香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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 風邪とネットの不調で更新に間が空いてしまいました。

 次話は立花ちはや先生のお話にご期待下さい。


染井華/過日の夢と今の日常

 

 

「…………華」

「葉子、どうだった?」

 

 過日の夢を見る。

 

 それは、四年前の第一次大規模侵攻の後。

 

 両親を失い、自分も両手に酷い負傷をして入院していた時。

 

 華は動けない自分の代わりにとある重要事項を調べて貰うよう幼馴染の香取に頼んでいた。

 

 即ち、樹里の行方に関しての情報を手に出来たか否か。

 

 それが、今の彼女の最優先事項だった。

 

 但し。

 

 俯き唇を嚙み締めた香取の態度を見て、薄々結果を察してしまってはいたが。

 

「…………駄目。どこの避難所に聴いても、樹里を見たって人はいなかった。それと、樹里の両親はもう…………」

「…………そう」

 

 拳を震わせ、らしくもなく泣き出しそうな様子の香取を見て華はかける言葉を見付けられなかった。

 

 あの日、自分達の世界はひっくり返った。

 

 否、変わり果てたと言うべきだろう。

 

 宙の黒い穴から現れた白い化け物の群れによって三門市は蹂躙され、地獄と化した。

 

 建物は破壊され、そこかしこに無惨な遺体が転がっている。

 

 華は実家と両親を失い、香取は家を潰されながらも何とか自分が助け出して生き残った。

 

 けれど。

 

 三人目の幼馴染、木岐坂樹里生存の報は遂に見付ける事が出来なかった。

 

 あの日の死者数は最早眩暈がする程で、行方不明者の数も底が知れない。

 

 今も尚瓦礫の下に埋まっていたり原型を留めずに身元が分からない遺骸を含めれば、公式発表よりもその数は多くなるだろう。

 

 それだけの災禍、それだけの地獄だったのだから。

 

 そんな中、樹里が都合良く生き残っていてくれていたら、と思わない日はなかった。

 

 けれど同時に、どうせ無駄だろういう諦観もあった。

 

 この世は思う通りになんていかないように出来ていて、物語のように甘くはない。

 

 幼い時分でそれを理解していた華であるが、それでも事実上の死亡宣告を告げられ心に暗い影が落ちるのを感じていた。

 

 樹里は香取と同じくらい、華にとって大切な幼馴染だ。

 

 いつも一緒にいるのが当たり前だった存在の喪失に、何も感じない筈がない。

 

 今は香取が泣き出しそうになっている為に逆に平静を取り繕えているが、一人になったらどうなるかは分からない。

 

 それくらい、華の心には冷たい風が吹き荒れ続けていた。

 

「────────まだよ。まだ、死んだって決まったワケじゃないわ」

「葉子…………?」

 

 だが、そこに香取の思いも依らぬ発言が聴こえて顔を上げる。

 

 香取は泣き出しそうな表情を無理やり引き締め、強い意志の籠った眼光を放っていた。

 

「あのボーダーとかいう連中、行方不明者のDNA情報提供を呼び掛けてるの。もしこの先いなくなった人が見つかったら、それを参考に調べるって」

「けど、どうせそんな事をしても────────」

「────────それでも、何もしないよりは万倍マシよ。アタシ達は、あの子が死んだ所を見たワケじゃない。死亡者リストにも、あの子の名前はなかった。だから、どんなに小さな可能性でも生きてる望みがあるなら、それに懸けるべきよ」

 

 そう言って、香取は強い意志を瞳に秘め、立ち上がる。

 

 その眼はずっと遠く、未来を見ているような気がした。

 

「樹里のマンションは、幸い壊れてなかった。髪の毛でも何でもそこから引っ張って来て、ボーダーに渡してみるわ。駄目で元々、なんて考えない。少しでもあの子を見付けられる可能性があるなら、それに懸ける。それだけよ」

 

 だから、と香取は華の手を取って、告げる。

 

「アタシはアタシであの子を探す為に、ボーダーに入ってトップを目指すわ。手伝って頂戴、華。アタシと華が組めば、出来ない事なんて何もないわよ!」

 

 

 

 

