香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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終わる星骸(セカイ)

 

 

緊急警報(アラート)緊急警報(アラート)至天機巧(アポストロス)中心核に攻撃を受けました』

 

 機械音声が、末期の声を響かせる。

 

 三発の弾丸が、女神像の「核」に着弾した。

 

 当然ながら最重要機関である至天機巧の「核」は、相応の強度の外殻で守られていた。

 

 普通であれば、弾丸の一発や二発程度では破壊出来ない。

 

 だが、今回は事情が違った。

 

 第一に、先程までこの機巧の中核となっていた樹里が狙撃を実行した事。

 

 既に星の軛から逃れた彼女ではあるが、それでも至天機巧の中枢と一体化していたという事実は消えない。

 

 つまり、虜囚の身であった間に女神像が母トリガーより吸い上げた莫大なトリオンが少女の内にも流れ込んでおり、それが残留していたのだ。

 

 加えて、至天機巧は樹里のトリガーを参照して模倣武装を作り上げていた。

 

 それはつまり彼女のトリガーに直接力を注ぎ込み、強化していたという事に他ならない。

 

 よって、その残滓が抜け出るまでは樹里のトリガーは莫大な出力増強を受けていたに等しく、今この時に限ってそのままそれを使用出来たのだ。

 

 更に言えば、元々一体化していた当人であるが為に樹里のトリオンは至天機巧のそれと親和性が高く、有り体に言えば特攻武器に成り得るのだ。

 

 虜囚の核となっていたが故のトリオン増強と、同一存在であったが為に特攻が付与された弾丸。

 

 その二つの要素が重なり合い、至天機巧(アポストロス)の「核」を貫くに至ったのだ。

 

 唯一、命中精度だけが不安視されたがそれは佐鳥のサポートで解決した。

 

 佐鳥が共に撃ったのは、威力の増強の他に()()()()()の意味もあった。

 

 機能代替(オルタナティブ)トリガーである真鍮瞳(コンプタドーラ)による異常な視力補正が無くなり、命中精度に不安が残る樹里に対し佐鳥は己が弾で弾道(みちすじ)を作る事で、少女の狙撃をサポートしたのだ。

 

 無論、そのフォローには心理的な側面も大きかった。

 

 不安に駆られていた樹里を励まし、攻撃を成功させるに至った佐鳥の功績は大きい。

 

 樹里の大出力特攻攻撃と、佐鳥による命中補正(サポート)

 

 そのどちらが欠けても、この結果はは有り得なかっただろう。

 

『中枢核、大破。修復不能、修復不能。至天機巧(アポストロス)、機能停止します』

 

 心なき断末魔の声が、響く。

 

 狙撃によって穴を穿たれた女神像の核に罅割れが広がり、遂に砕け散る。

 

 硬質な音と共に至天機巧(アポストロス)の「核」は破砕し、同時に巨躯を維持するエネルギーも消失。

 

 「核」の破壊と同時、この星の頭脳の化身たる巨怪の女神は砂のように崩壊。

 

 サラサラと、糸が解けるように女神像の巨躯が崩れていく。

 

 やがてその崩壊は全身に及び、至天機巧は大量の糸屑となってその機能を永遠に停止した。

 

 永く樹里達を苦しめて来た悪夢の象徴が、ようやく終わりを迎えたのだ。

 

 

 

 

「終わっ、た…………!」

「…………ようやく、だね」

 

 女神像の崩壊を見届け、佐鳥は安堵の息を吐き樹里もそれに追随する。

 

 これまで少女の運命を弄び、様々な人間の人生を狂わせて来た白の星骸の化身。

 

 その終焉がようやく訪れたのだと、誰しもが実感出来た事だろう。

 

「ふん、よくやったじゃないの。癪だけど、褒めたげるわ。()()()ね」

「香取ちゃん…………」

「葉子」

 

 そんな二人を、香取は仏頂面で労った。

 

 複雑な表情をしており、その心中は伺い知れない。

 

 最後の攻撃に、香取は参加する余地がなかった。

 

 あの最終攻撃(ラストアタック)は一定以上の火力を持った者しか適正がなく、近接特化型である香取はその人員に選ばれる事はなかった。

 

 その事を気にしているのかもしれないと、佐鳥は言葉に迷う。

 

「シケた面してんじゃないわよ。樹里を苦しめてたクソ野郎は、これでぶっ潰した。終わり良ければ全て良しよ。それでいいでしょ?」

「…………そうだね。うん、その通りだ」

 

