香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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若村麓郎/少年の不遇な日常

 

 

「はぁ…………」

(…………空気が重い。これ、どうしろってんだよっ!?)

 

 香取隊、隊室。

 

 そこにはため息を吐いて憂鬱さを隠そうともしない樹里と、居たたまれなくなっている若村が何とも微妙な空気で佇んでいた。

 

 二人がどうしてこうなったかというと、言葉にすれば簡単だ。

 

 本来今日樹里は佐鳥と帰る筈だったのだが、その彼が急な用事で来れなくなり消沈。

 

 ならばと香取に会う為に隊室を訪れるが、生憎彼女は不在。

 

 特にやる事もなかったので香取が来るまで隊室で待つ事にして、そこに若村がやって来た、という具合である。

 

 同じ隊のチームメイトでありランク戦では連携もこなせるようになって来たとはいえ、それはあくまで試合故のもの。

 

 プライベートでの関わりは無いに等しく、1対1で向かい合った経験も殆ど無い。

 

 間に香取が立って情報共有する事はあれど、私的な会話など一切した覚えがない。

 

 そういう関係性なので、若村としてもどう対応して良いか分からず気まずい沈黙が支配する結果となった、という塩梅だ。

 

「あー、えっと、その、だな」

「会話が思いつかないなら変に気を回そうとしなくて良いよ。別に無理して話すような間柄じゃないでしょ、わたし達」

「う…………」

 

 沈黙に耐え切れず何かを話そうと口を開きかけるも、そんな魂胆などお見通しだと言わんばかりに樹里に制され口ごもる。

 

 少女の声色には温度がなく、平坦で何処か呆れたような響きが混じっていた。

 

 周囲に人の目も無いので、目上に対する敬語も知らぬ存ぜぬ。

 

 いわゆる、樹里にとっての佐鳥以外の異性に対する平常運転であった。

 

「わたしも賢以外の男と積極的に話す程酔狂じゃないし、若村先輩も売約完了してる女の子に媚び売る程余裕あるワケじゃないでしょ。モテないだろうし」

「も、モテないとかってなんで…………」

「性格と顔。優柔不断で誰にでも良い顔しようとする人って、「良い人」にはなれるけど「特別な人」にはなり難いんだよね。そこらへん、女の子は良く見てるよ」

 

 ぴしゃり、と樹里は言い切る。

 

 思いも依らぬ方向から刺され、若村は完全に固まった。

 

「金髪で不良系な顔立ちでそれだと、ギャップで面白いと思われる事はあるかもだけど、恋愛対象としてはちょっと、ってなるからね。別段優れた何かがあるワケじゃないし、女の子としては論外かな」

「…………そーいうモンなのか?」

「女の子はまず、行動と性格で足切りするよ。その上で加点が加わって初めて恋愛対象として意識するワケだけど、若村先輩は足切りラインの境界線上って感じだけど加点部分がほぼない。これだと厳しい。少なくとも、わたしは異性として魅力は感じないかな。賢の事は抜きでもね」

 

 理路整然と自分の異性感を語る樹里に、若村は言い返す言葉を持たなかった。

 

 女子から自分が「異性としての評価対象外」だと言われるのは、中々にキツイものがある。

 

 相手が既に恋人がいて、自分がそもそもそういった対象に成り得ない立場だとしても女子からの評価でこき下ろされるのは勘弁願いたいというのが思春期男子の心情だ。

 

 樹里にそういった感情があるワケではないが、それでもオブラートに包んでいない言葉の槍はグサグサと若村の心に突き刺さっていた。

 

「…………んー、これ一応アドバイスなワケだけど? 足切りはギリギリされないから、後は行動で頑張ってっていう意味で」

「え?」

「わたしなりに会話のタネを探してみた結果こうなっただけ。ホラ、無理して会話しても碌な事ないでしょ。これで分かったと思うけど」

 

 はぁ、と樹里はわざとらしく溜め息を吐いた。

 

