書くしかないよねと思った。後悔は無い。
(うぅ、書きたい。描きたいけど、でもなぁ)
長身の美女が一人、隊室で唸っていた。
彼女は橘髙羽矢19歳、王子隊のオペレーターである。
爽やか系のイケメン顔である隊長の影響で密かに広報部隊化が検討されるも、その隊長のあまりにも尖り過ぎたパーソナリティの所為で「(衆目に晒すなんて)とんでもない」と却下された経緯を持つ部隊の敏腕美人オペレーターとして知られる彼女であるが、実は周囲には隠している裏の顔がある。
それは、二次元をこよなく愛し自分自身でも創作物を手掛けるかなりディープな類のオタクであるという事だ。
弓場隊オペレーターの藤丸ののやサブカル仲間である太刀川隊オペレーターの国近には
彼女自身は自分の趣味について誇りを持っているが、同時にそれが世間一般的に市民権を得られているとは言い難い類のそれであるとは理解している。
勿論サブカル趣味について理解を示す人間は多いが、それでもそのジャンルに関して良く知らない輩が心ない言葉を吐くケースは数知れない。
加えて「二次元にしか興味なかったから」という驚異の理由で数々の男を袖にして来たかなり深いタイプの人間である羽矢にとって、趣味に没頭する自分の姿というのはあまり知られたくないものなのだ。
特に、タイプの違うイケメンが揃い各々個性的という創作意欲がとてつもなく掻き立てられる同隊のメンバーには絶対に明かしてはならないと考えていた。
無論、彼等が羽矢の趣味について悪しように言うとは思っていない。
むしろ理解を示してくれて、優しい言葉さえかけてくれるだろう。
特に王子はそのあたりのフォローは巧そうであるし、他の二名も無難な言葉を選んで彼女の趣味を応援してくれるだろう。
(けど、どっからバレるか分かったもんじゃないもんなぁ。ただでさえ既に手遅れな事色々しちゃってるし、足がつくような真似は避けないとだし…………)
問題は、既に彼女は身内を題材とした創作物を作製してしまっているという事だ。
勿論実名なんかは使っていないが見る人が見れば分かってしまうレベルでチームメイトをモデルにしたと思われるキャラクターを使っているし、そのキャラを使った恋愛ものなんかも書いてしまっている。
流石にこれがバレるのは今後の隊内の空気にダイレクトに影響しそうなので、断固として阻止したい橘髙羽矢19歳であった。
(けど、それもこれもウチの子達が(創作対象として)魅力的過ぎるのが悪いのよ。爽やか系イケメンの腹黒王子様が
なお、やってしまった事に反省も後悔もしていないのが彼女の図太い所なのだが。
当人は「気が付いたらつい」と証言している事が藤丸より語られており、その時の顔は何処か清々しいものであったと言う。
ある意味自業自得と言えなくもないどころかまさにそうなのだが、だからこそ羽矢は悩んでいた。
目の前に横たわる、とある大きな問題について。
(樹里ちゃんと佐鳥くんを題材に、書きたい。というか、樹里ちゃんだけでも無限にアイディア浮かんで来るのにそこに
────────それは、樹里を創作物の題材にして良いのだろうか、というものだった。
木岐坂樹里。
香取隊の狙撃手であり、色々な意味で浮世離れしている超絶美少女隊員。
その美少女っぷりたるやあの那須にも引けを取らず、本人の性格の掴み難さも相俟って一部では「神秘的な美少女」として人気を博している少女である。
ただ美少女なだけなら、羽矢の創作意欲はそこまで刺激されなかった。
事実、彼女は同じように美少女として有名な那須をモデルにしたキャラクターを描いた事はない。
最初はあまりの美少女度に気後れしてしまうものの、那須の場合いざ話してみればそこまで突飛なパーソナリティではなく、むしろ何処にでもいる一人の少女であると分かる。
やや浮世離れしている感は否めないが、それでも常識的な範疇だ。
そこに彗星の如く現れたのが、樹里である。
彼女は正しい意味で浮世離れしており、世間一般の常識よりも自分の趣味嗜好や感情を優先する不思議ちゃん属性も併せ持っている。
しかも見た目では分かり難いが凄まじく我が強く、こうと決めたら頑として退かない強靭な自我と周囲の目など知った事かとばかりに突然突飛な行動を取る等、創作物の題材にこれでもかと的確な素養を見せつけて来るのだ。
これを前に筆を執るのを我慢し続けた羽矢は、むしろ褒められて然るべきだろうと当人は思っている。
ならば何故、今になって創作意欲が高まっているのか。
(なんか最近、佐鳥くんとの関係に進展があった気がする。しかも尊み深い感じと見た! あれ見て書きたくないとかほざけるの、物書きとして死んでるようなモンでしょっ!?)