 しかし、佐鳥の心配は杞憂だった。

 

 香取は、己の分を弁えている。

 

 自分の出来る事とそうでない事を理解し、自分に出来る最善を尽くす。

 

 その程度の割り切りは、既に出来るようになっていたのだから。

 

「そう言う割には、心配そうにずっと木岐坂先輩達の事を見てたじゃないですか。何かあればいつでも跳び出せるようにしておきながら、今更じゃないですか?」

「────────何余計な事抜かしてんのよ木虎ぁ! アンタ、アタシの為す事やる事嫌味言わないと気が済まないワケっ!?」

 

 なお、どういった心境で二人を見守っていたのかを盛大に暴露した木虎に対し香取が食って掛かるのもお約束である。

 

 木虎としては変にしこりが残らないように敢えて露悪的に振舞っただけなのだが、二宮程とはいかずとも言葉の出力が下手な方の木虎だ。

 

 自然台詞はオブラートに包まない刺々しいものになるので、反発されるのも無理はない。

 

 何処まで行っても、水と油な二人なのであった。

 

「「…………っ!!??」」

 

 ────────だが。

 

 和気藹々とした雰囲気は、長くは続かなかった。

 

 大地が、()()()のだ。

 

 凄まじい地響きが起こったかと思うと、白い大地に亀裂が奔り地割れが出現。

 

 揺れは収まるどころか徐々に大きくなり、大地の悲鳴が星中に轟く。

 

 明らかな、異常事態。

 

 それが、起きていた。

 

「これは…………っ!?」

「あの怪物が消えた事で、母トリガーの維持が限界を迎えたんだっ! 走れっ! ()()()()()ぞっ!」

 

 何が起きたのかは、最早言うまでも無かった。

 

 母トリガーの中核である「神」は、既に死んでいる。

 

 ならば、これまでこの星の崩壊を押し留めていたのは何か。

 

 当然、母トリガーを戦闘利用する為に維持していた至天機巧(アポストロス)に他ならない。

 

 ククロセアトロの航行を司っていた人工知能は、その中枢体を至天機巧の核に移していた。

 

 それは至天機巧の機能を十全に発揮する為の処置だったのだが、その「核」が破壊された今この星を維持していた頭脳体は最早存在しない。

 

 母トリガーの維持機能は完全に停止し、それによって星の滅びが始まったのだ。

 

 風間はこうなる事をある程度予測していた為、真っ先に声をあげる事が出来た。

 

 そうしなければならないと、思っていたからだ。

 

 もし、このまま逃げ遅れれば。

 

 それは、この星と運命を共にする事と同義なのだから。

 

「チッ、行くわよ!」

「わっ、香取ちゃん…………っ!?」

 

 現状を理解した香取は、このメンバーの中で比較すれば最も機動力が低く、一斉に走り出せば最後尾になりかねない佐鳥を引っ掴み疾走を開始した。

 

 自分の男が幼馴染の少女に目の前で攫われていく様を目撃した樹里は一瞬憤慨したような様子を見せるが、今が非常事態である事は理解していた為同様に走り出した。

 

 色々あって疲労困憊ではあるが、元々樹里の機動力は高い。

 

 なので、先を行く香取に追走する事くらいは造作もない。

 

 追及は後でと誓いながら、樹里は香取の背を追い走り出した。

 

「────────私の事はご心配なく。自分の身くらい、自分でどうにか致しますので」

 

 同様に星を脱する為に走り出した面子を見ながら、ヴィザはさり気なくヒュースに近付き一礼する。

 

 飄々とした態度の裏に、如何なる思惑を秘めているのかは余人には伺い知れない。

 

 そんな己の師を見ながら、ヒュースは刹那の思案の時間すら無いと判断。

 

 こうして刃を交わさずに語り合えるのはこれが最後の機会であると理解しながら、ただ深く頷いた。

 

「はい、()()()()()()()()()()。師よ」

「ふふ、楽しみにしております。それでは、失礼します」

 

 ────────その言葉を最後に、ヴィザはその場から立ち去った。

 

 既にその後姿すら追えず、遥か彼方へ走り去った己の師の姿にヒュースは再び深々と一礼する。

 

 感傷は、それで終わり。

 

 ヒュースもまた、この星の崩壊に巻き込まれぬよう亀裂の走る大地を駆け出した。

 

 

 

 

『作戦は完了した! この星はもうじき崩壊する! お前達、一刻も早く(ゲート)から向こうへ戻れっ!!』

「…………! 了解」

 

