが目的ではない。

 

 攻撃を、()()()()()()()()を敵の身体に埋め込むのが目的だったのだ。

 

 ヒュースの操る蝶の盾(ランビリス)の磁力片は、互いを牽引もしくは反発させる事が出来る。

 

 今回はその特性を利用し、巨大な刃という形で敵の身体に埋め込んだ大量の磁力片同士を反発させたのだ。

 

 それが今の、女神像の膨らんだ巨躯の真相である。

 

 腕部や翼のように硬く重い素材で出来ていれば流石に此処まであからさまな結果にはならなかったろうが、女神像の胴体は幾百二も重なった糸で構築されている。

 

 その構造は破壊されても瞬時に再生可能な反面、一部分ごとの重量は軽く、磁力の反発力が加わればどうなるかは自明の理だ。

 

 ただ斬る事に特化したヴィザの星の杖(オルガノン)では、切れ味が良過ぎる為に逆に修復は容易だった。

 

 しかし、再生を助ける筈の糸の粘性が今回は仇となった。

 

 強靭な接着力を併せ持つ糸に撃ち込まれた磁力片は、容易に抜け出る事は無い。

 

 つまり、女神像自身に体内に埋め込まれた磁力片を自力でどうにかする手段は無い。

 

 闇雲に自身の身体を攻撃した所で、大量に散らばった磁力片全てを取り除く事は不可能に近い。

 

 至天機巧(アポストロス)の攻撃はその全てが小回りが利かず、正確に磁力片を除去する手段は存在しない。

 

『■■■■────────!』

 

 だが。

 

 敵は、行動を止めなかった。

 

 女神像、その遥か上空。

 

 熱線の発射口たる多重リングが、紫電の瞬きと共に熱を帯び始めた。

 

「…………! 翼がなくても、撃てるのか…………!」

 

 答えは、正確には否。

 

 至天機巧(アポストロス)の両翼の役割は、()()()熱線を放つ為の冷却装置。

 

 天空に浮かぶ発射口である万糸天輪(エクソドス)単体でも、発射自体は可能なのだ。

 

 ただし、冷却装置である蛇腔導翼(ロビネス)なしで熱線を発射した場合、砲身が耐え切れずに融解し二度と使用不能になる。

 

 だが逆に言えば、()()()()であれば撃てるのだ。

 

 至天機巧(アポストロス)はその一度を、此処で使い切る事に決めた。

 

 既に母トリガーは無力化されている為、威力を抑える必要も周囲に気を遣う必要もない。

 

 無差別に見えていた攻撃も、実のところ母トリガーを破壊しないようある程度まではセーブされていたのだ。

 

 今から行う攻撃は、真の意味での全方位無差別砲撃。

 

 地表のありとあらゆる存在を超高温で焼き払う、正真正銘最後の一撃である。

 

 如何に精強な実力者とはいえ、足場ごと全てを薙ぎ払われれば最早為す術はない。

 

 最早検体を取り戻せる確率が極低となってしまった以上、最後に最大出力の攻撃を実行し戦闘試験(デモンストレーション)の終了とする。

 

 それが手段と目的を完全に逆転させたククロセアトロの遺した人工知能の決定であり、最後の一手。

 

 後も先も考えない、意味の存在しない決死行。

 

 言うなればククロセアトロの意地であり、その妄執の極点。

 

 最悪にして最後の一撃が、放たれようとしていた。

 

「ヴィザ翁…………っ!」

「ええ」

 

 されど。

 

 その攻撃(みらい)を、否定する者がいた。

 

 ヒュースの呼びかけに応じたヴィザは、開戦直前に渡されていたヒュースの磁力片によって牽引され、上空に舞い上がる。

 

 何故、逃げ場のない空中へわざわざ躍り出たのか。

 

 無論、それは。

 

 敵の砲身を、()()に収める為である。

 

「────────星の杖(オルガノン)

 

 ────────不可視の刃が、一閃する。

 

 地上数百メートルに位置する天空の天輪(ハイロゥ)が、一撃にて両断される。

 