「…………夢、か…………」

 

 華は自室で覚醒し、今まで見ていた夢を想起する。

 

 あれは、大規模侵攻から数日後。

 

 香取に頼んでいた樹里の捜索が空振りに終わった、その直後の出来事だった。

 

 あまりにも鮮烈で記憶に残る出来事だったので、夢という形で無意識に想起していたのだろう。

 

 実の所、あの日の夢を見るのはこれが初めてではない。

 

 あの日の出来事は、華の心の中に強く刻まれている。

 

 正直な話、あの時点で華は樹里の生存を殆ど諦めていた。

 

 両親は既に遺体が発見されていたし、あの地獄を彼女一人で潜り抜けられたとは思えない。

 

 だから香取へ依頼したのも本気で探すつもりというよりは、諦める為の口実探しの色が強かった。

 

 結果として樹里が見つかる事はなく、華はやっぱりな、と思いつつ香取をどう宥めるかという内容に思考を移していた。

 

 だが、香取は違った。

 

 遺体が見つかっていないという一点から樹里の生存の可能性を本気で模索し、ボーダーにDNA情報を提供した上で入隊し、自ら彼女を探す為に動く事を即断した。

 

 その前向きさ、そして未来を信じる強さに改めて脳を焼かれた華は、今後何があろうと香取に付き合う事を決めたのだ。

 

 そして現在。

 

 実際に樹里は生きており、紆余屈折あったとはいえ今は共にいる事が出来ている。

 

 それは実に喜ばしい事であり、香取程表には出さないだけで華もその事自体は歓迎している。

 

(…………まあ、あの子が元気な姿を見せて幸せそうにしているのは良い事よ。その()()については、一考の余地があるけれど)

 

 但し、何も問題が無いワケではない。

 

 確かに樹里の過去の負債とでも言うべき代物は消え去ったし、日常を掴み取る事も出来た。

 

 樹里が無意識の内に張っていた壁も今では取り払われているし、一歩引いたような距離感もなくなった。

 

 それ自体は喜ばしいし、香取同様自分も本当の意味で彼女と昔のような関係に戻れた事はとても嬉しい。

 

 樹里が幸せを願っているのは本当だし、彼女にはいつも笑顔でいて欲しいとも思う。

 

(彼氏彼女になった事で、全てに於いて佐鳥くん優先になってるのは正直どうかと思うわ。これは単に異性関係を優先して友達付き合いをおざなりにしている樹里の将来を懸念しての事であって、決して嫉妬だとかそういう感情ではないわ。断じて)

 

 ────────その「幸福」の内容が、ほぼ佐鳥と交際出来た事で占められていなければだが。

 

 どうやらあの決戦の後、佐鳥は樹里と告白し二人は晴れて彼氏彼女の関係になったらしい。

 

 それを満面の笑みで隊の皆に報告して来た時の事は、良く覚えている。

 

 能天気に「おめでとう」と祝福する三浦と若村の傍らで香取は見た事のないような表情を浮かべて唖然としていたし、自分もポーカーフェイスを維持出来ていたかは自信がない。

 

 それだけ樹里の交際宣言は自分達にとって大きな変化であり、無視出来ない変数でもあった。

 

 何も樹里に友達関係を超えた感情を抱いているだとかそういう事では断じてなく、自分達の大切な幼馴染がいち個人に独占されているようで嫌な気持ちになるのは避けられなかった。

 

 とはいえ樹里が佐鳥へどれだけ本気で情愛を向けているかは周知の事実でもあり、二人を引き離すといった事は考えてはいない。

 

 最優先するべきは樹里の幸福であり、それを自分達が奪う事は本末転倒であるからだ。

 

(けれど、放課後直前に連絡して樹里を連れて行く今の佐鳥くんのやり方は正直どうかと思うわね。多忙なのは分かるけど、直前になって連絡が来る所為で一緒に帰る予定をドタキャンされた葉子がその都度怒り狂うのも、分からなくはないもの)

 

 しかし、それでも最近の樹里の佐鳥最優先傾向の度合いは見過ごせない。

 