────────それは、最近樹里と佐鳥の仲が進展した(羽矢評)ように見えるからだ。
樹里が佐鳥に想いを寄せているのはボーダーの内部では暗黙の了解であり、少なくとも中位以上の正隊員は佐鳥にべったりな彼女の姿を度々目撃しており、根付より緘口令が敷かれているもののそれが意味を為しているとは言い難かった。
それくらい樹里は頻繁に佐鳥にアピールを繰り返しており、人目があろうと構わずにやるので二人の関係はボーダー内では周知の事実でもあった。
それでも佐鳥は広報部隊の一員としての自覚があり、樹里とは一定の距離を保った有り体に言えば無難な付き合い方をしていた。
広報部隊としてのTPOはきちんと弁えている人間なので当然だが、それが第三者目線からすると何処かもどかしくも思っていたものだ。
だが、最近の二人の様子は何処か違うと羽矢は気付いていた。
これまでの佐鳥が樹里に向ける視線は庇護欲が強く彼氏彼女というよりも庇護者と被庇護者という言葉が近かったが、今の彼の眼は良い意味で樹里を対等に見ているように思う。
その証拠に樹里の甘え方も以前より遠慮がなくなっており、佐鳥も昔はあった意識的な壁が取り払われているように思える。
こいつ等、何かあったなと橘髙羽矢19歳は勘付いた。
具体的に、何があったかは分からない。
それでも何というか、二人の間に漂う空気が以前とは別物なのだ。
何処かで一大スペクタクルを共に潜り抜けたかのような、そんな連帯感すら二人の間には生まれていた。
具体的にどこがどうとは言えないが、それでも何となく分かってしまうのだ。
(最近の二人、尊過ぎる。何がどうとか言えないけど、尊過ぎる)
言葉にするのなら、そう、焦れったさがなくなったと言うべきか。
以前は内心で「なんでそこで行かないんだよ馬鹿ぁ!」と叫びたくなるようなやり取りをしておきながら一線を引いている佐鳥に対し、実のところもやもやした感情を感じていた。
その感情の出所はさておいて、佐鳥はこれまで普通ならそのまま手を引いてエスコートするなり行く所まで行くような流れであっても、終始無難な対応に努めていた。
要するに、仲が良く見えていても何処かに壁があったのだ。
しかし現在、その壁は取り払われているように見える。
一見では分かり難いが、それでも羽矢のように(創作意欲から)二人を見続けて来た者には分かってしまうのだ。
二人の関係が、以前とは別物である事が。
そしてそれは、酷く彼女の創作意欲を刺激してしまう。
あれだけもどかしかった二人組の男女が、何らかの切っ掛けで前に進んだ。
それに気付いた時には、いつの間にか神アニメが放映されていてそれを見逃したかのような心境であった。
何故、自分はリアルタイムでそれを見る事が出来なかったのかと。
気付いた時には、それはもう激しく後悔したものである。
勿論事実を知れば不謹慎だと自重するだろうが、彼女の属する王子隊は例の一件に関しては一切の情報を持ち合わせていない。
こればかりは、関係性の妙と言うべきだろう。
(とはいえ、私自身樹里ちゃんどころか香取隊とは接点がないしなぁ。王子くんはちょくちょく香取ちゃんと話す機会があるみたいだけど、あっちからの心象はあんまし良くないみたいだし、取材は現実的じゃないよねぇ)
自分が樹里ひいては香取隊と碌な繋がりが無いので、これも仕方が無い事ではあった。
自部隊の隊長の王子は香取と話している姿を時折見かけるが、その時の彼女の表情は「どっか行けやこの野郎」とでも言っているかのように拒否感情が全開であり、どう好意的に見てもこちらに良い感情があるとは思えない様子であった。
正直あそこまで王子が嫌われる理由は分からないが、それでも香取のようなタイプにとっては「何となく気に喰わない」でも好悪の感情が成立してしまうのだろうから(二次元にしか興味が無いので)人間関係に困って来なかった羽矢には縁遠い話である。
「なーにさっきから百面相してんだよ。変なモン食ったか?」
「いやいやそういうワケじゃなくてね。樹里ちゃんと佐鳥くんの関係性に創作意欲が刺激されたけどどーしたモンかと────────あ」
しまった、とあからさまに冷や汗を浮かべ羽矢は固まった。
そう、この場にいたのは彼女一人ではなかった事をすっかり忘れていた。
正しくは、忘れる程に空想に集中していた。
ギギギ、と首を声の主の方へ向ける。
そこには服の生地を虐めているとしか思えない程豊満な乳房の前で腕を組んで胸部を強調している友人、藤丸ののの姿があった。
