香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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After episode/夜明けの先で
木岐坂樹里/掴み取った日常で


 

 

「ん…………」

 

 木岐坂樹里の朝は、眠気との戦いから始まる。

 

 ジリリリリリ、と耳元で目覚ましの音が鳴り響く。

 

 低血圧な樹里は朝が弱く、一つきりの目覚ましではまず起きれない。

 

 これまでは毎回佐鳥が迎えに来ていたので問題はなかったが、今の樹里は内々に抱えていた問題が解決し、四六時中監視する必要性は消え失せた。

 

 そうなると広報部隊として多忙な佐鳥を彼女一人に張り付ける理由はなくなり、今日のように佐鳥に仕事が入っている日などは自力で起きるしかなくなったのである。

 

「んぅ…………あと、いちじかん…………」

 

 とはいえ、そういった事情があっても面倒くさがりでズボラな樹里の性根が早々変わるワケもない。

 

 計三つの目覚ましの大音量の中でも彼女はたわけた事を宣い、睡眠を続行しようとする。

 

 彼女の中では起床とは即ち佐鳥が迎えに来る瞬間の事であり、それ以外に瞼を開ける価値を感じていない。

 

 今はそれが出来ないと分かっていても、自分の現状を知る事で少しでも佐鳥が来る回数が増えれば儲けもの。

 

 そんな無意識の計算も、なかったとは言えない。

 

「────────いい加減に、しなさい。この寝坊助がぁ…………っ!!」

「…………っ!? あぅぅ…………っ!?」

 

 ────────そんな樹里の思惑は、バチコーン、という軽快な音と共に遮断された。

 

 突然の物理的な刺激に睡魔を遮断され、樹里は嫌々ながら目を開ける。

 

 そこには、右手に見覚えのあるハリセンを持った香取が憤怒の形相で佇んでいた。

 

「…………葉子? なんでいるの?」

「アンタを起こしに来たに決まってんじゃない、スカポンタンッ!」

 

 ふんす、と息を巻いて答える香取を見て樹里は眼をぱちくりさせ、呟く。

 

「…………賢じゃないのか…………」

「…………! ふざけんじゃないわよこの色ボケ女ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

 樹里の余計な一言を聞いた香取は一瞬で沸点が限界に達し、激昂する。

 

 今日の樹里の一日は、幼馴染に雷を落とされる事から始まるのだった。

 

 

 

 

「…………あたまいたい」

「あんな戯言宣った奴に容赦する理由はないわ。自業自得よ」

 

 ふんす、と香取は鼻息荒く樹里の抗議を一刀両断した。

 

 樹里はハリセンで思い切り叩かれた頭部をさすりながらジト目で香取を睨みつけるが、睨み返されてあえなく沈黙する。

 

 元より陰キャ気味で生来は引っ込み思案だった樹里では、勢いに乗った香取相手に抗う事は出来ない。

 

 そういった力関係だった為に、幼少期の樹里の奇行を処理する事が出来ていたのだ。

 

 三年間の空白があったとしても、幼馴染の関係性はそう簡単に変わりはしない。

 

 今の樹里は以前と異なり記憶を完全に取り戻している為、香取達との思い出を自分のものとしてしっかり認識出来ている。

 

 その為本人は無意識だが、距離感は昔のものに戻りつつある。

 

「ったく、わざわざ起こしに来てあげた幼馴染相手にあれはないでしょあれは。反省しなさい」

「むぅ…………」

「唇尖らせても駄目よ。っとに、この色ボケ娘が」

 

 はぁ、とため息を吐く香取だがその口元はやや緩んでいる。

 

 樹里が昔と同じような距離感に戻りつつあるのを察している為に、香取としては嬉しいのだ。

 

 これまではどうしても記憶がなかった関係上ある程度遠慮のようなものがあったが、今の樹里にはそれがない。

 

 それがどうにもこそばゆくて嬉しいのだが、勿論口には出さない。

 

 聞いたが最後、樹里が調子に乗るであろう事が明白である為だ。

 

 なお、後日華の口からその事を暴露されて真っ赤になる香取だが、今はそれは知らぬが花だろう。

 

「でも、なんで葉子が?」

「…………佐鳥(あいつ)から頼まれたのよ。多分一人じゃ起きれないだろうから、起こしてやってくれないかって」

 

 ちなみに香取が樹里を起こしに来たのは、佐鳥による依頼だったりする。

 

 樹里の朝の弱さと自堕落な性根を知る佐鳥としても、自分が来なくなったから遅刻するようになった、となれば色々な意味で面目が立たない。

 

 クラスでも暗黙の了解で「樹里係」として認識されているので、彼女の失態はそのまま佐鳥の学校での評価に繋がってしまう。

 

 それだけが理由ではないが、一人で起きられない樹里を放っておくのは忍びなかった為、香取にモーニングコールを頼んだという寸法である。

 