 ここ最近では佐鳥は放課後になり帰る直前になるあたりで急に樹里に連絡を寄越し、その日は一緒に帰れるという事を伝えて樹里がそれを承諾する、といった事を繰り返している。

 

 その日誰とどんな約束があろうと一切考慮せずに、である。

 

 一応一緒に帰る予定を香取や自分と立てていた場合は断りこそ入れるが、急な変更の事をこちらが咎めても樹里は何処吹く風であり、一切まともに取り合うつもりがないようだった。

 

 むしろその日一緒に帰れない事を伝えた後は用事は済んだとばかりにさっさと帰ろうとするので、香取が激憤した事も一度や二度ではない。

 

 というかほぼ毎回ブチ切れているので、それを宥めるこちらの労力も少しは考えて欲しいものだと思う。

 

(…………そうよね。迷惑を被っているのは確かなのだし、一度佐鳥くんには苦情を入れた方が良いでしょう。なんだかんだ言いつつも樹里を独占しているのは事実なワケだし、一度絞った方が良いでしょうね)

 

 ギラリと、華は眼鏡を光らせながら心の中でターゲットに狙いを定める。

 

 既に理論武装が完了した華を止めるものは何もなく、彼女も自重する気は微塵もない。

 

 思い立ったが吉日とでも言うかのようにその日の放課後、華は佐鳥を隊室に呼び出すのだった。

 

 

 

 

「────────というワケで、あまりギリギリになってから連絡を入れて来るのはこちらも困るのよ。その度に約束をドタキャンされた葉子が怒り狂っているし、それを宥めているのはわたしなのだけれど」

「うーん、ごめんね。少し考えれば分かる事だったよ」

 

 放課後、香取隊室に佐鳥を呼び出した華は早速樹里に関する事で苦情を訴えていた。

 

 いつものようにギリギリになってから連絡を入れて来る所為で樹里は香取との約束を毎度の如く破り捨て、佐鳥の所へ行ってしまう。

 

 それが続いた所為で香取はいつもピリピリしており、表に出さないだけで華も相当にフラストレーションが溜まっている。

 

 なので現状をどうにかして欲しいという、至極真っ当な訴えであった。

 

「言い訳するつもりはないけれど、樹里ちゃんと一緒に帰れるかどうかが分かるのが真面目に放課後になるかどうかって事が多いんだよね。なるだけ早く伝えられれば良いんだけど、まさか授業中に電話するワケにもいかないし」

「それをしたら樹里は間違いなく授業中だろうがなんだろうが理由を付けて抜け出してあなたと電話越しに話す事を最優先事項として設定するでしょうね。下手をすると一日中携帯とにらめっこしている可能性すらあるわ」

 

 だよねぇ、と佐鳥も華の言葉に同意する。

 

 もしも授業中のようなタイミングで一度でも佐鳥が電話をかけた場合、「次は必ず取る」と意気込んで樹里がそれのみに意識を向けて授業をおざなりにする可能性はかなり高いだろう。

 

 如何なる常識や倫理を蹴飛ばしてでも自分の愛を最優先にする樹里にとって、少しでも愛しい少年と話す機会が得られるのであれば授業でもなんでもブッチしてしまう筈だ。

 

 その光景がありありと浮かんだ為、早めに連絡を入れるプランは即座に棄却となったのであった。

 

「じゃあ、こうしましょう。貴方が樹里と一緒に帰る曜日を設定して、その曜日以外には時間が出来たとしても私達の予定を優先する、というのは」

「オレとしては構わないかな。大分迷惑かけちゃったし、可能な限り要望は聞き入れるよ。樹里ちゃんにもそう伝えとくね」

「ええ、佐鳥くんが直接言うのが良いでしょうね。過去の話を聞く限り、わたし達がそれをやるとどう考えても拗れる以外の未来が思い浮かばないわ」

 

 次点として華が提案したのは、佐鳥が樹里を連れて行く曜日の設定であった。

 

 現状は佐鳥が時間が出来次第樹里に連絡を入れていたが、曜日を指定する事によって樹里のドタキャンの回数を減らし、香取を宥める材料にも出来る一石二鳥の策である。

 

 元々迷惑をかけた側として気にしていた佐鳥としては、特に反対する理由は思い浮かばない。

 