 通信越しに叫ぶような声色での風間の指示を聞き、二宮は即座に状況を理解した。

 

 星の中心から発生した振動は既にこちらにも伝わっており、そこかしこで大地が罅割れ今にも砕け散りそうになっている。

 

 中枢より離れたこの場所でもこの有り様なのだから、あちらがどうなっているかは自明の理だ。

 

 この現象と同時に襲い来る骸兵蟲(プロニムフィ)はその全てが機能停止しており、何が起きたかはおのずと分かるだろう。

 

 少なくとも二宮は、そう判断した。

 

「目的は達成した。お前達、撤退だ」

「…………! じゃあ、木岐坂は無事なんだな?」

「そうなります。今、救出部隊と共にこちらに向かっているようです」

 

 そうか、と嵐山は頷く。

 

 彼が気になって居るのは恐らく、佐鳥や木虎の事だろう。

 

 止むを得ない事情とはいえ、死地に二人を送り出した事に違いはない。

 

 その二人の安否が気になるのは当然だが、此処で私情を挟むワケにはいかないとそれに関する質問は伏せたのだ。

 

 今はそれよりも、一刻も早くやらなければならない事があるのだから。

 

「聴いた通りだ。これより、撤退を開始する。防衛陣地はこの場で放棄。これより、(ゲート)を潜り帰還する!」

 

 良く通る声で、嵐山は全員に号令をかけた。

 

 了解、の返答と共に一人、また一人と(ゲート)を潜って元の世界へ戻って行く。

 

 それを確認しながら嵐山はふと、門の手前で微動だにしない二宮を見据えた。

 

 二宮は遠くを見ながら、何かを考え込んでいる様子だった。

 

「二宮さん、貴方も早く撤退を。此処は危険です!」

「俺は────────」

 

 

 

 

「チッ、白チビ! アンタのあの「印」で出口まで吹っ飛ばしちゃ駄目なワケッ!?」

「着地地点が調整できない。下手すると地割れに突っ込ませる事になりかねないから、おすすめはできないかな」

「ったく、じゃあ真面目に走るしかないって事ねっ!」

 

 香取は悪態を吐きながら、全力疾走を継続していた。

 

 その腕に佐鳥を抱えながら速力を落とす事なく、彼女はトップスピードを維持しながら走り続けている。

 

 周囲の景色が刻一刻と崩れ、変わっていく様子を横目に見ながら駄目元で遊真に行った質問も空振りに終わりため息を吐く。

 

 万一救出部隊のトリオン体が破壊された場合は遊真の『弾』印(パウンド)緊急脱出(ベイルアウト)可能位置まで吹っ飛ばす予定であったが、確かに彼の言う通り何処に着地するか分かったものではない以上危なくて使えないだろう。

 

 既に星の至る所に亀裂が生じており、地割れの数も十や二十では利かない。

 

 下手に『弾』印(パウンド)で撃ち出せば、その着弾地点が地割れのど真ん中だった、という事も普通に有り得るのだ。

 

 そんなリスクを許容出来る筈もない以上、ただ全力で走る以外に道はないだろう。

 

「…………これ、あとどれくらい保つんだろう?」

「分かんないわっ! けど、このペースならギリギリだと思う。経験則からの勘だけどね」

 

 樹里の疑問に、小南は彼女を追い抜きながらそう答えた。

 

 彼女が想起するのは、四年前に大規模侵攻が起きる以前に発生した戦い。

 

 アリステラ防衛戦だ。

 

 あの戦争では崩れ行く王宮から王族の姉弟を逃がす為に同道したが、小南にとって星の滅びというのはまさしくアレだ。

 

 無論あの時は母トリガーの破壊という前代未聞の事態にはなっていなかったが、それでも星の終わりを見た事のある者としてはこう告げる他にない。

 

 今のところ、彼女達の疾走を邪魔するものは何も無い。

 

 星を埋め尽くす勢いで溢れ出していた骸兵蟲(プロニムフィ)はその全てが機能停止し骸を晒しており、香取達に牙を剥く存在はこの大地以外に何も無い。

 

 至天機巧(アポストロス)を介してエネルギーを供給され動いていた()()たる蟲の怪物達は、母体が破壊された事で運命を共にしたのだ。

 

 真実女神像の手足に過ぎなかった存在であったが故に、大本が無くなった今活動出来る筈もない。

 

 だからこそ、小南は「ギリギリで間に合うだろう」と言ったのだ。

 