「書けばいいじゃねぇの? よく分かんねぇけど」
「い、いやいや、流石に不味いのよそれはっ! だって佐鳥くん、曲がりなりにも広報部隊なのよ? その佐鳥くんを題材に無断で創作物を書いたら、著作権とか色々引っかかりそうじゃないっ!? そこらへんの利権関係とか、根付さん結構厳しそうだしっ!」
「それが分かってんなら止めとけばいいんじゃねぇの?」
「駄目だからって止まる程この創作意欲は小さくないのが問題なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!!!!」
ため息を吐いて応対する藤丸に対し、羽矢は半泣きで机をダンダン、と叩きながら男泣きと見紛うような涙をだくだくと流し始める。
友人の異様な姿に藤丸はドン引きするが、創作が絡んだ時の彼女の奇行を見るのは初めてではないので「いつものか」と適応。
平静な心を保ちながら、凪の心で見守る事を決めた。
「だって、だってねっ!? 超絶美少女で尚且つ浮世離れした不思議ちゃんで、見るからに相手方に激重感情があって人目はばからずイチャつこうとする女の子と三枚目を装いながらも親身になってワケあり少女に寄り添う少年のラブストーリーとか、どんだけ尊いかもう語る言葉が多過ぎて語り切れないわっ! あの二人を見てるだけで、400話超えの大作とかも出来ちゃいそうな気がするのっ! いえ、出来るわ絶対! 私の中の物書きの魂がそう言ってるもの! 間違いないわっ!」
ビシィ、と格好をつけて羽矢は虚空を指さした。
勿論その先には何も無いし壁があるだけだが、テンションの上がった彼女が変な事をするのはいつもの事なので当然ながら藤丸はスルーの構えだった。
「けど、けど著作権とかそのあたりに引っかかると真面目に作家生命の危機なのっ!? 二次創作は暗黙の了解で許されてるけど、生モノはまた色々と別なのよっ! 色んな意味でデリケート過ぎて何処が地雷かも分かんないし、どっから何処までがOKなのか分かんないのが一番キツイわっ! ラインさえ分かれば、ギリギリを狙えるのにぃっ!」
「それ、根付さんに聞けばいいんじゃね?」
「そしたら私が
よよよ、と悲しみを露にする羽矢。
結構な大声で話しており現在進行形でバレるリスクは抱えているのだが、それを気にする様子はない。
今いるのは王子隊の隊室であり、今日は王子達同隊のメンバーは用事があっていない。
そこに藤丸が来て対応していたのだが、彼女が少し席を外している間に悶々と空想を始めてしまい、それに熱中した結果が先の醜態である。
もう羽矢にストッパーはなく、フルスロットルで思いの丈を垂れ流すのみである。
「王子くんとか勘が鋭いから何処でバレるか分かったものじゃないのっ! もう王子くんをモチーフにしたキャラクターは書いちゃってるから、何が何でもバレるワケにはいかないのにぃっ!」
「そういうの駄目って、自分で言ってなかった?」
「実名使ったワケじゃないし第三者からは分かんないからセーフですぅ! でも本人が見たら一発で分かるからバレるワケにはいかないだけで!」
「バレなきゃ良いや精神とか、良い根性してるよなぁオマエ」
「デカパイ姉御肌オラオラ系とかコッテコテの属性特盛のアンタに言われたくないですぅ! これでも私はクール系美女としてのイメージが」
「保ててるんだろうな。お前の中ではな」
がふぅ、と藤丸の一言で撃沈する羽矢。
この少女が大分愉快な性格をしているのはある程度付き合いがある人物には知られているので、今更ではある。
「それで、結局どうするんだ? 聞く限り、手はなさそうに思えるけど」
「…………そうなのよね。書きたい欲はすんごいけど、流石にメディアに露出してる子を題材にするのはリスクが高くて。諦めるしか────────」
「────────いいや、そうとも限らないんじゃないかな? 少なくとも、まだ羽矢さんには切っていないカードがまだある筈だよ」
え、と聞き覚えのある。
それでいて、今聴こえてはいけない声が聴こえて羽矢はギギギ、と背後を振り向く。
そこには、爽やかな笑顔を浮かべた王子がにっこりと笑いながら立っていた。
「お、おお、王子くんっ!? 今日は用事があったんじゃっ!?」
「それはもう終わってね。折角だから一度隊室に顔を出そうと思って来てみたら、面白い話が聴こえたものでね。羽矢さん。いや、立花ちはや先生と呼んだ方がいいのかな?」
(バレてるーっ!!??)