 そのあまりにもあけすけな行動に、若村は眼を白黒させる。

 

「え、えっと、木岐坂が気を遣った…………?」

「わたしの事なんだと思ってるの? そりゃ若村先輩は好きか嫌いかで言えば嫌い寄りだけど、腐ってもチームメイトなんだから連携の効率化の為に頭くらい回すよ。ま、その結果どうなったかは見れば分かるだろうけどね」

 

 心底呆れたとばかりに再度ため息を吐く樹里に、若村は何も言えなくなる。

 

 今のはかなり分かり難いが、樹里なりの気遣いではあったようだ。

 

 ちなみに好きな事には執着するがどうでもいい事には脳のリソースを割こうとすらしない樹里にとって、これはかなり譲歩した部類の対応ではある。

 

 基本どうでもいい相手は無視一択である以上、ちゃんと会話をしようと試みてフォローじみた発言をする程度には、樹里も若村の事をチームメイトとして認識しているという事でもある。

 

 まあ、別段媚を売る必要もなく必要以上に好感度を稼ぐ理由もない以上、塩対応気味になるのは仕方がないだろう。

 

「わ、悪い。変に気を遣わせたな。けど、お前オレの事は嫌いだと思ってたが」

「嫌いだよ? 葉子に大事にされてるのが、やっぱ気に喰わないし。それに気付いてない所も、マジどうかと思ってる」

「…………? オレが、葉子に大事に…………?」

 

 そだよ、と本日何度目かも分からないため息を吐いて、樹里は続けた。

 

「覚えてる? わたしが葉子を含めた香取隊(あなたたち)と試合やる事になったの」

「あ、ああ、勿論覚えてるが」

「あれ、わたしが若村先輩を馬鹿にした事に対して葉子がガチギレした事が発端なんだよね。あんな怒った葉子、割と初めて見たから印象に残ってるよ」

 

 え、と若村は再び眼を白黒させた。

 

 流石に、予想外にも程があったからだ。

 

 今の香取なら、まだ分かる。

 

 現在の香取は指揮官としての自覚が芽生え、隊内のコミュニケーションもしっかりとこなすようになっている。

 

 今の彼女であれば若村を大事にしている、と言われても自分は納得出来ただろう。

 

 だが、当時はまだ若村と香取の仲は冷え切っていた頃だ。

 

 中位落ちを経験し、日頃から些細な事で喧嘩の堪えない毎日。

 

 当時はいい加減憂鬱になって来ていたので、当時の香取へは悪印象しかない。

 

 それが自分の勘違い、思い上がりから来た見当違いな感情であると今では気付いたが、まさかあの頃の香取が若村を馬鹿にされて怒るなど、予想だにしなかったのだ。

 

「葉子、あれで身内とそうでない奴との境界線はしっかり敷いてるの。ちなみに、名前呼びするかどうかが判断基準。それで、一端身内判定すると口ではどう言おうと大切に扱うんだよね。それこそ、「こいつを馬鹿にして良いのは自分だけ」とか、そんな事を言いながらね」

 

 だから、と樹里は続ける。

 

「馬鹿にされて怒った時点で、完全に身内扱いされてる。あの頃の若村先輩は葉子に迷惑ばかりかけてたのにその扱いとか、マジふざけんなって思った。だから嫌い。以上」

 

 語るべき事は語った、とばかりに樹里は口を閉じる。

 

 樹里からしてみれば、若村の立ち位置は香取の幼馴染として看過出来ないものであった。

 

 完全に身内扱いされて大事にされている癖に、とうの本人はそれに気付かないどころか自分の事を棚に上げて香取を悪しように言っている。

 

 その時点で樹里からの若村の評価は最低値を突き抜けており、色々あって関係性が修復された今となっても根底には嫉妬の絡んだ悪感情がある。

 

 しかしチームメイトとして連携出来るように割り切ってはいるし、プライベートで必要以上に仲良くするつもりはないが最低限関係を円滑にする為の努力はする。

 

 そのあたりが、樹里の落としどころなのだ。

 