「…………賢、そこまで分かってるなら来てくれれば良いのに。折角彼氏彼女になれたのに、距離を感じる。これは抗議案件」

「あのね、あいつはあれでも広報部隊で忙しいのは分かってるでしょ。彼氏の仕事に理解がないようじゃ、彼女はやっていけないわよ」

「彼氏いない歴16年が何か言ってる。そういうののいろはも知らないのに、なんかえらそう」

「言ったわねこの色ボケ娘がわかってると思うけどアタシが彼氏作らないのはアタシに相応しい男がいないからで何よりアンタを放っておけないからっていう理由もあってだからねこの野郎彼氏出来たからって調子に乗んじゃないわよこのアンポンタンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!!」

 

 売り言葉に、買い言葉。

 

 至極真っ当な指摘をした香取に対し全力で煽った樹里は、己の言動の報いを受ける事になる。

 

 案の定激昂した香取は樹里の頭部をロックし、チョークスリーパーを敢行。

 

 鈍い悲鳴をあげる樹里に、私刑を執行していく。

 

 二人の私的制裁(コント)は華が合流するまで続き、往来で醜態を晒した事を理路整然と詰められ揃って沈められる事になるのだった。

 

 

 

 

「~♪」

 

 学校からの、帰り道。

 

 樹里は楽し気に鼻歌を歌い、周囲をきょろきょろ見回していた。

 

 忙しなく動くので制服のスカートもパタパタと揺れるが、佐鳥以外には隙を見せない樹里は万に一つも有象無象に下着を見せる愚は犯さない。

 

 それでも何処か浮足立っているようで、やや危ない場面も時々あった。

 

 何故、そこまで浮かれているのか。

 

(賢、早く来ないかな)

 

 今日、佐鳥と一緒に帰る約束をしていたからだ。

 

 佐鳥は今日は朝から広報部隊の仕事があり、学校も公休で休んでいた。

 

 しかし下校時刻には仕事は終わるとの事で、校門前で待ち合わせる予定となっていたのだ。

 

 朝から佐鳥成分を補給していなかった樹里としては、彼と会えるのが待ち遠しくて仕方が無い。

 

 多少浮かれるのも、無理からぬ事と言えるだろう。

 

「…………むぅ、やっぱりちょっと不便かも」

 

 そんな樹里だが、時折眼を細めてはため息を吐いていた。

 

 何をしていたのかは、瞭然。

 

 ()()()()()()、遠くを視認しようとしていたのだ。

 

 今の樹里は左目の義眼型トリガーであった真鍮瞳(コンプタドーラ)が破壊された事で、副作用(サイドエフェクト)強化視覚として自他共に認識されていた望遠機能を失っている。

 

 トリオン体になれば以前の視力が再現出来るのだが、生身の状態では常人とそう変わらない視力しか存在しない。

 

 しかし以前から裸眼で遠方を直接視認する事に慣れ切っていた為、規格外な視力を失った今でもつい癖でやってしまう事があるのだ。

 

 これまではその索敵能力(レーダー)を用いて暇さえあれば佐鳥の位置を直接視認で確かめ、ストーカーまがいな事もやっていた。

 

 本人にその意識はなく、あくまでもルーチンワークとして佐鳥の居場所を把握しようとしていたのだが、依存癖が深刻で今も尚その傾向が強い樹里にとっては愛しい少年の位置が不明なのは割と重大な問題である。

 

 しかし無許可でトリオン体になるワケにもいかないので、渋々我慢している、といった塩梅である。

 

 勿論フラストレーションが溜まり続ければどんな行動を取るか予想出来ないが、極力そうならないよう定期的に佐鳥が会う事で不満の解消には務めている。

 

 それでも納得し切れないのが乙女心というものであり、樹里という少女の面倒臭さでもあった。

 

「あ!」

「ごめんね、待たせたかな」

 

 そうこうしている内に佐鳥が到着した事を確認し、とてて、と樹里は微笑みながら近付いていく。

 

 接近と同時にがし、と腕を回して抱き着いた樹里はじっと上目遣いで佐鳥を見上げた。

 

「うん、待った。次はもうちょっと早くがいい」

「了解。善処しますよっと」

 

 此処で「待っていない」と言える程、樹里は配慮が巧くはないし遠慮もしない。

 

 良くも悪くも素直なのが樹里の美点であり、佐鳥もそういうものだと理解しているので問題にはならない。

 

 基本的に束縛が強く依存癖の傾向も見られる地雷要素の塊のような少女であるが、流石にこれまで佐鳥にかけ続けた諸々の負担を顧みない程厚顔無恥でもない。

 

 本当ならば四六時中一緒にいて欲しいのだが、これまで自分のプライベートを犠牲にしてまで自分を見守ってくれていた佐鳥にそれを強要する事など出来ないと、彼女なりに妥協した結果でもある。

 

 それでも不満は溜まるので、会えた時は思いっきり甘えるのだ。

 

 その証拠に佐鳥に抱き着く腕の力は強く、意識的に胸も押し付けている。

 

 柔らかな感触を感じている佐鳥は赤面しているが、自分の事を意識してくれているという事が分かって樹里はご満悦だ。

 