あわわ、と閉口する羽矢。
その名前を出された以上、最早誤魔化しは不可能だ。
そもそも、いつから知っていたかすら見当もつかないのだから。
「い、いい、いつから…………?」
「そんな事はどうでもいいじゃないか。でも敢えて言うなら、独り言を呟く時は周りを気にした方が良いですよ、と言っておくかな」
「はぐっ」
どうやら何処かで漏らした独り言から羽矢の隠しごと推察し、その正体まで探り当ててしまったようだ。
完全に自分の迂闊さの所為なので責めるワケにもいかないし、こうなったら開き直るが吉だ。
そうするしかない、とも言えるが。
「話を戻すよ。羽矢さんはジュリアーナとさとりんのストーリーを書きたいけど、著作権がどうなってるかを懸念してる。でも、根付さんに話を持って行って大ごとにはしたくない。そうだね?」
「…………そ、そうだけど。どうしようもないんじゃ…………」
「いいや、手はあるさ。迅さんなら、どこまでやればOKなのかが視えるだろう? あの人に協力を依頼すれば、それが分かる筈だよ」
あ、と羽矢は王子の提案に成る程、と得心した。
確かに迅ならばこちらの秘密は守った上で、何処までが大丈夫かのラインまで教えてくれるだろう。
迅に羽矢の趣味がバレた原因は彼の未来視なのだが、その眼を以てすればそういった事柄まで分かる。
これは、確かに盲点だった。
「でも、こんな事に協力してくれるかな? 迅くん、いつも忙しそうだし」
「どうやら迅さん、というかボーダー全体が何らかの大仕事を終えた後みたいでね。今は休止期間っぽくて、迅さんもちょくちょく本部を歩いてるのを見かけるよ。さっきもラウンジにいたし、探せば見つかるんじゃないかな。迅さん側に会う気があるならさ」
「…………駄目元で、やる価値はあるか」
すくり、と羽矢は立ち上がる。
王子に趣味がバレていた件だとか、問題は色々あるが。
今はそれよりも、自分の創作意欲を安全に満たす方法があるかもしれない事の方が肝要だ。
この際、恥は投げ捨てよう。
所詮、この身は物書き。
自分の性癖を作品という形で出力する為ならどんな労力でも惜しまない、変人の一柱。
開き直れば、怖いものなんてちょっとしかない。
ないったら、ないのだ。
こうして、羽矢は無事に迅との会談が実現し、樹里と佐鳥をモチーフにしたストーリーを作り上げる事が出来たのだった。
尚、その作品は樹里当人に横流しされ、直接感想を言われる事になるのだが、それはまた別の話である。
<橘髙羽矢/立花ちはや先生の葛藤~FIN~>
『ぼうそうちはやせんせい』
二次元寵愛暴走特級物書き少女
最近の樹里と佐鳥の空気を物書きとしての直感で見抜き、その尊さから創作意欲を刺激され悶々とするP.N.立花ちはや19歳。
紆余屈折あって作品を手掛ける事は出来たものの、色んなものが露呈されてその後危うく香取にバレかけるという顛末があったとかなかったとか。
妹達には日頃から二人の関係性の尊みを語っており、「いい加減にしてよね。立花ちはや先生」と呆れられている。
修羅場要員として妹達や藤丸等を巻き込んだ経験多数。
ちはや先生は悪びれない。
でも後悔はするのだった。