 むしろこうしてわざわざ説明をしている以上、彼女にしては珍しく丁寧な対応とさえ言える。

 

「…………でも、なんだかんだでククロセアトロ(あそこ)まで助けに来てくれた事には感謝してる。多分流れとか成り行きとかだろうけど、それでも危険地帯までやって来てくれた事には変わらないからね。ありがと」

「お、おう…………」

 

 そんな中、突然樹里に礼を言われて若村は戸惑った。

 

 彼女が言っているのは当然、例のククロセアトロ事変の事だろう。

 

 樹里が暴走状態となり、最終的にククロセアトロに乗り込んでそれを鎮圧し彼女を救出した一件。

 

 あれはボーダー内部でも緘口令が敷かれており、作戦参加者は口外禁止を厳命され、そもそも作戦自体公式な記録には残っていない事となっていると聞いている。

 

 その作戦には若村も参加しており、やった事と言えば拠点防衛の補助くらいでそこまで皆に貢献出来たとも思っていない。

 

 そういった認識だった為、いきなり礼を言われてもピンと来なかったのだ。

 

 実際はワイヤー設置や防衛戦力としての活躍等充分に貢献は出来ていたのだが、分かり易い活躍でなければ若村は自分の行動を客観的に評価し難い傾向にある。

 

 変に低い自己評価になるのも、無理はないだろう。

 

「あー、えっと、オレが出来た事なんてそんなになかったし、気にする程の事じゃ」

「別に、どう受け取ろうが構わないけど一応恩には思ってるって事だけ伝えておこうってだけだから。変なフォローは期待しないで」

「あ、はい」

 

 ぴしゃり、と素っ気なく言われ若村は内心で沈み込んだ。

 

 たった今礼を言った張本人から有り得ない程冷たく突き放されたので、目を白黒するしかない。

 

 ちなみにこれが樹里なりの気遣い(フォロー)である事には、当然気付いていない。

 

 基本的に樹里は若村に対して対応する時は香取に絡んだ嫉妬の感情から言動が刺々しくなってしまうのだが、それでもROUND2の件は本気で反省しているので彼女なりに歩み寄ろうと努力はしているのだ。

 

 それでも口から出る言葉は暴言に変換されてしまう為、変な所で昔の師(にのみや)の悪癖を受け継いでいるとも言える。

 

 似ずに良いところだけ似るあたり、ある意味でお互い様な師弟だろう。

 

「けど、葉子も華もやらないからね。ま、どう足掻いても若村先輩には欠片も芽はないから心配はしてないけど」

「え、な、なんでそこで葉子が出て来んだよっ!?」

「────────ふぅん、そういう反応なワケ。自覚はしてないか、しないように思い込もうとしてるか。どっちかな」

 

 ジロリ、と樹里に睨みつけられ若村は思わずたじろいた。

 

 こちらを見る少女の視線はこれまで以上に冷たく、明確な悪感情がその瞳の奥に渦巻いている事が分かる。

 

 その源泉が何なのかまでは、流石に見抜けなかったが。

 

「気付いてないにしても気付かないようにしてるにしても、どっちでも良いよ。下手に突いて妙な事になるのもヤダし、これ以上は何も言わない。ぶっちゃけそういう意味では若村先輩よりずっと警戒しなきゃならない人もいるっぽいし、よくよく考えれば若村先輩には1ミリも脈がないんだから心配するだけ損だよね」

「…………?」

 

 しかし樹里は突然肩を竦めると、そう言って自己完結してため息を吐いてしまった。

 

 言われるだけ言われて放って置かれた結果となった若村は眼を白黒させているが、樹里は意に介す様子はない。

 

 彼女にとっては言いたい事を素直に言っただけなので、自分のやりたい事をやった以上は相手のフォローなど知った事ではないのである。

 

 基本的に自分中心で我が儘なのが樹里なので、このくらいまだ可愛い方だ。

 