 なお、その光景を通りがかって偶然見てしまった半崎は「またか」といった表情でため息を吐き、見なかった事にして通り過ぎた。

 

 友人と美少女がイチャイチャしているのを見続けるような趣味は彼にはなく、最近は以前ほど自分を犠牲にしてまで樹里に付き添う様子はなくなったので「前よりはいいか」と半崎としては黙認する構えであった。

 

 まあ、佐鳥と一緒にいる空間に他の人間がいるなど樹里にとっては邪魔者認定まっしぐらなので、賢い行動と言える。

 

「取り敢えず、帰ろっか。いつまでも此処にいるワケにもいかないしね」

「賢、わたし、甘いの食べたい」

「うーん、仕方ないな。鹿のやに寄ってこうか」

「ん♪」

 

 第三者がいなくなった事を察知した樹里は遠慮なく佐鳥に甘え倒し、なんだかんだで少女に甘い少年がそれを寛容に受け入れる。

 

 紆余曲折あってようやく結ばれた二人は、笑顔で目的地に向かうのであった。

 

 

 

 

「ん、美味しい。やっぱり、鹿のやのどら焼きは最高」

「それはいいけど、ちゃんと菓子類以外の食べ物も食べるんだよ? 食事の栄養バランスって、結構後々響いて来るからね」

 

 その後、鹿のやで購入したどら焼きを喜色満面で頬張る樹里に対し佐鳥がやや投げやりに忠告する。

 

 実際、広報部隊として働いていると栄養バランスを軽視した芸能人がどういう末路を辿ったか等の話が時折聴こえて来る為、完全に善意の忠告である。

 

「大丈夫。わたし、太った事ないから。おっきくなるのは、多分(ここ)だけ」

 

 そう言って、根拠のない自信と共に樹里は自分の乳房を徐に持ち上げる。

 

 至近距離で双丘が揺れる光景を見て、佐鳥はしどろもどろになり目を逸らす。

 

 そんな佐鳥を見て、樹里はむぅ、とため息を吐いた。

 

「賢、触りたいなら触っていいのに」

「い、いや、駄目でしょ流石にっ! だって…………っ!」

「────────もう、付き合ってるのに? まだ我慢する必要、あるの?」

「う…………」

 

 じとり、と半眼で見上げられ佐鳥は言葉に詰まる。

 

 これまでは、「付き合ってもいない男女がそういう事しちゃ駄目でしょ」等の理由を付けて樹里の誘惑を突っぱねていた。

 

 しかし、告白を済ませ彼氏彼女の関係となった今その言い訳は通用しない。

 

 それを分かっている為に、樹里のアピールは最近激しさを増している。

 

 ような気がする、ではない。

 

 実際に遠慮なしになっているので、佐鳥としては堪ったものではないのだ。

 

「そ、その、樹里ちゃんの身体にどんな影響が出るか分からないし、駄目ったら駄目だってばっ! それにホラ、万一バレたら嵐山隊の皆に迷惑がかかっちゃうし、ね?」

「わたし、漏らさないよ? それに、今のわたしはまだ子供だって出来ない身体だし。マンション(ここ)でやっちゃえば、バレないと思うけど」

 

 じり、と潤んだ瞳で訴えかけながら樹里はさり気なく佐鳥との距離を詰めていく。

 

 その所作には何処か色気があり、普段は見えない少女の情念に気圧されそうになる。

 

 至近距離で詰め寄って来た為に樹里の甘い体臭が鼻孔を擽り、頭がクラクラして来た佐鳥は無意識の内に愛しい少女に手を伸ばしそうになる。

 

「駄目ったら、駄目ですっ! 自分の身体は大事にしなきゃ、ねっ!?」

 

 しかし寸での所で腕を引っ込め、精一杯の虚勢と共に全力でノーと言い切った。

 

 理性にパキパキと罅が入る音が聴こえるが、それでもと自制心をフル稼働させ、佐鳥は樹里の誘惑を突っぱねる。

 

 むぅ、と樹里は自分の胸をむにむにと引っ張り、一言。

 

「…………やわらかくて、きもちいいよ?」

「~~っ!!??」

 

 上目遣いで告げられたその台詞に一瞬理性が崩壊しそうになるが、佐鳥は何とか押し留まる。

 

 その後も樹里の猛攻は留まる所を知らず、無事に帰宅出来た時には疲れ切った眼をしていた佐鳥であった。

 

 

 

                      <木岐坂樹里/掴み取った日常で~FIN~>





 『しあわせなじゅり』
 「幸せ満載後最強攻撃系彼女」

 諸々の厄ネタを乗り越え、平穏な日常を掴み取った女主人公にしてヒロイン。

 記憶も完全に取り戻した事で憂いもなくなり、佐鳥と彼氏彼女の関係になった事で幸せ一杯な少女。

 交際しているという大義名分を得て、佐鳥の理性への攻勢は日々増す一方。

 将来的には解決しなくてはならない身体の問題はあるが、そこはそれ。

 イチャつくのに遠慮は要らないと、今日もまた少女は全力で愛する少年の理性の牙城を落としにかかるのであった。
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