 このまま何も起きなければ、どうにか出口へ到達出来る。

 

 今のは、そういったニュアンスだった。

 

「…………! 見えたっ!」

 

 斥候として先頭を行く菊地原が、到達地点(ゴール)を視界に収めた。

 

 それは、宙に浮かぶ黒い門。

 

 彼女達を此処まで送り届けた異形の門、星間航路(ヒュポノモス)

 

 星の崩壊の影響か段々とその色を薄れさせている黒き門が、その顎を開いていた。

 

「総員、全力で門に跳び込めっ! 遅れるなっ!」

 

 風間の号令により、菊地原を先頭に次々と門に跳び込んで行く。

 

 歌川、木虎と続き、小南、レイジが門を潜る。

 

 遊真とヒュースがそれに続き、数歩遅れて佐鳥を抱えた香取と樹里が最後尾に並び風間がそれに並走していた。

 

 あと一歩。

 

 それで、門の目の前に到達出来る。

 

「あ…………」

 

 ピシリ、と樹里の踏みしめた大地に亀裂が奔る。

 

 次の瞬間、その地面の下から大きな影が飛び出し、樹里に襲い掛かった。

 

 それは、()()()()()()をしていた。

 

 姿形は、ラービットそのもの。

 

 だがそれは、アフトクラトルの作り出したものではない。

 

 ククロセアトロがアフトクラトルから盗み出したデータを元に試作した、鹵獲型トリオン兵。

 

 言うなれば、デミ・ラービット。

 

 作り出されたは良いものの使用機会に恵まれず、研究所の奥底で放置されていたトリオン兵が星の崩壊に伴う緊急措置により解放され此処まで追って来たのだ。

 

 それはまるで、己が末期に爪痕を遺さんとするこの星の妄執の化身。

 

 心なき悪意が、最悪のタイミングで現れた。

 

 ガバリと、デミ・ラービットの腹部が開く。

 

 赤黒い棘が立ち並ぶその内部機構は、まるで鉄の処女(アイアンメイデン)が如き。

 

 己の製造理由を全うせんが為に、最後に遺されたククロセアトロの被造物が少女に襲い掛かった。

 

「樹里ッ!?」

「樹里ちゃんっ!?」

「ち…………っ!」

 

 間が、悪かった。

 

 香取は佐鳥を抱えていた為に、即座に手を伸ばす事が出来なかった。

 

 佐鳥もまた、抱えられた状態で何が出来る筈もない。

 

 風間は単純に、距離がやや離れていた。

 

 多少時間をかければ破壊出来るだろうが、今は一分一秒を争う瀬戸際の時。

 

 そんな余裕など、有る筈がなかった。

 

 あれに捕まれば、最早星と運命を共にする他ない。

 

 ほぼ全てのトリオンをあの最後の一撃に注ぎ込んでいた樹里では、あの敵をどうこうする事は出来ない。

 

 一手。

 

 あと一手が、足りなかった。

 

「────────墜ちろ」

 

 だが。

 

 次の瞬間、撃ち込まれた弾丸によりデミ・ラービットはその腹部に風穴を開け、背後の奈落へと墜ちていった。

 

 星の最後の悪意は、何も為せぬまま暗黒に消える。

 

 予想外の光景に、全員が眼を向けた。

 

「残っていて正解だったな。こういった事も、あると思っていた」

「二宮さんっ!?」

 

 そこにいたのは、二宮だった。

 

 彼は門のすぐ傍の物陰となる場所で、ずっと待機していたらしい。

 

 恐らくは、こういった()()()に備える為。

 

 危険を承知で、この場に残っていたのだろう。

 

「二宮」

「命令違反の処罰は後程。今は、早く向こうへ帰りましょう」

「…………ああ」

 

 彼が何を思い、こんな危険を冒したかは分からない。

 

 だが、二宮の言う通り最早時間は無い。

 

 今は、問答をする時間すら惜しいのだ。

 

「お前達、早く行けっ!」

「は、はいっ!」

 

 風間に檄を飛ばされ、佐鳥を抱えた香取と樹里は、慌てて門を潜って行く。

 

 三人が無事帰還していった様子を見届けて、風間は二宮と共に門を潜る。

 

 その一瞬後、門は閉じる。

 

 まるでそれを待っていたかのように、星全体に亀裂が広がり。

 

 白の大地が、限界を迎える。

 

 ────────星骸が、砕けた。

 

 それは国として死して尚稼働し続けていた星の骸が、本当の意味で滅びを迎えた瞬間だった。

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