 佐鳥相手には従順で素直に見えるが、逆に言えばそれ以外の異性にはこの対応すらまだマシな方で、基本は無視か言葉の暴力で突き放すかの二択である。

 

 必要であれば最低限の会話はするが言葉は雑な対応が基本(デフォルト)であり、その後のフォローは一切しない。

 

 そう考えれば曲がりなりにもフォローじみた真似をしてる分だけ、譲歩しているとも言える。

 

 もっとも言葉の裏を読むのが致命的に下手な若村相手なので、実を結んではいないのだが。

 

 ちなみに樹里が「警戒するべき相手」と言っているのは、烏丸ではなく修である。

 

 幼馴染として樹里は香取が烏丸に向ける感情が烏丸という有名ブランドに対するミーハー心で恋愛感情とは一切関係ない事を見抜いており、そういった意味では好きなアイドルと同列の存在なのであちら側の感情はともかくとして彼女を取られるだとかそういう心配は一切していない。

 

 華が嵐山に向ける感情も似たようなもので、年頃の少女として恋愛的なセンサーは敏感な樹里はそのあたりの判断は間違えない。

 

 そんな彼女の恋愛的嗅覚(センサー)に引っかかったのが、誰あろう修である。

 

 香取は日頃から修の事を悪し様に言っているが、逆に言えばそれだけ強烈に意識している相手でもあるという事だ。

 

 表面上嫌ってはいるが、香取は修の実力に関しては侮るどころかきっちり高評価している。

 

 個人の戦闘力は雑魚でしかないが、隊長として見た場合は中々の脅威であるというのは樹里も認める所だ。

 

 最終戦も単独で樹里相手に仕掛けた事は彼女も評価しているし、大駒を複数有していたとはいえ玉狛第二のランク戦後半での暴れ具合は印象に新しい。

 

 なのでその評価に対しては文句はないのだが、どうにも最近香取側に修への険が取れたような気配があったのだ。

 

 聞く所に依ると香取は数日前に修を隊室に連れ込んで色々愚痴ったらしいのだが、そこで何かあったのだと樹里は見ている。

 

 勿論色気のある事でないのは断言出来るが、それでも香取側の意識を改革するような何かがあったのは事実だろう。

 

 なので樹里の警戒心は今は若村などより修の方に向いており、そういう意味では若村は完全な当てつけであり良い迷惑とも言える。

 

 それが分かる程聡くはなかったのは、彼にとって幸いだったと言えるだろう。

 

「ま、何事も分相応に、って事だね。これからもチームメイトとしては巧くやれるようにするし、遠征を目指す以上若村先輩にも頑張って貰わなきゃいけないから必要な所は助けるし激励もしてあげる。だから、変に無理してまで距離を詰める必要はないから、そこの所よろしく」

「お、おう」

 

 若村がそう言って頷くと樹里は話は終わったとばかりに手元の携帯に視線を向け、一切の会話を終了した。

 

 念押しまでされた以上若村にはどうしようもなく、その後香取が戻るまでの10分強を針の筵のような沈黙のまま過ごす羽目となったのだった。

 

 これが、今の若村の日常。

 

 何処までも不遇な、それでいて平和な一幕であった。

 

 

                         <若村麓郎/少年の不遇な日常~FIN~>





 『くろうにんわかむら』
 絶賛不遇思春期男子

 色々な経緯を経てそれなりに成長した思春期男子その1。

 自分でも無自覚な内に某香取に惹かれておりそれに勘付いた樹里から釘を刺されるも、本人は困惑するのみ。

 樹里からは基本塩対応だが連携で必要な分はやるとばかりに、公私をキッカリ分けられて対処されているので文句の言いどころがなく悶々とする日々。

 なお、本編で成長した分銃手の先輩達からは更に可愛がられる率が上がっており、何処かのS級隊員が後方理解者面で笑っていたとかなんとか。

 本人は気付かなくとも愛されキャラなので、今後も色々と揉まれつつ成長していくと思われる。

 若村くんの明日は明るい、きっと、多分、メイビー。
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