 むしろそれなら良い妥協点だろうと、歓迎すらしていた。

 

「じゃあ、佐鳥くんの担当の日は月・水・金でお願いしようかしら。土日に関しては、その時々で応相談としましょう」

「了解。てっきり週二回とかそういう事を言われるくらいは覚悟してたけどね」

「せめて隔日でやらないと樹里はその内我慢が出来なくなって自分から会いに行こうとするわ。それなら定期的に実施して不満を解消してあげた方が、後々面倒がないもの」

「ま、だよねぇ」

 

 うんうん、と佐鳥は華の言葉に同意する。

 

 如何に正当な理由があったとしても、樹里はどちらかといえば感情(パッション)を大事にする少女だ。

 

 理屈は分かるが感情的に認め難い、となれば躊躇う事なく暴走するのが眼に見えている。

 

 そうなるくらいなら定期的に会う事を許可して不満を解消させた方が、面倒な事にはならないだろう。

 

 両者共に樹里の理解度が高いので、その時の情景がありありと思い浮かんだ事も要因の一つではあるが。

 

「それじゃあ、そういう事で。色々迷惑をかけてごめ────────」

「────────賢」

「え?」

 

 ふと、思いも依らぬ、そして聞き慣れた声が耳に入り佐鳥は後ろを振り向く。

 

 そこには学校帰りであろう制服姿の樹里が、据わった眼でこちらを見据えていた。

 

「じゅ、樹里ちゃん…………っ!?」

「賢、今日は用事で一緒に帰れないって言ってた。その()()って、華と会う事だったんだ」

「あ、いや、ちが、違わないけどでも…………っ!」

 

 あわわ、と想定外の事に慌てる佐鳥はチラリと華の方に目を向ける。

 

 華は親指を立ててこちらを見ており、任せろ、という事なのかと安堵したのも束の間。

 

(うわぁ…………)

 

 華は手首をクルリと反転させ、その指は処置なし(ブーイング)の形を取る。

 

 とても良い笑顔でそんな意思表示をした華を見て、佐鳥は凍り付く。

 

 この場に呼び込んだ少女の裏切りに遭った佐鳥は慌てて樹里に目を向けるが、そこにいたのはアイコンタクトで会話した二名を見て更に険しい表情をした少女の姿だった。

 

「賢は、わたしだけを見てれば良いって言ったよね。万が一にも浮気は許さないし、どういうつもりだったとしてもこれは有罪(ギルティ)。今暇だよね。そうでない筈がないよね」

「あ、えっと」

「暇だよね」

「はいっ!」

 

 どう答えて良いか困惑している最中、ドスの利いた声で脅され佐鳥は全面降伏の姿勢を取った。

 

 よろしい、と樹里は満足気に頷くとがしり、と佐鳥の腕を掴んで強引に引っ立てた。

 

「じゃあ、ウチ行くよ。泊まってくよね」

「え?」

「泊まってくよね」

「は、はい…………」

 

 最早疑問形ですらなく断定形で迫った樹里の迫力に負け、なし崩しで佐鳥の樹里の家へのお泊りが決定してしまう。

 

 華は内心思う所はあるようだったが敢えて口は出さず、佐鳥に手を差し伸べる者は誰もいない。

 

 般若と化した樹里はそのまま佐鳥を自宅へ連行し、マンションへの軟禁からの理性耐久コースが開始される事となったのであった。

 

                      <染井華/過日の夢と今の日常~FIN~>





 『おなやみのはな』
 元諦観系クール女傑少女

 幼少期の経験もあり、諦観が染み付いてしまっていた少女。

 勝気なオラオラ系幼馴染と奇行上等不思議ちゃん系幼馴染に振り回される事でいつの間にか脳を焼かれ、幼馴染に激重感情を抱えたクール系美少女が出来上がった。

 最近の悩みは香取が毎度「樹里を取られた」と怒り狂い、その宥め役になる事。

 ではなく、大切な幼馴染が一人の少年に振り回されている事による嫉妬である。

 そして佐鳥少年は因果応報の如く、ささやかな仕返しを喰らう事になったのであった。 
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