 瞬間、熱エネルギーを収束させていた天輪は眩い光と共に起爆。

 

 地上に向けて放たれる筈だった莫大なエネルギーが、灰の空を席捲した。

 

 鼓膜が破れんばかりの轟音が響き、光と音で空が白く染まる。

 

 女神像も突然の砲身の起爆によって行動不能となり、動きを止めた。

 

「賢、あそこ…………っ!」

「了解…………!」

 

 そして。

 

 この瞬間をこそ待ち望んでいた二人が、動きを見せる。

 

 樹里は既に眼球のない左目の残滓を以て女神像を、その一点を睨みつける。

 

 彼女の視線の先。

 

 ヒュースの磁力片によって膨張し内部が露になった女神像の首元付近に、それはあった。

 

 暗緑色の光を放つ、六角形の構造体。

 

 直径にして5メートル程度のそれこそが、至天機巧(アポストロス)の「核」であった。

 

 この女神像は、その大本が樹里のトリオン体を中核にして構築されていた。

 

 よって樹里にとってはもう一つの肉体のようなものであり、共鳴のようなものも存在する為その核の位置を感覚的に識る事が出来る。

 

 勿論、樹里を操る根幹となっていた機能代替(オルタナティブ)トリガーは破壊した為、感じられる気配はごく僅かだ。

 

 だがそれでも、樹里は己の感覚を総動員してその位置を探り当てる事に成功した。

 

 女神像は砲身の起爆による行動停止から復帰出来てはおらず、磁力片によって弱点は露となっている。

 

 今この瞬間こそ、至天機巧(アポストロス)を完全停止させる最初にして最後のチャンス。

 

 この機会を逃すワケにはいかないと、二人の狙撃手は並び合って銃口を向けた。

 

「…………!」

 

 カタカタと、樹里の腕が震える。

 

 もし、大規模侵攻(あの)時のように失敗したら。

 

 そんな不安が、少女の腕を痙攣させる。

 

 視力強化の根幹となっていた左目が破壊された事で以前程正確な標的捕捉は出来ず、疲労と精神的な圧迫により足元も覚束ない。

 

(これじゃあ、外しちゃう。あんな啖呵を切ったのに、あと少しなのに、わたしは…………っ!)

 

 己の情けなさに涙が出そうになり、弱音を吐きそうになる。

 

 このままでは、自分はまた失敗する。

 

 そうなれば、全てが水の泡だ。

 

 女神像は復調し、更なる脅威を振り撒くだろう。

 

 全部、自分の所為だ。

 

 だから────────。

 

「樹里ちゃん、大丈夫。オレを信じて」

 

 そっと、佐鳥が樹里に寄り添い優しい声で囁く。

 

 不安に駆られる少女に、大丈夫だと伝える為に。

 

 君は一人ではないのだと、此処に宣言する為に。

 

「賢…………」

「自分を信じられないなら、まずはオレを信じて。オレが、樹里ちゃんを信じるから。だから」

 

 にこりと笑って、佐鳥は告げる。

 

「────────樹里ちゃんを信じる、オレを信じて欲しい」

「────────うんっ!」

 

 ────────少年の言葉で、少女の震えは止まった。

 

 先程までの懸念が嘘のように、心は晴れやかだ。

 

 大丈夫。

 

 誰よりも愛しい少年が、隣で支えてくれている。

 

 だから。

 

 怖いものなんて、何も無い。

 

「これで────────」

「────────終わりにしようっ!」

 

 そして。

 

 少女と少年、二人の弾丸が放たれる。

 

 樹里からは、一発。

 

 佐鳥からは、二発。

 

 少女の弾丸を追うように、二発の弾丸が真っ直ぐに軌道を描く。

 

 先程まで女神像を通じて母トリガーに繋がっていた樹里の強化されたトリオンに後押しされた弾丸が、二つの弾を伴い風を切って突き進む。

 

 着弾。

 

 三発の弾丸は、その全てが至天機巧(アポストロス)の「核」に正確に撃ち込まれた。

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